第28章1節 : 百獣の長、ナナキ |
過去を辿っていたダナの意識は、何の前触れもなく聞こえてきた衝突音によって現在に引き戻された。音に驚いて顔を上げた直後に車体が大きく揺れ、机に置いた携帯電話が足下に落ちた。それを拾おうとして前屈みになったところへ、急激な方向転換を試みたらしく車体は大きく傾き、伸ばした手から逃げるように携帯電話は床を滑っていった。ダナの手はそのまま床を着き、なんとか自身の体を支えていた。 (な、何?!) ダナをはじめ、シャドウ・フォックスに乗り込んでいた隊員達の誰もが、予期せぬ事態の急変を驚きの表情で迎えていた。それから間もなく、スピーカーから外の状況がもたらされる。 『進路上にモンスターの一群が出現。迂回を試みるも、群れの一部が当車両に向けて攻撃をはじめた。各員、迎撃に備えよ!』 ノイズ混じりに昂揚した運転者の声と共に、取り付けられたモニタには車載カメラの映像が映し出された。途端に、隊員達の表情は驚きから焦りに変わった。 夕闇迫る曇天の下、乾ききった大地の向こうで上がる土煙の合間にモンスターの姿を見出した隊員の一人が叫ぶ。 「ガードハウンド!?」 「しかも群れよ!」 シャドウ・フォックスのはるか前方、その進路を横切る形で現れたガードハウンドの大群。あんな数とまともにやり合ったところで多勢に無勢。ならば時間が掛かってでも迂回路を進んだ方が、ムダな犠牲も時間も費やさずに済む――運転者の判断は正しかった。問題は、そのタイミングが僅かに遅れた事だった。 「このままだと追いつかれる、まずいわ!」 大型輸送車両という性質ゆえに機動性は低く、シャドウ・フォックスの走行速度はガードハウンドに劣る。しかも悪路、単純走行だけで振り切ることは不可能だ。 「機銃用意!」乗り込んでいた別の隊員が叫んだ。弾幕射撃によって追ってくるガードハウンドを足止めさせる狙いだと言うのはダナにも理解できた。けれど体は動かなかった。 底に格納されていた機銃を手早く組み上げると、叫んだ隊員が自ら台座に座り銃を構えた。それを見た別の隊員によって、後部の片扉が開かれる。訓練を受けていた彼ら二人の呼吸は合っていた。 「撃ち損じた分は頼んだ」 「了解!」そう言って懐から拳銃を取り出す。「手を貸せる者は私と共に迎撃支援! 後の者は振り落とされない様しっかり掴まってろ!」 仕事柄、満足な訓練を受けていなかったダナは銃を扱えなかった。モンスターの追尾を回避するために蛇行運転を続ける車内で、せめて足手まといにだけはなるまいと、四肢に力を入れて今の姿勢を維持しているだけでも精一杯という状態だ こうして銃声とエンジン音が奏でる二重奏、あるいはモンスターと人間の先の見えない遁走曲は、休み無くダナの耳を打ち続けた。 ところが転調は突然に訪れた。シャドウ・フォックスが何度目かの急激な方向転換を行い、一時的に進路が反転した。そのとき車載カメラがとらえたのは、ガードハウンドの一群を見下ろすようにして崖の上に立つ一頭の獣の姿だった。遠目に映った赤みを帯びた輪郭を見て、とっさにクリムゾンハウンドだと思った。 特にダナがモンスターの生態について精通しているというわけではなかった。ただ、以前にケリーが「一頭のクリムゾンハウンドが数頭のガードハウンドを引き連れて現れる事は珍しくない」と話していたのを思い出したのだ。そう言えばまだミッドガルが建設中だった頃にも、周辺地域に出没しては物資輸送などを阻まれ悩まされたものだった。ひどい時には、ソルジャー部隊に大規模な掃討作戦を依頼した事もあった程だ。 しかし今回のようにガードハウンドの大群を、たった一頭のクリムゾンハウンドが率いているのは珍しい。と、ダナが考えていると車体が大きく傾いた。集中が途切れた隙を突かれる形で、あっという間にバランスを崩した体は宙に浮いた。ダナは自分の身に起きた現象をまるで他人事のように感じていた。視界の端にあったモニタの中を流れる景色が反転し、すれ違いざまに再び崖の上にいる獣の姿を映し出す。 不思議なことにダナはこの時、すべての光景がスロー再生された映像を見せられているような感覚に陥った。喧しく響いていたエンジン音や銃声は聞こえない。ただ、その光景だけが目の前をゆっくりと流れていく。 そのお陰で、モニタを見つめていたダナは自らの誤認を知る事ができた。と同時に、目の当たりにした現実に驚愕した。 崖の上に立つ獣、それはクリムゾンハウンドではなかったからだ。 (あれは……!) 網膜に焼き付くような夕影を思わせる赤い獣毛と、尾の先に揺らめく炎。 それは古来より星鎮めを司る獣にして、『百獣の長』の異名を持つ稀少な種族。 それは人ならざる存在であり、今や人々に英雄と称えられた獣。 ナナキだった。 (どうして?! なぜ彼がモンスターの群を……!) ダナは我が目を疑い、視界から遠ざかっていくモニタを凝視した。しかしその姿は既に消えた後だった。 ―ラストダンジョン:第28章1節<終>―
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