『媚 薬』


吉継が背中に体温を感じて目覚めると、三成の腕の中にいた。
いつの間に床に滑り込んできた、と思うより前に、三成の怒張に気づく。
下帯が緩められ、濡れた切っ先が、すでに浅く埋まっている。
吉継は身を震わせた。
だが、三成はチュク、と音をたてて、抜いてしまった。
吉継が低く喘ぐと、再び浅く埋めてきて、また抜いてしまう。
何度もつつかれているうちに、吉継の腰が焦れたように揺れ出す。
「刑部……」
そう囁かれた瞬間、吉継は身を起こした。
三成が、あ、と声をあげた次の瞬間、吉継の腕が三成の首にからみついた。
「われをどうするつもりよ」
濡れた声で囁きながら三成をまたぎ、熱い秘肉の奥まで、迎え入れる。
「ほんに、ぬしは罪な男よ。われをこんなに、してしまうとは……」

*      *      *

大谷吉継が、加賀百万石の前田家に招かれたのは、つい先日のことだった。
利家の妻、まつから、助けていただいたご恩返しがしたい、当家でもてなしたい、という申し出があった。
意図して助けたわけではないが、豊臣政権もだいぶ落ち着いてきたので、吉継が大坂城に常駐している必要はない。
とりわけ寒い時期でもない、招待を拒否する理由はない。
ところが、どうやら前田家は、近日中に世代交代するらしいという噂が流れてきた。
三成は首を傾げて、
「前田が同盟国でなくなる可能性が、あるということか」
「いきなり敵対するとも思えぬが、われが様子を見てこよか」
吉継はともかく、今や太閤の後継、豊臣の象徴である三成が、大坂をあまり長期間空けておくのは問題がある。
「刑部も、加賀に長逗留するつもりはないのだろう」
「行って帰るとなれば、何日かはかかる」
「ならば私も行く」
「ぬしもか」
吉継が目を剥くと、
「貴様を失うわけにはいかない。これが前田の罠では困る」
三成は大真面目に、
「私もいって、同盟を結びなおす。これからも私が大坂を留守にすることはある。秀吉様だとて、常にここに腰を落ち着けていらしたわけではない」
「さようか。なら、ぬしはお忍びで、な?」
非公式にせよ、三成が前田に挨拶に行くのは、悪い話ではない。
吉継と共にいけば、粗相もあるまい。
「留守は左近にまかせる」
「あい、わかった」
吉継はふっと微笑んだ。
「やれ、久しぶりに、ぬしと遠出か」
三成はその笑顔に、己の瞳を細めた。
「そうだな。悪くない」


三成は留守中の指示を出そうと、左近を探した。
搦め手口に近い小部屋で、声をひそめて笑っている声をきいた。
「あー、これ、けっこう効くんだよなー」
出入りの商人が、左近の前に、怪しげな薬を広げている。
「左近、そこにいたのか」
「あっ、三成様」
粉末状の薬が多い。首をすくめた商人の顔色と、左近の様子から、三成はそれが何なのか察した。
「貴様、そういうものが必要なのか」
おそらくは、動物の性器を干したもの……精力剤、媚薬の類である。
「たまにはね。使ってみれば、面白いもんですよ」
左近はすっと立ち上がると、三成の耳元で囁いた。
「刑部さん、喜ぶっすよ?」
三成は目を瞬いた。
「喜ぶ、だろうか?」
「塗る薬の方が、割と確実に燃えますけど、刑部さん、いろいろ塗るの嫌かもしれないし、飲む方でどうすかね」
「割と確実とはなんだ」
「人によって効き目が……刑部さん、いろんな薬、ためしてみてるでしょ」
「そうだな」
三成は真面目な男だが、惚れた相手を喜ばせるためには手段を選ばないという意味でも真面目である。そそる香料や潤滑剤の類なら、今までも使ってきた。
「心配だったら、三成様、試してみますか」
「試す?」
「自分でちょっとだけ飲んでみて、どれだけのものか確かめてから、刑部さんに飲んでもらったらどうです? そしたら安心っすよね?」
「試す相手がいない」
左近は苦笑した。
「だから、ちょっとだけですよ。お試しで、相手がいないと鎮められないほど飲んじゃ、だめじゃないすか」
「そうか」
三成はあくまで真顔のまま、薬を買い求めた。
商人が帰ると、左近はつくづくと三成を見つめて、
「俺、三成様に、神聖な城内で何をって、怒られるかと思いました」
「貴様が不埒な行いをしていたなら話は別だが、ただ、薬屋と話をしていただけだろう。あれは刑部の薬も届けてくれているのだ。むやみに叱りつけて、届かなくなっては困る」
「そうっすね」
「だいたい、貴様に用があって探していたのだ」
「あっ、すみません、なんでしょう」
三成は、ようやく本題を切り出した。
「……貴様も、左腕に近しいと自称するからには、私の留守が守れるな?」

