『合 図』


「ああ……」
吉継は深いため息をついた。
三成の腕の中で、その肌を熱く感じているのが心地よい。
たっぷり睦み合い、湯をつかい、こざっぱりとした寝着に着替えて、もうただ眠るだけになっている。その余韻に甘くひたっていられるのが嬉しい。
「刑部」
三成もそれを察しているのか、ゆるく吉継を抱き寄せて、目を細めている。
「明日も来るか、三成」
「貴様がよければ、私はいつでも」
「そうよな」
三成は吉継がその気を見せれば即座に反応する。しかし吉継は病の身、毎夜肌を重ねたくても、できない時もある。
「来てほしい日は、われから何か、合図でもしよか」
「いいのか」
三成の声がはずんだ。
吉継は身を起こし、
「朝目覚めて、日が暮れる前までに、ぬしにわれがこういう仕草をしたら、その夜は閨へ、というのはどうよ」
三成はうなずいた。
「わかった。だが、急にだめになったら?」
「それはそれよ。だめだといわれたら、ぬし、目に見えてへこむであろ。われのせいで、物の役にたたなくなっては困る」
「そうだな。では、合図を楽しみにしている」

*      *      *

このところ、半兵衛はいくつかの支城の整備に出ていて不在である。その出発前に、三成と吉継の二人に、豊臣覇城改築案を示していた。
「半兵衛様、これは」
「豊臣から離反した人間がでたから、少々手を入れようと思ってね」
「素晴らしい……!」
図面を見て、三成は深いため息をついた。相手がどれだけ城のつくりを知っていようと極めて攻めにくい、細かな仕掛けが随所にほどこされている。
吉継は首をかしげて、
「これを、われらに、と?」
「うん。しばらく、大きないくさの予定はないからね。留守を頼むよ。久しぶりに、君たちの手腕を見せてもらいたいな」
三成は頭を下げ、
「おまかせください。ご指示の通り、間違いなく仕上げます」
吉継は渡された文を見ながら、
「われも普請の指揮を……?」
「なにか問題がある? いや、もちろん、君たちのやりやすいように分担してやってくれていいよ。二人とも、資材の調達も現場への指示も人集めも昔から得意でしょう。ただ、仕事の量が多いから、一人じゃ大変かなと思って」
「その間に、賢人は幾多の支城を直すことやら」
「いや、この城が一番大事だから君たちに頼みたいんだけど、よその方がいいかい?」
三成はきっぱりと首をふり、
「半兵衛様のおおせのとおりに」
「ありがとう。じゃ、よろしくね!」
半兵衛が出て行くと、吉継はため息をついた。
「やれ、われの調子がいささかでもよいと見抜いたか、賢人よ」
「いいのか、刑部?」
「この頃はだいぶ楽よ。寒さが緩んできたせいかの」
「そうか、では桜が咲く前に、すませてしまえるな」
「できるか?」
「できる。貴様と共にあるならば」
「だが、大層いそがしくなろ」
「これからは、刑部の屋敷で相談事をしていいだろうか」
「それは構わぬが」
吉継の下屋敷は現在、半兵衛のはからいで、三成の屋敷の隣、つまり大坂城近くに移されているが、そこから通い、帰っても打ち合わせの続きができれば、普請はさらに早く進むだろう。
「では、すぐにもとりかかろう。半兵衛様が戻られる前に、すませてしまおう」
秀吉の許可も得て、三成は吉継の屋敷に入り浸るようになった。当然、夜が更けてくると、三成は吉継を求める。吉継もまあ簡単に応じる。ただ、翌朝も早いので、終われば湯を使ってすぐに寝る。それを繰り返しているうちに、吉継の方が物足らなくなってきたらしく、合図をするから毎夜でも来い、というのである。
三成の喜びようといったら、なかった。

(中略)

「あ、いたいた、勝家ー!」
柴田勝家が無表情のまま振り返ると、枯れ野原から姿を現した島左近は、珍しく笑顔でなかった。
「奥州に何か用か」
「いや、単なるお遣いの帰り。勝家に会えないかと思ってここらへんウロウロしてただけ。見回りかい?」
勝家は小さくうなずいた。切り揃えた黒髪が揺れる。
「しばらく伊達氏のところに身を寄せるなら、それなりの勤めは果たさねば。おまえを不審者と、あえて知らせるつもりはないが」
「そりゃどうも。実は勝家に訊きたいことがあってさ」
「私に? 何を」
左近はそこで少し声を落として、
「勝家ってさ、割と南蛮の風習とか知ってるよな」
「伊達氏はそうだろうが、私は詳しくはない」
「だって、織田も割と南蛮かぶれだろ」
「それはそうだが」
「あのさ。これってどういう意味だか、教えて欲しいんだけど」
左近は×××××、×××××××××××××、××××××。×××××××××××××××××。
勝家は真顔でそれを見て、
「×××××××××××××」
「あー、やっぱ、そうなんだ。じゃ、これは?」
左近は××××××××××。
「それはただの××××××。××××××、異国の習慣とはいいきれまい」
「好きな相手にするもんかな」
「豊臣ではそんな仕草が流行っているのか。まあ軍師があのような南蛮かぶれでは、当たり前かもしれないが」
「あー、やっぱ、半兵衛様って南蛮かぶれなん?」
「間違いなくそうだろう」
「そっか、そうだよな」
左近は首を傾げた。
「しかしあの二人、今さら合図とかいるのかな?」
勝家は不思議そうに、
「石田氏がどうかしたのか」
「あ、いや、三成様じゃなくて」
「まさか隠神刑部様が、そんな風に×××××××とでもいうのか」
「×××××って、言葉が悪いよ、ソレ」
「そもそも、どうしておまえはそんなことが知りたい? なぜ私に訊く? 豊臣の軍師は秘密主義か」
「……あ」
左近はパッと目を輝かせた。
「わかった気がする」
「何をだ」
「いや、俺も鈍いやー。あんがと、勝家」
「よくわからないが、おまえの悩みが一つ消えたなら、それでいい」
「うん。ところで勝家も目配せとかするのかい」
「それぐらいで通じる想いなら、とうに叶っていることだろう」
「そっか。そうだよな。うん、ありがとう、またな!」
大きく手を振って去って行く左近を見送りながら、勝家はため息をついた。
「豊臣は……いや、うらやむ話でもないな」




*2018年1月発行『明暮』書き下ろしサンプル

(2018.1脱稿)

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Written by Narihara Akira
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