「狂気歌」

誰も殺してくれないので
まだ
生きている

ピストルを
額にこじりパン、とやる
安物市で買った退屈

オモチャなのに
ついに引金がひけなかった
鏡の顔に死相がでていた

死んだ後も
価値もないのに憎みそうな
そんな奴だけは殺したくない

殺したいと
思い詰めるほど憎くても
憎らしいからと
殺してやるもんか


世の中で一番愚かなのは誰か
偽善者と自己陶酔をする善人か
こつこつと悪事働く小悪党か

世の中で一番賢いのは俺か
誰も騙しにこないので
一人謎々をひねっている

何一つ救いも未来も信ジナイから
奇跡にでくわしたら
一応目だけ見張っておく


なにゆえに
親の情など愛しいか
自分自身を愛すからのみ

明日死んでも構わないと
呟くのは
今日を生きる覚悟

走り出す
自分の部屋から眠りから
明日から逃げ出す

いつの日も我が身を
振り向き続けていた
だから見えたのは後ろ姿ばかり


ガラス粉をソオダに混ぜて嚥下さす
心の傷み
感じさせたく

通勤の途中で
死んだ青年の
代わりするため汽車を乗り継ぐ

ハンケチに石の匂いが
染みている
何処の墓石を磨いたものか?

宵闇に
ぽっかりと浮かぶマグノリアの花
されこうべの大きさに開く

花屋先
蒼い血の香がたちこめる
剃刀の味口中に感ず

ワインゼリイは
いつまでも口に含んでいると
人肌と同じ味になるんだ

吸いつくような赤子の頬を
ひとつちぎって
口に放り込む

月夜には
銀のスパナがよくにあう
白い我が子の寝顔見る父

燃え溶ける人形の口唇
うごいている
元は腹話術師のだから

人混みの中で背中を灼く視線
マネキンだけが
こっちを見ていた

もうすぐ死人がでそうだと
呟きて父
喪服陰干す

微熱の頬を
そっとコートの襟に隠す
指名手配中の連続殺人鬼


手品師の小鳥のように
我が指にとまるかげろう
この恋告げに飛べ

我が恋はとめどもなくて汝絵の
おみなに寄する
熱きくちづけ

あのひとが笑っているので
さみしい

(初出・AOYAMA MYSTERY CLUB『A.M.MONTHLY:No.112』1987.10&探偵趣味倶楽部『群探13号』1989.10&『群探』会報No.8)

「狂気歌・2」

はりつめたエンジン
ふるえている
急にキィを引き抜かれて

どろどろに疲れて眠り込む夜
どこかで酒を飲んでいる同僚

ろばの耳の王は
暴かれるのを待っていた
咎のないものを殺すため

あの床屋は
王を殺したかもしれない
秘密に堪えかねて反対に

純粋な殺人を想う
死ぬまで想い続ける

誰か殺して!と少女が叫ぶ
救いを与えるのは神か悪魔か

ここにいる人間が俺だ
では本物の俺はどこにいる

天才は悲しからずや
その偉業を生前に
すべて表わせたものはいなかろう
その幸せ

あなたの生首を
鞄にいれて持ち歩こう
いつでも口吻できるように

雨の日の水族館
平日の町の博物館
さまよう

我に触れるな!
と背中が叫んでいるらしい
誰もこない

俺達明日も生きてるよね
と少年の顔で云うひとの美しさ

あの人の窓の下に立ちたい
魂だけの姿で

こんな人を愛したいとは思えども
こんな人に愛されたいとは……

とこをあけて
百合の花束を入れて
抱いて寝る夜

コートに落ちたひとひらの雪
いつまでも消えぬ
痛みのように

いつまでも異邦人でいよう
いままでどおり生き抜くために

煙たちのぼる墓地
屍は眠るが
命はどこにいくのだろう

なじられてつい笑う
「この者には見えぬ 我が翼が――」
目の前の男も
同じ事を思っている

鋭くなっていく瞳
鈍っていく身体
鏡の正直さに震える朝

裸足でアスファルトを走る
足音を盗み
この心の隠し場所さがしひたすら

(1991.1脱稿/初出・小松美明編『群探第17号』1991.4)

