特別企画−ネパール映画事情(4)
魅惑のKollywood
〜ネパール映画館体験記〜



ネパール映画「カグベニ」(2008年)
 

                     
 「Kollywood(カリウッドまたはコリウッド)」をご存知だろうか。アメリカのハリウッド、インドのボンベイ(ムンバイ)のボリウッドに倣ってネパールのカトマンズで製作される映画をそう呼ぶのだそうである。ところが、実際にそう呼んでいる人に僕は未だ会っていない。どうも、そう呼んでいるのはごくごく一部だけらしい。 なにしろ、そのカリウッド映画の水準なんてハリウッドはおろかボリウッドにも遠くはるかに及ばないのであるから。
 
 
◆ネパール映画「カグベニ」

 さて、映画はやはり映画館で観るものだ。特に海外にいるのだったら、その国の映画の様子を知るためにも映画館に行かなければ意味がないだろうと思う。実は、ネパールに来た直後からそのように考えていた 。ところが、なかなか映画館に行く機会にめぐまれなかった。それは、言葉の問題もあったし、ネパール映画の情報に乏しいこともあって、なかなか観たいと思えるような作品がなかったからである。気づいたら一度も映画館に行かないまま1年が過ぎてしまっていた。

 2008年1月にカトマンズで公開されたネパール映画「
कागबेनीKagbeni/カグベニ )」が話題になっていた。ネパール初のフィルムを使わないデジタル映画として撮影され、世界公開を視野に英語の字幕つきで上映されている。2008年3月 まで上映が続くロングランヒットとなっていた。僕の身の周りでも「よかった」 という声を聞く。しかし、その一方で、「お金を出してまでこんな映画を作る意味があるのだろうか」なんて意見もあった。どうも観る人によって評価が分かれているようである。これはぜひ自分の目で確かめたいものである。
 そう思って、2月のある日の夕方、映画館へ出かけることにした。
              
 
 



「カグベニ」を上映するJAI NEPAL
 

 
 
 カトマンズの王宮の近くにJAI NEPALという映画館があり、「カグベニ」はそこで公開されている。最終回は18時ということなので、17時頃に出かけてみた。
 JAI NEPALは席は全席指定で、3種類にわかれている。1階席前方が100ルピー(約200円)、後方が150ルピー(約300円)、2階が200ルピー(約400円)。今回は初めてということもあるので、150ルピーのチケットを買うことにした。映画の公開直後だと、早い段階でチケットが売切れてしまうなんてこともあるらしいが、すでに映画が公開されて1ヶ月以上経っていたこともあって、すんなりとチケットは購入することができた。

 さっそく映画館の中へ。映画館の入り口でボディチェックを受けてカメラを預けなければならなかった。そのため、残念ながら映画館の中を撮影することができなかった。JAI NEPALはまだ新しいらしく、かなり綺麗な映画館であった。ロビーでは飲み物や軽食なども売っている。スクリーンも大きく、迫力のある映像が期待できる。この日は平日ということもあって、映画館はガラガラだった。僕のいた1階席はおそらく30人も入っていなかったのではないだろうか。
 コマーシャル、予告編に続き、映画の本編の開始である…。
        
 
 



JAI NEPALのチケット売り場
 

 
 
 タイトルの「カグベニ」とは、ネパール北西部にある町の名前である。チベットからも近く、仏教徒が多く住む町のようである。町の中には5色のチベット仏教の旗がはためいている。
 主人公はラメシュ(ソウガット・マッラ)という青年。彼の仕事はリンゴでのブランデー作り。彼にはタラ(ディヤ・マスケ)という恋人がいるが、彼女の父は彼の貧しさを嫌い、二人の仲を認めようとしない。
 ラメシュは出来上がったブランデーをラバに積み、町へ行商に出かける。出稼ぎ先のマレーシアからネパールへ帰ってきていた彼の幼なじみクリシュナ(ニマ・ルンバ)も、祖母に会うため彼に同行することになった。

 ラバを率いてのキャラバン(隊商)が山間を移動する様子は日本でも話題になった「
キャラバン」(2000年フランス/ネパール/スイス/イギリス)を思い起こさせる。

 途中泊まった町で2人は一人の行者と会う。クリシュナは祖母への土産として持ってきた毛布を行者に貸すが、行者はそのお礼にと彼に願い事を叶える古い猿の手のミイラを渡す。
 クリシュナがネパールに帰ってきたのは、結婚のためだった。親が決めた彼の結婚相手というのが、ラメシュの恋人タラだったのだ。恋人を失いたくないラメシュは、その夜クリシュナのポケットから猿の手を盗み出すと、ただ「タラが欲しい」と願う。

