第29章1節 : 覚悟に至る道 |
再び乗り込んだエレベーターの中は、耳を澄ませば辛うじて聞こえる程の機械音を除けば、後は静寂に満たされていた。 日頃から喧噪を好まないヴィンセントにとって、ここは居心地が良いとまでは言わないが都合は良かった。しかし静寂は、時として迷走する思考を悪い方向へ加速させる事がある。 壁に背を預け、黙って腕を組んでいたヴィンセントの脳裏には、つい今し方まで見ていた光景が断続的に再生されていた。 記憶によって忠実に再現された銃声の後、瞼の裏に現れたのは無表情に佇むリーブの姿だった。 ――「私がインスパイアの制御下から外れるためにはこの方法しかない」 抑揚もなく告げた後それは床に倒れ鈍い音を立てるも、痛みや苦痛に表情を歪める事なく真っ直ぐにヴィンセントを見据えていた。 やがて壊れかけた人形は、願いと共に最後の言葉を託す。 ――「彼を救ってください」 思い起こされた言葉に息を呑み、柄にもなく肩が震えた。とっさに瞼を開けて顔を上げると、閉ざされたエレベーターの扉だけが見えた。ここにいるのはヴィンセントだけで、彼の他には誰もいないし何もない。その事実を再確認すると安堵した。それから誰に聞かせるというわけでもなく、ヴィンセントは自嘲気味につぶやいた。 「……今さらだな」 銃を撃つ事なんてこれまでにも散々やってきた筈なのに、たとえ精巧に出来た人形だったのだとしても、それでも人を撃つのはいい気がしない。ましてそれが仲間であるなら尚更だ。しかしそんな感情を持つことさえ、自分にとっては「今さら」なのだとヴィンセントは思う。カオスを身に宿すよりも前、タークスとして神羅に籍を置く頃から命の遣り取りに関わってきたのだから。 このとき瞬間的に脳裏に浮かんだのは、フロアを去る直前に向けられたリーブの声だった。 ――「私の目的は他でもない、みなさんの力をお借りする事です。」 彼の言葉を思い出して、ヴィンセントは今度こそ自嘲せずにはいられなかった。 「お前の評価は適正だな。……なるほど、そう言うことか」 あのときリーブが言わんとしていたこと、言外に含まれた恐ろしい彼の真意を、ようやく理解したからだ。 「所詮、私の持つ力は戦いでしか役に立たない」悪であれ善であれ、力を向けた先にあるものの命を奪うか、破壊することしかできない「確かに適任だ」。 いつしか周囲から『ジェノバ戦役の英雄』と呼ばれていた事を気に留めたことは無かったが、この先たとえ留めたとしても、ヴィンセントがそれを誇らしく思う事は一度として無いだろう。 彼らの言う『英雄』が実際にやっていた事と言えば、自分に害を及ぼそうとする敵性体の殲滅でしかない。そうして結果的に星が存続しただけの事。ブーゲンハーゲンがこの世にいれば、恐らく同じ様に言っただろう。我々は英雄でもなんでもない、そこまで自惚れていられるほど、楽観的な思考は持ち合わせていなかった。 それは他の仲間達も同じだった。旅を通して、あるいは旅を終えた後も各々がそれぞれの現実と向き合い、少なからず苦しんできた。もちろんリーブも例外ではない。むしろ彼の場合は魔晄都市開発という形で、自分が元凶の一端を成していたと考える向きがある様に思えた。しかしリーブ本人がそれを口にした事はない。ただ彼は『英雄』という肩書きさえも利用して、自分の起こした不始末を清算しようとさえする。その1つの形がWROだ。 逞しくもまた強かに生き、仲間達の誰よりも先んじて世界の復興に力を注いできた。それは彼の贖罪行為なのか、それとも果たすべき役割であると己に課した義務なのか。いずれにしても楽な道で無いのは想像に難くない。そうする動機を本人に尋ねたところで、本意が聞ける事も無いとは分かっているし、この先も聞く機会はないだろう。ただヴィンセントの目には時折――覚悟と呼ぶにはひどく機械的で無機質な――本人の意思ではない、まるで何かのシステム、歯車の一部として動いている様に映った。私欲がない、と言った方が妥当なのだろうか。 人の能力・適性を見極め、適所に配置する。配置するだけではなく、その人自らが能力を発揮するよう鼓舞する――それを常に念頭に置いてリーブは振る舞っている。局長の言動としては正解だが、同時に無機質さを感じる所以だろうとも思う。 「だが今回に限って言えば、お前の言う“依頼”を受ける我々の感情は、お構いなしという訳か? それとも――」 それほど事態は急を要するという事なのか? いずれにしても、この先へ進むには今まで以上の覚悟が必要だと言うことは分かった。 仕向けられた無人兵器も、中途半端に仕掛けられた戦闘も、その覚悟を試すためであったと考えれば得心が行く。脳裏には再びリーブの言葉が蘇る。 ――「それも“全力”をお借りしたいのです。その為に、もう少しだけ本気になって頂く必要がありました」 (引き受ける以上、こちらも手を抜くつもりはない) エレベーターが減速を始めたことを音と体感で知ったヴィンセントは、再びホルスターから銃を取り出すと、操作盤を背にして扉の横に並び立つ。 (だが――) ポン、という機械音がフロア到着を告げる。ヴィンセントは身体を反転させ、ゆっくりと開き始めた扉の先に銃口を向けた。 (こんな役を引き受けるのは、私一人で充分だ) 決意と銃口を向けた先には、エレベーターの到着を待っていたもう一つの決意と銃口がヴィンセントを出迎えた。 ―ラストダンジョン:第29章1節<終>―
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