「旧狂気歌/拾遺」

夫人などと呼ばれるひとから
ハンカチの一枚ももらうと
愛人にでもなった気がする

誕生日
ガアルフレンドが持ってきた
花束むしり
床に蒔く少女

我が恋は冷たい骸にとりすがる姿
それまでは
一言も云わぬ


とびおりた
をんなは無事に腕の中
ノンセンス映画のそんなヒトコマ

二つ並んで
水晶時計はすましがほ
振り子がひとり
頭狂わす

マネキンが
シャツを透視てみな見える
その手は捻つてもいでしまおう

短い電車が止まつた先に
ひらりと飛びおりた無邪気な少年
駅外の子供と
ニラメッコするため

飴色に溶けて糸ひく
心の蔵
すれ違つた女と繋がつてゐる

見えやしまい
俺の背中の大きな翼が
地を一蹴して翔んでゆくのが

難じられた
独り言しか云えないのかと
不意にたつのが
思い出し笑い

政変に
故国追われし南国王
昔は彼も
革命者なりき

真夜中に身体起こして
途方に暮れる
何にも飽きて
手紙すら書けぬ

マットレスに
ううんと長く身を伸ばす
縞の囚人服(パジャマ)が
一日変わらぬ

その煙は
白く濁つた命である
何も火葬場に限りはせぬ

含羞草を
精神病者の窓辺に置くと
云つたあなたの
瞳の色が……

十戒(バイブル)にはさんだ写真引きちぎる
似合いの二人
女同士の

スクリインは
ノイロオゼに苦しむ俳優
あの女が私の膝に顔を伏せる

終電のホームで
見上げた窓の中に蠢く警邏
あかり抑える

メルヘンを書く編集者が
死んだ場所
カアラジオがふと黙祷をする

道端のひろいにゆけぬ猫の死ガイ
遠くから見てゐる
車行きすぐ

木枯しの日
窓から投げ落とされた濡れ雑巾
いや
血を散らす鳩

デパアトで見つけた
素敵な眠り人形
機械仕掛けで運べばよかつた
この間の死体

西陽さして
一番暑いお勝手に凍り付いてゐた
猫の死の記憶

潮干狩りでひろつた
紫いろの指輪
毎日持ち歩いた
失くしたら死のうと思つた

薄汗の肩に 妹
寄りかかる
口吻したくその頭もぐ

(1987.10脱稿/初出・AOYAMA MYSTERY CLUB『A.M.MONTHLY:No.112』1987.10)

連作詩「見た」。

「秘密」

僕にはね
ひとつだけ秘密がある

彼は言った

ひとつだけ?
と尋ねると
ひとつだけ!
と答えた
その秘密ってなに?
と尋ねると
秘密だよ
と答えた
墓場まで持っていくんだ
そうつけたして笑った

ある日
彼は電車に飛び込んだ
ありがちな事故か自殺だと
皆思った

でも違った
プラットホームに残された
彼の一足の靴が
ひとつのメッセージを残していた
入水や飛び降りでもあるまいし
こんな自殺はありえない
事故ならばなおさら
靴が残るのはおかしい

ならば彼は殺されたのか
いったい誰に
何のために

私は気付いた
彼が墓場に持っていったのが
この秘密。

「作家の誕生」

僕はね
小さい頃から臆病だった
とっても弱くて閉じこもり屋で
いつも何かにおびえてた
おびえることさえ怖かった

子供心に思った
いくらなんでもおかしい
怖いこともないのにおびえるなんて
そこで僕は考えた
怖いのには理由があると
だから僕は物語をつくった

優しく美しいこの父は偽者
本当の父は殺された
ある月夜の浜辺で
死体が埋められるところを
僕は見てしまった
だからおびえているのだ

これで筋は通った
この父は偽の父で
僕の口を塞ぐために
一緒に暮らしているのだ
いつでも殺せるように
ひとおもいに殺さないのは
僕が黙っているから
僕が見たということに
自信がないからなのだと

いつも僕は見張られている
一歩間違えたら殺される
だから僕はおびえているのだ

その日から僕は安心して
ぐっすり眠れるようになった
父親が不必要に親切なのも
父と僕が似ていないことも
母の名前を知らされないことも
僕のおびえの訳も
すべてきれいに説明がついた

それから僕は
物語を書きはじめた
僕の記憶にある秘密を
みんな明らかにするために
一番底にある秘密を
かたく封印するために

(僕の秘密――それは、
どんな目に遭っても平気だということ
僕は死すらおそれなくていい
いざとなれば偽の父が
僕を殺してくれるのだから)

