証人喚問


 あくまでも形式的な拍手に迎えられ、向かいの男は演台に立った。彼の名前と顔ぐらいはメディアを通して知っている、という程度で面識はない。実際に顔を合わせたのは今日が初めてだ。
 私の手には数十枚に及ぶ原稿用紙が握られている。材質はなんの変哲もない紙片であるはずなのに、質量以上の重みを感じた。
 プリンターから出力されたこの書類には、ある建物の設計図面と、答弁書。この答弁の文面自体は事前に会社が用意してくれた物だった。見る気はしないが読み上げなければならない、私にとってそう言う性質のものだった。それから、原稿の最後にはたくさんの人々の名前が印字されているページが続いている。これは私自身が用意したもので、今日この場で使われることはまずないだろう。しかしこれこそが、私にとって一番重要なものだ。
 紙とインク、それだけのはずなのに、ひどく重たい。それは気分でも、もちろん瞼でもない。その紙片が重たかったのだ。
 用意された椅子に着席し、周囲に目をやった。部屋の天井は普通の建物に比べ高めに作られ、照明として吊り下げられているのは装飾の施された室内灯だった。普段デスクワークを行う会社のフロアと比べると、やや薄暗く感じる程度で心地は良かった。足元に目をやれば、センスがいいとは言えないまでも、落ち着いたデザインで淡い色調の絨毯が敷かれ、壁も同系色で統一されている。古びてはいるが木目の美しい扉や窓枠に、机や椅子。会社で座り慣れている業務用の物とは違い、車は着いていないが座り心地は抜群に良い。
 部屋をざっと見渡してみた様子からも、日頃の手入れが行き届いている事が伺える。
(昼寝をするには最高のコンディションやな)
 思わず口に出てしまいそうになった感想を飲み込んで、視線をあげた。用意された席からは、部屋にいるほぼ全ての人々の表情を見ることができる。それは同時に、彼らからもこちらの様子が丸見えだという事を意味している。
 私が座る前にいったい何人の者達がこの席に着いただろう、などと無意味なことを考えてしまう。
 部屋の奥に並んだ沢山の人々と機械群――映像・音声・文字――各メディアが手ぐすね引いて私の登場を待っているのだろう。大々的に、そしてドラマチックな演出を交えて今日の場を報じてくれる者達だ。
 ここは国民に開かれた公の場。聴衆に晒され逃げることも隠れることも許されない。と言っても、そんなことをする手段も、つもりも毛頭ない。

 ――私がここへ招かれたのは……。

 考えるまでもない。先の7番街プレート落下事件に関する証人招致に応じたためだ。
 7番街プレートの落下に関して、その構造自体に欠陥があったのではないかと指摘する声を受けて開かれたのが今日の証人喚問で、そこに招致されたのが設計と建造に携わり、現在の都市開発部門統括を務めるこの私と言うわけだ。当然と言えば当然の判断で、神羅にとっても想定の範囲内だ。
 抑揚のない議長の声で、舞台の幕が上がる。

「これより、会議を開きます」

 真実を知らない者達による喚問が始まった。
 真相は瓦礫の下敷きとなったまま、なにも知らず生き残った者達が用意した舞台で演じる「証人」という役。事前に会社が用意してくれた答弁書は、さながら台本というわけだ。
 証人は証言法という名の鎖に縛られ、その束縛に抗う事を許されない。
 万が一、禁を犯した場合には偽証罪により告発され、弾劾される。

 しかしそれも、真実と嘘の境界を知る者がいればの話だ。

 恐れることはなにもない。
 なぜなら彼らが追求しようとしている真実は、どこにもないからだ。
 設計にも建造にも携わった、この私自身が証明して見せよう。
「プレートそのものの構造に問題はありませんでした」
 鉄筋の本数? 笑わせないで頂きたい。
 そんな姑息な操作などしない。
 もっと見るべき箇所、議論すべき点は他にある。

 ――君たちは、神羅という企業を知らなさすぎる。
「あなた方は神羅という企業に対して、あるいは建築という分野に関して、あまりに何も知らなさすぎる」

 本当に言いたいことは口に出さないままで、尋問を受ける側であるはずの私が逆に問い返す。
 何も知らないまま、見えない真実を見当違いな方法で追求しようとした目の前の彼らを追及する。