 次の日クリシュナが崖から転げ落ちそうになる。ラメシュは必死で助けようとするが、なすすべも無くクリシュナは帰らぬ人となってしまう…。
     
 
 



「カグベニ」のチケット
 

 
 
 「カグベニ」の上映時間は2時間15分。決して長いわけではない。にもかかわらず、ちょうど1時間過ぎたあたりで休憩時間が入った。たいていのネパール映画やインド映画は3時間を越す作品がほとんどで、間に休憩時間が入るのが普通だから、この映画の場合もその習慣によるのだろう。

 後半はそれから9年が経っている。ラメシュとタラは結婚。一人息子のバリダンも生まれ幸せに暮らしている。ラメシュの作るりんごブランデーも好評で、大口の注文が入る。
 だがある日、そんな彼らの家に、死んだはずのクリシュナが訪ねて来た。だが、翌朝クリシュナの姿は無く、ただ猿の手が残されていただけだった…。以下はネタバレになるので省略。世界公開ということなので、日本でも観られる機会があるかもしれないので、それまでのお楽しみ。
       
 
 



「カグベニ」を監督したブシャン・ダハール
(「OurNepal.com」より)
 

 
 
 「カグベニ」の監督はブシャン・ダハール(1966〜)。主にミュージック・ビデオを製作してきた人で、これが監督デビューにあたる。ネパールのテレビ局カンティプールのチーフ・プロデューサーで、テレビのパーソナリティとしても知られている。
 さて、後半を見ていて「あれ?」と思った。これはW・W・ジェイコブズ(1863〜1943)の有名な怪奇短編小説「猿の手」ではないか。前半がほとんどオリジナル・ストーリーであった上に、猿の手のミイラというのがいかにも東洋的だったためにまったく気がつかなかった。しかし後半は「猿の手」にかなり忠実である。おかげで、結末がわかってしまったのがちょっぴり残念だった。
 
 先に「カグベニ」は評価が分かれる作品だということを言ったが、僕自身はとても楽しく観ることができた。ネパール映画にはストーリーが破綻してしまう作品が実に多いが、この作品に関してはそんなことはない。しっかりとしたストーリー展開である。そして映像も美しい。ネパール映画付き物のミュージカル・シーン こそ無いが、それだけリアリティに徹した作品だと言える。初めて劇場で観たネパール映画としてはたいへん満足であった。だが…。

 はっきり言ってネパール人観客のマナーの悪さには驚かされた。あるグループなどは映画が始まってもずっとお喋りを続けていた。もちろん、上映中に携帯電話で話すのも当たり前。周りの誰も注意しないのが不思議である。
 エンディングではネパールのロックバンド「1974AD」の曲が流れる。まだエンディング・クレジットが流れていて映画は終わっていないにも関わらず場内が明るくなり、場内清掃を始まってしまう。まったく余韻に浸るも何もあったもんじゃない。もう。
  
 
 
◆ヒンディー映画「ミスター・ブラック、ミスター・ホワイト」
 
 



インド映画「Mr.Black Mr.White」
スニール・シェティ(左)とアルシャド・ワルシ
 

 
 
 それにしても、やっぱり映画館で観る映画はいい。これからも機会を見つけて映画館へ出かけることにしたいと思った。次はぜひともミュージカル・シーンのある映画を大スクリーンで観たいものである。
 
 ネパールではインドのヒンディー映画の人気が絶大である。ネパール人の中にも、ネパール映画よりむしろヒンディー映画を好む人が多いぐらいだ。テレビをつければ、ヒンディー映画のコマーシャルが流れ、町では子供たちまでヒンディー映画の主題歌を口ずさむ。その影響たるや、ネパール映画の比では無い。
 そこで、次はヒンディー映画を観に行くことにした。ネパールの映画館では土曜日と日曜日の朝は半額で映画を観ることができる。僕の職場は日曜は休みだが、ネパールでは普通の会社や学校は土曜日だけが休みである。そこで、混んでいないと思われる日曜の朝、家のすぐ近くにあるKUMARI HALLという映画館に出かけてきた。
 KUMARI HALLには2つの映画館がある。通常の値段は後方の席が200ルピー、前方の席が150ルピーである。今回は、空いているだろうからと、前方の席のチケットを買った。半額なので75ルピー。案の定、映画館はがらがらで、全部で20人も客は入っていなかったろうか。
                    
