「16 minutes rendezvous」 |
「ねぇ、なんだかんだ言って、ココはじめてだよね」 「たかが観覧車なのに、こんなにするのかよ」 「本当は6人乗りのところ、二人で貸切だもん。いいじゃないの」 「二人きりって、たった15分間だろう」 「16分よ。でも……学校でも家でも、二人きりなんて滅多にないじゃない」 「そうかぁ? あの家で二人きりにされたこと、けっこうあるぞ」 「……そりゃまぁ、いろいろハメられたけど」 お台場。パレットタウン。 日が落ちたばかりの空へ浮き上がるように、二人を乗せたゴンドラは徐々に上昇していった。観覧車は大きくゆったりと、永遠のような回転を続ける。 まだ西の空にうすぼんやりとした朱色が残っている。 けれど反対の空は藍色に染まり、キラキラとした夜景を輝かせていた。触れると指にささってしまいそうな、そんな鋭利な輝き。作られた宝石というよりは、くだけた硝子の欠片のようだ。 目の前に座って、そんな下界の風景を眺めているあかねを、乱馬はちらりと見やった。 白いダウンにマフラー。ダークブラウンのミニスカートからは、華奢な足がのびる。膝小僧がぴったりとそろえられ、ふくらはぎからはブーツにすっぽりおさまっていた。 これといって特別なことをしたわけじゃない。 映画に行って、食事をして、ぷらりとウィンドウショッピング。 普段もやっているような、ありふれたごく当たり前の、なんてことのないデート。 ただ、クリスマスイブというだけ。 それだけで、あかねは終始にこやかで機嫌がよく、今日という一日を心の底から楽しんでいるように見えた。 それについては、乱馬も満足だった。 また今年のクリスマスも、一緒に過ごせた。 目の前で楽しそうにしているあかねを見ているだけで、なんだか満たされたような気持ちになる。 けれど、乱馬には、ひとつだけ気になっていることがあった。 それは先週の土曜日のこと。 おしゃれをしていそいそとでかけようとしているあかねを、乱馬は呼び止めた。 いつもだったら、友達と買物に行くとか、遊びに行くとか、行き先を誰か彼かに伝えていくというのに、その日に限ってそんな話題をちっとも出さずに家を出ようとしていたからだ。 行き先を尋ねた乱馬に、あかねはいたずらっぽく笑ってこう答えた。 「すっごくすてきな人と、デートよ」 あれから一週間。 そのあかねのセリフがずっとずっと気になっていた。 もちろん、あかねの表情からそのセリフが半分冗談なのだとわかってはいた。 それでも気になるものは気になる。 そして、面白くないのも事実だった。 ……訊くなら。訊くなら、今しかないだろう。 二人きりの今しか。 「キレイな夜景だね」 「先週、誰とでかけてたんだよ」 乱馬は、なるべくさりげなく、あまり複雑な感情が入り混じったような響きにならないように、つとめて平坦なアクセントでそう言ったつもりだった。 けれど、あかねはきょとんとびっくりしたような顔で一瞬乱馬を見つめた。 あかねが発した最初のセリフが、二人の間にとどまってぶら下がっているような微妙な空気。 なんとなくかみあわないものを感じて、あかねはそっと目を伏せて、 「えっと……その、ちょっと。ね……」 バツの悪そうな声音で濁す。 せっかくの楽しい一日が、台無しになるかもしれない。一瞬乱馬はそう考えた。これ以上追求したら、ケンカになるだろう。いや、絶対になる。 でもそう簡単に止められるものでもなかった。 「おれにも言えないのかよ」 とたんに不機嫌な声になる。我ながら情けない。 日は沈みきり、あたりはすっかり暗くなった。観覧車を彩る花火のようなイルミネーションが、あかねの頬に照り返す。 青、黄色、赤、紫、そしてまた青。肌の上で踊る光が少しうるさい。 困らせているのは自分なのに、あかねの困った顔をこれ以上見ていられない。 乱馬は、自分の座っているシートのすぐ横を乱暴にポンポンと手で叩いた。 俯いていたあかねが顔をあげる。疑問を投げかける視線に、乱馬はまた同じ動作を繰り返した。ここに座れというように。 意図を理解したあかねが立ち上がりかけたとき、業を煮やして乱馬があかねの手を引いた。そのまま腕に抱きこんで、強引に唇をうばった。 突然のことに、あかねは乱馬の胸を押し返す。それでももちろん乱馬の腕力にかなうわけがない。やっと唇が解放された時には、呼吸すら乱れるほど苦しく、あかねは少しだけ咳き込んだ。 「何するのよ、突然」 「だっておもしろくねーんだもん」 言ったきりそっぽを向く乱馬。 その拗ねたような怒ったセリフに、あかねはしょうがないというふうに深々と溜め息をついた。 そして、先ほどまであかねが座っていた場所から、置いたままになっていたバックを手に取ると、そこから深いグリーンの包装紙に包まれたプレゼントを取り出した。 「これを、買いに行ってたのよ。その……一人じゃちょっと決められなくて。ある人につきあってもらって買ってきたの」 あかねが手にしているプレゼントを、乱馬はちらりと見る。 急速に気持ちが落ち着いていった。と同時に、底なしのやきもちでずいぶんなことをしでかしてしまったことに気付く。 ばかみたいだ。 本当にばかだ。 けれど、ことあかねに関することで、冷静でいられたためしがない。 「ある人って誰だよ」 ぼそぼそと小さい声で、乱馬はたずねた。 「……ええと……」 「この後におよんで、言えねぇのかよ」 不機嫌になった手前、なかなか素直にきけない乱馬。 「若原麻子さん」 諦めたあかねがようやく名前を出したところで、乱馬は驚いて立ち上がった。 「えー!!! マジで?! 会ったのかよ! くっそー! おれも会いたかったぞー!! ずるいぞ、あかね!!」 「言うと思った。……だから言いたくなかったのよ」 「こうなったら、うちの新年会に呼ぶしかねぇな」 「絶対迷惑だと思う……」 ノリのよい会話を交わしているうちに、乱馬の機嫌もなおったようで。 「プレゼント、開けてみて。すごくすてきだから!」 あかねの嬉しそうな言葉に、うんと返事をしつつ、乱馬はポケットから小さな包みをごそごそと取り出した。 「ほらよ」 乱馬から手渡された包みは、いたってシンプルでクリスマスらしいラッピングもされていなかった。そこがまた乱馬らしいといえば、乱馬らしい。 「乱馬から?」 「安もんだからな」 質問の返事になってないよ、とあかねが隣でクスクス笑う。 とりあえずあかねの言う、「すっごくすてきな人」が自分の知ってる人でよかった。で、隣であかねが笑ってて、細い銀のリングを左手の薬指にはめてごきげんだ。あともう5分ちょっとで二人きりの時間は終わるけど、それでもなかなかに満足なクリスマスイブの夜。 乱馬はあかねを見つめ、そして硝子越しの夜景を見つめつつそう思った。 相変わらずな乱馬とあかねに、メリークリスマス。 おわり |