中学生ザンの物語
今回のお話は、ザン7話からの続きです。8話が虐待のお話なので、8話を読まなくても分かるようになっています。
9 お母様が怖い
「ちぇっ。何でわたしだけが怒られなきゃ…。悔しいなあ…。」
アトルが帰った後、屋上にいたザンは、呟く。今日は、6時間授業。あと、2時間だ。
罰は素直に受けようとは思うものの、やりきれない思いはある。帰ったら、春樹を殴った本当の理由を言ってみよう、と思うザン。虐待と言う言葉が受け入れられるかどうかにかかっているが、教師が息子に暴力を振るっているなどと言っても、信じてはもらえないような気がした。しかし、何も言わないと自分が彼を殴った理由を理解してもらえないだろう。
ザンは考え事をしながら、タルートリーの書斎から持ってきた難しそうな外国語の本を読んでいた。明美の父武志に、外国語で文句を言った時、その言葉を理解していたとはとても思えなかったタルートリー。日本語で精一杯のように思えた。こういった類の本に手を付けているとは考えにくい。多分見えか飾りで置いてあるのだろう。本人に言ったら、お尻を叩かれるだろうけれど。
チャイムが鳴った。5時間目終了のチャイムだと思っていたが、時計を見ると、6時間目終了らしい。今日は、掃除当番ではない。帰りの会にさえ出れば、今日の学校は終わりだ。部活には入っていない。
ザンは立ちあがると、本を片手に、屋上からの出口に向かう。
「あれっ?そう言えば、今まで気にしたことがなかったけれど、ノブの方(高等部)の屋上の扉ってどうなってんだろう?ノブに鍵を開ける能力があるとは、思えないけど…。」
今日、遊びに行ったら訊いて見ようかな、とザンは思った。本当は、ちゃんと謝らなかった罰のお尻叩き40回を受けに行くのだが、そんなことは、頭から消え失せていた。
「ただいまー。」
「お帰りなさいませ。待っていましたのよ。さあ、お仕置きの時間ですわ。」
玄関の扉を開けるなり、アトルがそう言ってザンの腕を掴んだ。
「ちょ・ちょっと待ってよ。あたしさあ、明美ちゃんのうちに英語を教えに行かなきゃなんないの。…そりゃあ、お母様が遅坂武志の命令なんか、きかなくてもいいって言うなら…。」
「分かりましたわ。いちいち癇に障る言い方ですのね。今日は、その言葉遣いもきっちり直してあげますわ!」
「明美ちゃーん。元気かあっ。ザンちゃんが、英語の教師になりに来ましたよー。」
「ザンちゃんったら、とっても元気ねえ。」
明美は微笑む。5時間目終了後の休み時間にザンが教室へ降りてこなかったのが気になっていたが、この様子なら、何ともなさそうだ。
「あったりまえじゃん。元気だよおっ。水島を殴り倒すぐらいにね。」
「…。…ねえ、どうして水島先生を殴ったりしたの?」
「…明美ちゃんには言えないな。あんたはごく普通の人だからね。ま、前に酷く鞭で叩かれた時の仕返しだと思っといて。」
「意味ありげで気になるけど…。言えないっていうのを無理に聞き出したりしないから、安心してね。」
「あんたなら、そう言ってくれると思ったよ。舞は大丈夫だと思うけど、絵実にはそう言っておいて。」
「分かったわ、ザンちゃん。」
明美への家庭教師が済んだザンは、暢久の家へ向かっていた。本当は、アトルに言ってから行きたかったが、アトルに捕まりそうなので、止めた。
「お仕置きがすんごく増えそうだなー。あーあ、あの二人の子供になってから、毎日お尻を叩かれてるよ…。彼氏まで叩く人だし…。でも、施設に帰りたい程二人を嫌いじゃないし、別れてノブが死ぬのも嫌だしなあ…。」
何でこうなっちゃうのかなあ…。ザンはため息をつきつつ、歩いていく。
