『馳 走』
「目が覚めたか、刑部」
「三成か」
目をあけると、かたわらに小袖姿の三成がいた。
早く起き出して、用事をこまごまと片づけていたようだ。
白い掌が、新しい包帯を乱れ籠にまとめて置いているのをぼんやり眺めていると、三成が吉継の布団ににじりよってきた。
「どうした。熱でもあるのか」
額に掌をあてられて、吉継はほうっとため息をついた。
「冷たいの。ここちよい」
ここちよいゆえ、その掌だけでなく、総身で抱きしめてくれまいか。
だいぶ冷え込むようになったというのに、最近の三成は、吉継を朝まで抱いていない。
互いを清め終えると、脇に布団をしいて、そこでおとなしく寝てしまう。
三成が寝食を忘れて奔走していた頃を思えば、そのように行儀よく眠る姿に安堵できるはずだった。だが、三成に思うさまむさぼられ、熱い肌にくるまれたまま目覚めると、吉継は己の身だけでなく、心までぬくもっているのを感じるのだ。それは恥ずかしいような、嬉しいような、なんともいえない気持ちで、静かな寝息をたてている三成の胸に、あらためて頬をうずめると、これが幸だと思う。
三成は心配そうに吉継の顔をのぞきこみ、
「熱はなさそうだが」
「そうよの。ただ、もちと朝寝がしたい」
「そうか。だが、もう日が高い。寝るにしても、なにか腹にいれておけ。私ももう、朝はすませた」
三成はすらりと立ちあがり、膳をもって戻ってきた。
蜆の味噌汁に、青みを散らした白い粥。鳥のそぼろに大根の煮物、梅干しに香の物。
吉継は身を起こし、綿入れを羽織って膳に向かった。
粥に口をつけてみると、鯛で出汁をとったらしく、品のいい塩みでうまい。
湯気をたてている味噌汁を口をふくむと、こちらもいかにも滋味がある。
煮物にも柔らかな甘みがあって、悪くない。
三成は、よどみなく箸を動かす吉継を見つめながら、
「粥にはたまごの方がよかったか。それとも茶がゆがよいか」
「ぬしがつくったのか、これを」
三成はうなずいて、
「渡来の薬をつかうようになってから、食が細くなってはいないか。気のせいか?」
このところ吉継は、大陸から渡ってきた丸薬をのみだしていた。三成が取り寄せた、ダイフウシという植物の油を固めたもので、服用すると病の進みを遅らせることができるという。ただ、なんといっても油なので、とりすぎは臓腑によくない。
「そのような心配を、ぬしにされようとはなァ」
吉継は苦笑し、そして三成の誠心を感じた。この朝餉も、病んだ身体にも重くないもの、滋養にとんだもの、と彼なりに考えてこしらえたものだろう。掌が冷たかったのも、外が寒いからでなく、水仕事をしてきたからだ。
「まあいい。薬をのんだら、また横になれ。明るいうちに、風も通しておくか」
三成は火鉢を吉継に近づけてから、襖を半分ほど開けた。
軒先に、包帯が吊してあるのが見える。
吉継が古い包帯を何度も使っていたのを知っているので、三成もそれをまねて煮て洗い、ときどき灰汁など使って、真白に洗いあげ、こうして陽にさらしているのだ。湯をつかったあと、吉継が肌に膏薬を塗る時も、三成はよく手伝った。ままごとめいてくすぐったいが、いたわるように動く掌が、時に情感をかきたてて、吉継はされるままになる。
「マコト、かいがいしいことよの」
「当たり前のことだ。それに、私の食事もなにもみな、刑部がずっと世話してきたことではないか」
「やれ、ありがたや」
吉継は首をすくめた。
数ヶ月前までは、気をつけて面倒をみなければならぬ赤子同然だった三成が、吉継の世話をするのが当然だという顔をするとは。関ヶ原での傷が癒えず、吉継が寝起きもままならなかった頃ならともかく、弱った脚以外はもう、元通り動くのだ。
「だが、天下を狙う治部殿が、われにかまけてばかりではな」
三成は即座に答えた。
「なにをいう。秀吉様に半兵衛様がいらしたように、私には刑部が必要なのだ。貴様が欠けてしまったら、どうして天下を狙える」
吉継は、きこえないほどの小さなため息をついた。
そうよ、三成はこれと信じた者にはとことん尽くすのだった。太閤亡き今、その対象が自分になっただけのことか。いやいや、実にありがたい。
「寒いか、刑部。襖はやはり閉めておくか」
吉継が浮かぬ顔をしているのを心配したか、三成が腰を浮かせる。
「なに、ぬしをわずらわせるまでもない」
箸を置くと、吉継はするりと腕を回した。
離れているのに、手妻のように襖が閉じる。病に冒されてから得た力で、これも人を恐れさせるに充分なものだ。
三成は眉をしかめた。
「行儀の悪いことをするな」
「やれすまぬ。せっかくの心づくし、冷めぬうちにたいらげねばな」
吉継は箸を動かし、膳をきれいに片づけた。
そして、白湯で薬をながしこむ。
「刑部、すこしは身体があたたまったか」
「あいあい、馳走になった」