「死後の名声」

やり手の女社長
月の明るい晩に
人を殺した
男はまっさかさまに
ビルの谷間に落ちた

男はゆすり屋だった
社長には不倫の子があった
どこでかぎつけてきたものか
いつも巧みに現れて
無理のない額をせびってゆく
堪えられない条件でないだけに
彼女のいらだちは募った
そしてこの日ついに
男を殺してしまったのだ

彼女は死体を確かめるため
ビルの谷間を降りた
そこで言葉を失った
一人の青年がいたからだ
青年は血塗れの肉塊から
靴をきちんと外して
彼女にこう言った

《自殺にみせかけるので
邪魔をしないで下さい》
彼は屋上に磨いた靴を置き
遺書めいた文章まで添えた
あたらしいゆすり屋の出現に
女社長は困り果てた
とにかく条件をきくことにした
《あなたの望みは何?
お金、女、それとも仕事?》
《僕の望みは死後の名声》
青年は謎の答を言った
《僕が死んだら僕の秘密を
立派な本にして売ってください》
女社長はさらに困った
《貴方の秘密は私の罪
暴く訳にはいきません》
《大丈夫です、貴女の秘密は
僕が墓場へ持っていきます》
言い捨てて彼は消えた
才気溢れる詩の草稿を残して

翌日の夕刊に
青年の死が報じられた
ありふれた飛び込み自殺
彼女は気付いた
あれが生き別れの我が子
青年自身が彼女の秘密
約束通り彼は
墓へ秘密を持ち去ったのだ

「ある作家の遺書――発見」

父は僕を
殺してくれなかった
だから死にます

僕の父は
本当の父でした
父は人を殺したことがあります
父はこう言いました
《ある女と恋をしながら結ばれず
子供をひきとったが死なせてしまった男がいた
男は息子とおまえが似ているといい
ある晩おまえを奪いにきた
争いの末に
俺は男を殺して
浜を深く掘って埋めた》と

嘘ではありません
幼い頃僕はその情景を見ました
その時僕は
殺された方が本当の父だと思い
父を恐れていました
いつか殺されるかもしれないと
ずっとおびえていました
それは不思議なことに
甘美な思いでもありました
しかし真相はこうだったのです
《どうしてそれを僕に言うの》
《おまえは俺を見ていたからだ
おまえにはゆすりの素質がある
俺の殺しを知りながら
一言もそれを漏らさなかった
俺よりもずっと向いている
だから真実を話した》

父はゆすり屋でした
僕は彼が好きでしたが
ゆすりはしたくなかった
人殺しの方がましだった
そして父は死にました
僕を殺さないうちに

これで告白は終わりです
書くつもりはありませんでしたが
打ち明けざるを得ませんでした
墓場へ持ってゆく秘密は
ひとつだけと決めていたので

それではみなさん
これでお別れです

さようなら

(1989年頃執筆/初出・Narihara Akira編『のんしゃらんと第18号』1996.3)

「変奏/死後の名声」

1.妹

ある日一人の青年が、電車に飛び込んで死んだ
よくある自殺の筈だった
しかしただひとつだけ、奇妙な事があった
靴が残っていたのである
彼はホームで靴を脱ぎ、それから線路へ落ちたのだ
それは不思議な自殺だった

彼の妹は驚かなかった
兄は奇妙な人だった、だからその死に様が
少し変でもおかしくないと
しかし彼は水瀬に沈んだのでもなければ
ビルの上から飛び降りたのでもないのだ
電車の前で靴を脱ぐ自殺者は珍しい
それはひとつの事件だった
殺人を思わせる出来事だった

妹の名は由乃
「君は知っているね(You know)」という名
兄の名は月人
「いつか狂気の邦に帰る」という名
二人は仲のよい兄妹だった
彼らはすでに親はなく
兄も妹も働いていた

この兄の一番の楽しみは筆を走らせることで
一番の夢は死んだ後で有名になることだた
ディキンソン、
ブロンテ、
基次郎、
売れる前に死んだ古今東西の作家を
やたら嬉しそうに呟いては
「どうせ僕の生きる道は筆しかないんだから」と言う
それから古い金庫に原稿をしまい
「版権と貯金のどちらをおまえに残そうか」と
二十代の若さで呟くのだった

