春を望む


 都は滅び、私たちのすべてを賭した闘いが終焉を迎えたあの日から、心のどこかで還都を望んでいた。
 けれど残留魔晄による汚染は、私たちの子や孫の代、それどころかさらに先の代にまで及ぶ負の遺産だった。あの場所へ戻ることなど叶わない。それどころか私には望む資格すらないと言われても、反論の余地はなかった。
 長きにわたる戦役と世界の危機から数年を経た今、季節をなくした都市にも新たな命は芽吹こうとしている。
 しかし、この地に本当の春が訪れるにはまだ遠く、この目でその遠景を望むことは不可能になってしまった。
 叶わないと分かっていながら、それでも私は、誰よりもここに訪れる春を待ち望んでいた。

 ――あれから3年。

 艇長最愛の者の名を冠したその艇は、雲を抜け大空を進む。荒れ果てた大地を眼下に望みながら、窓外に広がる空の色は自分が幼い頃に故郷の大地から見上げた時と変わっていないことと、大人になってからは見上げる余裕すらもなくここまで来たことを知った。
 傷ついた仲間たちとそれぞれの思いを乗せ、いざ決戦の地へと我々を誘ってくれる。
 ――なにも変わっていない、そう思った。
 仲間の向けてくれる笑顔や、豪快な笑い声、進むべき道をしっかり見据える瞳も、通信の向こうに見える仲間たちの姿も、あの頃と何一つ変わっていない。それはケット・シーが見たハイウインドの光景そのままだった。嬉しかった。かけがえの無いものがそばにある。
『ほな、ちゃっちゃと行きましょか!』
 かつての都は、再び戦火に包まれようとしている。
 それでも――私はそこへ向かうことを決めた。
 ここへ来るまでに失った、たくさんの命への責任がある。仲間の言葉が私の背を押したのだ。

***

 制圧された本部ビルの最上層で、もはや何も映し出さなくなったモニターが目の前に横たわっている。まるで痙攣するように、あるいは断末魔のように。モニターはちかちかと火花を散らし、小さな電子音を何度か鳴らしながら、やがてすべての機能を停止させると静かに最期を迎えた。
 真っ黒のモニターに、瓦礫を背にした自身の姿が映った。その姿と重なるようにして、3年前の光景が脳裏によみがえる。

 ――神羅ビル。

 そうかと気づく。これは私にとって二度目の敗北だった。
 近づいてくる足音に顔を上げた。目があった彼の表情は相変わらず読めない。真っ直ぐに視線を向けてくる彼は何も言わず、それでも口をついて出たのは。

「……情けないですよ」
 弱音だった。

「『ジェノバ戦役の英雄』なんてもてはやされても、このザマです」
 別に許しを請いたいのではない。無論、彼は私を責めているわけでもない。それでも心に横たわるのは憂いにも似た虚しさと、強烈な罪悪感だった。
 あの戦いを経ても、武器を手にして実際に戦場に立てるわけではない。あの当時と何も変わらない。そんな自分が惨めだと、今でも感じることがある。
 しかし目の前に立つこの男は違った。あの時も、今も。
「私も同じだ」
 彼は柔らかい口調で――私の心に揺蕩うすべてを否定した。
 私に落胆する間を与えず、彼は次にこう問うのだった。
「お前はここで止まるつもりか?」
 その言葉にハッとして顔を上げた。目の前の男は表情ひとつ変えずに佇んでいる。一瞬、それが希望の使者であるようにも見えた。だがそれが幻想なのだと言う事は、背後の崩れた壁面を見れば嫌でも思い知らされる。
(この絶望的な状況を目の当たりにして、なぜそんな風に立っていられる?!)
 不死身の男に向けた憤りのような、憧れのような。そんな感情が渦を巻く。だからと言って、それを直接向けるのは間違いだというのも分かっている。ましてや彼が自ら望んで手に入れた身体ではないことも。
 言葉を飲み込んでしまえば、自身の浅ましさを目の当たりにしたようで、彼を直視することができずに視線をそらした。
 どうすることもできない、私は無力だった。
 襲撃を受けた神羅ビルの上層から動こうとしなかった“彼”も、同じことを思ったのだろうか? そして今に至ったとでも言うのか?――この場に居ない者に問うたところで、答えは返ってこないというのに。
 ……あの日、ミッドガルが最期の時を迎えた日。
 何度も何度も鳴ったはずの電話。何かを告げようと、伝えようと必死に私を呼ぶ声に耳を傾けなかった過ち――それらのすべてを賭けて、戦った。そして完膚なきまでに叩きのめされた。
 失くしたものは数え切れないほどあった。
 では、それらと引き換えにして私が得たものは――何だった?
 どうして“私”は今もここに在り続ける?
 堂々巡りを繰り返す思考を断ち切ったのは、穏やかだが力強い声だった。

