『赤い実を食べた』


その日の用がすんだので、三成はふらりと吉継の居室を訪ねた。
だが、部屋の主がいない。
それでも陽も傾いた。いずれ戻ってくるだろうと、そのまま腰をおちつけていると、
「殿」
小姓らしい影が障子にさした。三成はよく通る声で、
「刑部はまだ戻っていない。何の用だ」
「石田様でいらっしゃいましたか。殿がお求めになられたものが、届きましただけのことで。それではまた、後ほど」
三成はすかさず立ち上がり、パン、と障子をあけると、去ろうとする小姓の前にたった。
「単なる届け物ならば、今おいていけ。何度も来るのは面倒だろう」
小姓は三成を見上げ、ニコリとした。
「それでは、お預りくださいませ」
独特の香りを漂わせた小さな包みを渡される。
三成は、その匂いの正体を知っていた。
「丁子か」
「はい」
「刑部の薬箱に入れておく」
「不在ならば文机の上に、と申しつけられております」
「そうか」
三成は文机の上に包みを置いた。
小姓は頭をさげ、もういちどよい笑顔を向けて、今度こそ去った。
吉継の病は敬遠されがちであるが、身の回りの世話をする小姓はもちろん、いくたりもいる。三成と共に出陣しないいくさでは、湯浅だか平塚だか、決まった馬廻り衆がついているはずで、あれもそのうちの一人なのだろう。
三成の方では名も覚えていないというのに、彼に笑いかけるという行為はつまり、「殿をよろしくお願いいたします」であり、普段の三成ならば「いわれなくとも刑部のことなら」と一喝するところなのだが、なぜか頬に赤みがさして、いえなかった。
丁子には、花実や葉に殺菌作用がある。乾燥させた花は胃薬などに使われるため、三成にもなじみがある。果実も歯磨きなどに使うほか、結核に用いられることもあり、竹中半兵衛も薬箱に忍ばせているようだ。吉継が丁子の香りをさせていた記憶はあまりないが、薬として求めても、なんら奇妙なことはない。
ただ、油分の多い丁子の実には、古来から有名な使い方が、別にあって。
「刑部」
三成は熱くなった頬をおさえた。
「優しくして欲しいのではなかったのか……私は、貴様の望みを読み違えているのか?」
三成は立ち上がった。
戻るのを待つつもりだったが、再び夜に訪うことにしようと。

吉継の呻き声は甘くかすれ、時々「みつなり」とよぶ以外、意味をなす言葉を紡がない。
三成の愛撫に、されるがままだ。
くちづけを全身に降らされて蕩け、喘ぎ、瞳を潤ませて三成を見つめる。
三成は吉継の前に触れながら、
「欲しいか」
吉継は顔を背ける。先ほどまで、あれだけ瞳でねだっていたのに、急に羞恥心がわいたかのように、身をすくめた。
「入れるぞ」
三成はゆっくり、身を沈めてゆく。
予想どおり、中はよく濡れていた。湯で清めただけではない、丁子の実を潰したものを、塗り込んであるのだ。ぬるぬると滑って、いつもより激しく突かざるをえない。つまり吉継は、三成にもっと淫らにされたいのだ。
どう動いても中を傷つけることはないだろうが、しっかりと腰を支えて、三成は吉継をむさぼった。
「三成」
何度も名を呼ばれ、そのたびに締めつけられるので、三成は安堵した。
実は夕方、丁子の実を手にした時、真っ先に思い浮かんだのは、「刑部は人肌に慣れているから、私ではやはり物たらないのか」という不安だったが、その次に三成の心を覆ったのは「また刑部の病がすすんで、私に抱かれることすら辛くなってきているのではないか」という懸念だった。乾かぬようによく湿らせておけば、三成が勝手に動いて、早くすませるだろうと算段しているなら、そうすべきだった。
だが、できなかった。
吉継は、閨での三成には優しさを求めている。はっきりそういわれているし、丁寧に愛撫し、焦らせば焦らすほど、吉継は可憐に乱れる。その姿を味わうことなく終わらせるなど、もったいなくて、できない相談だった。
「刑部」
三成は吉継の耳もとに口唇を寄せた。
「今宵は、何度でもしてやる」
その囁きに吉継は身を震わせ、三成の背を引き寄せた。
「もっと強う、三成ぃ……っ!」

己の熱がようやく落ち着いた三成は、吉継の身を清めようとしたが、どうも様子がおかしい。
まだ欲しいというのではなさそうだが、このまま終わっては困るという風情だ。
というより、明らかに拗ねている。
「どうした、刑部」
「ぬしという男は、まあ、わかっておったが、ほんに、かわらぬな。ぬし以外の何者でもないわ」
「私がどうかしたのか」
「夕刻、ここにいて、小姓から丁子を渡されたであろ」
「きいていたのか。だが、不在の時は文机においておけといわれたと、そういっていたから、そのまま置いて帰った」
「ぬしはそれを、何に使うか、気づいておったであろ」
「それは」
もちろん、気づいてはいた。吉継は怒りをにじませた声で、
「石田様は頬を赤らめておられました、と耳打ちされた、われの身にもなってみよ。しかも、われの心を知りながら、あんな、生殺しのような……」
三成はやっと納得した。吉継はつまり、今夜は焦らされたくなかったのだ。だが、小姓たちに裏の事情を知られているから、自分からねだるのもはばかられ、されるままになっていたが、本当はもっと早く求めて欲しかったのだろう。
なのに三成は、なにもしらぬげに、いつもの紳士ぶりを発揮する。
まるで己だけが淫乱なようで恥ずかしく、腹が立ってしかたなくなった。
しかし、三成に優しく触れられるのは、もちろん、嫌ではないのである。
なんという、可愛らしさか。
「刑部」
三成は吉継の頬を包んだ。
「すごく、よかった」
「知らぬ」
吉継は目を伏せ、口唇を噛む。
「貴様もよかったなら、次は私が塗ってやる」
「そのようなこと、ゆうておるわけでは」
一瞬、されることを想像したらしく、吉継は頬を強張らせた。
ほぐすように触れながら、
「刑部。私が私であることが、嫌なのではないだろう?」
吉継の瞳が潤む。
「ぬしなど……」
嫌いよ、とは続けない。
三成は吉継の額に口づけた。
「いやらしい男ですまない。あまりに刑部が可憐で、ずっと見ていたくなってしまったのだ。辛くするつもりはなかった」
吉継は深いため息をついた。
「わかって、おるわ」
三成の首にすがりつき、
「わかっておるのに、何故ぬしに、こんな……」
口を吸いあい、吉継の求めるまま、三成は再び動き始めて――。

(2012.9脱稿)

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Written by Narihara Akira
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