妹はいつも苦笑した
へぼ作家が何を言う、と
去年雑誌に載った彼の作品は短編二つ
しかも知人からは暗いと罵られ
多くからは黙殺されるという悲惨な有様
確かに
筆が思うように捗るのがこの兄の一番の幸せで
たとえそれで食べていけないとしても
全く構わないというのだから
ある意味正しい生き方だろう

逆に自分の生き方として筆を選び
生活の糧は糧として別に稼いでいるのだ
そこまで割り切れているのなら
それでいいではないか
紙屑を増やして、と非難しても仕方がない
夢を夢と諦めて当たり散らされるよりましだ、
本人がニコニコと幸せなのに咎める必要もない
それにこの兄には
意外に生活力があって
時々いつもより余計な金を持ってきた
それはどうやら見知らぬ場所で
必要以上のお愛想を
切り売りしている結果らしい
彼は時々ほのめかした
「嫌いな人間とはつきあわないし
軽蔑すべき相手とは縁を結ばない
けれど媚びならいくらでも売る
売って売って売りまくる」と。

それが妹には謎だった
夢みがちな青年の常で
兄は内気で駆け引き下手
哀れみを乞うならばともかく
媚びなど売れるものだろうか
ケチなゆすりが出来るほど
度胸のすわった兄でもなかった
だから妹には謎だった

兄 月人が死んだ後
妹は金庫を開けようとした
しかしそれは開けられなかった
番号が変えられていたからだ
版権に興味はなかったが
兄の遺産は必要だった
なければ質素な葬式さえつらい
すると弁護士を名乗る男が
彼女に一冊の本を届けた
「金庫を開ける前にこれを読んでください
これが彼の遺言です」と
それはガブリエル・ロセッティの伝記
自分が昔書いた詩を発表したいためだけに
妻の墓を暴いてその草稿を取り出した
浅ましい男の伝記だった
「兄は何を伝えたかったのでしょう」
由乃は首を傾げた
「芸術家というものは、作品だけでなく
その生き方も芸術であるたいのでしょう」
弁護士は慇懃な一礼をして去り
由乃はその伝記を読むしかなかった
すると
最後のページにこんな添え書きがあった
「ロセッティの真似事をしてほしい」
由乃は秘かに苦笑した
「兄さんは最後まで自惚れ屋ね
私は兄さんの作品が素晴らしいとは思えないし
金庫にある未完成の原稿を出版しようとも思わない」

そして金庫は開かれなかった
彼女は扉を壊そうかとも思った
しかしこれは兄の墓
葬式を出すよりもこれをこのまま拝む方が
よっぽど供養の気がしてくる
由乃はそれを仏壇の前に置き
線香をあげて日々祈った

そう、あの日
兄の幼なじみが訪ねてくるまでは。

2.

ある日一人の青年が、電車に飛び込んで死んだ
よくある自殺の筈だった
しかしただひとつだけ、奇妙な事があった
靴が残っていたのである
彼はホームで靴を脱ぎ、それから線路へ落ちたのだ
それは不思議な自殺だった

彼の幼なじみは
知らせにあまり驚かなかった
彼はこの世に生き辛いと
昔から知っていたからだ
彼女の名前は朋恵
「欠落を補う魂(counterpart)」の意味
彼の名は月人
「いつか月へ帰るかぐや姫」という意味
二人は学校へあがる前から友達で
それから二十年余も逢っていた
しかし彼女が感じていたのは
いつも別れの予感だった

最後にあった夜
月人は感傷に満ちていた
二人で散歩した公園では
鳩が喉を鳴らしていた
青白い灯火の輝きが
昏い水辺の渡り鳥を照らす
ゆきすぎる車のあかりが
鳩舎と彼等をかすめる
「ここの鳩は眠れない」
月人は呟いた
「窮屈な小屋に閉じ込められ
排ガスを浴びせられ
昼も夜もないんだから
ストレスがたまるだろうね」
朋恵は低い声で返した
「人間と同じね」
月人はうなずいた
「人口が多すぎるんだ――
なんでこの世に戦争があるか
今ならわかる気がするね」
それは普段の彼に似合わぬ乱暴な言葉だった
兵器の争いを自然淘汰と呼ぶとは
しかし彼女にはわかっていた
これは他人を裁く言葉でなく
己の繊細さを呪っていると
「寂しいことを言わないで」
彼女が優しくいさめると、月人は憂いをといた
「寂しいことじゃない
生き死には自然の出来事だ」
彼の眉は開かれた
しかしそれに続くのは
変わらず不吉な話だった

