ギンライとキシーユ

5 気分は新婚旅行

 空に瞬く星の下をキシーユとのんびり歩いていると、ここが、盗賊達の跋扈する暗黒の世界だなんて信じられない。

 優しい風が髪をなびかせ、足元を小動物が駆け抜けて行く。平和そのものだ。ギンライは久しぶりに、楽に息をしていた。永遠に平和に生きていけるんだと、疑いもしなかった頃に戻ったような気がしてくる。そう、可愛い妹のキシーユを連れて、優雅に散歩している…。

 キシーユの明るい心に感化されたように、ギンライの張り詰めた心が緩んでいた。笑顔さえ見せている彼を見たキシーユは、嬉しくなった。第一者になってほしい。でも、だからといって、余裕をなくしてしまっては困るのだ。折角恋人になったのだから…。

 キシーユは、ギンライの手に頬を押し付けた。本当なら腕組みしたい所だけど、身長差がありすぎて、それは無理なのだった。

 

 RPGなら、ボスの城の近くになると、雑魚モンスターが強くなるけれど、妖魔界は、第一者と第二者の城から遠くなれば遠くなるほど、盗賊達が強くなる。

 とてつもなく広い妖魔界には様々な場所があって、RPG並とまでは言わないけれど、色んな冒険が出来る。一生を旅人として生きる妖怪もいるくらいだ。ただ、人間が世界を旅行するようにはいかない。なんせ、本来の意味での盗賊達が沢山いるからだ。そう、強くなければ旅は出来ない。野宿が出来るというと、評価されるのはそのためだ。

 ギンライ達が向かうのも、強い盗賊達がいる所。モンスターと戦ってレベルを上げる勇者のように、盗賊達と戦って力をつけるつもりだ。ついでに観光もしようかなと考えていた。

 一年中過ごしやすい気候の妖魔界だけれど、キシーユのような雪女達が暮らす、常に雪が降っている豪雪地帯と呼ばれる場所や、液状妖怪達が住む、普通の妖怪達には危険地帯など、見所は溢れている。キシーユの言うように、楽しむのだ。たとえ志半ばで倒れる事になっても、決して後悔しないように…。

 

 ギンライ達の旅は始まったのだ。

 旅を始めて数週間が過ぎた。何人かとすれ違ったけど、旅人やら、野菜を売りに行く村人達で、盗賊には会わなかった。別に戦いたいわけではないのだけど、思っているより盗賊って少ないのかな、なんて思い始めたギンライだった。

 野宿にもすっかり慣れて、二人は新婚旅行をしているようだった。

「ギンライ、あーんして。」

「いくらなんでもそれは…。」

 照れる彼(キシーユの目にはそう映っているが、本当は呆れている)に、キシーユはにこっと微笑みながらぐいっとフォークを差し出す。諦めたギンライはそれを食べた。

 『子供だから、形式にこだわるのか…?』

 平和な日々が内心嫌になってきたのは、こういう事が馬鹿馬鹿しく思えるせいかもしれない。キシーユの事は好きだし、恋人になろうと思ったのも事実だけど、だからって…。多分、大人の女性が彼女になっても、自分はこんな事しない筈だ…。

 と、思いつつも、ギンライはキシーユに優しくしていた。…こだわっているのは実はギンライなのかもしれない…。

 

 ラブラブなお食事が終わった後は、食器を洗ってしばしの休憩。ギンライは例によって大きなげっぷをして、キシーユに怒られた。彼女をなだめながら、彼は、ふと、辺りの雰囲気が変わったのに気づいた。

 『一人じゃないようだな…。』それしか分からない。師匠との訓練で、戦う技術は身につけたけど、まだまだ自分はひよっこだ。足音だけで身のこなしやおおよその力量など分かるレベルではない。だから怖い。でも、怖がっていては、あの頃のままなのだ。

「どうしたの、ギンライ?」

 急変した彼の様子に、キシーユが不安げに声をかける。潜めた声。キシーユにも分かるのだろうか。こんな子供なのに?「ギンライ?」

「おでましだ。隠れていろ。」

 何が?なんて訊かなかった。慌てて草むらに隠れるキシーユ。『ちゃんと分かってる。覚悟している…。』ショックだった。遠足気分でついてきたと思っていた。本当にはこの旅の意味も、自分が言った言葉も分かってないと思ってた。

