中学生ザンの物語

 今回のお話には、虐待が出てきます。割り切って読める人だけ読んで下さいね。

8 暢久

 学校が終わり、家に着いた暢久は、アパートの階段を上がった。彼の家は2階にある。外廊下式なので、見晴らしがいい。

 隣の家の扉の前に、靴下と靴しか身につけていない男の子が立たされていた。『この子、確か直春とか言うんだっけ…。また立たされてんのか。』

「君、直春君だっけ…?裸で立たせるなんて、偽者のお母さんって酷いね。」

「お母さんの悪口言わないで!僕が悪かったんだから!僕とお母さんは仲がいいの。変なこと言わないでよっ。」

 恥ずかしそうに前を隠して立っていた男の子は、怒って怒鳴る。暢久はその剣幕に驚いて、

「ごめん…。偽者の親って意地悪しかしないのかと思って。」

「僕のにせもののお母さんは、悪い子の時だけ、怖いの。後は、優しいもん。」

「ふーん、うらやましいなー…。お父さんとは大違いだ。…いい人がお母さんになってくれて、良かったね。」

「うん。」

 直春は言った。

 

 制服を脱ぎ、たたんでしまう。鞄を開けて、宿題を出しておく。ザンに教えてもらうためだ。ザンと付き合い始めてからは、勉強が分かるようになってきていた。春樹にお尻を鞭で打たれる回数も大分減った。

 掃除を始める。あまり汚れていないように見えるが、春樹の機嫌が悪い時は、どんなことでもお仕置きの理由になってしまう。毎日叩かれると決まっているので、無しには出来ないが、増やさないようには出来る。

 掃除が終わり、暇になった。ザンと知り合うまでは、暇なんて感じなかった。春樹が帰ってくるまで、何もしないでぼうっとしている日も多かった。楽しみなんてなかった。

「ザン、遅いな。」

 暢久は呟いた。

 

 どんどん。扉を叩く音がして、暢久は起きた。暇で寝てしまっていたらしい。

「おーい、早く開けてよー。寝てんのか、こらあ。ザン様が来てやったっていうのに、いねーのかよ?帰っちまうぞ、おら。」

 暢久はため息をついた。一体何回お尻を叩いたら、あの言葉遣いを止めるんだろう。

「今開けるよ。」

 玄関を開けると、ザンが入ってきた。「今日は、何の為にここへ来たんだっけ?」

「あんたに宿題教える為だよ…?…。…あっ。そうでした。謝り方が悪かった罰に、40回のお仕置きを受けるためですー。忘れる所でした。…ね、ノブ、あのね、相談があるんだけど…。」

「とりあえず中へ入ったら?」

「うん、おじゃましまーす。」

 

 中に入り、二人はちゃぶ台をはさんで座った。

「で、何?相談って。」

「あのさ、あんたと別れた後、あんたの親父に捕まってさ、ほら、あんたを苛めてた人達をあたしが殴ったでしょ?そのことで。その時、先生があんたについて酷い言葉を吐いたから、あたし、頭に来て、先生をのしちゃったんだよねー…。」

「それで、許して欲しいの?」

「違うよ。あんたに謝る必要ないじゃん。そうじゃなくて、お母様が学校に呼ばれてさ、その場でお尻を叩かれたし、今日帰ったら、たぶん二人からきつくお仕置きされちゃうと思うんだよね。だからさ、今日のお仕置きを延ばしてくれない?もちろん延ばした分も合わせて、増やしていいからさー。だめ?」

「うん、いいよ、延ばしても。でも、半分は今日受けないとダメだよ。そのかわり、増やさないし、残りはいつでもいいから。」

「10回じゃダメ?」

「半分は、20回だよ。馬鹿な僕でも分かるのに。」

「分かったよ…。…あのさ、自分を卑下するのを止めなよ。いいことないし、それが苛めの原因になるかも知れないじゃない。」

「うーん…、卑下って何?」

「…。自分を馬鹿にすることです…。」

「ふーん。君といると勉強できるね。ありがと。さ、お仕置きを始めようね。」

「はい。」

 ザンはスカートを脱ぐと、いつものように暢久の上に四つんばいになった。暢久は、ザンのパンツを下ろすと、ザンの背中を押して、膝に寝かせた。ザンのお尻は、朝から数えて3回のお仕置きのせいで、桃色になっている。暢久は、ぱんぱんとお尻を叩く。少し可哀相になったので、力を緩めた。