うなずきながら、吉継は綿入れの前をかきあわせた。
「どうした、寒いか」
「いや、いささか物たらぬだけよ」
「なにか不味かったか」
「いや」
吉継はゆるり膝をすすめ、三成の首に腕をまわした。
「われは甘露をほしる」
三成の頬が赤くなる。だが、すぐに吉継の肩を抱き寄せ、口唇を重ねた。
吉継は三成の帯をとき、しとねに導こうとする。
「刑部」
今度はなぜか、三成が前をあわせて拒む。
「どうしやった」
「明るすぎる」
今さら三成が羞じらうとは、どうしたわけか。
「この寒気では、明るいうちでも人肌が恋しいものよ」
「寒いのか、それなら」
三成は拒むのをやめ、吉継の布団にもぐりこんだ。
抱きしめられると、凶王が熱く硬くなっているのがわかる。
「やれ嬉しや、ぬしもその気であったか」
「貴様にねだられて、その気にならないわけがあるか。私は……」
三成は、そこで一瞬声をつまらせて、
「優しくできないぞ。後悔するな」
* * *
「大丈夫か、刑部」
吉継を抱きしめたまま、ようやく息の整った三成が囁く。
「なに、あまりによすぎて、まだ動けぬだけよ」
三成の熱い肌に、文字通り吉継はとろけていた。
「ぬしはよい。やはりぬしが一番よ」
優しくできないと前置きしながら、三成は優しかった。愛撫にたまらなくなった吉継が、何度ねだっても入れようとしない。「続けて出されてはつらいだろう。この寒いのに、洗いに出るのも手間だ」といい、互いをすりあわせるようにして達した。焦らされていた吉継も、ほとんど一緒にいく。
簡単な後始末まですませたが、甘い余韻がさめやらず、二人とも離れられない。
三成は吉継の首筋に頬をうずめ、
「私もだ。貴様がいい」
「明るいうちもよいなァ。ぬしが羞じらうと、いかにもかわゆい」
「私は羞じらってなど……」
いいかけて、三成は口をつぐんだ。
「やれ、どうした」
「刑部。嫁をもらうと太るというのは、本当か」
吉継は低く笑った。
「鬼のような嫁御ならば痩せるかもしれぬが、まあ、相愛ならば、そうであろ。よいことよ」
「よいのか……?」
三成はなぜか困ったような顔をした。
「鍛錬を怠っているつもりは、ないのだが」
吉継は驚き、目を大きく見開いた。
三成は、己の身体が丸みを帯びてきたと思っている。そしてそれを恥じるあまり、明るいうちに抱きあうのをためらったのだ。
吉継は笑い出しそうになるのをこらえながら、
「誰にからかわれたか知らぬが、ぬしは肥えてなどおらぬ。むしろ、もちとふっくらしてよい。その方が、抱かれるこちらも、よいものよ」
「いや、いわれてみると、頬がまるくなった気がするのだ」
吉継は三成の頬に掌をのばした。
「ナァニ、あいもかわらぬ、美しきかんばせよ」
「そうか」
吉継の掌に、三成は己の掌を重ねながら、
「なら、私にばかりかまわず、刑部ももう少しなんとかしろ。食べられるのだろう? 私の朝餉では足りぬのだからな」
吉継は含み笑いをもらした。
「そうよの、痩せた鶴のような身は、お気に召さぬよの。なに、ぬしが厭なら、こうして無理に抱かずとも」
「なにをいう。刑部は美しい。鍛え抜かれた武将の身体だ、どこも衰えてないではないか。誰がいとうものか」
吉継はため息をつき、三成の艶やかな頬に、さらに指を這わせながら、
「三成よ。嫁をもらった男が肥えるのはな、鍛錬を怠けるからでも、まともに飯をくらうようになるからでもない。日々、幸をくらうからよ」
「幸か」
「だからぬしも、まるくなってよい。それをあざける者は、むしろ不幸よ」
「よいのか、刑部」
そう囁く三成の声が濡れている。吉継は三成の腰に、ゆるく脚をからませながら、
「われならば、ぬしの思うまま、いくらでもくらうがよい」
「だが、朝と晩と両方では、いくらなんでも贅沢がすぎる。誘われるのは嬉しいが」
「やれ優しや。われをおもんぱかってのことなら、晩だけでよい。夜があけるまで、こうして、われを抱いていてくれやれ」
三成は目を伏せた。
「だが、それでは貴様が、よく眠れまい?」
「三成、ぬしは……」
われを思いやって、あんな風に行儀良くしていたと?
三成は吉継の背を撫でながら、
「貴様がほんとうに苦しくないなら、抱いて寝る。軽蔑されないなら、刑部がいやでないのなら、もっと、触れていたい」
「やれ、それではわれも、すっかり肥えてしまうナァ」
冗談めかして答えながら、吉継は三成の胸に、ひたりと身を寄せる。
「……われの一番の馳走は、ぬしゆえな」
(2011.10脱稿)
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Written by Narihara Akira
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