「僕にとって 現実はもともと現実じゃなかった
現実ぐらい 怪しくて危ういものはなかった
でも
紙の上のフィクションは僕を裏切らない
活字は動き出さない
二次元の人間はいつも同じ行動をとって
決して変わることがない
だから僕にとっては
非現実が確かな世界だった」
公園の噴水とイルミネーション
彼の告白は愛の囁きであるべきだった
しかし奇妙な謎かけをされて
彼女はひどく寂しかった
「現実の経験は無意味なの」
月人は笑った
「そんなこともない
でも墓場までもっていけるのは記憶だけだ
記憶には現実も非現実もない」
「まるですぐに死ぬような言い方」
「そうだね、僕が悪かった」
彼は妖精のようにくるりと一回りした
「死んだら君に版権をゆずるよ
妹は迷惑だっていってたから
自惚れだとはわかってるけど
君はとっても優しいから
そんな邪慳は言わないだろう
言いたいことがあっても
相手を傷つけると思ったら
みんな飲み込んでしまう君だもの」
彼の才能は彼女が一番よく知っていた
だのにこんなことを言う
「なら、生きているうちに詩をちょうだい」
「それは駄目だ」
彼は目を伏せた
「君に詩は捧げない、ロセッティの二の舞になる」
君への愛より名誉欲が強い
彼はそう言いたいのか
「一人の人間に捧げたものでも
他人に見せていいと思うわ」
彼女がそうねばると、青年は苦笑した
「本当の事を言おうか
少女趣味だからさ、
恥ずかしくて生きている間には見せられない」
「ならもう書いたのね
少しだけ教えて」
彼は唱うように呟く
「僕の正体を見抜いておくれ
そしたら僕は消える
童話の鬼や妖精のように
名を知られたら死ぬしかない」
夜はそこで終わった……

幼なじみは妹を訪ね
残されたものはないかと訪ねた
金庫が開かないという妹に
彼女はこう提案した
「彼は昔、自分の誕生日をダイアル番号にしてた
私達に残されたものがあるなら
私達の数字を試してみましょう」
センティメンタルに思われた
この発言は正しかった
金庫はすぐに開いて
朋恵あての詩があった

「君が与えてくれるもの以外
何もいらない
それだけで充分生きられた
君は聖域だった

君にふさわしくない
この男のことは忘れてくれ
僕は秘密に汚された
下らない男なんだ

礼も言わずに去るのを
許してくれるだろうね
僕が消えても
ずっと幸せでいてほしい
君の幸せのみを願う」

幼なじみは哭いた
「貴方が死んでしまったのに
幸せになれる訳がないわ
第一死ぬのは約束違反よ
貴方の秘密も正体も
私はまだ暴いてなかった
妹は怒った
「兄さんは私を
なんだと思っていたの
一人で何かを抱えて
黙って死ぬなんて失礼な」

彼の汚れとはなにか
親しい人々から彼を奪った
忌まわしい秘密とはなにか

実は金庫の中には
彼の原稿がまだ残されていた
望みの名声を得るための貴重な原稿
自殺の決意は古かったらしく
日記も手紙も焼き捨てられていて
他には手がかりがなかった
二人はそれを読むしかなかった。

3.秘密の愛人

ある日一人の青年が、電車に飛び込んで死んだ
よくある自殺の筈だった
しかしただひとつだけ、奇妙な事があった
靴が残っていたのである
彼はホームで靴を脱ぎ、それから線路へ落ちたのだ
それは不思議な自殺だった

彼の雇い主はああ!と叫んだ
病院で静養中のこの女性
出版社の女社長は
この死が何を意味するか
全て知っていたからだ
彼女の名前は静処
「隠された墓所(graveyard)」という意味
彼の名前は月人
「月の夜に出会った美しい人」という意味
二人はあの日結び付いてしまった
運命の出会いに

社長は人を殺した
半ば故意に 半ば偶然に
彼女は殺意を抱いていた
計画も練っていた
そして相手の男はその夜
彼女の殺意と計画にはまった
高い窓からつきおとされて
男は死んだ

