「ああ、まったく!」

 場に合わない紅白の衣装を纏った少女が、吐き捨てるように声に出した。




 幻想郷の遥か風上、雲の上を越えた先に大きな門と大きな結界がある。
 結界の名は桜花結界。幽明を分かつ門を封印している結界。
 そして、その門と結界を越えた先には死者の世界──冥界が存在している。




「妖怪ってのはどいつもこいつも……」

 手に持つ御祓い棒を振り、迫り来る球体を弾く。




 頂にあるは、冥界を治める亡霊お嬢様が住まう屋敷──白玉楼。
 頂へと注ぐは、門から白玉楼へと続く長い階段──白玉楼階段。




「我が儘、とでも言いたいのかしら?」

 こちらも場に合わない紫の衣装を纏った少女が、落ち着いた声で口を開いた。

「それもあるけど……ああもう!」

 紅白の少女が身体を翻し、先刻より一回り大きいであろう球体を避ける。
 加え、空の手にある御札に霊気を込め、紫の少女へと投げつける。

「ふふっ」

 薄笑いを浮かべ手に持つ傘を前に突き出す。傘に弾かれた御札は力を失い消滅した。
 それを横目で確認した紅白の少女は、間を置くように階段の一段へと降り立つ。
 御祓い棒で肩を軽く叩きながら怪訝な表情で紫の少女を見やった。
 その紅白の少女の視線を受け止め、紫の少女が口元を歪めながら。

「あなたが私の藍を倒した人間ね。人間も物騒になったものだわ」

 あー恐い恐いと、冗談めかして大げさに言う。
 そのフリに頭を軽く掻きながらため息を吐いて、

「その割りには、自分の式神がやられたって言うのに出て来なかったわね」

 紫の少女は笑みを絶やさずに。

「今は出て来ているでしょ?」




 その白玉楼階段で今、2人の少女が対峙していた。









神社の巫女とすきま妖怪




「それより、あなた──」

 紫の少女は、ひどく不思議なモノに腰掛けていた。
 まるで空間を歪ませ、そこに亀裂を入れたようにも見えるモノに。
 紅白の少女はソレを見て、あれが噂の境界というやつかしら、と勘で思った。

「──博麗神社のお目出度い人じゃないかしら」

 その言葉に、紅白の少女が肩を叩いていた御祓い棒を下に垂らす。

「前半はそうだけど、後半はそうじゃない」

 博麗神社の巫女だけど、お目出度くは無いわ、と。

「確か名前は……」

 思い出そうとする仕種の紫の少女に対し片目を瞑り、面倒そうに呟く。

「博麗霊夢」
「そうそう、そうだったわ」

 紫の少女は腰掛ける境界に手を入れ扇子を取り出し、それを霊夢へと向けながら、

「博麗の結界は北東側が薄くなっているわ。あのままだと破れてしまうかもしれない」

 その言葉に霊夢は一瞬だけ呆気に取られるも、すぐさま物事を理解した顔つきになり袖に手を入れた。

「それは危険ね。わざわざ有難うございます──って、あんたが穴を空けたんでしょ!」

 言うと同時に取り出した数枚の御札を紫の少女へと放つ。
 先刻と同様に事も無しに傘で御札を防ぎながら、

「あら、バレていたの。ご明察。残念だわ」

 あっさり白状したことに、霊夢が肩を落とす。
 何が残念よ。迷惑ったらありゃしない! 所詮──。

「──所詮、妖怪は妖怪ね。妖怪の始末も後始末も人間がやることになるのね」

 紅白の少女へと向けていた扇子を開く。それで口元を隠しながら。

「あなたは気がついていないのね」
「……何がよ」
「今、ここ白玉楼の私の周りは人間と妖怪の境界が薄くなっていることに」

 紫の少女が目を細め、続ける。

「ここまで来た時点で、人間の境界を越していることに」

 そう言う紫の少女を見ていまさら、と思い、

「いいから、その境界もうちの結界も引き直してもらうわ。 元々、目的はあんたに冥界の境界を引き直させること。 そこに来て、結界が一つや二つ増えたところで変わらないでしょ?」
「一つや二つ……結界がそんなに少ないと思って?」

 いまいち噛み合わない会話にほんの僅かばかりの苛立ちを感じ。

「……そうは思ってないけど、今あんたに引き直してもらいたい結界は三つだけよ」
「そう簡単に私が人間の──まして私の式神を倒した人間の頼みごとを聞くと思って?」
「西行寺のお嬢様の頼みごとなんだけど。 と言うか、本当は幽明の境が未だ修復されていないから文句を言いに来たんだけど」

 どうしてその私が妖怪に頼みごとなんてしないといけないのか。

「幽々子からは確かに聞いているけど、今はあなたの頼みごとでしょう?」

 紫の少女がそう言うと、霊夢は諦めたかのようにため息を吐く。

「本当、妖怪って捻くれてるわ」
「あなたの身近の魔法使いさんよりは捻くれて無くてよ」

 紫の少女は口元を歪め、両の目を瞑る。
 それを見た霊夢は、本当に妖怪は捻くれてるわ、と再度思った。それでいて我が儘で……。

 妖怪をよく知っているからこそ、その妖怪を前にして諦めたのではなく、呆れた。
 妖怪を相手にする時点で諦めるという言葉は存在しなかった。
 何故なら、最初から諦めていたから。
 何を諦めていた?
 言葉での説得?
 事がすぐに片付く様にとの願望?

 ──違う。

 自分が面倒事に係わらないようにとの小さな想い。
 そもそも白玉楼階段にやってきた時点で。
 いや、西行寺のお嬢様──西行寺幽々子に頼まれた時点で、その小さな想いは消え去っていた。
 しかし、それすらも言い訳に過ぎないことを理解していた。
 本当に諦めた時は、少女が人間として生まれてきた時。
 この地で、妖怪が跋扈するのが普通である幻想郷にとって、人間は一番儚い存在だから。
 幻想郷に人間として生まれ出でた時点で、諦めるしかないのだ。
 でも──。

 自分は博麗の巫女として、力ある存在として生まれ出でたのだから。
 出来うる範囲のことはやるべきなのだと。
 ……面倒事には本当、係わりたくないのだけれど。

「まあいいわ。弾幕ごっこをしに来たわけじゃないんだけど、聞かないと言うのなら──」

 霊夢が紫の少女へと向き直り、同じ高さまで飛び上がる。
 上昇する霊力の気配に紫の少女は瞑った目を開く。

「聞かせるまでよ!」

 叫ぶと同時に、霊力を込めた陰陽玉と幾つもの御札を勢いよく放った。
 それを見て、口元を隠していた扇子をゆっくりと閉じ、

「まあ、随分とやる気なのね。でも──」

 紫の少女──八雲紫は言葉を口にした。

「あなたに、それが出来るかしら?」

 そして、神社の巫女とスキマ妖怪の弾幕ごっこが始まった──。

Beginning of Phantasm.





 気分でざっくりと。間を置かずに書けるのはこの程度の長さが限界なのだと痛感。
 短い上にやっつけ感があるのは仕様です。是非ともノータッチで。(コピペ)
 Phantasmボス戦開始前の会話そのまんま。脂身を付けた感じ。
 どんなに優れた能力を持っていようとも霊夢は人間で紫は妖怪で。
 暢気が代名詞な霊夢でも、紫を前に暢気ではいられなかったと思います。
 そして紫から見た霊夢は、博麗の巫女といえど所詮は人間なのだと。そんな妄想の力関係。


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