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黄斑変性への鍼施術が、視力に及ぼす影響について
  2016.3.16 Web公開版

2016年3月13日(日) 第33回 「眼科と東洋医学」研究会 台東区民会館  千秋針灸院 春日井真理 菊池真樹子

抄録→   黄斑変性への鍼施術が、視力に及ぼす影響について .pdf

スライド→ 当日使用したスライド .pdf

以下は内容の解説になります。抄録・スライドは、上記PDFファイルを参照して下さい。

・解説内容については、当日参加いただいた先生方にスライドを交えて報告した内容を、広く一般の方に分かり易くお伝えするために
大幅に補足しています。当日は限られた時間のためにお伝えできなかった部分も含めて、完成版として見ていただけたら幸いです。

 今回は視力に限定した黄斑変性全般の報告です。

・「眼科と東洋医学」研究会は、東洋医学に関心の深い眼科専門医の先生方が年に一度、症例などを持ち寄り報告するもので、
今回33回目となる歴史のある研究会です。日本眼科学会の関連団体のため、眼科専門医に必要な認定単位が取得できるそうで、
今回は概ね50名程の先生方が出席されていました。今回、初めて医師以外に薬剤師、鍼灸師に門戸を広げていただけたため、
千秋針灸院からは最新の統計症例報告として「黄斑変性への鍼施術が、視力に及ぼす影響について」を、眼科の先生方に見て
いただける機会となりました。

・余談ですが背景に使った小さな波紋は、今回の報告が眼科医療の選択肢の一つとして、針治療があることを知っていただく
きっかけとなることへの願いを込めています。私はホームページを通して広く一般の皆様に丁寧に説明していくことと同時に、
医療の中心となる眼科専門医の先生方に直接説明させていただくことで、少しでも多くの患者さんの目の健康に、適切な針治療が
役立てられることを願っています。

 千秋針灸院で概ね3~24ヶ月間の治療を受けられた方が対象

・千秋針灸院で診せていただき、治療は他院で受けられた症例を含めると、黄斑変性については概ね200名以上の実績があります。
しかし今回の報告では治療方法なども統一する必要があるため、提携治療院や紹介先などの症例は含めず、千秋針灸院単独で
昨年末まで治療を受けられた81名107眼を対象としました。当院へ通院された場合の実際の視力変化がよく分かる結果です。

・今回の報告では黄斑変性全般を対象としましたが、理由は患者さんから聞き取った診断名は不確実な可能性があり、またOCT
(光干渉断層計)が一般的ではなかった2000年代中頃までは、医療機関毎に診断名が異なることも多かったからです。現在では
眼科検査機器の進歩により、眼科医の診断も確実性が高まりましたが、医師ではない私からの報告は「黄斑変性全般」に留める
ことが適切と考えました。


 今回は実際の治療に使う経穴(ツボ)まで、抄録で完全に公開しています

・千秋針灸院での鍼治療について患者さんの立場で一番心配される内容は、眼球を傷付けたり悪化する心配はないのか。という
ことですが、目の周りについては非常に浅い鍼(深さ数ミリ)ですので、眼球自体を傷つけたり網膜に悪影響を与える心配は全く
ありません。まれに僅かな出血を生じることがありますが、鍼治療による出血はいつまでも消えない痕を残す心配はありません。
痛みについても小学生低学年から実際に行えているため、「なんだ、痛みはこんなものか」と安心される患者さんがほとんどです。

・初診時の状況により、週に2回もしくは1回の治療から始めて、概ね3ヶ月以内にある程度結果が出てきます。その後は治療間隔を
空けても視力などの改善・維持は容易なケースが多いため、状態を確認しながら週1回~月1回程度に治療を減らしていきます。
・様々な理由により治療回数や間隔が適切に行えない場合には、十分な結果に繋がらない場合もありますので、必要であれば
お近くの提携治療院などへの通院もご検討下さい。


 視力測定は対数視力に対応した液晶視力表。指標はランダムに表示

・視力測定は鍼治療の前に行います。前回の鍼治療から最も時間が経過した状態で測定することで、視力が良好に維持されて
いたかどうかが分かるからです。また今回の統計では一般に知られている少数視力ではなく、眼科医療ではスタンダードである
対数視力(LogMAR)に換算して、視力の平均値や視力変化を評価しています。また黄斑変性では視界中心の視野に異常のある
症例が多いため、中心に指標が固定される字一つ視力を採用することで、患者さんが正しく指標を見られる工夫をしています。


