『ヴィタミン』


「なりはらさん、どうしたの。もう帰る時間なのに、社食で弁当?」
「お昼に食べそびれちゃって。冷蔵庫に入れといたし、レンジで長めにチンしたから、帰る前に食べればセーフかなって」
「そりゃお疲れさま」
「いや、まだ定時なので、そこまで疲れてないですけど、今日みたいな日こそ、甘い物をもってきてればよかったかなって」
「どういうこと?」
「こないだ、電車の中でずっと咳をしてる人がいて、いつも持ち歩いてるノド飴を、どうぞって出したら《私、薬のんでるので、この成分の飴は駄目なんです、ごめんなさい》って丁寧に断られちゃって。考えてみたら、そうでなくても、知らない人にもらったものを、そのまま口に入れちゃ駄目だと思いましたね」
「あー、まあ、それはそうかな」
同僚は鞄からボトルを取り出し、中身をザラザラと掌に開けた。
「これ、俺が愛用してるビタミン剤なんだけど、疲れとれるよ。飲む?」
「あ、どうも」
水筒のお茶で錠剤を飲み下す。
「飲んだね?」
「はい」
「飲んだよね?」
「え?」
それから急に、あくびが出てとまらなくなり――。





(2018.5脱稿、【静岡文学マルシェ】第二回、ポストカードギャザリング用書き下ろし
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Narihara Akira
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