『地上の星』


「急に呼び出してすまないね。二人に頼みたいことがあるんだ。まず、これを」
そう言って竹中半兵衛が石田三成に渡したのは、根をくるまれた桜の苗木、大谷吉継に渡したのは、金いろの五芒星が描かれた漆塗りの小箱だった。それぞれ七つずつある。
「先日、お土居が完成したのは君たちも知ってるよね?」
お土居というのは、太閤秀吉が指示して作らせた、京の町をぐるりと囲む土塁のことだ。まず外側に堀をつくり、掘り出した土を盛り上げ、竹を植えてその根で固めてある。
「その仕上げとして、京の七口、つまり、七条口・東寺口・竹田口・伏見口・粟田口・大原口・長坂口に、この桜を植えて欲しいんだ。その根元に、一緒にこの箱も埋めてね」
「かしこまりました」
三成はうやうやしく苗木を受け取ったが、吉継は首をかしげている。
「どうしたんだい、大谷君」
「いや、賢人がこのような呪いをするのかと」
「ああ、この箱をつくったのは僕じゃないよ。秀吉」
「太閤自ら?」
「うん。だから、この箱は開封しないでね。なんらかのお呪いを上書きするのもだめだよ」
開けようにも、漆で塗り固められていて、どこか壊さずに開けることなどできない。
「いったい中身は」
「知りたいなら本人にきいてみたら? 答えてくれるかどうか、わからないけど」
吉継は首をすくめて、
「このようなこと、われのような病持ちがやらずとも」
「えー、秀吉のご指名なんだけどなあ。それに、君たち二人なら一日もあれば仕上げられるでしょう。まあ一日で終わらせなくてもいいんだけど。どうしても厭?」
「いや、恐れ多いという話で」
「秀吉はいずれ、洛中を桜で満たすつもりだ。その第一歩なんだから、光栄に思ってくれたまえ。いつまでも京の祭りを、前田なんかに牛耳らせるわけにはいかないからね」
三成は深々と頭を下げた。
「秀吉様、半兵衛様のご指示に従います。さっそく明日にでも、未来の花見の準備を」
「うん。他に必要なものは後で渡すね。頼んだよ」


