2 父/娘平手2
「痛いっ、ご免なさいっ。」
平手がお尻に当たる度に、痛みで体が突っ張る。とても我慢が出来なくなってきて、足をバタバタさせてしまった。
「暴れるでないっ!お前は、反省する気があるのかっ?」
「あ・あるけど、痛くて…。お父さん、許して…。」
「本当に反省しているなら、大人しく罰を受けられるであろう。」
バチンッ、バチンッ。とても強い痛みがお尻に加えられ、ザンはうめいた。「お前がちゃんと反省するまで、尻叩きは終わらんぞ。」
「…はい。」
何とか、返事をした。
「有難う御座いました…。」
必死で耐えていたら、許す気になったらしく、お父さんはやっと膝から下ろしてくれた。嬉しくなんて全然ないのに、お礼を言わされる。ちゃんと言えないと膝の上に逆戻りなので、なるべく大きな声で言う。自分では怒鳴るくらいの声のつもりだけど、実際には蚊の泣くような声しか出ないので、それでちょうどいい。
「よろしい。…真っ直ぐ家に帰るんだぞ。」
「はい、お父さん…。」
学校でのお仕置きだと、コーナータイムがないのが救いだ。ザンはよろよろと帰途に着く。
部活のある日は外が真っ暗になってしまう。早く帰りたいけど、お尻が腫れているので歩くのが大変だ。それでも家が見えてきた。帰るのが少し遅くなったから、お母さんに叱られるかもしれない。ザンは落ち込みながら歩いていた。
と、その時。
ばたばたと数人が走ってくる音がした。ザンは邪魔にならないように、歩道の端に寄った。足音が止まった。街灯から外れてよく見えないが、二人が彼女の前に立った。彼女は怖くなって、急ぎ足でその人達の脇を抜けようとした。でも、一人に邪魔された。彼女は恐怖で一杯になり、後ろを向いて逃げようとした。でも、後ろにも人がいて、彼女が逃げられないようにしている。何が起こったのか分からなくて凍りついていると、一人が彼女の側に寄って来て、彼女の口を塞いだ。一人が後ろから抱きしめてきた。誰かが彼女の口を縛って声を出せないようにすると、他の誰かが、彼女を肩に担ぎ上げた。
「見られたら大変だ。さ、急ぐぞ。」
低い声が聞こえてきた。びゅうびゅうと音がして、気がついたら車に押し込められていた。『わたし、一体どうなるの…。』目隠しをされ、ぎゅっと抱きしめられて、ザンは怖くて泣き出した。
他の人達も戻って来て、車が動き出した。
「暢久さん、この子、泣いてますよ。目隠しが濡れてるっす。」
暫くすると、車の中が明るくなって、若い声がした。
「えっ!?」
これも若い声の後、ザンを抱いている人が動いた。頭や背中を撫でられた。優しい撫で方だったけど、彼女は怖くて体を硬くした。
「誘拐されれば怖くて泣くだろ。」
当たり前のことを言うなという雰囲気のおじさんの声がした。
「シィー、痛くなんてしてないよ?」
新たな若い声。
「トゥー、君は、怖くて泣いた経験がないの?」
ちょっと呆れた新たな声。
「ん、そういえばあるや。そっかー、怖くても涙出るかー。」
『これで5人…。一人がおじさんだけど、後は中学生か、高校生みたい…。この人達の目的って何かな…。』誘拐犯の割には、平気で相手の名前を呼び、しかも呑気な会話をしている人達に、ザンは恐怖が薄れていくのを感じた。
「ごめんね、怖い思いをさせて。家に着いたら、目隠しも猿轡も外すからね。」
暢久と呼ばれた声が、優しく言った。背中や腕を撫でられた。
「口のはもうとってもいいんじゃないの?」
トゥーと呼ばれた声が言った。
「駄目だ。家に入る時に、叫ばれたらどうする?」
シィーと呼ばれたおじさんの声。
「そっか。じゃあ、ザン、もうちょっと我慢してて。もう少しで着くから。」
「む…。」
『やっぱり、わたしが誰だか分かってるのね…。』
車が揺れて、エンジン音が止まった。何処かへついたらしい。ザンはまた誰かの肩に担ぎ上げられた。運ばれて、ソファらしき所に寝かされた。少しして誰かがザンの体を優しく撫でた。多分、暢久だろう。別の手が太ももに触れた。
「シーネラルさん、もうどっちも外していいよね?」
暢久が言った。
「ああ。」
シィーの声。『シィーって愛称なのかな。』なんて考えているザンの縛めが解かれた。息は楽になったが、凄く眩しくて、目が痛かった。
「どうしてこの子、目を開けないのさ?」
「今まで暗かったから、眩しいんだ。」
「あー、そうだよね。」
少しして目が楽になり、やっと周りが見えてきた。
「わー、大きい家…。豪華…。」
おじさんは大金持ちなんだろう。家はとてもお金がかかっていそうだった。「わあ、空が見える…。」
吹き抜けになっていて、天井の窓から星が見えた。
「素敵な家だよね、ここさ。僕、好きだよ。」
暢久が言った。眼鏡をかけた高校生くらいの少年だ。ザンの腕を撫でている。
「ねえ、…えと、のぶひささん。何であなたはさっきから、わたしの体に触るの?」
「どうして、僕の名前を?」
「わたしが泣いていた時、呼ばれていたから。」
「そうだっけ?」
暢久は頭に手をやった。「うん、思い出した。ドルダーが呼んでたね。あ、この銀髪が、ドルダーね。ドルダー・キートン、中3。僕は水島暢久、高2。」
「俺も紹介するー。俺、トゥーリナ・根古(ねこ)、高1、こっちの黄土色頭がターラン・天羽(てんわ)、高3。で、あっちの金髪が、俺の保護者、シーネラル・根古。」
「根古とか天羽って面白い苗字…。」
「ん、まあ、そうかも。俺は慣れちゃったから、分からないけど。」
トゥーリナは微笑んだ。
「…で、質問に答えて貰ってないよ…。」
ザンは暢久に向き合った。「まだ触ってる…。」
ドルダーはザンの言葉を聞いて、慌ててザンの足から手を離した。
「え?あー、えーと…。」
暢久がしどろもどろになる。
「暢久さん、頑張って。」
ドルダーが励まし、
「何の為に、俺達、こんな犯罪犯したのさ?」
ターランが言い、
「そうそう、頑張れ。」
トゥーリナが元気付ける顔をし、
「触る方が楽なんて…。」
シーネラルがボソッと呟いた。
「???」
皆の言葉にぽかんとしているザンへ、暢久が意を決して…。
「ザ・ザン。僕、ずっと君が好きだったんだ…。でも、なかなか告白できなくて、そうしたら、皆が協力してやるって言ってくれて、それで…。」
「わたし…そんな理由で誘拐されたの…。」
ザンはなんと言っていいか、分からなくなった。