闘う者達


「君の代わりならいくらでもいるんだよ? やる気が無いのならこのプロジェクトから降りたまえ」

 頭をもたげるその言葉。罵声と共に提出したばかりの書類が降り注ぐ――それは、リーブの記憶に残る苦い思い出だった。


1.神羅ビル

 神羅カンパニー都市開発部門の現部長であるリーブは、中年を過ぎたごく普通の男である。職業は? と問われれば、間違いなくサラリーマンと答えるだろう。その実、彼は給金と引き替えに労働力を提供している身であった。
 リーブが入社して数十年が経つ。彼が現在のポストにまで昇進出来たのは、ひとえにその手腕と適性が買われての事だった。都市開発部門で働く者達からひろく慕われる“理想の上司”。それが神羅内におけるリーブの姿だった。

 サラリーマンにとって、上司の命令は絶対である。
 それは、自分の意志とは関係なく遂行せねばならない。言ってみればそれが「プロ」だ。その意識は同じ社内にある総務部調査課――通称タークス――のメンバーにも共通している思想だった。
 今回、上層部が彼に対し秘密裏に命じたのが『諜報(スパイ)活動』だった。よく考えてみれば都市開発部門の部長に任せるような仕事ではない気もする。何より彼の性格上、本来ならば気が進まない仕事である筈だったが、今は事情が違った。先日の壱番魔晄炉爆破テロ事件にも関連するとあっては、自然と力も入る。

「どんな理由があろうと、多くの住民達と街を破壊する行為を許せる筈はありません」

 対策会議の席上、彼が言い放った言葉が印象的だ。
 その熱意を買われ、今回この任に抜擢されたのだった。



2.ゴールドソーサー〜コレルプリズン

『当たるもケット・シー〜、外れるもケット・シー〜。どや? 占ってみるか?』
 …………。
 いくら敵に正体を悟られまいと演技すると言っても、故郷の訛を使い、戯けたキャラクターを演じるのには抵抗――少なくとも、社内の人間には見られたくない姿だった。
 元々、入社した直後に上司から「訛を治せ!」と怒鳴られ馬鹿にされて以来、彼は必死に標準語を覚えた。捨てたはずの故郷の訛が、こんな所で役に立とうとは……。皮肉げな笑みを浮かべながら、遠隔地にいるケット・シーの操作を続ける。
 自分の行為に対して引っ掛かりが全く無かった訳ではない。だがそれ以上に結果を求められる立場にあった。形振りなど構っていられない、と言うのが本音だった。

 無事に彼らとの接触を果たした直後に訪れたのが、砂漠の監獄・コレルプリズン。そこでリーブが見たのは、忌むべきテロ首謀者・バレットの過去。

 携わる仕事が都市開発と言う性質上、魔晄炉が住民にもたらす恩恵や経済効果など『数字』に関しては誰よりも熟知している。魔晄炉誘致に関する裏取引も……確かにあった。だが。
 だが彼がここで直面したのは、そんな物よりももっと生々しい現実だった。自分が与する『神羅』という組織が引き起こし、やがて隠蔽された悲劇。
 そこで繰り広げられていたのは、数字やデータの遣り取りではない。人の生き死にという度し難いものだった。

「私は……今まで私がして来た事は……」
 ――何だったんや?!

 彼はミッドガルの建造から携わってきた。人々の要望に応え、住みよい街を創る。それが自分の信念であり、何よりも支えだった。そしてそれは結果として形に現れた。
 けれど。
 彼が見ていたのは、現実のほんの一面に過ぎない。
 長年をかけて積み上げてきた自信。それに裏打ちされた信念は、この時音を立てて崩れはじめたのだった。



3.コスモキャニオン〜

 コスモキャニオンで、一行はたき火を囲んで座っていた。
「こんなん何年ぶりやろか……。な〜んや、色んな事思い出しますなぁ」
 不意に話しかけられて、口をついて出たのはケット・シー“操縦者”の本音だった。


「君の代わりならいくらでもいるんだよ? やる気が無いのならこのプロジェクトから降りたまえ」


 ……若い頃。
 自分の思いが上手く結果に反映されなかったことを悔やんだ日々。早く一人前になりたいと上を見上げて頑張った毎日――それはちょうど、今のナナキと似たような心境だったのだろう。

 はっと我に返ってリーブは苦笑した。
 自分は諜報活動の真っ最中である筈なのに、何故こんな風に考えてしまうのだろう。
 ケット・シーは遠隔操作ロボットだ。だからこの時のリーブの表情を見た者はいない。
 諜報活動――それは、彼にとって孤独との戦いだった。


「求められているのは“結果”だ。それ以外の何物でもない」
 ロケット村でパルマーの醜態を目の当たりにした上層部からの圧力。自身の行動への疑念。その両方に、リーブは追い詰められていたのかも知れない。
 その後一行はキーストーンを求め、再びゴールドソーサーへ向かう事となる。

 作戦の決行は、その夜とされた。



4.ゴールドソーサー

 手筈通りロープウェイが故障。一行をこの地に引き留めることに成功した。作戦決行は今夜、チャンスは一度きりだ。
 クラウド達の得たキーストーンを奪い、ツォンへ引き渡す。
 これがリーブに課せられた任務だった。