彼女は結果を見届けたかった
そしてビルの谷間に降りた
死体は確かにそこにあった
しかし、若い社員がそこにいて
血塗れの肉塊を見つめていた
彼女の身体は凍り付いた

しかし次に青年は
し!と口唇に指をあてた
「僕が殺したんです、
これから靴を脱がせて
自殺にみせかけようと思っています
邪魔をしないでください」

彼女は混乱した
しかし青年は彼女をせきたて
万事をとりしきった
脱がされた靴は屋上に並べられ
遺書めいた文章を添えられた
警察は真相に気付かず
それは自殺で処理された

女社長はおびえはじめた
月人の気持ちがわからない
かばわれたからといって
便宜をはかれとも迫らない
呼び出しても黙って微笑むだけだ
いつしか深い関係ができ
社員が悪い噂をはじめた
彼は愛人かゆすり屋のようだと
しかし彼はどちらでもなかった

「私を愛していないのに
どうして貴方が罪をかぶるの」
秘密に堪えかねた社長が尋ねる
「罪って何のことです」
青年は彫像のように
彼女の下に身を横たえながら
甘い声で呟いた
「それに僕は
あなたを愛しています
あなたは僕に
最高級の賛辞をくれた人だから
最初にここへきた時
いつも読んでいると言ってくれたでしょう」
しかしその瞳に
愛を伝える色はなかった
社長はどうしようもなく
あの夜の殺人をぶちまけたくなった

青年はしかし
その口唇を接吻で塞いだ
「信頼してもらえるのは有難いけれど
あまり秘密をしゃべらないで
作家は口が軽いんだ
僕はうんと浅ましいんだ
あなたが教えてくれたことさえ
そのまま書いてしまうよ」

社長はたやすく発狂した
想像が限界を越えたので
愛も欲も信頼もないのに
他人の秘密を守って罪をかぶろう者などいる訳がない
錯乱した状態のまま警察へかけこみ
すべてを訴えて病院へ入れられた

「僕が殺したと言ったのは
罪をかぶることの方が
あなたに殺されるよりましだと
とっさに思ったからなのに
目撃者ならいつ殺されるかわからないから
僕は犯人になりたかったのに
あなたと秘密をわけあえて
本当に嬉しかったのに」

青年が恋していたのは社長ではない
おそらく彼女の秘密だった
だからこそ全てが明るみに出る前に
己の命を絶った
病院でニュースを聞いた社長は
一言悲鳴を漏らした後
二度と口を開かなかった

4.残された者

残された草稿は真実を伝えるか
死後の名声をうるためのフィクションか
残された二人ははかりかねた

だが
本当はなんでもかまわないのだろう
彼女達の向こうで
月人はおそらく微笑んでいる
最後まで秘密を持てたのだから

(1996.3脱稿/初出・Narihara Akira編『のんしゃらんと第18号』1996.3)

「剣の花束」−Tsurugi no Hanataba−

1.

退社時刻が近づいていた。
僕は花束を眺めていた。
春らしいうすももいろの花束。
昨日この社をやめた娘が、
《お世話になりました》と、持ってきたのだ。
MJBの空缶に水を張り、僕はそれを無雑作に投げ入れた。

実を云えば、彼女をやめさせたのは僕なのだ。
特に深い理由もない。
ただ、あの小さい白い手と、
別れの握手がしてみたかっただけだったのだ。

2.

5時の鐘が鳴り終わると、僕は電話を一本かけた。
《おめでとうございます》と丁寧に云って、
僕は受話器に頭を下げた。
電話の相手はおばあさんで、年で声が震えていた。
僕の声も震えていた。
おばあさんが、おびえるほど。

僕は自分のデスクに戻り、花束を掴み出した。
切り口を濡れ紙で手当てして、
剥きだしのままひっさげて会社を飛び出す。

僕の友人が、昨日子供を産んだのだ。
とるものもとりあえず駆けつけなければ。
面会時間が終わるまえに!
その事のみを念じて走る。

いや、面会時間など、
終わっていればいいのだ。
そうすれば看護婦が、
僕の花束を届けてくれるだろう。
それだけで充分だ。
わざわざ、やつれた人妻など見たくはない。

ああ、やけに花束が重い。
会社をやめたあの娘は、
僕の企みを知っていて、
短刀でも仕組んでくれたのか?

