5.

「照明OKか? よし、カメラ回して!! よーい、アクション!!」

カチンコの乾いた音が響く。リハーサル通りのカメラワーク。そして、それを音も立てずにじっと見守っているスタッフ。
それをさらに遠巻きにして、何をしているかと、通りすがりに覗き込んでいるギャラリー。

そんな一瞬の静寂の中に、凛と響く男の声。

「『誰が誰に騙されたって? 悪いけど、あんたのやったことを真似しただけだよ?』」

公園の中、地面に這いつくばる男を見下ろし、ジャングルジムに寄りかかっている男。スタッフの目は、その二人に注がれている。

少しの間をおいて、監督のOKの声が出る。カチンコの乾いた音が2回立て続けに鳴らされ、それを合図にするかのように、現場にざわめきが戻る。

「チェックしまーす」

女性のスタッフの声に、モニターを覗き込む主演の男。

言わずと知れた、高崎龍である。

「OKだね」

「高崎さん、刑事さんが」

「刑事?」

モニターから顔を上げ、ため息をつく。
来たか、という鳩村のため息と同じではない。

『面倒くさい』

という意味合いである。

「城西署の高橋です。君の弟の立花巡査について・・・」
「あのさ」

高崎がきつい目を向ける。
アイドルとしての彼しか知らない人間としては、その態度の差に、尻込みするだろう。

「これでも、俺俳優なんだよね。ここであんた達と話をしているって、マスコミに知れたら、それこそ問題なんだよ。そこの喫茶店に移動してくれないかな」

高崎の提案で、龍と刑事の高橋、龍のマネージャーの坂本玲(あきら)は、近所にある喫茶店へと移動した。

龍のファンたちも着いて来たが、坂上が押さえて、喫茶店には3人だけになった。

「立花巡査の居所に心当たりは」
「知りません」
「連絡は」
「ありません」
「この被害者に心当たりは」
「ありません。どんな奴なんですか、この人は」
「君には関係のない事だ」
「功が、殺したんだろ? 関係ない事ないじゃないか」

高橋は、額から汗が吹き出す。

テレビで見る彼と、あまりにもイメージがかけ離れているのだ。
テレビでのインタビューなどの彼は、まるで春の花の様。
それが今では、

蔵王の樹氷の様だ。

高橋は、まるで、自分が取り調べを受けている気分になっていた。
無表情だが、言葉がまるで凶器だ。

坂上は気が気でなかった。こんな龍は、そうとう頭に来ている状態だからだ。

「れ、連絡があったら、しら、知らせてくれ」

高橋は、からからに乾く喉を水で潤し、名刺を置いてあわてて店を出た。

「隆・・・」

坂上は元々、この兄弟の幼なじみだ。功と誕生日が同じだということで、母親同士が仲が良かった。兄弟が東京に出てしまってからは、個人的に龍を追いかけて上京して来たほど。

「・・・玲・・・、携帯、交換してくれないか」

「交換?」
「俺の携帯はマークされてる。連絡は取り辛い」
「分かった。無理すんなよ・・・」

この後の行動が目に見えた玲は、龍と携帯を交換した。

「あと、ワンシーンだ。龍」
「ああ・・・」

龍は、大きく息を吐いた。

店の外では、ファンが待っている。

 

まだ、俺は  『高崎龍』  だ・・・。

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