「時を止めた私に、前へ進むことを教えたのは……お前たちだったんだがな」

 半ば呆然とする私を置いて、彼はその言葉を残して去っていった。
 上司にするには厳しすぎる男だと、そう思うと自然と笑いがこみ上げてきた。たくさんの犠牲を強いた、その上に自分が立っている。ならば、ここで止まってなどいられない。出資者に対する債務もあるのだ、欠損を出したまま終わるわけには行かなかった。
「――まずは残存の設備・部隊の把握と立て直し。次に使えそうな通信設備を使ってデータの移行作業、それから……」
 考え出してみればまさに猫の手も借りたい状況だ。リーブが苦笑しながら腰を上げると、ちょうど同じタイミングで相棒が現れる。
『ほな、ちゃっちゃと行きましょか!』
 かつての都を目指し、再び戦いに赴く決心をさせてくれた彼らのためにも。
 決着を――

***

 こうして乗り込んだのが飛空艇・シエラ号。オーバーテクノロジーと最新技術の集合体、それは最後の砦たる最強の移動要塞だった。同時に内部には多くの未知を内包しており、艇の全容を把握しているものはいなかった。そんな艇の操縦桿を託せるのはシドしかいない。そして彼は見事に艇を制御している。
 とても乗り心地の良い艇だった。文字通り大船に乗った心地でいることができた。だからこそ、心の曇りがはれることは無かった。
「今日は本体なのか?」
 声をかけられるまで、フロアの中を移り行く景色を眺めていた。人工的に作られたグラフィックは美しい風景を描き出す。季節を失くした大地の記憶を抱え、我々は大空を進んでいた。
 問いかけに応じて顔を上げれば、そこには彼が立っている。数年前までは地下で眠り続けていたこの男を、最近では私がいつも見上げているなと気づく。
「……本部もなくなってしまいましたからね」
 苦笑しながら返した言葉に、彼は否定も肯定もせずに黙って耳を傾けているだけだった。

 ――いや、もしかしたら彼は知っているのかも知れない。
    私が“本体”ではないということを。

 二度目の敗北。
 それはつまり、二度目の死を意味していた。

***

 七番街のプレートを落とす。
 それは下敷きになるスラム住民だけではなく、プレート上に住む者たちの命も道連れにするという非情な手段であることは誰の目にも明らかだった。
 プレート崩壊が故意であるにしろ事故であるにしろ、それを知れば肉親から責められると思った。私がこの件にどう関与しているのか、とか。詳しい内情は知らないまでも、神羅という組織に属し、今や責任ある立場に身を置いている自分に、懐疑や非難が向けられると思っていた。
 けれど彼女はそうしなかった。
 かわりに受話器から聞こえてきたのは――「こっちは心配要らないよ」と、そんな短い言葉だけだった。

 結果的にはこれが、母と交わした最後の会話になった。

 メテオ衝突までのカウントダウンが始まろうとする頃、あの日以来はじめて携帯が鳴った。けれど通話をする勇気はなかった。それでも繰り返し何度も、何度も鳴り続けた。神羅本社ビルが襲撃され、崩れ落ちたあの日でさえ鳴ることのなかった携帯は、今頃になって私を呼んだ。
 しかし私は、彼女の声に耳を傾けることはしなかった。
 神羅ビルと共に、私の肉体も失われた――一番の親不孝をしてしまった後では、取り返しがつかないのだと思っていたからだ。残されたわずかな時間は、すべてミッドガル住民の避難誘導に費やした。
 住民の中には、母もいた。
 そのはずなのに、母を救うことはできなかった。


 これが2つ目の親不孝であり、最大の過ちだった。

***

(本体、は……)
 絶対に漏らしてはならない言葉が口をついて出そうになって、自身でも驚くほど動揺したものだった。
「でも、今日も連れてきてますよ」
『どうもー』
 忙しいときには手を貸し、沈んでいるときには愛嬌を振りまく。そんな愛くるしい相棒が、場を和ませてくれる。そして何より、この小さな相棒は“本体”の存在を隠してくれる。
 まだ、この身を棄てるわけにはいかない。もう少しだけもってくれないか? 今、本体として機能している“私”に私は呼びかけた。
 ――私の感情を吹き込んだそれは、二度の死を乗り越え生き続けている。



 女の子じみていると、持つことをためらった母からの贈り物――あのハンカチの柄のような花が咲く地に、先に着いているはずの私を、母は今も待っているのかも知れない。
 だとしたら一番の親不孝者は、私のような者を言うんでしょうね。……社長。