 ザンは、5回目までは声を出さないように我慢していたが、とうとう声が出た。

「あーん、痛いよー。ごめんなさーい。」

 ぱんぱん。『うーん。やっぱり、可哀相だから10回にしてあげよう。僕の為に怒って、叱られるんだし…。』ぱんぱんぱん。

「10回で止めてあげるから、これで終わりだよ。はい、ちゃんと謝ってね。」

「ごめんなさい。今度からはきちんと謝ります。わたしは、悪い子です。」

「ちょっと違うけど、まあいいや。パンツを穿いていいよ。」

「はい。」

 ザンは、パンツとスカートを身につけると、暢久の膝に座った。暢久が頭を撫でてくれる。

「よしよし。痛かったねー。いい子いい子。」

「うん。すごぉく、痛かったよぉ。」

 ザンは暢久に甘えた。暢久は、微笑んで、ぎゅうっとザンを抱き締めた。

 

「もうこんな時間かあ。買い物に行かないと。」

 宿題を終えて一息ついていた暢久が言うと、ザンが、

「何の買い物?わたしもついて行っていい?」

「夕ご飯の買い物だから、一緒に行っても、別に楽しくないと思うけどな。」

「夕ご飯の買い物!」

 ザンが大きな声を出したので、暢久は吃驚した。

「何、大きい声出して。」

「いや、だって、高校生の男の子の口から出る言葉に聞こえなかったから。…そうだよねえ、お母さんがいないもんねー。先生と二人暮らしだもんねー。そうかー。…ねぇ、ご飯は誰が作るの?ノブ?」

「お父さん。」

「へーっ、そうなんだ。…そうだ!今日は、わたしが作るよ!メニューは何さ?メモを見せてごらん。」

「カレーだよ。肉と人参と玉葱を買いに行くんだけど…。あ、牛乳もなくなりそうだった…。」

「うん。どうせノブのことだから、いつもてきとーに選ぶんでしょ?今日は、ザンちゃんがちゃんとした食材を選んで、最高においしいカレーにしてあげる。期待してね!」

「ありがとう…。」

 暢久は、異様に気合の入ったザンに圧倒されながら答えた。『彼女が出来るとこういう特典があるんだ。知らなかった。得したかな。』

 

「違うよー。そんな手前の奴は、品質保持期限が近いんだよっ。後ろから取りなさい!あーっ、日付ぐらい見なさいよねっ。もうっ、買い物かごを貸しなっ。」

 ザンは暢久の手から買い物かごをひったくった。彼女は彼が自分の態度に呆然としているのを構わずに、牛乳をかごに入れると、すたすた歩いていった。

 

 家への帰り道に二人は、手をつないで歩いていた。ザンは、店とは打って変わった態度になっていた。いつもどおりになって、暢久はほっとしていた。

「ごめん。人が変わっちゃって。怒ってる?」

「別に…。吃驚しただけだよ。それより、思ったんだけど、ご飯を作ってたら帰るの遅くなっちゃうんじゃないのかな。いいの?ただでさえ、沢山お仕置きされるのに。」

「いいの。わたしは、あんたにわたしの作ったものを食べて欲しいんだから。先生のよりずっとおいしいよ!」

 

 ザンが食事の支度をしている後姿に、暢久へ問い掛けた。

「偽者の親って優しい?」

「偽者…。義理のね。うーん。お尻叩く時は怖いけど、後は優しいよ!もう、わたしを本当の娘と思ってくれているの。まだ1ヶ月も経っていないのにね。」

「ふーん。いいな。」

「…。…ノブ。あんたって具体的にはどういう虐待を受けてるの?後ろから…とかある?」

「ザ・ザン!中学1年の女の子がいうせりふじゃないよ!君の言うことは面白いけどね…。ふぅ。…お父さんが小4の時、三ヶ月くらいそうされていたって。おばあちゃんて、男の人と遊んでばかりで、お父さんは、本当のお父さんを知らないって。何人目だか分からないお父さんが、そういう人だったんだって。」

