平和な基地に花束を [ACE COMBAT ZERO]
2009/05/12 Tuesday


 95年に勃発したベルカ戦争にはウスティオ空軍の前戦管制官として参戦し、管制を担当したガルム隊の3機を失った。
 1機は隊から離脱し。
 被弾した1機は墜落。
 そして最後まで生き残った1機は、作戦達成後に自らの意思で帰投を拒み飛び去っていった。
 管制機の中で私は、彼らの辿ったそれぞれの軌道を見つめていた。こうして基地には誰も帰還しないまま、戦争は終結を迎えた。

 昨年6月6日の悪夢――ガルム2がレーダーからロストし、7つの核が起爆して――以来、作戦に使用する無線の周波数は何度か変更されていた。それは隊を離脱した“片羽”を考慮しての措置ではあったが、機に搭載していた通信機器の復旧という問題も大きく影響していた。しかしそんな事など君らにとってはどうでも良い話だろうな。
 君たちがここを去った後は、我々の出動回数もめっきり減った。戦で生計を立てている私が言うのもおかしいが、幸いと言うべきだな。これからさらに出番の少なくなる第6航空師団の存続について、今後の見通しは不明瞭だが、私もそろそろここを発つ頃合いとも考えている。
 基地にあれが届いたのは、そんな矢先の事だった。

***

「……なんと言ったらいいか」
 私を含め基地内の――特に95年に起きた空戦の推移を知る者達は、届けられた木箱を前に困惑を隠せなかった。
 木箱にはたくさんの花が収められていた。差出人も宛先も不明。ただ品目欄にはアルファベット2文字だけが記されていた。基地に届いたこの不審な木箱を最初に開けた検閲所の職員は、ベルカの報復を疑ったのだという。終戦を迎えたとはいえ、戦争の傷跡が癒えるにはまだ時間が掛かる。今はそう言う時期だった。
 荷物ごと廃棄処分にされる寸前、記された2文字のアルファベットがガルム隊2番機パイロットのTACネームだった事が別の職員によって知らされ、荷物の差出人と宛先の推測が立った事により、この花たちは廃棄を免れた。
 しかし差出人と思しき人物は、既にいないはずである。この話は基地職員達の間で瞬く間に広がり、彼のことを知る私もここへ足を運んだというわけだ。
 私は警戒管制機の搭乗員として、最後までガルム隊の作戦に随行した。だから彼の、ガルム隊2番機・PJの“遺言”を聞いた数少ないうちの一人だった。
 彼は、誰よりも強く戦争の終結と平和の訪れを願っていた。寡黙なガルム1の代弁でもするように、作戦中も盛んに口を動かしていた。
 昨年末、真の意味での終戦と平和を懸けたアヴァロンダム上空での作戦を展開中、無線を通して聞かされた言葉が、結果的には彼の遺言となってしまった。

 ――「俺、実は基地に恋人がいるんですよ。帰ったらプロポーズしようかと。
     花束なんか買っちゃったりして」

 もっと早く……私が彼の言葉を遮っていれば、もしかしたら彼は基地に生還できたのだろうか。
 レーダーに敵性反応を捉えた事を伝える私の声は、爆音の中に混じる彼の声にかき消され、残ったのは交信途絶後のノイズだけだった。
 このときガルム隊1番機は、何を思っていただろう。
 いくら思いを馳せたところで、私がそれを知る術はない。

「これって……PJ……」
 以前に別の飛行隊で彼と編隊を組んでいた男が、私の横で木箱を見下ろしながら呟いた。
「ああ、管制機に乗っていたお陰で話だけなら聞いている。宛先を知っているのか?」
 作戦中にもかかわらず、君たちは編隊飛行中にその話をしていたな。PJの恋人は、この基地にいる。この花は、基地にいる恋人宛に送ろうとしていた物だと言うことには察しがついた。しかしその人物を特定する情報を、私は持ち合わせていない。
「1ヶ月前に辞めちまったんです、彼女」言いながら、男は肩を落とす。
「……そうか」
 結局、この荷物の差出人はこの世に存在せず、宛てた人も基地から離れた後という、悲しい結末を迎えることになってしまった。どんな言葉を口にすれば良いのか、私には分からなかった。
「もしかして! あいつ、生きてるんですかね?!」
 唐突に顔を上げた男の口調が弾んだ、無理もない。私も出来ればそうであって欲しいと願いたかった。しかし管制官としてあの場に立ち会っていた以上、たとえ慰めになるのだとしても、根拠のない仮説に同意することはできなかった。
 敵のレーザー兵器によって一瞬で撃墜され、ベイルアウトした形跡はない。あの短時間にできるわけがないのだ。
 私は静かに首を振り、彼の希望を否定した。すまないが、それはあり得ないのだと。
「じゃあ、いったい誰が……?」
 問いながらも、彼は木箱の差出人に見当がついていたのだろう。私も同じだった。
「ガルム1……いいや、サイファーが?」
「ここにいる連中じゃないとすれば、考えられる可能性はそれしかない」

 ガルム隊1番機、それは『円卓の鬼神』と畏敬されたパイロット。ウスティオを勝利へと導き、帰投しなかったものの彼が隊唯一の生き残りとなった。
 地上に降りれば、鬼神も人になる。もしかしたら戦闘機乗りにはそぐわぬ、優しい男だったのかも知れない。
 届いた木箱は、寡黙だった彼の人間的な一面を語っているようだった。




<終>
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・やっとの思いでダムを抜けたと思った直後、絵に描いたような死亡フラグを立てた僚機。
 「基地に恋人」、「帰ったらプロポーズ」、……戦場で滅多なこと口にするモンじゃない。
・死亡フラグを死亡フラグだと気づいて無線で必死で止めようとしたAWACS。
・でも回収が早すぎたんだよね、Pixy:「死亡フラグ回収に慈悲はない……。」
・語り手がAWACSなのは、彼以外に思いつかなかったからですが、よく考えてみるとAWACSって意外とツライ役どころ。
・「花束」の解釈をちょっと間違えてるガルム1(サイファー)は作者の主観です。
・『鬼神』も、飛行機を降りればただの人、というのを書きたかっただけかも。

ACE COMBAT ZEROクリア記念に。ジャンル的にはじめてだったと言うこともあり、とても印象深いゲームになりました。音楽に一耳惚れした挙げ句にクリアの見込み無いまま勢いで買っちゃった。だけど苦労もした分、愛着も湧いたという事で。
そんなわけで、ゲームクリア後の心残りを少しでも発散したかったと言うのが、この拙文のそもそものキッカケ。2009/5/12辺りに言い訳とか。
 
[REBOOT]