プロローグ 〜白い翼と赤い翼〜 交差する二つの影……。 重なり、響きあう金属音……。 そこは中世の教会を漂わせる場所……。 そこは全ての始まりの場所……。 そして終わりでもある場所……。 不意に金属音が止む。それと同時に二つの影が離れ、距離を置く。 「……なかなかやりますね」 「俺はお前にやられるわけにはいかないんでな」 二人を囲むように赤と白の羽が弧を描き渦巻いている。その羽の流れる様子は中央で対峙する二人の鼓動に呼応しているようでもある。 「わたしもあなたにやられるわけにはいかないんですよ!」 大きく振りかぶり、会心の攻撃を繰り出す。その細い腕からは考えられないような力が床を割り、それが衝撃となり襲い掛かる。 「ちっ!」 舌打ちとともに瞬時に上空へ逃れる。彼の背中には真紅の翼……。 「甘いですよ!」 彼もまた追うように飛び立つ。その背中には真っ白な翼……。 「くそっ!」 真紅の翼を纏う者の表情が苦痛で歪む。白き翼にやられたと思われる脇腹の傷を押さえている。そこからは微量ながら血が滴っている。 「ここまで来て逃げるつもりですか?」 不適な笑みを浮かべ急接近してくる。 「いい加減終わりにしましょう、アキヒコ」 「気安く俺の名を呼ぶんじゃねぇ! キリト!!」 振り向きざまに左手から『力』を放出する。放たれた『力』は光弾となり飛んでいく。 「まだこれだけの『力』を残していたとは……さすがというところですか」 光弾は無常にも白き翼の手で砕かれた。 「逃げるつもりなんかさらさら無いぜ。お前はここで……倒す!」 身を翻し白き翼へと向かっていく。 「わたしを倒すと? 笑わせてくれますね」 互いの獲物が交差し刃軋りを上げる。 「先刻、『翼の力』を手に入れたばかりのあなたがわたしに敵うとでも?」 交差した獲物越しに互いの視線が交わる。 「あなたの持つ『竜の力』は『翼』とは相反するもの。折角もらった力もそれでは意味がないですね」 笑みを浮かべつつ力をさらに込める。 「俺を……『竜の力』を……なめるな!」 真紅の翼の持つ者の体から多量の光が放たれ、それが獲物を包み込む。 「なっ、これは……!?」 真紅の翼の獲物が剣となった。その剣の刃は全てを見透かすような淡い光を帯びていた。 「ハアッ!」 真紅の翼の一撃が白き翼を弾き飛ばす。 「くっ……封神剣術ですか。『翼』を使いながらも『竜』をここまで操るとは……」 「この『翼』は俺のじゃない。アイツの『翼』だ。アイツが俺を拒むわけが無い!」 真紅の翼が追い討ちをかける。『竜の力』でのみ行使出来ると言う封神剣術を使って。 「まだあのことを引きずっているのですか、あなたは。折角『翼』が手に入ったというのに」 「折角『翼』が手に入った……だと? お前は自分が何をしたのか分かって言ってるのか!?」 「あの小娘のことがそんなに気に入っていたのですか? それは実に残念だ。ククッ」 「お前はアイツを……瀬奈(せな)を殺した! そのことを何とも思ってないのか!?」 「意外と激情家だったんですね、あなたは。別に何とも思っていませんよ。障害は取り除くに限りますから」 「てめぇ!」 今までとは比較にならない程の高威力の斬撃を繰り出す。だがその攻撃も『翼』の力で防がれてしまう。 「全く、馬鹿の一つ覚えですね。いくら封神剣術といえど『翼』の前では無効だというのに」 「……俺は、お前に消されるわけにはいかないんだ。俺は瀬奈と約束したんだ……」 「そんなもの今すぐ断ち切ってあげましょう。あなたの命と一緒にね!」 白き翼の両手から無数の『力』が放たれる。その一つ一つが光の矢となり、真紅の翼に降り注ぐ。 「……そう、俺は瀬奈と約束したんだ。この『翼』は……瀬奈が死ぬ直前、消える前に俺に譲ったものだ」 全てを避けきれず、いくつかの矢が体をかすめていく。それでも彼は続ける。 「だから……この『翼』を……瀬奈の『翼』を持つ限り、俺は……やられるわけにはいかないんだ!」 真紅の翼は無数の羽を撒き散らし、相手の視界を塞いだ。 「くっ、こんな子供だましに!」 その隙に一気に白き翼の正面まで飛び、そして両手に取りついた。 「なっ!? これが狙いか!」 「その通り」 互いの獲物を放棄し、白き翼の両手を真紅の翼の両手が掴んでいた。 「……確かにこれならわたしは攻撃が出来ませんよ。しかしそれはあなたにも言えること。何をするつもりで?」 余裕といった表情で真紅の翼をあざ笑う。 「お前は瀬奈を殺した。だが瀬奈は俺が誰かを殺すことを望んではいない……」 「甘いですね。ならどうします? わたしの力も奪いますか? 彼女の」 「黙れ! この『翼』は俺が瀬奈から受けたものだ。奪ったのはお前だろ!? 瀬奈の命を!」 腕に込めた力が一層強くなった。 「グッ……やはりあなたが何を考えているのか、私には理解出来ない……」 「理解しなくていいんだよ。俺はアイツの……瀬梨の望んだことをしようとしているだけに過ぎないからな」 「あなたは……まさか……!」 「心当たりはあるみたいだな」 言葉とともに多量の閃光が二人を包む。その光が柱となり天地へと伸びた。 「気は正気ですか!? 今ここでそんなことをすればあなたも巻き添えを食うのですよ!?」 「それが狙いだ」 「やっと手に入れた自由と力を無くしてもいいと言うのですか!? あなたは!」 地へと伸びた光が複雑な陣を描く。それと同時に天へと伸びた光も同様に陣を描く。 真紅の翼は祈るように目を瞑った。 「これで……全てを終わりにする……」 「こんなことが! こんなことが……許されるとでも思っているのですか!?」 「へっ、そんなの知らねぇよ」 瞑った目をゆっくり開き、持ちうる全ての力を解放した。 「俺と一緒に逝こうぜ!」 「貴様ァァァ!!!」 激しい閃光とともに二人の姿は消えた。 ――これで……
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