人類半減期 |
見渡す限りどこまでも続く荒涼とした大地。空は青く澄み渡り、空の高いところにはうっすらと筋雲がたなびいている。 岩場と砂地ばかりの土地は植物が地に根を張るどころか芽吹くことすら許さないとでも言うように無慈悲に広がり、じりじりと照りつける太陽に晒され衰えた土地をさらに干上がらせていく。かつて存在した生命の僅かな痕跡さえも風にさらわれ、すっかり生気を失った不毛の地。 そんな場所に、砂塵を伴って大小3つの影が現れる。深紅の体毛と立派な鬣を持った獣の親子だ。躍動する筋肉と力強い鼓動はまるで炎の化身であるかのように、もしこの土地に彼ら以外の生命がいれば、3頭の姿は目も眩むほどに輝いて見えたに違いない。 やがて親子の行く手を遮るようにしてそびえ立つ断崖に近づくと、3頭はさらに速度を上げた。足場になりそうな場所を瞬時に見極め、3つの中でもっとも大きな影が勢いよく駆け上がる。しなやかな四肢を活かしあっという間に崖の頂上まで辿り着くと、眼下には断崖の向こう側に広がった緑の生い茂る大地が一望できた。後に続いた2つの小さな影も、ややおぼつかない足取りながら、先頭を行く大きな影に追いつこうと跳躍を繰り返しながら頂上を目指す。 崖の頂で親子を出迎えたのは、吹き荒ぶ風と絶好の眺望だった。鬣や全身を覆う体毛が強風にあおられる。まるでここが生と死の世界を隔てる絶壁であるかのように、彼らの眼下に広がる世界は、この断崖を境にして相反する色を見せていた。 長い年月の間に、この星のあらゆる場所を歩き、この目に風景を焼き付けて来た。そんな中でもここは、故郷とは別の意味で特別な場所だった。 そこはかつて――すでに懐旧を通り越し、はるか昔と呼べる程の時間が経つ――かけがえのない仲間達と出会い、彼らと共にひと時を過ごした場所。 自分のあとに続いた2つの影が到着するのを確認すると、先に待っていた大きな影が眼下に向けて首を振った。 「さあ、みてごらん」 まだヒトの言葉を理解することはできなくても、子ども達は父の動作に倣って、眼下に広がる緑の大地に目を向けた。 「ずっと昔、あそこには二本足で立つ者達が多く暮らしていたんだ」 繁茂する草木に覆い隠されているものの、目を凝らせばその下にある遺跡群の輪郭を見出すことができる。長年の風雨によって腐食が進み、都市として繁栄を謳歌していた当時の面影こそ失われているが、500年ほどが経過した今でもプレートを支えている支柱の多くが緑を纏いながらも健在である事には驚かされる。彼が思っていたよりもずっと堅牢な作りだった都市は、皮肉にもそこで暮らす人々が消えた後も、ずっとその地に残り続けた。 ふと、その都市の建造に深く携わった仲間のひとりが思い起こされた。思慮深い一方で、自身の本音を覆い隠すようにしていつも笑顔を絶やさなかった男。 もしも彼が自分と同じ風景を目にしていたとしたら、どう思ったのだろうか? と。 「……彼らはあの土地を、『ミッドガル』と呼んでいた」 堅固な都市の建造に関われたことを誇りと思うだろうか? この地から人々が去ってしまった事を憂うだろうか? それとも――。 ナナキの故郷は、かつて星命学の聖地と呼ばれたコスモキャニオン。 幼年期の彼を育てたのは生みの親ではなく、峡谷に暮らす穏やかな人々だった。 中でも親代わりに彼の面倒を見てくれたのが、峡谷の長老ブーゲンハーゲン。 まだ谷を出たこともない程に幼かったナナキに、長老はよく谷の外の事を話して聞かせた。 天の高みで煌々と輝く太陽に憧れ、大地に恵みをもたらすそれこそが神の偉業、あるいは純粋な感謝の念から、一部の人々はそれを崇拝した。 結局のところ、人は自らの意志で魔晄炉の恩恵を手放すことはできなかった。 彼らの中で神を気取った連中の辿った末路、それこそが500年が経った後にナナキ達の眼下に広がる光景だった。 今にして思えば長老ブーゲンハーゲンは、ナナキがそれを目の当たりにすることを予言していたのだ。 ミッドガルが遺跡群になるよりもはるか昔。まだ都市の全貌が世に現れていなかった頃。 多くの若手社員を前に、社長は弁舌を振るっていた。 「『安全だ』と口で言うことは簡単だが、無知な市民にはそれを実証して知らしめる必要がある」 プレジデント神羅の打ち出した方針は、最初期のミッドガル都市建設構想から既に盛り込まれていた。彼らの発見した魔晄エネルギーを象徴する新たな都市。