―春を望む<終>―



 
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* 後書き(…という名の言い訳)
 ここまでお読み下さって有り難うございます。今回は後書き…もとい、言い訳が長いです。

 DCFF7第7章(飛空艇シエラ号)時点でのリーブの回想。
 FF7AC公式サイトに掲載のOn the Way to a Smileがベースにあります。つまりルヴィさんのエピソードです。話からすれば、この1年後にリーブはルヴィさんと会う事になりますが、残念ながら彼女本人は既に他界した後でした。
 ついでに、この話の展開だとリーブはルヴィよりも前(神羅ビル崩壊時)に他界してますが魂を人形の中に残して活動中。だからお母さんが待ちぼうけ、という最後の描写になります。読み返すと構成が無茶苦茶だなと反省しました。

 ・書いた当時はクリアしてない(8章中)ので、偏重気味の世界観。
 ・インスパイア設定ワケワカラン。
 ・有名な漢詩を基調にしようとしてトホホな結果に。
 ・DCFF7をプレイして、良くも悪くも印象が変わったリーブ。
 ・7章のあのセリフを聞いてこういう展開を妄想した人は全国に数人はいるはずだ! と信じて疑わない。
 ・FF7究極のバッドEDと言えなくもない話。
 ・……リーブ好きが高じて色々暴走した。今では良い思い出になっている。

 
 

 
 一応、恥もさらしつつネタとして「有名な漢詩」をこんな風に置き換えたのが今回の話の元ネタです。↓
都破山河在
楼春草木深
感時花濺涙
恨別猫驚心
烽火連三月
家書低万金
白頭掻更短
渾欲不勝簪
 ※国→都、城→楼、鳥→猫の3箇所を改変。楼=神羅ビルって意味で通じますかね?
 ※「春望」は“春の眺め”という解釈がされているようですが、「望」には“眺め”(眺望)と“願い”(願望)の2つの意味が込められててもいいんじゃないかな、なんて勝手に思ってます。
 ※一応読み下し文と解説(当方の妄想)を加えてみますよ。アホも来るトコまで来たって感がありますが……。

都破山河在
都(ミッドガル)は破壊されつくしても、自然は残り
元ネタ「春望」の“破れる”も敗戦の意ではなく、“破壊され廃れる”という意味……だったはず。
楼春草木深
楼(神羅ビル)跡地にも春は訪れ、緑は繁茂し。
7本編EDで崖の上からナナキ一家が遠望するあの光景です。
感時花濺涙
世の移り変わりを感じるにつけ、花(※1)にも涙をこぼして。
※1:FF7AC公式サイト掲載の[On the Way to a Smile]を根拠に、後文に登場する「恨別」にかかる。
恨別猫驚心
家族との別れを惜しんでは、ケット・シーの愛くるしい笑顔にも心を痛める。
蜜蜂の館でちっこいケット・シーがいたことから、家族内では共通の存在だったんじゃないかな? それを見る度に思い出すとか切ない気がする。
烽火連三月
3(※2)年が経っても戦は絶えず、永きに渡り、
ジェノバ戦役(本編)に飽き足らず、AC、DCと3作にまで連なり
※2:もう「3」って所しか意識してない模様。   
家書低万金
家族からの着信(※3)は、大金(14万ギル※4)にも値する。
※3:母親はメテオ落下直前、息子に電話を何度もかけている。
根拠は上と同じく[On the Way to a Smile](episode1-2)
※4:全体化マテリア(マスター)売却の値段。つまり物凄い高価な物に値する
白頭掻更短
白い頭(=年齢を重ねた)を掻けば掻くほど抜け落ち、
ストレスできっと髪は白くなってるんじゃないかと。さもなくば脱毛。ストレス社会で働くリーブに。
渾欲不勝簪
やがてはリーブ21(※5)
※5:リーブ、といえばお約束の展開です。しかしながら全然読み下せてませんが。
簪=かんざし。解説サイトなどを回ってみると、唐(?)の役人が冠を留めるために使用したものだとか。FF7に当てはめて解釈すると、
リーブがサラリーマン(=以前のような安定した生活)には戻れないって話。
もうちょっと捻じ曲げて解釈すると。
DCでスーツを着なくなったのは(簪を転じて)ピンでネクタイを留められなくなったからなんだなと。

 ……こんなところまで読んで下さった方、それから杜甫さん、色々すみません。怒らないでやって下さいね。「春望」は唯一、漢詩の中で印象に残るほど好きな物なんです、表現の仕方が間違ってますが。