「おっ、少年!素っ裸で外に立たされるとは、いかような悪さをしたのかね?」
暢久の隣の家の子が玄関の前で、裸で立たされていた。外廊下式のアパートの2階の一番奥。それが春樹と暢久のうちだ。その子の前を通り過ぎないと、彼の家に行けない。
「難しいことを言われても、分かんないよ…。お姉ちゃん。」
「何で裸で立たされんぼう?」
「嘘ついたの。2回も嘘ついたから、お尻を一杯叩かれちゃった…。」
「ふーん。少年よ、そなたの名は何と申す?お名前何?」
「最初はわかんないけど…、僕の名前は、海野直春。」
「最初も後もおんなじことを言ったの。直春君かー。俺は、ザンって言うんだ。お兄ちゃんって呼んでくれ。」
「スカートはいたお兄ちゃん。」
「いや、女なんだけどさあ、施設では、ザン兄(にい)って呼ばれてたんだ。」
「ふーん。」
「今度、俺と遊ぼうぜ。」
「…うん。」
ザンは、暢久の玄関の戸を叩く。返事がない。もっと強く、どんどんと叩きながら、ザンは言った。
「おーい、早く開けてよー。寝てんのか、こらあ。ザン様が来てやったっていうのに、いねーのかよ?帰っちまうぞ、おら。」
「今開けるよ。」
暢久の声がして、戸が開いた。『今まで、寝ていたような顔してるなー。』そう思ったが、ザンは何も言わず、暢久の言葉を聞いた。
ザンは家路へと急いでいた。暢久は、遅くなってお母様が心配しているから、帰れと言った。その意味が良く分からない。しかし、明美の家へ行くだけだと思っているアトルが、暢久の家にも行っていたと知ったら、怒り狂うような気がしていた。帰ってから酷くお仕置きされるであろうザンの為に、今回のお仕置きは10回にしてくれた。勿論、残りは、後で受けなければいけない。遅くなってしまったのは、暢久の為に夕食にカレーを作ってやったからだった。作り終えた頃に春樹が帰ってきて、カレーに対して文句を言った。つくづく腹が立つ男だと思う。
「文句は、食ってから言えよなー!!」
ザンは、腹が立って叫んだ。いらいら。全て春樹のせいだ。「そういや、あの野郎のせいで、ノブに、屋上の扉の鍵がどうなってるか訊くのを忘れたよ。」
「もうっ、一体、今まで何処へ行ってましたの!?私がどれだけ心配したと思っているんですか!今日という今日は、徹底的にお仕置きですからねっ!」
ザンが玄関の扉を開けた途端、アトルが怒鳴った。ザンの目が丸くなる。アトルは、ザンの腕をぐいっと掴むと、ザンが靴を脱いで上がるのを待って、引っ張り出した。
「痛いよっ、お母様っ。そんな乱暴にしなくたって、逃げたりしないよ。もっとゆっくり歩いてよ。そのスピードじゃ歩きづらいよ。」
「五月蝿いですわっ。少しお黙りなさい。」
「何でそんなに怒るのさ?大体、心配するって何さ?訳わかんないよ。…それとさあ、お父様はどうしたの?いつも5時10分には帰ってくるじゃん。残業してないでしょ?暇な管理職だよねー。」
「タルートリー様は、急な出張でいませんわ。お兄様ったら、自分が行きたくないからって、タルートリー様へ押し付けたんですもの。それと、私は仕事のことは分からないです。でも、タルートリー様の悪口を言うのは許しませんわよ。」
アトルは立ち止まるとザンを振り返り、言った。「それと親が子供を心配するのは当たり前です。」
「そうなの?ふーん…。」
「覚えておいて下さいまし。…そんなことよりもお仕置きですわよ。」
アトルは、拷問部屋までザンを引っ張っていくと、膝の上で裸のお尻を平手打ちし始めた。ぱしっぱしっ。拷問部屋とは、武志とタルートリーの父親が趣味で集めた拷問道具が置いてある部屋であって、勿論、子供を拷問をする部屋ではない。