「先生も虐待されてたの!?」

「お父さんの背中には、同じ大きさの丸で、はるきって書いてあるよ。」

「煙草……!?」

「僕がされるのは、お尻を鞭で血が流れてもぶたれるとか、たまにしかお風呂に入るのを許してくれないくらいで、虐待とは言わないと思うよ。小さい頃は、いとことか来た時におやつがあっても、僕が食べるとうんとお尻を叩かれたりして辛かったけど。」

「充分虐待だね。」

「そう?」

「うん。あんたも充分酷い目にあってんだね。」

「そうかな?」

 それからは、二人は他愛無い会話をし始めた。

 

 がちゃ。玄関の戸が開いた。二人が振り向くと、春樹が入ってきた。

「ザン!何をやっているんだ。」

「見りゃあ分かるだろ。飯を作ってんだよ。…いたっ!分かったよぉ。すぐぶつんだから。」

 暢久にお尻を叩かれ、ザンは、しぶしぶ言いなおす。

「ノブが今日の夕ご飯はカレーだって言ったから、作ってるんです。言っておくけど、ノブの為だからね!」

「食えるのか?」

「あんたは食べなくてよろしい。食べて下さいって頼んでいる訳じゃないんですから。」

 ザンはこめかみをひくつかせながら言った。「あくまでノブの為に作ったんだし。」

 春樹が口を開きかけたが、暢久が少し大きな声で言った。

「ザン、もう帰りなよ。うちに連絡も入れていないのに遅くなったら、お母様が心配するから。」

「先生が帰ってきたら、わたしが邪魔になったの?」

「僕はうちに帰らないと、お母様が心配するんじゃないかって言っただけだよ。何で、変なことを言うのさ。」

「そうだよね。あんたが言葉に裏の意味なんか持たせる訳ないもんね。分かったよ。心配するってのが良く分からないけど、帰るよ。」

 ザンが暢久にだけさよならを言って帰る。

 

「美味いじゃないか。今の女の子はまともな料理なんて作れないと思っていたが、ザンは違うんだな。あの子は何でも出来る。いい所ばかりだ。あれで性格さえ良ければ、非の打ち所がないのに。」

 春樹はザンのカレーを一口食べると言った。甘口だが、とてもおいしい。いくらでも食べられそうだ。

「ほんとだ。最高においしいカレーって言ってたけど、こんなにおいしいカレーは、食べたことないよ。ザンは料理が上手なんだね、お父さん。」

「ああ。」

 暢久は夢中でカレーを食べた。食べ終えてから、彼は父に言った。「これから、毎日の夕ご飯は、ザンに作ってもらおうよ。材料を買う時は怖いけど、それがこんなにおいしいご飯になるなら我慢できるよ。」

「それは、どういう意味だ。」

「?」

「だから、材料を買う時に怖くなるとは、どういう意味かと聞いてるんだ。お前は本当に馬鹿だな。」

「なんか凄い怖い顔になって、僕が間違ったら、殺されるんじゃないかと思った。」

「…。何をするのにも一所懸命なんだな。力が有り余ってるんじゃないのか?すぐ怒るし、手が出る。」

「…。…お父さん、ザンから聞いたけど、殴られた所は大丈夫?」

「心配しなくても、ちゃんといつものように仕置きをしてやるから。」

「はい、お父さん。」

 『別にお仕置きなんてしてほしくない。』暢久はいつもそう思う。でも口に出すとお仕置きがきつくなるので、何も言えない。

 

「さ、こっちへ来い。分かっていると思うが、彼女のしたことはお前が引き受けるんだぞ。」

 食事の後片付けが済んで、春樹がお風呂から上がった後、ザンのお尻を酷くぶってしまってから、学校に持って行くのを止めた鞭を手にした彼が言った。

「はい。」

 ザンから父をのしたと聞いた時から、今日のお仕置きは厳しくなると分かっていた。『今日は、いつもの20回で済むと思ったのに。ザンのばか。』

「さっさとこっちに尻を向けろ。」

 ズボンの上から強くお尻を打たれ、暢久は慌ててお尻を丸出しにし、よつんばいになった。春樹が平手でびしびしとお尻を叩く。暢久はすぐに我慢出来なくなってごめんなさいと声を上げた。

「何に対して、ごめんなさいなんだ?何か謝らなきゃならん悪事でもしたか?」

 春樹は、息子のお尻に平手を振り下ろしながら言う。「隠しごとがためにならないのを知らないのか?」

「な・何もしてないけど…。」

「じゃあ、何で謝るんだ?」

「お尻を叩かれるから…。」

「話にならないな。普通は悪いことをしたら謝るんだ。それに、お前は何もしなくても叩かれると決まっている。謝る理由が何処にもないぞ。どうしてこう馬鹿に育ったんだろうな。尻叩きしかしていないのに。」