少女趣味な妄想だ。
だがいっそ、そうであったら!
ひどく重い花束なのだ。
ぶらさげていて、手がしびれる程。
剣のように重いのだ。

昔の騎士は偉かった。
重たい剣を振り回し、自分の姫を守ったのだ。
僕の細腕では、とてもやりおおせないことをした……

だが、
この花束は、僕の武器だ。
なにもなければ、出かける口実を作れない僕だ。
もらいものの花束で誕生祝いにかえる、
この暗い心持ち
花屋で花を買い直そうとはしない訳はいったいなんだ?

ああ、なんて重い花束だ!

電車に揺られながら、暗い窓を覗く。
うつる蒼白い顔を見る。
彼女につりあう男になりたかった。
しかし僕の病んだ部分は、
その幸せを許さなかった。……

事情を察する者がいる。
ある者はせせら笑い、
ある者は同情をし、
あるものは親切な忠告さえしてくれる。

しかし、
この想い、そんなによこしまなものか?
自分は臆病野郎とけなされるべきなのか?
僕はただ、
彼女を不幸せにしたくなかっただけなのだ。
この薄汚れた魂で。

駅は明るすぎるほど明るい。
光と人波が溢れる。
雑踏に入ると、花束が痛みだす。
花が傷つく予感に、いっそ誰かに投げつけたくなる。

胸の底が叫び出す。

《そこな者 退け!
この剣が見えぬのか!
押し寄せる者ども、みな切り捨ててくれよう!》

大上段にふりかぶり、袈裟がけに何人を切り倒したか?

花の青い血の香りが、僕を正気に返す……。

駅裏の売店で、病院の場所をきき、
線路沿いを歩きだす。
ろくに街灯もない道を、わずかな店の灯が照らす。
銃器店、本屋、果物屋……

何故かこの街には、銃器店が多い。
バスで一時間揺られて行けば、優れた冬の猟場に出る。
毎年一人は撃たれて死ぬ。

産婦人科の看板ばかりが、高い所で輝いている。
道はいよいよ狭くて昏い。
なにやらでそうな雰囲気だ。
こんな所で女性を襲う、ふらちな輩もいるまいが。

入口にたどりつき、インタフォンを押す。
面会は御自由に、と許しが出る。
足音を忍ばせてドアを押すと、赤ん坊の遠い鳴き声。
弱く細く、そして長く、悲鳴のように……

ああ、逃げだしたい! 花束だけ置いて、帰りたい!

3.

僕は、思いきってドアを開ける。
彼女は横たわっていた。
少しも変わっていなかった。
舌足らずな甘い声も、豊かな頬の深いえくぼも、
昔の少女のままだった。
僕も、はにかみやの少年にかえる……

僕らは幼なじみだった。
互いを認め合える友人だった。
相手の気持ちを計りながら、
たわいのないおしゃべりで何時間も過ごした。
その内容が変わっても、僕らはいつまでも友達だった。

剣はほどかれて、
水を張ったミルクの空缶に投げ込まれた。

僕は重いコートを脱がずに座っていた。
そのなかに言葉を押し隠していた。
《所詮、この痛みは男の人にはわからないのよ》
と彼女が云うのを、
僕はうなずきなから、黙って聞いていた。
面会時間の終わりに、彼女は電話をかけるといった。
僕は起き上がった彼女に、カーディガンを着せかけた。
《ありがとう》と彼女はいった。
電話のところまでついていった。

彼女の小さな白い手が、ある番号を選んで回す。

僕は席を外した。それ以上なにもしなかった。
できなかった。

4.

病院を追い立てられて、夜道をさまよう。
屋台の飲み屋にはひとけがなく、
映画館も早々と幕を降ろしていた。
バス通りばかりが灯を残し。
夜の早い街である。

バス停に立ち、
澄み切った冬の星座に挨拶をする。
僕は《愛》の定義を考える。
世間がなんと云おうと、
許されぬ恋であろうと、
一緒にいるときは楽しく、
離れているときには切ないのに……

いや、こんな思いは信仰に近い。
僕は、ひ弱な羊飼いで、女神の心おさめるために、
剣を捧げ物として、遠路はるばるやってきたのだ。

パラドックスだ。
女神への想い、断ち切る剣なければ、
羊飼いは永遠に、誰とも結ばれない。
どんな悲劇を望んで、僕は剣の花束を運んだのか?

