中学生ザンの物語

 今回のお話には、虐待が出てきます。割り切って読める人だけ読んで下さいね。本編を離れ、春樹のお話しです。

12 春樹の過去

「春。どうした?早くこっちに来なさい。」

「でも…。」

 小学4年生の春樹が躊躇すると、目の前の男は怒鳴った。

「さっさとしろ!この穴!」

 

 がばっ。

「またあの夢か…。」

 春樹は額の汗を拭う。封印してしまいたいあの頃の記憶。生まれて初めて優しく愛してくれた人から受けた裏切り。まだ何も知らなかったあの頃。その男が発した言葉の意味が分かるようになったのは、大人になってからだ。女性をそう呼ぶ人がいた。

 隣では暢久が平和そうな顔で眠っている。彼女なんてものが出来てからだ。こんな表情をするようになったのは。激しい苛立ちを覚えて、まだ5時だと言うのに、息子を叩き起こす。布団を捲くり、パジャマのズボンとパンツをずり下ろして、お尻を思いきり叩いて、文字通りに叩き起こす。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ。今度はちゃんと起きるからっ。」

 寝坊したのと勘違いした暢久が声をあげた。しかし、春樹は嫌な夢の余韻が消えるまで、叩くのを止めなかった。

 

 父親の顔を知らない。生まれる前に死んだなんて理由ではなく、どの男だったなんて知る訳ないと母が言ったから。

 数十年前。小学4年生の春樹は、膝を抱えて座っていた。おなかが酷く空いていた。母がくれた僅かなお金は、数日前に尽きていた。運悪く連休に入ってしまって、唯一の食料である給食が食べられない。いつ母が帰ってくるかは知らない。

 母は次から次へと男性を変えて遊んでいた。生むつもりのなかった子供が出来た時、彼女はあらゆる手段で子供を流そうとしたと言う。わざと階段で転んだり、暴力を振るう男と我慢して付き合ったり。でも、春樹は死ななかった。生んだ後、何度も捨てようとしたが、下手すれば捕まるかもしれないので上手くいかなかったと言う。

 母が家にいていいことは、ご飯が食べられるというだけ。機嫌が悪ければ、叩かれたり蹴られたりするし、灰皿代わりにされるから、母が煙草を吸っている時には、なるべく外に出かけていた。

 母が家に男性を連れ込み、しばらく一緒に暮らすこともある。母の男達は、母と一緒になって春樹に暴力を振るうか、無関心を装うだけで、助けてくれる人なんて一人もいなかった。

 しかし。

「君が春樹君だね。これ、気に入ってくれるといいんだけど。」

 栄養失調で死ぬ前に、母が帰ってきた。また新しい男性を連れて。「開けてごらん。」

 プレゼントなんて初めてもらった。装飾された箱を開けてみると、同年代の男の子なら誰でも羨むような最新式の玩具が入っていた。春樹は感動で震えた。気に入るどころなんてものではない。こんな凄い物を貰えるなんて。

「あ・有難う御座います…。」

「そんな丁寧なお礼が出来るなんて、春樹君はいい子だね。」

 男性はそう言うと、春樹を抱きしめた。外国の父親みたいで、春樹は仰天した。優しくされることに慣れていない春樹は、頭まで撫でてもらってとても嬉しかった。

 それから数週間は幸せの連続だった。母が暴力を振るう時には庇ってくれ、灰皿にされそうになった時は、本物の灰皿を母に差し出して助けてくれた。春樹は感謝の気持ちで一杯だった。

「君を春って呼んでいいかな。より親子らしいと思わないか?」

「はい。お父さん。」

「有難う、春。」

 