*      *      *

風来坊が前田家を継ぐという話に、三成も吉継も不安があった。
だが、慶次は豊臣に弓引くことはないと、あっさり約束した。
「凶王・石田三成なんて、おっかない形容詞でよばれてるから、関ヶ原の後、豊臣がどうなるもんか、けっこう心配してたんだ。だが、あんたは秀吉が遺したものを大事にしながら、うまいところに落とし込んでる。ほっとしたよ」
生前の秀吉と親しかったゆえか、元々の気質なのか、ざっくばらんな口調がいささか気になったが、三成はうなずいた。
「とにかく、ひのもとをたいらかに治めるには、外圧に耐えうる力がなくてはならない。豊臣は常勝の力をもたねばならん。秀吉様には及ばなくとも、私はそのご遺志を継ぐ」
慶次は顔色をあらため、
「新生前田軍は、豊臣と事を構えることはしない。あんたは無法をゆるさない男だときいてる。たいらかな世を築きたいっていうなら、いつだって協力するさ」
「あい、わかった」
互いが険悪にならぬよう、吉継がひきとると、慶次は吉継の前にずっと膝を進めて、
「あんたが大谷さんか。ほんと、ありがとうな、まつ姉ちゃんを助けてくれて。俺からも礼をいわなきゃと思ってたんだ。これからもよろしく!」
ニッコリ笑って吉継の手を握る。
思わずやや身を引いてしまったが、その仕草にわざとらしいところはなく、吉継も軽く握り返してから離した。
慶次は、膝をはたいて立ち上がった。
「しかし、ふったりとも細いなあ! まつ姉ちゃんの料理、存分に食べてってくれよな!」


そんなわけで、前田家との会見も無事終わった。
正直、うまい飯などというものに興味のない三成であったが、前田の心づくしは身にしみた。
なにより皆、吉継を歓待する。
それが三成にとっては、じんわりと心のあたたまることだった。
吉継がそれになじまず、むしろ戸惑いを隠せないでいるのも可愛らしく、三成にとっては楽しいひとときだった。
数日間、歓待が続き、たくさんの土産物と共に、二人は送り出された。

*      *      *

帰途についた二人は、暮れ六つに小休止をとった。
並んで腰を下ろすと、三成は、
「私はあまり甘い物は得意でない。刑部、少し食べるか?」
あくまでさりげない様子で、落雁の包みを吉継に渡した。
「茶請けなら、ぬしでも食べられるであろ」
「たくさんあるのだ。それに、晩飯までもうしばらくかかる」
「さようか。なら、ひとつもらおか」
落雁は加賀の名産である。吉継は包みを剥いて、口に放り込み、
「ふむ、これも悪くはない。ぬしも後で、食べるとよかろ」
そう呟いて、口元を軽く払った。
「そうか。そうする」
三成は、声がうわずらないようにするのが精一杯だった。
自分でも軽く試してみたが、効いてくるのに数時間かかる配合だ。
薬慣れしている吉継では、もっとかかるかもしれない。
前田の土産らしく、落雁に仕込ませたのだが、味で気付いてしまうかもしれない。
《私はなぜ、こんなにも愚かしいことをしているのか》
媚薬など使わなくとも「刑部が欲しい、貴様を喜ばせたい」と囁く方が、どれだけ吉継が喜ぶかしれない。
なのに、左近の口車に乗ってしまったのは、自分の知らない吉継を知りたいからだ。
本気で乱れる姿が、見たいからだ。
大坂城では小姓たちが気になるだろう、温泉地で夜を過ごせば、吉継の身体もふだんより緩むであろうことが、予測される。
《こんな私の欲深さを、刑部はどう思う? われを疑うか、と悲しむか?》
吉継が腰を浮かせた。
「そろそろ、ゆこか。今宵の湯も楽しみよ」
「そうだな。ゆっくり休め」
「あい」