 『俺より、キシーユの方がよっぽど大人だ…。』見くびっていた自分に恥ずかしさを覚えながらも、ギンライは、出来る限り耳と目に意識を集中し、相手の出方を窺った。

 4人現れた。

「緊張すんなよ。お子ちゃま連れたパパを襲う悪趣味なんてないから。」

 鮮やかな紫色の髪をなびかせた男が言った。五つある深紅の瞳がギンライと、隠れているキシーユをそれぞれ見ている。

「そうそう。雑魚を相手にしたって、何の足しにもならないよ。」

 身なりを整えればさぞ美しいであろう女性が言った。

「お前らなあ…。鬼君、こいつら言葉が悪いだけで、悪気は全くないんだ。許してやってくれな。」

 がっちりした体格の男が言った。こいつと戦うのは絶対にごめんだとギンライは思った。

「もう!皆どうしてそうなんですか。赤鬼さん、ごめんなさい。皆強くなる事以外に興味がないものですから、礼儀なんて知らないんですの。」

 可愛い女の子が言った。がっちり男は不満げだ。自分に失礼な所はなかったと思ってるらしい。

「い・いえ、かまわないです…。」

 この護衛されているお嬢様みたいな女の子が頭か…?とギンライは混乱しかかりながら、答えた。

 安心したキシーユが出てきた。

「まあ!かっわいいお嬢ちゃんだこと。」

 磨けば美人が皮肉げに言った。「食べられるより、売り飛ばされそうね。」

「何ですって!?」

「キシーユ!」

 彼女を睨みつけているキシーユをギンライは低い声で叱った。『こいつらには勝てない。一人一人でも絶対無理だ…。』いくらなんでもキシーユにそれが分かるわけもなく、彼女はぷうっと膨れた。

「だって、あの女、わたしを馬鹿にしたのよ!」

「誉め言葉じゃないか。」

「ギンライ!」

 『そりゃ分かってるよ。でも…。』

「失礼ですけど、痴話喧嘩はそれまでにして頂きたいですわ。私達、訊きたい事があって、ここへ出て参りましたのよ。」

「痴話喧嘩って、親子でしょ?血は繋がってないみたいだけど…。」

「いいえ、恋人同士ですわ。ね、お嬢ちゃま?」

「ええ、そうです。」

 キシーユは顔を赤らめた。

「ほら。女ですもの。こういう勘は鋭いんですわ。」

「え〜っ!?あたしにゃ、分からないよ。」

「…あの、何を訊きたいんですか?」

 ギンライは、早くこの連中とおさらばしたくて、話に割って入った。惚気たかったキシーユはちょっとだけむくれた。

「第一者の城の位置ですわ。」

「そうそ、田舎から出てきて、ここらの地理、何にも分からないんだ。」

「あっちです。真っ直ぐ進むと10分くらいで森を抜けられます。」

 ギンライは指差した。「大きな城が2つ見えます。高くそびえたつ塔がある方が第一者・タルートリーの城です。」

「えっ、第一者は善なる王でしょう?」

「いいえ、数ヶ月前に、息子に殺されました。今の第一者はあの堕天使タルートリーです。」

 四人が呆然としているのをギンライは無表情で見ていた。第一者の城の位置も分からないくらい遠い所から来たのなら、当然の反応だからだ。

「キシーユ、行こう。」

「うん、ギンライ。」

 キシーユとギンライは、急いでその場から立ち去った。

 

 現第一者はタルートリー。希少種の堕天使。彼は実の父を倒して第一者になったが、黒い噂がある。本当はタルートリーが父を倒したと同じ頃に現れたザンと言う鬼が真の第一者だとか、行いが素晴らしい故に善なる王と呼ばれた前第一者を、実力では倒せないので毒殺したとか、彼は本当はとても弱いとか…。

 善王の評判が良すぎたから、息子が悪く言われるというのが、噂否定派の意見だ。タルートリーの父は、色々な改定を行っている。彼のお陰で妖魔界はかなり住み易くなった。だから実の名よりも善王という呼び方が定着した。第一者様ではなく、善王様と呼ばれていたのだった。

 

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