 ずっと続くと思っていた幸せに陰りが見え始めたのは、父がお風呂に誘った時だった。

「恥ずかしがらなくていい。普通、子供はお父さんとお風呂に入るもんだよ。」

「でも…。」

「男同士でお風呂に入るのが、そんなに嫌か?大人の男だって裸の付き合いってのがあるんだ。春だってお父さんとそうしたくないか?大人の男みたくさ。」

 大人…。『まだ10歳なのに、大人扱いされるなんて凄いじゃないか。』春樹は何処かに不安を感じながらも、その言葉に心をくすぐられて、父とお風呂に入った。

「春はもう立派な男だな。」

 隠すようにしながら体を洗っていると、無理矢理父の前に立たされた。なんと父は春樹のおしっこをする所に触れながら、そう言った。

「止めてよ、お父さん。」

「嫌がる必要ないじゃないか。普通は、お母さんだってチェックするんだぞ。」

「そんなの嘘だよ。」

「どうして分かる?皆に聞いてみたのか?…ま、普通は恥ずかしくて言わないと思うけどなあ…。でもなあ。」

「…。」

 それから父は、普段でもそこに触れたりするようになった。普通のうちでは、よそのお父さんはと言われると、真実を知らない春樹ははっきり嫌とは言えなかった。それに、その時以外は普通に可愛がってくれたので、まだ嫌いにはなっていなかった。

 

 彼が家に当たり前に住むようになってから、1ヶ月半が経った頃。とうとう本当の不幸がやってきた。学校から帰ってきた春樹は、父が布団に寝ていたので、そっと声をかけた。

「お父さん、具合が悪いの?」

「ああ…。」

「水枕、作ろうか?」

「いや、大丈夫だ。」

「本当?…お母さん、いないのかな?」

「ああ、出かけてるよ。でも、大丈夫だ。…なあ春、お父さん、寂しいから、一緒に寝てくれないか?」

「…え?…でも…。」

「うつらないさ。風邪じゃないから。な、頼むよ。」

「う・うん…。」

 春樹は仕方なく、ランドセルを下ろすと、父の布団に入った。「これでいい?」

「ああ…。」

「あれ、どうしてお父さん、裸なの?」

「…裸で抱き合った方が暖まるって知ってるか?」

「なんかで聞いたことある。」

「知っていたか。じゃ、春も脱ぎな。」

「…お父さん、寒いの?」

「いいから、脱ぐんだ。」

 父の顔が怖くなって、春樹は、不安になりながら起きあがると、服を脱いだ。そしてまた、布団に包まった。

「お父さん、止めて。やだよ。」

 また、触られた。なんとか抵抗しているのに、父の手は止まらなかった。そして…。

 

 数日後。母が買い物に出かけていない時に、父が春樹を呼んだ。優しくしてくれた父はもういなかった。あの日、何が起きたか分からなくて、痛みで泣いている春樹に父は、「またしような。」と言った。

「やだ。また痛いことするんでしょ?」

「いいから、来い。」

「やだよ。」

 春樹は逃げ出した。が、大人の男と子供では違い過ぎた。あっさり捕まり、必死の抵抗も空しく、また脱がされた。それでも抵抗すると、顔を酷くぶたれた。暴れる気力がなくなるまで叩かれ、本当の父のように愛していた男は、思いを遂げた。

 帰ってきた母は、張れあがった春樹の顔を見ても何も言わなかった。

 

 それから、3ヶ月もの長い間春樹は、男にされるがままだった。自分がどんな目に合っているのか、まだ理解出来ずにいた。どうすればこんな目に合わなくて済むのかも分からなかった。母に言ってみようと決意したのは、男に穴と怒鳴られてからだった。その言葉が何を意味するのかは分からなかったが、もう彼が自分を前のようには愛してくれないことだけは分かった。

「お母さん。あのね…。」

 いつもは側に寄りたくない母に、必死になって男がすることを伝えた。

「馬鹿なことを言うんじゃないよっ。お前が女の子ならともかく、男の子にそんなことっ。」

 頬を思いきりぶたれた。「そう言う下らない嘘をつく奴にはね、これが一番だっ。」

 服を脱がされた。母は、600℃と言われる煙草を春樹の背中に押し付けた。

「あ…あ。」

 熱くて声にならない。脂汗が流れた。しかし、一度だけでは済まなかった。

 煙草でお仕置きされたので、母が信じてくれたとは思わなかった。しかし、久しぶりに春樹の体に模様が増えた日の夜、母は男と出かけ、一週間帰らなかった。そして帰ってきた時には、男はいなかった。それから、2度とあの男の顔を見なかった。

 

 中学1年生の春樹は、母に連れられて一戸建ての家の中にいた。

「君が春樹か。お母さんから、良く話を聞いているんだよ。」

 目の前に立つ男性は、今まで母が遊んでいた男とはまったく異なるタイプの人間であった。母親を亡くした二人の子供を男手ひとつで育てたごくごく真面目な男性だった。母が同じような男に飽きたのか。それとも真面目一筋に生きていた男性がふと迷ったのか。

