「あなたは半人前なんだから」


 よく言われる言葉だ。
 言っていることは分かる。
 半分が幽霊で半分が人間だから。
 半人前という言葉は正しいと思う。

 でも何に対して【半人前】なのかが分からない。
 半分が幽霊だから半人前なのですか?
 半分が人間だから半人前なのですか?
 剣士として庭師として、未熟者だから半人前なのですか?

 その全てにおいて私は間違っていないと思う。
 確かに半人半幽だし、剣の腕もまだまだお師さまには届かない。
 だから……だからこそ、気になってしょうがない。



どうして幽々子さまは、笑いながら私にそう言うのですか?










半人前の庭師




「とか聞くと、『だから半人前なのよ』って言われそうだなぁ」
 二百由旬もの広大さを誇る庭の一角で、魂魄妖夢が掃除をしながら1人考えていた。

 数週間前、1つの妖怪桜を除き庭に植えられている数千数万という全ての桜が満開になり、 そして散っていった。
 今の庭はその散った桜の花びらで埋め尽くされている。
 その処理が妖夢に命ぜられた仕事なのだが、 事務的に動く箒からはその仕事をこなそうという気が全く出ていなかった。

「何をやっているんだか、私は……」

 掃除を始めてから既に結構な時間が経っていた。
 箒を動かす手を止め辺りを見回すも、桜の花びらしか見えない。
 妖夢が箒を動かしていた処だけ地面と呼べるものが見えた。

「だから私は半人前なのかな──ん」

 ふと空を仰ぐ。ここ最近は晴天続きで、今日も機嫌の良い太陽が燦燦と光を放っている。

「あの巫女に聞けば何か分かるかも……」

 思い立った後の行動は早い。
 うん、と1つ頷くと、掃除の全く進んでいない庭に詫びる様に目を向け、妖夢は白玉楼を後にした。



 あの巫女なら何か分かるかもしれない。
 分からなくても、答えに近い何かを見出してくれるかもしれない。
 数週間前に、妖怪桜を咲かすために春を集めてる時に戦ったあの巫女。
 あの博麗の巫女なら──。






 当の本人は私の来訪に少しだけ驚きを表した。
 でもそれも最初だけで、数分と経たない内にまるで数年来の友人同士かのように話し始めた。
 彼女はそれが当たり前であるかのように言葉を綴り、だからこそ私も彼女と普通に話すことが出来た。
 そんな誰とでも気兼ねなく話せる物腰が、私が彼女なら、と思った理由の1つなのかもしれない。

「──で、ただお茶を飲みに来ただけ、とか言わないでよね? 私だって暇じゃないんだから」

 とてもじゃないが忙しそうには見えない。
 何より、私が神社に来た時には、縁側で1人お茶を啜っていたじゃないか。

「あれは休憩よ、休憩」

 休憩しかしていない気がする……。

「別にそんなことはどうでもいいのよ。……西行寺の庭師が何の用?」
「実は折り入って相談があるのよ」
「相談? 厄介事は勘弁して欲しいんだけど」

 と、彼女は嫌そうな顔をする。
 幻想郷の調律を維持することが博麗の巫女の役目であるとは言え、 多少なりともその使命や義務と言ったものに不満を感じるのだろう。
 どんなに優れた能力を持っていようとも、博麗の巫女は人間なのだから。

「そんな大それたことでは無いです。ただ悩みの相談に乗ってほしいだけだから」
「そりゃあ幻想郷中の春を集めて1つの妖怪桜を咲かそうとするお嬢様だからねぇ。
 その下にいるあんたが悩みを持つっていうのも分かるわ」

 これに関しては事実なので何も言い返せない。しかし──。

「……幽々子さまのことじゃないんだ」

 その一言に、傍目からは分からないような、ほんの些細な驚きを彼女は見せた……気がする。
 正直、私は彼女──博麗霊夢──という人間をよく知らない。
 いや、分からない、と言うべきか。
 唯一規律を持つという博麗の巫女に代々受け継がれる霊夢。
 博麗霊夢は名前じゃない。1つの役職みたいなものだと彼女は言う。
 私が庭師であるように、霊夢は「博麗霊夢」なのだ。
 それが何を意味するのか、私には分からないし、知ろうとも思わない。
 私は魂魄妖夢であって博麗霊夢ではないのだから。
 それは私が、半分人間で半分幽霊だからなのかもしれないが。

「あんたが何をどう悩んでようと私は知ったこっちゃ無いけど」

 湯飲みを一口啜り、

「話だけなら聞いてあげるわよ。……聞くだけだけどね」






 つい数週間前、しかも敵同士として知り合った彼女に相談すると言うのもなかなか滑稽だと思う。
 でも彼女なら何かしら解決の糸口を見つけてくれると、何故かそう思えた。
 人は悩みを誰かに言うだけでも気が楽になるという。
 私も半分は人間だから、半分だけ気が楽になるかもしれない。

