番人は、黙して語らず(FF4)
2008/07/30
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魔導船は故郷の大地を離れ、星々のまたたく宇宙空間に向けて徐々に高度を上げていった。地表から一定高度に達するまで、転送機能は使えないからだ。 船に乗り込んだセシル達の故郷まで短い船旅ではあるが、彼らにとっては貴重な休息だ。暫しの間、広い船内で皆が思い思いに過ごしていた。 そんな中、特にやることもなかったエッジは、ぼんやりと眼下で遠ざかっていく月面を見下ろしながら思い出したように呟いた。 「あのじーさん、こんな場所にずっと一人でいるのって退屈じゃねーのかな?」 エッジの目に映る月にはどこにも──闇に覆われた空には浮かぶ雲も吹く風も、褪せた色の大地には生い茂る草木も流れる川も、月の世界の人々は深い眠りに就いているため声も活気も──何一つもなかった。それでも、ときおり現れてくれるモンスターに辛うじて生命の息吹を見た、というのは皮肉でしかない様な気もする。 そんな世界にたった一人、老人は暮らしていた。フースーヤと名乗った彼は、月の大地に眠り続ける民達を見守る番人として8つのクリスタルと共に居続けているのだと、自らのことを言葉少なに語った。 「……俺ならご免だなぁ……」 ちらりと見やった老人の背中は、何も答えてくれなかった。 だからといって正面から聞いたとしても、きっと彼は答えてくれそうにないだろうなと考えて、エッジは苦笑を漏らす。 「エッジも見習って、少しは落ち着いたらどう?」 思わぬ方向から声を掛けられて、勢いよく顔を向けた先にはリディアが立っていた。すらりと伸びた手足に加え、女性的な身体の輪郭線を強調するような服装も相まって、ただ立っていれば妖艶さを兼ね備えた絶世の美女と評しても過言にはならないだろう。しかし片手を腰に当て仁王立ちした今の姿は、いっそ凛々しいと表現してしまいたくなる。 (黙ってりゃあ可愛いのになぁ〜……) 盗み見るようにして視線を向けると、リディアはニッコリと微笑んでいた。その麗しさにつられて思わずエッジが微笑を返すが、彼女の手に鞭が握られているのを視界の端で捉えるや否や、浮かべていた笑顔が一瞬で引きつり背中を嫌な汗が伝い落ちていった。 「言いたいことがあるなら、どうぞ?」 「いっ、いえ何でもございません」 忍びと言うだけあって仲間達の中でも随一の素早さを誇るエッジをもってしても、ストップとホールドを同時に喰らっては手も足も出せない。忍術こそ使えるが魔法はからきし使えないし、っていうかそもそも今詠唱したか? 混乱しながらエッジはひたすら首だけを横に振り、リディアに対して戦意がないことを主張する。 「……あ、あの、ところで、リディアさん? 白魔法……って使えましたっけね?」 エッジは矛先を逸らそうという意図で、苦し紛れにそんなことを聞いてみた。ところがこれが思わぬ形で功を奏すことになる。 「昔は、ね」 「えぇっ!?」目を丸くしたエッジは、大袈裟に驚いて見せた。 幻界へと旅立つ前のリディアと共に旅をしていたセシルやローザならばともかく、エッジはその事を知らない。リディアはそれを察して、エッジの問いに素直に応じたのだった。 話を切り出したエッジの目論見通り、リディアの矛先が自分から逸れたことに内心で安堵しようとした。ところが、その暇を与えずリディアの言葉はこう続く。 「だからあの人……」リディアの視線を追ってエッジが顔を向けると、その先にはフースーヤの背中があった。「とても強い人だと思うの」 「まあ、俺には適わないけどな!」 エッジに向けられたリディアの鋭い視線は、今度はストップとサイレンスの効果を同時にもたらした。 それからリディアは俯きがちに自分の両手を見つめながら言った。 「今はこうして幻獣を呼び出せる様になったけど、私にはもうケアルさえ使えない」 魔法というのはそれだけ扱いの難しいものなのだと、リディアは続けて言った。1つの魔法を覚えるにも鍛練が必要だし、何より才能がなければいくら鍛練を積んだところで魔法は習得できない。それに本来であれば白魔法と黒魔法は相容れぬ存在、どちらかの力を求めれば、どちらかの力が滅してしまうのは必然なのだと聞いたことがある。まさに今のリディアだった。 かつて出会ったテラがそうであった様に、両方の魔法を習得しその威力を維持することは、彼が『賢者』と呼ばれていたことからも、そう容易いことではないのだと想像が付く。そして魔法は、使い方を誤れば詠唱者自身をも滅ぼしてしまう恐ろしい力なのだと言うことを、賢者は身をもって彼らに教え、世を去った。 リディアがフースーヤを「強い」と言った理由がここにある。力を持ちそれを長年にわたって維持しながらも、力に取り込まれずに自分を保ち続けている。それは言葉で言うほど簡単ではない。 軽口を叩いてはいるが、それはエッジとて十分に理解している。素早さや攻撃力こそ皆と比べれば劣っているが、魔法についてはリディアやローザ以上の実力を備えている事は、ここまでの短い道のりで目の当たりにしてきた。それらは言葉で語られるのではなく、どれも戦いの中で示されてきた。 そして何より、力を得るためには相応に強くならなければならない。 ――『感情に振り回される人間では、真の強さは手に入らん』 脳裏に過ぎったのは焔の壁と、許し難き宿敵の声だった。だがそれは違わず真理を突いていた。悲しみを乗り越えて、怒りによって新たな力を手にした今のエッジには、その言葉を理解することが出来た。それでも結局、得ることのできた力は数えるほどの技でしかない。 ではそこまで強くなるために、フースーヤは一体どんな道を歩んできたのだろうか。いくつの感情を乗り越えて来たのだろうか? ここへ至るまでに何を見、そして何を思ったのだろうか? だが闇と静寂の支配する月の大地に立つ孤高の番人は、黙して語ることはない。 今は亡き故郷の星を出てから、他の民達が眠りに就くまでの長い間。そして青き星へと旅立った弟の背を見送り、さらに長い時を孤独に過ごして来た。フースーヤの口から語られた少ない言葉の中に垣間見えるのは、彼が遭遇したであろう数多の別れの物語。 彼らがそれを知る由は無く、また番人も自ら語ることはないだろう。 「青き星と、そして月の民の為に……」 その言葉を口にしたフースーヤの目は青き星、エブラーナに顕現したバイブルの巨体だけを見据えていた。 ―番人は、黙して語らず―<終> # DS版FF4が当方にとって初のFF4でした。(…ラスダンで全滅以来、未クリアなんですが) # いちばん印象的なキャラクターがフースーヤです。 # このお話を書くに至った考察経緯などは、以下をご参照下さい。 # [2008/07/30:フースーヤを語る] |
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