「そろそろ長坂口よな。おりてよいか」
「ああ」
半兵衛の指示で、二人は戦車天君に、桜の苗木、必要な土と水、星の小箱を積んだ。吉継は中に乗ってそれを見張り、三成は徒歩でその前を歩いた。なぜなら半兵衛から、最初の七条口から、次の東寺口までの歩数を数えるよう言われたからだ。
「間尺を使う必要はないよ。君が歩いて確かめることに意味があるから」
三成はその通りにした。そして念のため、他の口までも己の歩数で確認し、覚え書きを記した。なので道中の三成はほぼ無言で、吉継は退屈で仕方なかった。七口を順に訪れ、たどり着くと、三成は鋤で穴を堀り、吉継がその底に小箱を下ろす。三成はそれに薄く土をかぶせ、その上に苗木を置き、水はけのよい土で埋めて、たっぷりと水をやる。それをひたすら、繰り返す。
ようやく最後の口まで来て、吉継はほっとした。ふわりと浮かべた小箱を土中に下ろすと、最後の苗木を植えるのを見守る。三成は仕上げの水を注いで、
「これで、いいな?」
なぜか吉継はため息をついた。
「何も起こらぬな」
三成は首をかしげた。
「何か起きる予定だったのか」
「いや。わざわざ天君を使ってまで、このように大がかりな呪いを行うのであれば、何か怪異が起きるやも、と思うてな」
「呪い?」
「ぬしも気づいておったのではないのか。七つ口が七つ星と同じ並びと言うことを」
古来、七つ星――北斗七星は、浄化と守護の象徴である。わざわざ星を描いた箱を空の星と同じように配置するのは、強力な呪いである。
先日、秀吉の茶筅髷がだいぶ短くなっていたのを吉継は覚えている。この星の小箱には、おそらく切った髪が入っているのだろう。桐の箱に封じて、腐らぬよう念入りに漆で塗り固め、このように埋めるとなれば、この地はすべて秀吉のもの、いずれは都をも支配するという強い意思を示すものだ。半兵衛が呪いを上書きしないよう命じたのも、そのためだろう。
これで洛中に豊臣の結界が張られた。天君で来たのも、何か起きた時の用心のためと吉継は思っていた。しかし三成はこともなげに、
「秀吉様のご威光を京にも、ということだろう。空散華も美しいかもしれないが、秀吉様は桜をお好みだ。なんの不思議もない」
「まあ、それはそうだが」
千利休が《花をのみ まつらん人に 山里の 雪間の草の 春をみせばや》と藤原家隆の歌をひいて厭味を言ったことがあるぐらい、秀吉は桜好きだ。桜の開花は春の訪れを示すもので、農民はその年の天候を咲き具合で占い、作物の種まきの目安とする。とよめる国を望む秀吉が桜を愛し、花見を行うのは、雅な貴族趣味とは違う。前田のように渡来の花火を打ち上げることに心を砕くより、火薬は大砲に使いたいのが秀吉だ。花火を《そらちるはな》などと詩的に言い換える三成さえ、そうだろう。
すると三成は天を仰いで、
「だとすれば、七条口から先、七乗の歩数で歩けば、洛中に何かあるのだろうな」
「で、あろうな」
「行ってみるか」
「そこまで行くは面倒よ」
「そうだな。もう日も暮れかけてきたし、後日にしよう。呪いであるならなおさら、半兵衛様のご指示通りに行わねば」
「そうよな」
残った水で手を清める三成に、
「帰りはぬしも後ろに乗らぬか。疲れたであろ」
天君ならば、徒歩で先導せずとも大坂まで帰ることができる。しかし三成は、
「いや。歩いて戻る。半兵衛様が己の足で確かめよとおっしゃったのだ、帰りにもう一度、歩数を数えておこうと思う」
「さよか」
豊臣の左腕は秀吉の大望に忠実すぎる。やれつまらぬ、と吉継は嘆息した。
正直、病持ちの身には、天下取りの野望は遠くに感じられる。
吉継の願いは実にささやかなものだ。天蓋に咲く菫いろの星、そのきらめきを、できうる限り常に近くで見ていたい。それぐらいは叶って欲しいと思うのだが――。


二人は大坂覇城に戻り、半兵衛に完了の報告をした。
「お疲れ様。ところでこれを見てくれるかな」
屋敷の図面が示された。
「君たち二人の下屋敷を新たに洛中に置こうと思ってね。こんな感じでどうかなと」
築城予定の場所を見て、二人は顔を見合わせた。おそらくは北極星の位置である。
三成が先に口を開いた。
「このような場所に、もったいなきこと」
「どうして? 君たちは豊臣の星、地上の星なのに」
吉継が口を挟んだ。
「三成はともかく、われが星とは」
「なんのために共同作業してもらったと思ってるんだい。秀吉がいずれ京に居を構える時に、君たち二人にも居てもらうためだよ。豊臣の系譜として、いつでも彼を支えてもらわないと。僕はいつまで花を見ていられるか、わからないんだから」
言葉を失った二人に、半兵衛は花のように美しい微笑を向け、
「これも秀吉の希望だから、厭でなければこれで進めるよ。そのうち京でも、花見をしようね」


二人はしばらく無言で歩いた。吉継の私室の前まで来ると、三成はぽつりと呟いた。
「帰りに天君に乗らずにいて、本当によかった。秀吉様、半兵衛様にあんな思いがおありとは」
「そうよな」
三成はふっと吉継を見つめ、そして視線をそらせた。
「私が乗らなかったのは、人目のないところで刑部と二人きりでは、外であっても気持ちが抑えきれないかもしれない、と思って」
「なにを、ばかなことを」
「いや、何か寂しげな顔をしていたから……」
三成はうっすら頬を染め、
「すまない。また、夜に来る」
吉継を置いて、そのまま去っていった。

包帯の下の頬も、花のように、しばらく赤いままだった。



☆参考資料『建築家秀吉』宮元健次(人文書院)

(2021.2脱稿。戦国BASARAオンリーイベント「早春の宴」ウェブアンソロ用書き下ろしを改訂)
★注:空散華(そらちるはな)は、前田慶次の京都花火祭の三成の台詞から。千利休はbsrでは秀吉殺害犯なので初登場ですね……。

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Written by Narihara Akira
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