『五分間』

碧里が校舎に忘れ物をしたというので、じゃあこっそり取りに行けばいいよ、と忍は言った。十三歳の会話として、それはどこも不自然ではなかった。そして二人は体育祭の最中、ひとけのない教室へ入り、何食わぬ顔で戻ってきたのだが。
「どこいってたのよ、篠原と」
碧里が競技に出ている最中、友人の一人にそう投げかけられて、忍は正直に答えた。
しかし。
「へえ、二人きりで何してたんだか」
さすがに忍もむっとした。
「五分で何ができるっていうのよ」
「キスなら一分もかからない」
あきれて忍はそっぽを向いた。その横顔にさらに言葉が投げつけられた。
「やめときなよ、忍、そういうの」
忍は答えなかった。
からんでくるアンタがおかしい、実際なんにもしてないのに、といおうとして、その台詞も飲んでしまった。よくあるからかいの文句だ、気にすることもないことだ。
そして、十余年の時が流れ――。

「どうしたの」
自分から仕掛けたはずなのに、顔が離れた時、忍の方がぼんやりしていた。
旅先のホテル。
いつものように、二人は名残りを惜しんでいたのだが。
心配そうな碧里に、忍はボソリと呟くように、
「本当に、五分じゃなんにもできないな、って思って」
碧里は真顔になった。
「新幹線、一本遅らせようか。時間まだ大丈夫だし」
忍は首を横に振った。
「ううん。いくら時間あっても、足りないから」
「また馬鹿なことを」
赤面する碧里の背にもう一度腕を回して、忍は囁いた。
「そうだね。だって、何もしなかった五分間すら、忘れてないのに」
碧里の身体は一瞬緊張したが、すぐに忍をきゅっと抱き返した。
「私も、忘れてない」

(2004.12脱稿/初出「恋人と時限爆弾」冬コミ委託チラシ2004.12発行)

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Narihara Akira
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