地上にある八基の魔晄炉の中心に本社を据え、都市に住む人々は富を享受し繁栄を謳歌する。都市は一定の区画ごとに分割し、それぞれのセクターに商工産業の機能を割り当て、必要なすべてを都市内部でまかなう仕組みを作る。 「我々は自社の技術に絶対の自信を持っている。なぜならその自信は現実によって裏打ちされているのだからな。これなら市民も納得するに違いない」 エネルギーは全てを生み出す文字通りの源泉だとプレジデントは考えた。一介の軍事企業ではとうてい得ることのできない富を我が手にできる。しかもその富には、民の信頼という付加価値まで付いてくるのだから、こんな絶好の商機を見逃す手はない。 商機どころか、もしかしたらこの都市を足掛かりに“星の絶対者”になれるのかも知れない。そんなことを言えば「子供じみている」と笑われるかも知れないが、そうやって笑った奴らを後悔させてやろうではないか。 市民に富を与えれば、彼らは提供者に服従する。 いちど豊かさを味わった者は、それ以前の生活には戻れない。 ヒトにとって幸福とは、クスリのような物なのだ。 同じ量の幸福では、やがて満足しなくなる。今以上の幸福を渇望する。 それを手に入れるためなら、どんな努力をも厭わない。 たとえ他者の命を奪う事も。あるいは自分の身を削る事になるとしても。 「需要があるからこそ我々供給者たる産業が成り立つ。私は兵器を売ることになんら後ろめたさは持ってない。戦争は悪ではないのだから」 プレジデントはそう言い切る。皆、自分の正義のために戦っているだけなのだ。戦争そのものが悪ではないのだと。 反論の声を上げる者はいなかった。誰もが疑問を口にすることもしなかった。それこそがプレジデント神羅の語った世界の縮図だったのである。 「……本題に戻ろう」咳払いと共にプレジデントが向き直る「先程も言った通り、我々は自社の技術に絶対の自信を持っている。これから我々は過去に類がない大都市を作り上げる。そのためにも、このプロジェクトには1つの失敗も許されない」 言葉以上の威圧感が場を支配する。呼吸さえ止まるかと思う程のプレッシャーが、その場にいた若手社員の心身を支配した。 「この都市が完成した暁には、人々はこれまでに無い豊かさを享受する事になる。住民が憂いを感じる事無く暮らせる都市。その成否は、君たちの働きにかかっている」 技術の進歩。文明の発展。そして、人々の幸福。それらを実現するためのプロジェクトこそが、ミッドガル都市計画。誰かを傷つけるための兵器開発ではなく、戦をするための軍需産業でもなく、君たちは人々の幸福の担い手なのだとプレジデントは続けた。 話を聞いていた若者の一人は、自身の心身を支配しているのがプレッシャーだけではない事に気が付いた。今は紙面上に描かれた設計図でしかない都市に対する期待や昂揚。そして彼の脳裏では既に、引かれた図面から基礎や骨組みが組み上げられ、外構作業までが記録映像とでも言うべき精度で再現されている。それはもはや確信を超えていた。 八基が集中する魔晄炉の出力制御にも問題は無い。彼の中にあるルールさえ遵守すれば、憂う様な事態は起こらないのだと言う確信があった。 以来、彼の想像通りにミッドガルでは魔晄炉の事故は一度も起きなかったし、それはプレジデントの語った様に、人々にエネルギーという形で豊かさと幸福をもたらす施設になった。 後に彼は都市開発部門の統括職を務め、自身の確信が過ちであったことを認める。 ――それとも。 吹き付ける風が強くなってきた。後ろに立っている子ども達が気にかかり、ナナキは我に返る。 我が子らと共にミッドガルを訪れるにはまだ早すぎる。そう思って、ナナキはミッドガルに背を向け、来た道を引き返す。 近いうちに、自分だけでミッドガルを訪れよう。久方振りにあそこに供えてあるぬいぐるみに会いに行こうと思った。 今も尚その土地に残る“彼”は、きっと笑顔で出迎えてくれるだろうから。 人類半減期<終>― |
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* 後書き(…という名の言い訳) |
ここまでご覧下さいましてありがとうございます。 FF7のエンディングでナナキ親子が崖の上からミッドガルを見下ろしているシーンから、ミッドガル栄枯盛衰物語といった感じで書いて見ました。
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