「……なんや予定外の事態や!」
 決行を夜中に選んだのは正解だった。しかし、予期せぬ事態に見舞われる。個人行動中のクラウド達に、自分の所業が発覚したのだ。
『ふざけるな! スパイだと分かってこれ以上……』
 ケット・シーに対してクラウドが叫ぶのももっともだ。スパイだと知れた以上、自分の言葉に聞く耳など持たないだろうな。
「ほな、どないするんですか? ボクを壊すんですか? そんなんしても、ムダですよ。この身体、もともとオモチャやから」
 これが壊されても、またすぐに新しい物を向かわせれば良いのだから。

 しかしそれも予測済みである。
 リーブは“切り札”を出した。人質との交換条件で自分の同行を認めさせたのだ。彼自身も苦笑する程、なんて卑劣で周到な……さすがは都市開発に携わっただけあって、それは抜け目のない完璧な“交渉”だった。

 卑怯者と罵られようと、蔑まれようと。彼は他に方策を見出せなかった。
 それに……。
「命がけで旅続けるあんた達見てるとな、考えてしまうんや……。なんや、自分の人生このまま終わってしもたらアカンのとちがうかな、ってな」

 言葉にした本心すらも否定される。――仕方がない。理解してもらおうなんて甘い考えは初めから持っていない。それに、彼らから理解される事が目的ではない。
 自分に言い聞かせるようにして、心の中で何度もそう呟いた。

 翌朝。
 わだかまりを残したまま、クラウド達と共に古代主の神殿へ向かう事となった。



5.古代種の神殿

『私は……まだ、生きてる……』

 総務部調査課“タークス”を統括する男の言葉が、回線を通して神羅本社にいるリーブの耳に届く。
 何故だろう? その言葉に何かを感じた。語に尽くしがたい感情を抱く。

「君の代わりならいくらでもいるんだよ? やる気が無いのならこのプロジェクトから降りたまえ」

 何故だろう? 最近よくあの頃を思い出す。元上司の罵声と共に甦る記憶。
 なぜ今になって……。
 しばしの間、リーブの思考は時を止めた。

 ケット・シーからもたらされた音声によって、止まっていた思考は再び動き出した。声の主はクラウドだ。
『あいつら、命を投げ出して黒マテリアを手に入れるくらいなんでもない。この場所はもう安全じゃないんだ』
 ――彼らの話によると、どうやら黒マテリアを持ち出すには、一人が神殿内に残りパズルを解く必要があるらしい。内側から神殿のパズルを解くと、最後は黒マテリアの中に閉じこめられる仕掛け。いわばセトラの残した太古のセキュリティシステムだ。
 リーブは無意識のうちに回線を繋いでいた。ケット・シーを通してクラウドに呼び掛ける。
「この作りモンの体、星の未来のために使わせてもらいましょ」
 臆することはない。ケット・シーは量産型ロボットだ。……代替はいくらでもある。

 心情的な後ろめたさへの贖罪行為、さらに黒マテリア確保と言う戦略的な判断……どちらにせよ、それが今執れる最善の策だった。
 躊躇するクラウドを説得し、ケット・シーを操縦して神殿奥へと向かう。
「スパイのボクのこと信じてくれて、おおきに! ……ほな、行ってきます」

『がんばって、ケット・シー!』

 かけられたエアリスの言葉が、彼に道を示した。



6.〜最終決戦

 そうか……。そう言うことだったのか。
 今更ではあるが、リーブは探し続けていた“答え”に出会ったような到達感、あるいは充足感を感じていた。

 ――君の代わりならいくらでもいるんだよ?
「この同じボディのが、ようさんおるんやけど、このボクは、ボクだけなんや!」
 ――やる気が無いのならこのプロジェクトから降りたまえ
「ほな、行きますわ! しっかりこの星を救うんやでー!」

 そう。自分と同じ“人”は何人もいる。
 けれど、“自分”にしか出来ないことがある。
 それは、部署も組織も、立場や年齢も関係ない。
 クラウド達は――彼らは、それを知っていた。
 自分の持っていなかった、あるいは忘れてしまった物を。

 最後まで、彼らについて行こうと決心した瞬間だった。
 たとえ、今度は神羅を裏切るスパイになったとしても。

「すんませんけど、この作りモンのボディで頑張らせてもらいます」

 リーブは普通のサラリーマンで、体力や戦術面で彼らにかなう筈はない。ましてやセフィロスになど生身の自分では一太刀を浴びせる事も叶わないだろう。
 ならば。

 自分の出来る闘い方で――星を救ってみせようじゃないか。
 この“相棒”と共に。






―闘う者達<終>―
 
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* 後書き(…という名の言い訳)
 ……その昔。ネット上の某所で「トーナメント」というイベントがありました。ご存知の方も結構いらっしゃるかも知れません。
 このSSはその折、「ケット・シー支援」として書かせていただいた物です。FF7をケット・シー視点で語る(ケット・シーというキャラクターを知らない人に伝える)ことを主題として取り組みました。今になって改めて読み返すと(文章や構成もそうですが)書き足りない感に苛まれます。一番書きたいDisc2を飛ばしている事が最大の敗因だとは気付いているのですが(書くと長くなるので、投下当時その部分を端折ってます…)。
 個人的な話で恐縮ですが、これが拙文を世に公開した最初の作品となりました。……あれから少しは成長したでしょうか?
 書きたいことというか、書こうとしてるコンセプトは当時も今もあまり変わっていないのは、書き手の成長の無さなのか、リーブ不変の魅力なのか。

 いつか、この完全版という形で、FF7をリーブ視点で完全文章化してみたい! という野望(?)はありますが、時間と文章力に余裕がありません。むしろ本音としてはコンピレーション作品をリーブ視点で…(以下略)。

(2007.02.06)