 男性が話し続けるのを春樹は黙って聞いていた。春樹が返事一つしないので、母が春樹を叱る。

「春樹、何ですか。せっかく、水島さんがお話して下さっているのに。」

 春樹はその言葉に呆然とした。まるで別人のようだ。これで答えは分かった。母が今までの男に飽きて、女手ひとつで息子を育てた真面目な女性を演じているのだ。

「そんな上品な奥様みたいな話し方なんかしたって、化けの皮がいつかは剥がれるぜ。どんな心境の変化があったのかは知らねえが、いつまでもこの男を騙せるとでも思ってるのかよ。」

「なんて言い草だ。お母さんに失礼だとは思わないのか!」

「思いませんよ。この女はそう言う奴なんだから。」

 春樹はそう言うと、ここが君の部屋だと言われた部屋に大股で歩き、入った。部屋は殺風景で、ベッドと机としかなかった。春樹はそのベッドに横になった。

「くだらねえや。」

「春樹!何だあの態度は。お母さんをこの女呼ばわりなんてしてっ。」

 男性が怒りながら入ってきた。「お母さんを俺にとられた気がして、怒りたくなる気持ちは良く分かる。しかしだな。」

 春樹はベッドから立ちあがると、男性と向き合った。

「別にそんなガキみたいなことなんて思っちゃいませんよ。ただ、あんたがあの女に騙されているのが不憫なだけですよ。あの女と暮らせば、あんたの子供の安全だって保障できないんですから。」

「君は俺とお母さんを結婚させたくないらしい。しかし、君ももう中学生だ。駄々をこねる年じゃないだろう。男と女にはこういうこともあるんだ。」

「だから、さっきから俺は、あの女とあんたが結婚しようが、何しようがいいと言っているでしょう。」

 春樹がそう言うと、男性は顔を歪めた。拳を握って、何度か深呼吸した。

「今日は初日だし、何をしても許してあげようと思っていたが、やはり君には、お仕置きが必要なようだな。」

「何言って…。」

 男性は、春樹の側に寄ると、彼の上半身を勉強机に押さえつけ、ジャージのズボンと下着を一気に引き下ろした。その瞬間、春樹の脳裏に悪夢が蘇った。小学4年生の時のあの悪夢が…。春樹の体が恐怖で硬くなる。が。

 ぱしんっ、ぱしんっ。何が起きたのか、最初は分からなかった。お尻を叩かれているのだとやっと気が付いた時には、既にお尻が強く痛みだしていた。ぱしんっ、ぱしんっ。

 痛みがとても強くなってきて、もう我慢出来ないと思い始めた頃、やっとお仕置きが終わった。

「吃驚したかい?でも、この家ではこうやって躾をするんだ。これからは、君が悪いことをする度にお尻を叩くからね。これに懲りたら、もうお母さんにあんな酷い言い方はしないことだ。それから、俺のことは、お父さんと呼ぶんだ。」

「…はい。」

 ショックで他に何も言えなかった。

 

 それから、ほぼ毎日のようにお尻を叩かれた。春樹が特に悪かった訳でも、父が春樹を苛めていた訳でもなく、ただ、決まりが沢山あり、それを覚えるのは体の方がいいと言われたからだった。なんとなく、動物に芸でも仕込むみたいな言い方だと思ったけれど…。そう口に出していないのに、父は「人間だって所詮は動物だから。」と言った。

 春樹は、彼が好きになった。お尻を叩かれるのは恥ずかしいし、厳しすぎると思うこともあるけれど、彼はいい父親だったから。あの男とは違い、それは偽善ではなかったから。

 

「なんでそんなに嫌がるんだ。」

「だって、僕だってもう中学生ですから…。」

 この家で暮らすようになってから、僕と言うようになっていた。父親に対してですます調で話すのも、尊敬の念を示す為だ。

 『やっぱり信じるのが早すぎたんだろうか。いや、彼の場合は純粋に…。でも、僕は…。この体では…。』

「何ぶつぶつ言ってんだ。さっさと脱げ。お前とはまだ一度も、一緒に風呂へ入っていないじゃないか。」

 父は、母とも、春樹より数ヶ月だけ年上の息子とも、小学5年生になる娘とも一緒にお風呂へ入っていた。春樹は、今まで一緒に入浴するのを頑なに拒んでいた。あの男と一緒にお風呂へ入ったのが悪夢の始まりだったと思っているのもあったが、春樹の体は、煙草の跡だらけなのだ。だから、春樹は、どんなに暑くても半袖を着られない。