「痛いよ。話があるんだって言ったでしょっ。少しくらい聞いてよっ。痛いっ。」
「言い訳なんて聞きません!」
ぱしっぱしっ。アトルは怒鳴った。ぱしいっぱしいっ。力を込めながらザンのお尻を叩き続ける。
「理由があったんだよーっ。春樹の野郎は、ノブを虐待してるんだよー。あいつは、わたしにそれをでかい声で言うと、他の先生方に聞こえるからやめろって、言いやがったんだ。」
ザンは、痛みに耐えながら言った。「だから腹が立って殴ったんだよっ。」
「とんでもない嘘ですわ。ザン、言っていいことと悪いことがありますわ!明美ちゃんから、水島先生のお話を良く聞きますけれど、そんなおかしな話は聞いたことがありません。」
「明美ちゃんは、先生に子供がいるのすら、知らなかったんだよ。大体、自分が虐待していますなんて言う奴がいる訳ないじゃん。」
「先生が、人の子供を教える教師が、子供を虐待する訳がありません。」
「本当だよ!あいつが自分でそう言ったんだ。」
「あなたは自分の言葉の矛盾に気付かないのですか?」
「あ…。いや、それは…。」
「人を陥れるような嘘は一番酷いですわ。今日は、うんとお仕置きします!」
アトルは、ぴしゃりと言うと、お尻叩きを再開した。手が痛くなるまで叩いてから、道具を使うつもりだ。タルートリーがまだザンに対して道具を使っていないので、気がひけるが、仕方ない。
「あの、ね、お母様…。」
「もう言い訳は聞きません。」
暫く後。いくつ叩いたかが分からないが、手がもう痛くて、これ以上無理だと判断したアトルは、ザンを膝から下ろし、彼女の体を拘束台にうつぶせにさせて、手と足を固定した。拷問部屋に連れてきたのは、そのせいだった。アトルもタルートリーに繋がれた経験がある。アトルがそこまで悪かったからではなく、タルートリーが、よく兄にこうされていたから、お前にもそうしてみたいと言ったので、言うままになったのだった。
「なにこれー?ここは、中世かよー?」
アトルはそれには答えず、固い革のスリッパでザンのお尻を叩き出した。前にザンのお尻をこれで叩いて痣だらけにした。
「痛いよー、お母様ぁーっ。ねえ、ちゃんと聞いてくれれば分かるんだってばー。」
アトルは、無視して、無言でザンのお尻を叩き続ける。タルートリーに後で怒られたって構わない。今日は、前に春樹がザンにしたくらいに酷く叩くつもりなのだ。
「ほんとなんだってばー。悪いのは、先生なんだよー。」
ザンが泣き叫んでも、アトルは、叩くのを止めなかった。
「ううっ。」
アトルは、フローリングの床を拭いていた。ザンがうめいている。「トイレへ行かせてくれなかったから…。」
「多分違いますわ。酷くお尻を叩くとおもらしをしてしまうと聞いた事がありますから。」
アトルは、床を拭き終わると、バケツを持って部屋を出た。
「お母様、わたしが嫌いになったのかな?」
お尻が酷く痛い。話を聞いてくれない。前だったら、人の話を聞けっと腹が立ったろうけど、今は、傷ついていた。虐待の話を理解できないのは分かる。人は、そんな話は、遠い外国でおこるものと考えたいのだ。対岸の火事であって欲しいのだ。ましてや、春樹は人がいいと思われている教師。人様の子供を教える立場にある者が、自分の子供を可愛がれないと誰が思うだろう。
しかし、娘だと思ってくれているのなら、少しは耳を傾けてくれてもいいのではないだろうか。所詮他人なのだろうか。すっかり信頼しきっていたザンは、胸が激しく痛んだ。