「半人前、ねぇ……半分人間で半分幽霊だから半人前なんじゃないの?
 人間半分幽霊半分。どっちつかずの中途半端ね」
「私も最初はそう思ったんだけど……」
「何よ、とっくに自分で答え見つけてるじゃない」
「う……。でももっと別の意味があると思うの。
 幽々子さまがそういう単純な意味で言ってるとはとても思えなくて……」
「こりゃ重症ね。魔理沙に薬でも調合してもらったら? 保証はしないけど」

 やはりそうなのだろうか。
 私が人間も幽霊も半分ずつしかこなせていないから半人前と言うのだろうか。

「そんなこと難しく考えるだけ時間の無駄よ。
 私から言わせれば、どうしてそこまで気になるのか不思議でしようがないわ」

 確かに今まで幾度と無く言われてきた言葉だ。
 今になって気にするほうがおかしいとは私自身そう思う。

「まぁ……そうね。私が言えることは後これぐらいかしら」
「え……?」


「あんたが人間だったらあんたは幽々子に会えなかった。
 あんたが幽霊だったら幽々子と今のような関係にはなっていなかった。
 あんたが半人半幽だったから、今のあんたと幽々子があるんじゃないの?」


 唐突に告げられた言葉に、返せる言葉が見つからなかった。
 それはあまりにも突然で、あまりにも出来すぎていて、私には到底思い付かない答えだったから。

「そう考えれば何となく分かるんじゃない? 幽々子があんたに半人前って言う意味が。
 ……あくまで私の考えだけどね」

 それが聞けただけでも十分すぎるくらい。
 やはり博麗の巫女のところに来て良かった。

「まぁ、あの幽霊がそこまで考えてるとは思えないけど。 どちらにしろ、直接聞くのを推奨するわ」




 霊夢の言った事が真実かどうかは分からない。
 だけど、悩みを誰かに相談すると気が楽になるという話。それは本当だと思う。
 心なしか、胸の内にあった蟠りが消えたからだ。
 だから。
 だから今度、幽々子さまに聞いてみようと思った。
 半人前と言う理由を。









 二百由旬の広大さを誇るな庭の一角で、魂魄妖夢が掃除をしていた。
 掃けど掃けど無くならない桜の花びら。妖夢の掃除はまだまだ終わらない。
 日差しの角度が変わり、昼になったことを告げる。
 太陽を見上げ、そろそろお昼御飯の準備をしないと、などと考える。

「あら、あまり捗ってはいないみたいね、妖夢?」

 背中から掛けられた声に振り返る。視線の先には主である西行寺幽々子の姿があった。

「お掃除サボってお出かけしちゃったものねぇ。進むはずも無いわね」
「!! み、見ていらしてたんですか!?」
「それぐらい分かるわ。だからあなたは半人前なのよ。ふふっ」

 扇子で口元を隠しながら微笑を浮かべる姿は、どこか嬉しそうに見て取れた。
 だから思い切って聞いてみた。

「どうして幽々子さまは私のことを半人前と言うのでしょうか?」

 少し驚いたような、次に笑みを浮かべて。

「あなたは1人前の人間でも1人前の幽霊でも無いでしょう? だから半人前」

 そんなこと聞かずとも分かっているでしょう? と暗に訴えてくる。

「は……はは……そうですね、はい」

 それが幽々子さまの本心かどうかは分からない。
 ただ、そう言った幽々子さまはやはり嬉しそうに見えた。
 博麗の巫女の言ったことを鵜呑みしている訳ではないが、私が半人前だから、 今の私と幽々子さまがあるのだと、そう思いたい。

「もう夏ね。今年の春は少々長すぎたわ」
「冥界に季節はあって無いようなものです。それに、夏になるには少し早いですよ」
「それもそうね」

 天を仰ぐ。今日も雲1つ無い晴天から燦燦と太陽が光を放っていた。
 半人前の掃除は、まだまだ終わらない。




 また東方か! はい東方です。
 短い上にやっつけ感があるのは仕様です。是非ともノータッチで。(コピペ)
 妖夢と幽々子のお話……のつもりだったのですが、幽々子さまの出番が少ない。
 途中で博麗霊夢についてもちょろっと書いたので、妖夢と霊夢のお話みたいな感が滲み出てますね。
 あの部分は書かないで置くべきだったのかもしれません。
 半分人間で半分幽霊というのは、どんな感じなんでしょうね(見かけではなく感覚、という意味で)


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