「やっぱり今まで通り一人で入ります。」

「もう我が侭は許さないぞ。今日という今日は、絶対にお前と入るんだ。」

「そんな別にいいじゃないですか。僕と入らなくたって、死ぬ訳じゃないし…。」

「屁理屈を言うな!お父さんの言う通りにしろ。」

 こう言われて、言う通りにしなかったら、お尻を叩かれる。それは今までの短い生活の中で充分過ぎるほど分かっている。しかし、やっと幸せな生活をしているのに、この煙草の跡だらけの体を見られて、終わりにしたくなかった。母は、義理の子供達にも、春樹さえも虐待していなかった。春樹は、煙草の跡だらけの上半身を隠しさえすれば、ずっと幸せに暮らせるのだと思いはじめている。

「ごめんなさいっ。」

 春樹は駆け出した。何があっても上半身は見せられない。このまま安穏と暮らしていたければ。

「待て、こらっ。そんな逃げ出す程、俺と風呂に入るのが嫌だというのか。お前、そんなんだから、銭湯にも行けないんだぞ。」

 事情を知らない父親は春樹を追いかけた。絶対に捕まえてお風呂に入らなければ。意地になっていた。「男が裸を恥ずかしがるなっ。」

「父さん、素っ裸で何やってんだよ。前くらい隠したら?」

「いい所に来た。春樹を捕まえろ。」

 彼は息子を急き立てて、春樹を捕まえる手伝いをさせた。「風呂に入るのを嫌がって逃げてるんだ。」

「俺だってもう父さんと入るのは、恥ずかしいんだぜ。あいつが嫌がるのも無理ないと思うけど。」

「いいから黙って追えっ。」

 大した広い家でもないのに、春樹と父子は追いっかけっこをした。二人がかりではとても逃げ切れず、とうとう春樹は追いつかれてしまった。

「諦めて一緒に入っちまえよ。別に見られたって親子なんだからさあ…。風呂屋よりましだろ。」

「そうだぞ。春樹。お父さんと一緒に入って、他人とお風呂に入るのに慣れてしまえば、銭湯くらいどうってことないぞ。」

「いや…。別に入るのが恥ずかしい訳じゃ…。ただ、僕は…。」

「つべこべ言わずに行くぞ。…ほんとに、たかが風呂で、なんでこんな体力を消耗しなきゃならないんだ?」

 父に強引に腕を引っ張られ、春樹はお風呂場まで連れて行かれた。父は先に入ろうとして足を止めた。

「そうだ、入る前にやることがあるんだった。春樹、こっちへ来い。言うことを聞かなかった罰と、てこずらせた罰にうんとお尻を叩いてやるぞ。」

「はい…。」

 最初のお仕置きの時に、机に上半身を載せられてお尻を叩かれたが、本来は膝に乗せて叩くスタイルらしく、後からはずっと膝の上でのお仕置きだった。今回は、場所がお風呂場なので、小脇に抱えられて叩かれた。痛みを堪えながら、どうすれば裸を見せないで済むか考えていた。

 お仕置きが終わった後、春樹はまた逃げることばかり考えていた。

「いい加減に風呂に入らないと風邪を引くな。」

 父はそう言うと、お風呂の戸を開けて、中に入った。

 『このまま逃げてしまえば…。』春樹は、お尻を叩かれる時に、どうせお風呂に入るからと脱がされたズボンとパンツを取ると、部屋へ逃げ帰った。

 部屋でパジャマに着替える為に上着を脱いでいると、戸が開いた。

「春樹!お前なあ、何考えて…。…お前…それ…。その…背中の何だ?」

 春樹はギョッとして、呆然と立っている父の顔を振り返った。

 

「僕が初めて会った日に、何て言ったか覚えていますか?」

 春樹は湯船に沈み、父親は体を洗っていた。

「…。」

「兄さんと妹の安全の保障をしないって言ったんですよ。お母さんが二人に、僕にしたのと同じことをすると思ったから。」

 父は顔を合わせたくないのか、体を洗っているから向けられないのか、こっちを見ようとしない。「でも、心配したことは起こらなかったから、安心してます。僕も前とは違って普通にいられるし…。」

「…。」

 それから父は一度も口を開かずに、夜になった。

 

 この家を出て行かなければならないのだろうか…。体を見られた時から一度も口をきいてくれなかった父の態度を思うと胸が痛かった。せっかく平穏な日々が送れると思っていたのに…。

 なかなか寝つけなくて、寝返りばかりうっていた春樹は、トイレに起きた。廊下を歩いていると、肌を打つような音が聞こえてきた。ほぼ毎日叩かれていたし、兄や妹も叩かれているのを聞いていたから、それは多分…。でも、誰が?