並べて布団を敷き、旅の疲れを残さぬよう、二人は早めに休むことにした。
吉継はふだんと変わりなく、それどころか、三成の渡した落雁を、もうひとつ口に放り込んでみせた。
効いてくる様子がないのにホッとしてみたり、ガッカリしたりしながら、三成は隣の布団で横になる。
吉継の静かな寝息が聞こえてくると、三成は身体の奥から、何か熱いものがこみあげてくるのを感じた。
考えてみれば、前田に世話になっていた数日間は、吉継としていないのである。
自分でもしていないから、吉継が欲しくなっても、何もおかしいことはないのだ。
こちらから、誘ってみるか。
それで何も起きなければ、きれいさっぱり、諦めよう。
もともと個人差のあるものだ……。
三成は、吉継の布団に忍び込んだ。
その体臭を嗅いだだけで、三成のものが硬くなる。
そっと下帯を緩め、吉継の引き締まった腰の間に、己の怒張を挟む。
吉継は反応しない。
ほんとうに眠っているのだ。
いや、眠っていても、こんなことをすれば起きるはずだ。
寝たふりをしていないか確かめるために、三成は吉継の入り口を、軽く突っつき始めた。
反応は、ほとんどない。
三成が、先を浅く埋めてみると、ようやく吉継の身がビクリと震えた。
そっと身を引く。
そして、試すように、再び埋めてみる。
吉継の腰が、動き始めた。
淫らな焦れ方で、明らかに感じている。
「刑部……」
そう呼びかけると、吉継がぱっと身を起こした。
あ、と声をあげた三成の首に、吉継の腕がからみつく。
「われをどうするつもりよ」
濡れた声で囁きながら三成をまたぎ、熱い秘肉の奥まで、迎え入れる。
「ほんに、ぬしは罪な男よ。われをこんなに、してしまうとは……」
吉継の口唇が、三成に重なる。
吉継の掌が、三成の胸をまさぐる。
あいている方の指が、三成の耳元を、首筋を、背中を、ゆっくりと焦らすように、撫でていく。
もし、吉継が少しでも腰を動かしていたら、三成は即座に爆発していたはずだ。
全身、感じきっていた。
「ぎょう、ぶ」
三成はうめいた。
吉継が男だということを、そして、若き日から自分の肌を知り尽くしているのだということを、改めて思い出す。
自分の腕の中で、可憐に甘える吉継を見ているうちに、その愛撫を吉継本人から教わったのだということを、忘れてしまっていた。
吉継は三成の舌に己の舌を絡め、柔らかに噛む。わざと淫らな音をたてて。
そして、三成自身をキュウと締め付けながら、三成の胸をつまみ、転がす。
同時に何カ所も攻められて、頭からつま先まで、しびれるほどの快感が走り抜ける。
「いい」
まるで、吉継でなく、自分が媚薬を使われてしまったような心地だ。
吉継の身体の、手業の素晴らしさに、抱かれているのがどちらか、わからないぐらいだ。
病に爛れた男と、忌避する者どもの愚かしさよ。
こんな喜びを、自分以外の人間が知っているかと考えると、全員殺してまわりたいと思うほどだ。
「やれ、われがこんなに欲しておるのに、余計なことを考える余裕があるか」
吉継の声も情欲でうわずっていて、三成を刺激した。
「あまりに良すぎて、もたないかもしれない、のだ」
「いきたいだけ、いけばよい。何度でも、すぐに勃たせてやろ」
「刑部ぅ……」
「われはぬしのもので、何度でも、達きたいのよ」
三成はコクン、とうなずいた。
「私の精を、すべて貴様に、注ぎ尽くす……!」