「信じるんじゃなかった。余りにも早過ぎたんだ。信じて傷つくのは自分だって分かっていたのに。」
かちゃ。扉が開き、アトルが戻ってきた。アトルは、ザンの拘束を解くと、まともに歩けないザンを連れて、ザンの部屋へ向かった。
アトルは、泣き喚くザンを押さえつけて、お尻に傷薬を塗った。とてもしみる変わりに、早く治るという薬だ。
「うんとしみるでしょう?でもこれで、明日もお仕置きが出来ますわ。」
アトルはそう言うと、おしめを取り出してつけた。アトルは、ベッドから降りると、パジャマを持って来て、ザンに着せてやった。ザンのパジャマは、全てワンピース型になっている。おしめをするので、ズボンを穿けないとアトルが思ったからだ。
「さあ、これでいいですわ。今、お夕飯を持ってこさせますからね。」
アトルは、内線電話をかけて、ザンの夕食を持ってくるように言った。
「ご飯なんか食べられない。」
「我が侭を言うものではありませんわ。夕ご飯を食べないと、夜中にお腹が空いて目を覚ましますわよ。」
アトルは、ザンの手の甲を叩くと言った。「暴力を振るうのは手が悪いのです。お食事が済んだら、手の甲を鞭で打ちますわ。」
アトルは、細い鞭をザンに見せた。ザンは、手の甲が切れてしまうような気がした。
「これだと一つ打つだけで血が流れますわ。タルートリー様もよくこれで手の甲をお仕置きされたそうです。お兄様も趣味が悪いですわ。」
「明美ちゃんのお父さんは、弟をお仕置きするの?」
「タルートリー様が言うには、両親には、お尻をズボンの上から数回叩かれるだけで、厳しいお仕置きは全てお兄様から受けていたそうですわ。お兄様はお仕置きが好きだそうですから。」
「ふーん。明美ちゃん達、大変なんだろうね…。」
ノックの音がして、お手伝いさんが食事を運んできた。
「さあ、ザン。ベッドから出なさいな。病人ではないのですからね。」
「はい、お母様。」
ザンは、素直に言った。今のお尻の常態では、とても逆らう気にならない。床に座って、ご飯を食べた。お尻が痛いので、浮かせた状態で食べた。
「その姿勢、辛くないですか?」
「別に…。鍛えてあるもん。」
「あの、前々から聞きたいと思っていましたが、何故、あなたは女の子なのに体を鍛えたりしたのですか?」
「…その答えは、お父様が帰ってきてからでもいい?どうせなら、二人そろってから言うよ。」
「分かりましたわ。」
ザンはご飯を食べ終え、歯を磨きに行く。お尻がこの状態なので、お風呂には入れない。いつもは、毎日入るのに。
「そう言えば、お風呂のことを考えて思い出したんだけど、ノブさあ、お風呂に余り入れさせてもらえないらしいんだよね。うちで入れさせてあげたらどうかなあ?」
ザンは、布団に横になりながら、アトルに言った。
「…。…まだ言ってますの。」
「明日、ノブをうちに連れてくるよ。お母様に会わせるから。会えば一発で分かるよ。少しおかしいのがね。」
「あなたは、仮にも彼女でしょう?そんなことばっかり…。」
「本人の前では言わないから、いいんだよ。あっちだって、わたしを赤ちゃん扱いするんだから。やたら頭を撫でるし。あたしが中1で、自分が高2だからって、大人振りたがるんだよねー。」
「分かりましたわ。ともかく、おやすみなさい。…言い忘れる所でしたけど、少し厳しくしただけで、人間不信に陥らないで下さいね。あなたのしたことが酷かったから、きつくしただけで、私はあなたを愛していますわ。」
「聞こえてたの。だってさ…。」
「もう少し信用して下さいな。明日もお仕置きしますけどね。」
「えーーーーーーっ!!!」
ザンは、アトルが吃驚するくらい大きな声を出した。