 春樹は、居間の扉をそっと開けた。

「何て女なんだ、お前は。春樹が言っていたのは本当だったんだな。」

 びしっ、ばしっ。母の大きなお尻に、父が時々兄に使うハタキの棒が飛んでいた。お尻を叩かれるのに慣れてきたら、春樹に対しても使うと言われていた道具だ。

「もう止めておくれよっ。あれはわたしのガキなんだっ。どうしたってあんたに関係ないだろっ。」

 仮面が剥がれ落ちた母は、酷く怒っていた。しかし、夫の腕からは逃れられず、どんなに暴れても膝の上に押さえつけられていた。

 春樹は慌てて戸を閉めた。今のは…。胸が高鳴り、ぼうっとしていた。そのまま部屋に戻りかけて、トイレに行きたかったのを思い出し、トイレに駆け込んだ。

 

「春樹、もう7時だぞ。さっさと起きろ。いつも6時半には起きろと言っているだろ。」

 興奮してなかなか寝られなかった春樹は、寝坊してしまった。なかなか目が開かない春樹に業を煮やした父親は、布団を引き剥がすと、パジャマと下着を下ろし、剥き出しのお尻を力を込めて叩き出した。

「ひっ。痛い痛いっ。ごめんなさいっ、今起きますっ。」

 慌ててベッドから起き出した。寝坊の罰を受ける為、ベッドに座った父の膝へ横たわる。ばしっばしっばしっ。速いペースで平手が叩きつけられる。

「昨日こそこそ覗きなんてするから、朝起きられないんだぞっ。」

「知ってたんですか?」

「当たり前だ。俺からお前の姿がはっきり見えたぞ。」

「ごめんなさい。何か叩くような音が聞こえたから、気になって覗いてしまいました。」

「それよりなんで、夜更かしなんてしていたんだ。」

 父はいったん叩く手を止めて訊いた。

「…昨日、体を見た後、お父さんが口をきいてくれなかったから。もうこの家で暮らせないんだと思って…。」

「…それは悪かったな。俺もどうすればいいか、思い付かなかったんだ。何と言えばいいのか、どう言った態度をとればいいのか…。虐待なんてテレビでしか見たことがなかったから…。」

「普通でいいんです。今まで通りで…。僕はお父さんを尊敬してるから。もっと甘いといいんだけど…。」

「それは駄目だ。子供は厳しく躾るものなんだ。…続けるぞ。」

 ばしっ、ばしっ。また春樹のお尻が鳴り出した。

 

 父は、母を躾ると決めたようだった。彼は虐待については何も知らなかった。調べようとも思わなかった。虐待を行った母が悪いのだと決め付けて、お尻を叩き続けた。もちろん、春樹がその光景を見たのは、あの日が最初で最後だ。でも、時々見せる仕草で母がお仕置きを受けていると分かった。何よりも、母は父と離れて他の男の元へ行かなかった。彼は平穏な日々を送れた。

 でも。

 

「どうして何もしてないのに謝るんだ?」

「お父さんがお尻を叩くから…。」

 春樹の問いに暢久が震えながら答える。

「お前は本当に馬鹿だな。」

 泣きながら怯えている息子に、春樹は鞭を振り下ろす。鞭は、何もしていない暢久のお尻に音を立てて当たる。

 

 傷は簡単には癒えない。春樹はまだあの悪夢を見続けている。虐待は連鎖すると言う。虐待を見つけたら、3代前まで辿れと言う。連鎖の鎖を断ち切るのは容易な事ではない。でも、虐待された人イコール虐待する人ではない。春樹はまだ鎖を断ち切れずにいる。母を怒ってくれた父に感謝しながら。変わった母を愛せるようになりながら。それでもまだ、鎖は春樹を縛り付けている…。

 

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