 ――君たちでは暴けない。

 私が本当に恐れていることは、それだった。
 なぜなら彼らが追及しようとしても真実は、絶対に明らかにならないからだ。
 計画と実行の両方に関わった、この私自身が証言しない限り。
(プレートそのものを破壊しようとしたのは、他でもない……)
 自分たちなのだと。

***

 構造の不備がなかった事を見事立証し、尋問者を返り討ちにした後、私は盛大な拍手を背にして扉をくぐり外へ出た。
 会議場から一歩外へ出ると、妙な開放感と脱力感を感じた。
「ごくろうさまです」
 横合いから声をかけられたが顔を向ける事はしなかった。顔を見なくてもそれが誰なのかは分かる、聞き覚えのある――いっそ飽きるほど聞いた声だった。
 うんざりだ。と言うかわりに書類の束を押しつけるようにして渡した。いや、「返した」と言った方が正確だろうか。
「ようできた台本やったで」
「……そうですか」
 そう、全てはプレジデントの指示。
「ホンマ、おたくら多芸に秀でてるんやな」
 そう言っても、総務部調査課の主任殿は表情一つ変えずに書類を鞄に収めようとした。
「……これは?」
 渡したときよりも書類の数が多い事に気づいて、追加された分のページに目を通す。
「プレート落下で死亡した人間のリストや。こっちで把握しとる分しかあらへんけどな」
「こんな物をなぜ?」
 今日の会議では使わない資料のはずでしょう? とどこまでも事務的に尋いてくる。だから答えた。
「わいらが英雄になるために、犠牲になった人達の碑銘やと思といてくれたらええ……碑銘やないな、悲鳴や」
 そう言って手早くコートを羽織って、建物の出口へと足を向けた。
「お戻りですか?」
「こう見えて忙しいんや」
 ひらりと手を振る。励ましの言葉をかけなくても、彼なら次の喚問もうまくやってくれるだろう。
 構造の問題を私が、警備上の問題を彼が引き受ける。どこにも落ち度はない。そして最後の証人喚問で、神羅は民衆の英雄になる。
 呆れるほどに完璧なシナリオだ。

「では、キーストーンの件。よろしくお願いします」

 形式的な礼に見送られながら、私は部屋の扉を閉め本社に向かう帰途についた。





―証人喚問<終>―
 
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* 後書き(…という名の言い訳)
・FF7Disc1、7番街プレート崩壊〜コスモキャニオン辺りで舞台はミッドガル。
・2002.3.11/2005.12.14タイトル通りの元ネタはこの2件。

 プレジデントの運営方針が、民意統制と情報操作だったので、意外とこういう事も指示していたのではないかなと思う。実際にFF7のゲーム中に「民衆には『七番街プレートを落としたのはアバランチだ』とでも言っておけばいい」と言うような主旨のセリフがあった(様な記憶が……Disc1でプレート修復費用を見積もるリーブの辺りで)ので、意外と理にかなってる気がするんです。

 ……なんだかんだ言っても都合良く妄想したかっただけですが。

・ゴールドソーサーでの「ごくろうさまです」に覚えた違和感。
 この点についても少し。
 ツォンがケット・シーからキーストーンを受け取る際に「ごくろうさまです」と言うのですが、あくまでもケット・シーの操縦者はリーブ(都市開発部門統括)ですよね、もちろんツォンはそれを知っている立場にあるはずです。また、ツォンはタークスの主任であり、タークスは総務部調査課――つまり「部」の中に設置されたセクション――ですよね。いくらルーファウスが社長に就任した直後(?)で、ルーファウス直轄の組織だったにしても、一部門の統括に対して「ごくろうさまです」って言うのは違和感あるなと。
 特にツォンに思い入れがあるという訳ではないのですが、どうしてかこう、第一印象が礼儀正しい人(テロ組織に対する態度としてあの不遜さがあった)という先入観があったもので、ゴールドソーサーのセリフに妙な違和感を覚えた経緯がありまして。
# 「ご苦労様」は目上の者が目下の者を労う意味合い
# という印象があるんです。語法とかは関係なく…。
# あくまでも当方が日常生活から受ける印象です。

 もっとも、今となっては「ごくろうさまです」をケット・シー(≠リーブ)に向けて言った言葉だと解釈してみれば納得はできるんですけどね。