・評価の基準としている対数視力の変化について、眼科では一般に±0.2以上の違いを有効もしくは悪化としています。また今回は
+0.3以上の改善は特に著効としました。対数視力で+0.3の改善とは、簡単に言えば少数視力の2倍に相当するもので、例えば
少数視力0.5から1.0、0.2から0.4への改善等を意味します。また対数視力の±0.2とは、黄斑変性の視力評価で国際的に用いる
ETDRSチャートの10文字相当、+0.3とは15文字に相当しますので、症例数を考慮すれば今回の報告は、様々な国際的な臨床
試験とある程度まで比較・参照することも可能です。(視力評価の方法や対象は同一ではありません。参考として考えて下さい)


 針治療開始から3ヵ月後、24ヵ月後の平均視力の変化

・初診時に少数視力で1.0以上(正常視力)を除外した93眼について、平均対数視力は初診時の0.63から3ヶ月経過後は0.33へと
改善していました。少数視力に直すと2倍の値であり0.2強から0.5弱への変化であり、ETDRSチャートの15文字に相当します。
・また当院で鍼治療を24ヶ月間続けた47眼について、平均対数視力は初診時の0.63から3ヶ月経過後で0.27、24ヶ月経過後は
0.18へと大きく改善しました。少数視力に直すと0.2強から0.5強、0.7弱への変化となり、24ヵ月後ではETDRSチャートの20~25
文字にも相当します。対数視力で0.3~0.45の改善です。

・ベバシズマブ(アバスチン)について、2010年にイギリスで行われたABCtrial(131眼)では12週(3ヶ月)でETDRSチャート6.7文字

54週(13ヶ月)でETDRSチャート7.0文字の改善と報告されています。対数視力に換算すると0.1強の改善です。
・ラニビズマブ(ルセンティス)について、2007年に報告された加齢黄斑変性に対するPrONTO試験(40眼)では、3ヶ月後でETDRS
チャート10.8文字、24ヵ月後(37眼)で11.1文字の改善と報告されています。対数視力に換算すると0.2強の改善です。


・現在主流となる眼科での抗VEGF硝子体内注射の代表的な臨床試験に比較して、今回の報告は鍼治療による視力の改善が、
硝子体内注射を大幅に上回る可能性があります。ただし視力の測定方法や対象が異なるため、完全な比較はできません。
・私の臨床上から述べると、短期的には鍼治療よりルセンティスやアイリーアが、改善速度としては優れる印象を持ちます。
しかし長期的な経過では針治療が大きく優れ、5年以上でも良好な視力を維持するケースが多く、健側への発症もありません。


・萎縮型6名10眼については症例数が寡少です。初診時に1.0以上の2眼を除外すると、対象が少ないため参考値となります。
3ヶ月間の8眼について、初診時の平均対数視力0.59(0.3弱)から、3ヵ月後には0.26(0.6弱)へと向上しています。24ヶ月間の5眼に
ついては、初診時の平均対数視力0.69(0.2強)から、3ヵ月後に0.19(0.7弱)、24ヶ月0.19(0.7弱)となりました。萎縮型と診断された
黄斑変性でも、鍼治療は滲出型と変わらず一定の効果を認めます。私の中では視力変化が明確な印象を持っています。


 針治療開始から3ヶ月後、24ヵ月後の有効症例の割合

・3ヶ月間治療した93眼について、対数視力で0.3以上の改善が得られた著効例は48.2%(43眼)であり、同じく24ヶ月間治療した
47眼については著効例が70.2%(33眼)となり、改善した上で少数視力1.0以上の良好な視力を34.0%(16眼)は維持できていました。
なお24ヶ月間治療した47眼の3ヶ月時点での著効例は51.1%(24眼)ですので、3ヶ月間治療した93眼との違いは大きくありません。


・ベバシズマブ(アバスチン)ではABCtrialにおいて、54週(13ヶ月)時点でETDRSチャートの15文字(対数視力0.3)以上の著効例は
32%と報告されています。対数視力0.3以上の著効例で比較する限り、鍼治療はアバスチンに対して優れるといえる結果です。
ルセンティスやアイリーアについては手元に資料がありませんが、長期になるほどに勝ることはあっても劣ることはないでしょう。