《これが、刑部の本当の姿か》
信じられないほど乱れる姿をみて、普段の自分のやり方では、ずいぶん物足らなかったのだろうと思う。
吉継は喜びに震えながらも、三成への愛撫を忘れず、しきりに腕や足を絡ませてくる。
三成は、びくんびくんと、何度も身を震わせた。
どんなにぐしょ濡れにされても、吉継の秘肉の締め付け具合は変わらず、むしろ前からも白濁を滴らせるようになった。
「みつなりぃ……」
「刑部」
前をしごいてやりながら、三成は深い場所を突く。こねるように動かす。吉継の奥が、さらに具合良く締まってくる。吸い付くように、さらに三成を奥へ迎え入れるように動く。
「われ、ほんに、淫乱よな……ぬし、嫌になるであろ」
「なんだ、貴様もまだ余裕があるのか」
三成は指を吉継の口の中に滑り込ませた。口腔内の感じる場所を、指でこすってやるのだ。コリコリと硬くなった胸を親指で潰して、吉継に声をあげさせる。
「う!」
強い刺激をうけて、吉継が放った。三成が指を出してやると、吉継は首を振った。
「もう口はよい、ぬしの指を噛んでしまう、舌もだめよ」
「わかった、こちらだけで達かせてやればいいのだな」
狭くなったところを、質量を増した三成の凶器がえぐる。
「あ、あっ!」
ドプドプと三成のものを注がれて、吉継も立て続けに達した。
「ぬしのがよい、ぬしのが、ぬしので……!」
三成の腰の動きは止まらず、犯し尽くされる快楽に溺れ、吉継は熱さも痛みもすべて忘れた。
「とけて、ひとつに、なれればよいに」
「とけるな! 私はずっと、貴様を味わっていたい……!」

二人がようやく熱をおさめたのは、夜が明けてからのことだった。
三成は「夕方まで寄るな」と近習に言い含めて、吉継を抱いたまま、とろりと眠りに落ちた。
深い幸福感に、ひたされたまま。

*      *      *

三成の腕の中でボンヤリ目を開け、見つめられていることに気付くと、ふっと吉継は赤面した。
「もう、陽が傾いておるのか」
「ああ。よく眠っていた。よかったか、刑部?」
「われは淫乱の性ゆえな」
そういって顔を背ける吉継の頬を、三成は掌で包み込む。
「貴様は淫乱などではない」
「あんな姿を見ても、あきれぬのか」
「私の方が、よほど淫乱だ。私は貴様に、一服盛った」
吉継は、一瞬、身を硬くした。
三成はその背中をトントンと叩いた。
「と、思ったのだが、貴様、食べたふりをして、あの落雁を捨てたろう」
「やれ、気付いておったか」
「後で気付いた。袖の中に落とし込んだな? だいたい、薬では、ああいう火の付き方はしない。薬が効いているふりをして、私の希望に応えてくれたのだろう」
「やれ、朴念仁のぬしに見抜かれるとは、われも焼きがまわったものよ」
「嬉しかったが、媚薬を飲むのがいやなら、最初から拒否してもよかったものを、なぜ」
「われはな、いつも、ぬしのイチバンでありたいのよ」
きょとんとする三成に、吉継はため息をついた。
「われはな、ぬしを試したのではない。左近を試した。ぬしでなく、われのいうことをきくかどうかを」
三成はハッとした。
左近が媚薬を勧めてきたのは、吉継の差し金だったのか。
道理で「刑部さん、喜ぶっすよ」などと、囁くはずだ。
「左近は豊臣の一員だ、貴様のいうことも、きくにきまっているだろう」
三成が首を傾げると、吉継は低く笑った。
「ぬし、ほんに、ぬしよなァ」
「よく、わからないが」
三成は吉継をそっと抱き寄せた。
「薬など使わなくとも、あんな風になってくれるなら、いくらでも抱く」
「いや、腰が使い物にならなくなるゆえ、たまにでよい」
「よいのか?」
三成は怪訝そうにうなずきながら、
「まあいい。貴様が喜んでくれるなら、なんでも」
「なら、きちんと飯をくえ。よう眠れ」
「ああ」
三成は吉継の腰を、さらに抱き寄せる。
「もう一日、帰るのを伸ばして、貴様を食らって、共に寝る。あと、せっかく温泉場にいるのだから、湯も使わなければな。洗ってやるから、覚悟しておけ」
「やれ、ぬしは、ほんに……」
吉継は三成の耳に口を寄せ、軽く息をふきかけた。
「ぬしがほんに望むなら、あれを飲んでもよいのだがなァ」
「刑部がいいなら、私が飲んでもいい。そのかわり、眠らせない」
「やれ、ぬしの腕の中で、トロトロ寝るのが心地よいのよ」
「では、半分ずつにするか。それなら眠れぬこともあるまい」
三成は、残しておいた落雁を割った。ひとつ口に含み、片方を吉継の口へ押し込んだ。
すぐにかみ砕いてしまうと、
「もうしばらく寝ていろ。それから、誰が何といおうと、私の一番は、貴様だからな」

(2014.1脱稿)

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Written by Narihara Akira
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