ギンライとキシーユ

2 盗賊

 男達はお城の近くまで来ていた。

「お城って、あんなに大きいのね!」

 キシーユは、大きな声を上げた。

 彼女がついて行きたいと言った時、ギンライは多いに悩んだが、彼女の母がいいと言ったので、連れて来た。母はなんとなく、分かっていたのかもしれない。これから起こる事を。

「キシーユちゃん、騒ぐんじゃない。」

「ごめんなさい…。」

 神父に叱られたキシーユはしゅんとなった。

「騒ぐと盗賊に気づかれるから、静かにしてくれ、な。」

 ギンライが優しく言うと、キシーユは神妙な顔で頷いた。それからは大人しく無言で歩いて行った。

 

 後少しで森を抜ける。その安堵感から、男達は少し気が抜け始めた。低い声でお喋りを始めるものもいた。ただし、話す内容は暗い。お城に行ったからといって、全て解決するわけではないのだから。

 

「だから、俺様の言った通りだったろ!」

 大きなだみ声がして、村人達に緊張が走った。「暫く待てば、残りの奴等が来るってなあ!」

残りの言葉と共に、盗賊達が飛び出してきた。

 『勝てない…。』強すぎる。盗賊達を見た途端、ギンライは悟った。相手をしたら、殺られる。

「あれ、お父さんのペンダント!」

 キシーユが叫んだ。「村長の勲章もあるわ!」

 盗賊達の言葉を聞いた時から、理解した事実が裏付けられた。

 キシーユの父が、かつて遠い先祖が第一者から授けられたと自慢していたペンダントと、野菜の不作などの危機の為に、村のお金で買い、村長が所有していた勲章。

 妖魔界には銀行がないので、大金を換金用の道具で持つ。マーカコインがその代表だが、マーカコインは貴族でも持てないかもしれないほどの大金が必要だし、換金用アイテムは他にもあるので、安価だけど見栄えのいい勲章にしたのだ。

 その価値ある二つを持っていた盗賊…。

「皆、皆、殺したのかっ!」「俺達をカモにする為に、待ち伏せしてたって言うのかっ?」

 怒りにかられた村人達が、盗賊達にかかっていく。

 『無駄だ…皆殺られちまう…。』ギンライはそう思った。彼は、キシーユを抱えると、脱兎のごとく駆け出した。

 心臓が破れると思った。その頃はまだ短髪な髪が風になびく。必死に駆けながら、後ろから、矢や槍で貫かれるんじゃないか、剣で切り裂かれるんじゃないかと恐怖で一杯になった。

 

 もう走れないと体が悲鳴を上げても、恐怖心が強くて走り続けたが、とうとう限界が来て、ギンライはくずおれた。

「ギンライ…大丈夫…?」

 キシーユが静かに聞いた。ギンライは彼女を見た。声が出ないので頷いた。彼女は、彼の側にちょこんと座った。

 無意識に安全と思われる町に来ていた。彼は噴水の前に座っていた。心臓が落ち着いてきたので、乾いてひりつく喉を潤そうと、顔を突っ込んだ。キシーユは吃驚して、彼を見ていた。そして、彼がなかなか顔を上げないので、心配になった頃、やっとザバッという音と共に、ギンライが体を起こした。

「キシーユ。」

 呆然としているキシーユにギンライは問い掛けた。「臆病者の俺を笑うか?」

「わたし、わたし…。」

 キシーユは下を向いた。「お父さんの仇を取れるほど、ギンライが強くなかったのだったら、逃げてきた良かったと思うわ…。」

「…。」

「わたし、何でお母さんが、ギンライ達に付いていっていいって言ったか、分かる気がするの…。きっと、こうなるって気づいてたのね…。」

 キシーユはしゃくりあげ始めた。「わたし、お父さんも…お母さんも…お兄ちゃんも…妹もなくしちゃったのね…。」

 ギンライはキシーユを抱き締めた。キシーユは大きな声で泣き出す。ギンライは大きな無力感に襲われた。盗賊達は、男達のいなくなった村を襲うだろう。女達は…幼い子供達は…。…村は滅びるだろう。

 

 激情が去った後、キシーユは眠った。

 『眠ればいい。少しでも悲しみが和らぐなら…。お前が子供で良かった。眠る事で少しでも楽になれるから…。』ギンライは、キシーユを優しく抱いた。

 気持ちが落ち着いた後は、今後どうするかを考えなければならない。ギンライは、家へ帰ろうと考えた。責められるかもしれない。追い出され、入れてもらえないかもしれない。それでも、それしか思いつけなかった。ギンライは、若かった。まだ100を少し過ぎただけだった。大人になったばかりの青年。自分に強い自信を持てるほど生きていなかった。自分を情けなく思いながらも、まだどうも出来なかった。

 

 町の宿屋に部屋を取り、キシーユをベッドに寝かせてやると、彼女が起きた。

「ギンライ。」

「悪かった。起こしちまったか…。」

「いいの、そんな事。…それより、ねえ、ギンライ。」

「ん?」

「第一者を目指して。そして、もうこんなことが起きないようにして。」

「キシーユ…。」

「お願い、ギンライ…。」

 胸が一杯になったギンライはキシーユを抱き締めた。「お父さん達の仇をとれなくてもいいから…。」

「分かった…。俺も、このままでいいなんて思ってないから…。」

 ギンライはキシーユを優しく撫でる。「ただ、いつまでかかるか分からないけど、それでもいいか?」

「いつまでも待ってる。だって、とっても強くならなきゃいけないもの…。」

「そうだな。」

 ギンライはキシーユの頬にキスをした。「もう少し、眠るといい。今日は、俺も大変だった。お前はまだ子供なんだから、無理しちゃ駄目だ。」

「うん、お休みなさい。」

 キシーユは目を閉じた。

 

「お帰り、ギンライ。」

 母が優しい笑顔で迎えてくれた。「あら、キシーユちゃんじゃない?どうしたの?」

 母は父と一緒に、時々ギンライの住んでいる村に遊びに来ていたので、キシーユを知っている。

「父さん、いる?」

「ええ、もうお部屋でお休みしてるけど。…何かあったの?」

「…うん。」

「まあ、いいわ。中でゆっくり休みなさいな。なんだかぼろぼろ…。キシーユちゃんも、ね。」

 母はギンライとキシーユを家の中へ入れた。

 

「そうか…。」

 父は静かに言った。ギンライはびくびくしていた。何と言われるだろう?緊張で固くなっている息子を見ると、父は軽く息を吐き、「ここでゆっくりしなさい。ここはお前の家なんだから…。あの子も家に置いていていいから。」

 ギンライは父に抱きついた。

「有難う、父さん。」

「お前には、辛い試練だった…。あの子にもな。」

 ギンライの父親は、妻と夕食の支度をしているキシーユを見た。遊んでいていいと言ったけど、お手伝いしたいと彼女が言い張った。黙っていると、辛い出来事を思い出すのかもしれない。そう思ったので、キシーユのしたいようにさせる事にした。

「これから体を鍛えながら、第一者を目指す。無理かもしれないけど、何もしないままでなんていられないから…。」

 ぽんぽん。父が背中を叩いた。

「父さんは、お前の味方だ。やりたいようにしなさい。」

「…うん。」

 ギンライは父の心がとても嬉しかった。

 

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