 発症年齢別の視力変化(主に脈絡膜新生血管と加齢黄斑変性)

・近視性もしくは特発性の脈絡膜新生血管を中心とした50歳未満発症群(48眼)では、3ヶ月間の鍼治療で対数視力0.3以上の
改善が得られた著効例は37.5%(18眼)、同じく24ヶ月間(22眼)での著効例は68.2%(15眼)でした。また加齢黄斑変性を中心とした
50歳以上発症群(45眼)では、3ヶ月間での著効例は55.6%(25眼)、同じく24ヶ月間(25眼)での著効例は72.0%(18眼)となりました。

・若年者の黄斑変性への鍼治療の結果が、加齢黄斑変性に比較して低い結果は意外でしたが、私の報告に対して質問された
眼科医の先生から、「若年者の黄斑変性は近視性が多く、網膜が薄く脈絡膜循環が悪いことが結果に繋がったのでは」との
指摘をいただきました。実際の臨床では30代などの若い方の視力の改善は、中高年者に比較して著しく大きい場合も少なく
ないのですが、統計として集計すると強度近視の患者さんでは改善する割合が低くなり、不安定なことも分かってきています。


 ルセンティスなどの硝子体内注射が鍼治療に影響するかを検討

・鍼治療の開始前3ヶ月以内もしくは鍼治療開始後に、ルセンティスなどの注射を行った注射群25眼に対し、この間に注射を
行っていない非注射群68眼を比較した結果、両者に明らかな差はありませんでした。鍼治療開始3ヶ月以前を非注射群と
した理由は、各抗VEGF薬の有効な期間が概ね1~2ヶ月に留まるため、3ヶ月以降は薬の効果が消失する理由に因ります。

・今回の結果は、鍼治療と抗VEGF硝子体内注射の併用が可能なことを示していると言えるでしょう。

・黄斑変性と診断された際の実際の治療として、最初から鍼治療を選択される方も多いですが、視力等の状況によっては
改善の速度を重視して最初にルセンティスなどを行い、その後に鍼治療を選択することが最良の結果に繋がる場合も
あるようです。千秋針灸院の初診時の各種測定で、比較的発症から短時間で視力が0.2未満に低下しているなど、重症の
場合が当てはまります。提携治療院などへの紹介も加えると200名を超える実績がありますので、詳しくはご相談下さい。


 鍼治療の眼科領域への可能性を示せた結果になりました

・今回の報告から、当院の鍼治療が優れた可能性を持つことを明らかにできましたが、純粋に鍼治療の効果だけではなく、
黄斑変性に対しての眼科学、中医学、抗加齢医学を駆使した日常生活上での注意点などを丁寧に説明し、特に発症に
至った原因を可能な限り取り除くことを同時に進めていることも、良好な結果に繋がったものと思われます。病気だけを
診るのではなく、患者様の全ての環境を理解し、必要な働きかけを行えることを目指すことも大切な治療の一部です。


・千秋針灸院では既に視力だけでなく、鈴木式アイチェックチャートやM-CHARTSなどの器具を用いて、歪みや中心暗点を
可視化、数値化することで、患者様の見え方の質を改善する治療に取り組んでいます。適切な鍼治療は今回の視力変化
のみならず、変視症(歪みや中心暗点)についても改善の可能性があることが多くの症例から得られていますので、今後の
報告をお待ち下さい。

・当院は眼科領域を唯一の専門として、これまで患者様を通して数多くの症例を学ばせていただきました。鍼治療は眼科
領域の様々な疾患や症状に対して、従来の眼科医療の枠を超える可能性を持つ古くて新しい医療です。今後も医学的に
根拠のある測定法を駆使して、眼科領域への鍼治療を検証していきます。


・今回の報告に尽力いただいた竹田眞先生をはじめ、「眼科と東洋医学」研究会の眼科の先生方、ご協力いただいた患者様、
共同発表者の菊池先生やスタッフ、支えてくれた家族や提携治療院の先生方、応援していただいた皆様に感謝いたします。


Copyright © Chiaki. All Rights Reserved 2016.3.16 

千秋針灸院の著作物ですので、無断使用・転用等は固くお断りします。引用などの際は著作者を明記するようお願いします。

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