 春樹は息をつく。彼は、息子のお尻以外は叩かない。それは、彼の尊敬する最後の養父がお尻を叩いて躾てくれたからなのだが、理由もなく叩かれる暢久にしてみれば、それだけお尻に痛みが集中するので辛かった。

 春樹は話ながらも暢久を叩き続け、息子が泣き出したのを見て言った。

「毎日叩かれているのに、掌で叩いたくらいで痛いわけないだろ。泣けば許されるとでも思っているのか?」

「本当に痛い…から。」

「下らない嘘をつくな。そういう卑怯な奴には、鞭だぞ。あ、お前には、“卑怯”なんて難しい言葉は分からなかったな。ずるい奴だ。これなら分かるだろ。」

 春樹は暢久を馬鹿にしきった口調で言った。いつもの20回は、平手でお尻を叩いて暢久が泣き出してからの鞭打ちの数だ。今日は、ザンの件があるのでそれでは済まない。彼は、お尻から血が流れ出すまで叩くつもりだった。前の時の傷も痣ももうないから、そろそろだと思っていたら、ザンの暴力。立派な理由が出来た。

 春樹は、脇に置いてあった乗馬鞭を拾い上げると、暢久の可哀相なお尻に振り下ろし始めた。暢久が悲鳴を上げる。

 数発叩いた後、春樹は息子に命じた。

「立って壁に手をつけ。…そうだ。尻を突き出して俺が叩きやすいようにしろ。…もっとだ。」

 びしいっ。怖くて言う通りに出来ない暢久のお尻へ、力一杯鞭が振り下ろされた。余りの痛みに声が出ない。暢久は震えながら春樹を振り返る。途端に春樹の手が伸びてきて、前を向かせられ、腰を捕まれて引っ張られた。

「こうだ。いいか、叩いている最中に腰を引いたりしたら、どうなるか分かっているな!」

 父に一喝されて、暢久は何度もはいと言った。

 激しい鞭を暢久は歯を食いしばって耐えた。腰を引いたりしないように、つりそうになるくらい腕と足を突っ張らせた。こんな年になって、裸で外に出されるのはごめんだったから。

 

 散々暢久のお尻を叩きのめした春樹は、床に横になっている彼に顔を近づけた。

 「いい状態になったな。暢久、こんな情けないお前を見たら、ザンはお前を嫌いになるだろうな。写真に撮って、ザンに見せてやろうか?…そうだな、そうしよう。確かまだ、フィルムが残っていたはずだ。」

 目を見開いて、しかし抗議した後のお仕置きが怖くて、唇を震わせているだけの暢久を無視して、春樹は、ポラロイドカメラを部屋へ取りに行った。

 春樹は、怖くてお尻を隠せない暢久にカメラを向けて、何枚か写真を撮る。暢久の頭の中は、ザンの冷たい言葉や表情で一杯になった。また、自殺をしたくなった。

 

 次の日。来て欲しくなかった恐ろしい昼休みが来た。授業はほとんど耳に入らなかったし、給食も味がしなかった。屋上へは行きたくなかった。しかし、行かなければ、ザンは教室にまで迎えに来るだろう。完全に彼を嫌いになっていれば、来ないかもしれない。顔も見たくないかもしれない。しかし、ザンの性格を考えると、会いに来てまで悪口を言いそうだ。

 

「来ないかと思ったよ。」

 ザンは、暢久の顔を見ると言った。「酷い目にあったんだもの。」

「しゃ・しゃ…。」

「写真なら、見たよ。」

「…。」

「先生、殺していい?」

「……だめ。君が人殺しになるのは嫌だし、お父さんがいないと困る。僕は、二人の大切な人を一気になくしてしまうよ。」

「先生、大切?」

「お仕置きは怖いけど、好き。いてほしい。」

「…。…分かった。…。…わたしね、昨日たっぷりお仕置きされたよ。聞く?」

「聞く。」

 ザンが話し始めるのを、暢久は、ほっとしながら聞いた。『良かった。ザンが彼女で。』

 空は、今日も青かった。

 

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