ゆえに花束は重かった……

《そこな者 去れ!
この剣が見えぬか!
去らぬ者は切り刻んでくれる!
傷つけ! 傷つけ!
我が胸の痛み思い知れ!》

こよい清い白百合と眠ろう
根を切られ死んでゆくばかりの白百合の花束と

まだ開いている花屋はあるだろうか。

胸の底に刃物ひそめ
ただ痛みに耐えて夜を歩く
我、花束の剣の騎士の哀れさよ!

(1991.3.18脱稿/初出・小松美明編『群探』1991.4)

「SF・う゛おぃす・いんさいど・おぶ・みい」

ふだんはコーヒーにミルクを入れない。でも、次の言葉につまった私は、手持ち無沙汰をごまかすために、おかわり自由のコーヒーに、ついてきたミルクの封を切った。
ミルクは渦を巻く。
渦はふわりとコーヒーの面に広がる。そして対流をおこす。 ゆるりゆるりと流れはおきる。コーヒーの表面で、そしてこの小さなカップの中で、黙っていても対流は続く。
これはまったく気象と同じだ。ぐるぐると回る地球のまわりを、こんなふうに風は流れている。偏西風は動き、雲も流れて雨を降らす。こうしていきとしいけるものは、気流と一緒に生きているのだ。
スプーンを入れずに眺め続ける。
大きな流星が落ちてきたら、この気流は乱れる筈。
ごくささいな力で、この気象は狂う筈。
神のスプーンが空気をかき回したら。
神がこの水の惑星の空気を深く吸ったら。
この上における、いきとしいけるものは、皆死んでしまうのだ。

コーヒーはどんどん濁っていく。
増え続ける地球のエントロピー。
我らの命はなんてちっぽけ。
一人一人は精一杯。こんなに苦しみ、こんなにもがき、自分の仕事に命を尽くして。悪いことなどしていないのに。
声高に危機を訴えるジャーナリズムも、増え続ける地球のエントロピーだ。
私達にどうしろと、何をしろというのだ。
警告を続ける者たちよ、滅びよと吠える者たちよ、私に何をしろというのだ。
コーヒーはどんどん濁っていく。

「さめちゃうよ」
「え?」

私に地球を滅ぼせと?
濁った水を飲み干せと?
私は薄く微笑んで、金のスプーンでコーヒーを混ぜる。
さようなら、愛しい地球の生き物達。

「何、考えてたの?」
「なんだと思う?」
「難しい顔してたよ」
「そう」
「もしかして……」
笑ってさえぎる。
「心配しないで。たいしたことじゃないわ。地球滅亡の事」
「なんだ、そうか、そんなこと」

私達の命一つ、色恋の一つや二つ、どうってことはないこと。たいしたことじゃないこと。神様が金色のスプーンをこの地球に差し込むまでは。

(1993.6脱稿)

「P(仮面の下)」

……うん
僕はたぶんね
自分で思うよりこれからは楽じゃないって
わかってるつもりなんだ
事実 そうなんだろう?

旅立ちの決意は
コートのポケットに押し込んで
日差しの照りかえす 白いコンクリの上を歩く
ここは墓場
死体があっても
誰も不思議に思わない場所だ

死者よ
おまえたちはどうして
こんなところで穏やかに眠っていられるんだ!

僕が平和を愛している なんて
臆病なだけ
格好つけてるだけなんだ
自己分析するまでもない
わかってるんだ

また友達が笑う
つられて
僕も訳もなく笑うのだ

(1981年のノートから)

「Long Long Kiss」

長い長いキス
魂 交わしあうほど
今宵はあなたの頬の下にひそみ
舌でころがされたい

長い長いキス
胸が張り裂けるほど
今宵はあなたの手で
心臓を掴み潰して

美しい夏の夜に
爛れきった火傷
押しあてられた氷の冷たさに
喘ぐ

まだ幸せでいいの、と呟く私に
あなたの手が触れる
この手をよごしたくない
その魂をけがしたくないの

長い長いキス
魂 交わしあうほどの
今宵はあなたの頬の下にひそみ
舌でころがされたい

この夜があけてしまえば
あなたの時はまた
別の人のために
ひらかれてしまう

永遠の夜を願いながら
これ以上なにもできずにいる
ただあなたの手をとって
胸に押しあてるだけ

長い長いキス
胸が張り裂けるほど
今宵はあなたの手で
心臓を掴み潰して……

Long,long kiss……
Long,long kiss……

Words & Music by Funk Born
(The Varricades)
USO-Translated by Narihara Akira

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copyright 1998
Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/