 
 



KUMARI HALL
 

 
 
 ちょうどその時KUMARI HALLで上映されていたのは「Mr.Black Mr.White」と言う作品だった。
 この「ミスター・ブラック、ミスター・ホワイト」は犯罪コメディである。奪われた宝石をめぐっての騒動が展開するあたり、「ピンクの豹」 (1963年米)や「おしゃれ泥棒」(1966年米)を彷彿させる。
 しかし、実のところ僕はこの映画をほとんど理解することができなかった。それはなぜか…。ネパール人は幼い頃から映画やテレビや音楽でヒンディー語に親しんでいる。そのため、ほとんどの人はヒンディー語を理解することができる。だから、ネパールで上映するヒンディー映画に字幕は必要ない。ヒンディー語のまま上映されるのである。もちろんこの「ミスター・ホワイト、ミスター・ブラック」もヒンディー語版での上映であった。ところが僕はヒンディー語がまったくできない。だから、ストーリーを理解するのがかなり困難であった。しかも、僕以外のネパール人観客は全員が、笑うべきところできちんと笑っているから悔しい。
 しかし、それでもそれなりに楽しめてしまうのが、ヒンディー映画なのである。
    
 
 



「Mr.Black Mr.White」
 

 
 
 映画は、三人の美女が、宝石を強奪する場面で幕を開ける。三美女は、警護の警官隊と銃撃戦を展開。さらには、銃を捨てての肉弾戦となる。これが、ワイアーを使っての ド派手なアクションで、美女が宙を舞う。なんだか「チャーリーズ・エンジェル」(2000年米)そのもので、明らかに影響を受けていることがわかる。この時奪われた宝石が、この後のストーリーに深くから んでくる。そしてこの三美女も映画全編を通じてお色気を振りまいている(写真上)。
 
 映画の主人公は、詐欺師のキシェン(アルシャド・ワルシ)。その彼を探して、父の遺志で土地を渡そうとするゴピ(スニール・シェティ)が田舎からやって来る。このキシェンとゴピの凸凹コンビぶりが、白と黒で対比され、題名の「ミスター・ホワイト、ミスター・ブラック」となっているのである。

 もちろん、ヒンディー映画であるから、何かにつけミュージカル場面が登場する。そして派手なアクションと、見せ場には事欠かない。考えてみれば、インドは200を超える異なった言語を持つ多民族国家である。そのインドが、未だに映画大国であるというのは、たとえ言葉を理解しない者にでも訴えかけるものを持っているからに他なるまい。
     
 
 



KUMARI HALL
 

 
 
 ちなみにこの日KUMARI HALLのもう一つのホールではジャキー・チェン(1954〜)とジェット・リー(1963〜)が競演するアメリカ・中国合作「The Forbidden Kingdom」(邦題「ドラゴン・キングダム」)を上映していた。そしてJAI NEPALのほうはやはりインド映画「TASHAN」を上映中。2つの映画館は共にQUEST ENTERTAINMENT系列の映画館なのだが、普段から外国映画ばかりでネパール映画は上映していない。どうやら「カグベニ」は特別だったようなのである。
 
 
 
◆ネパール映画「ガヤル」
 
 



ネパール映画を専門に上映するビシュワジョティ映画館
 

 
 
 それでは、ネパール映画はどこで観ることができるのだろうか。もちろん、ネパール映画ばかりを専門に上映している映画館もある。カトマンズ最大のショッピング街タメル。そこの南にアサンという市場がある。そのすぐ東にあるビシュワジョティ・シネマ・バワン
(विश्वजोति सिनेमा भवन)。ここではもっぱらネパール映画を上映している。シネコン(シネマ・コンプレックス)形式で新しく綺麗だったJAI NEPALやKUMARI HALLと比べると、なんとも汚く、いかにも場末の映画館といった感じ。逆に、ネパールらしくて、うれしくなる。
  
 
 



ビシュワジョティの入場券
 

 
 
 このビシュワジョティでは毎日11時半、14時半、17時半の3回映画を上映している。そこで、とある日の夕方、最終回を観ようとでかけてきた。開始1時間前の16時半に映画館に着いた。ところが、なんとすでにチケットは完売だという。係員に尋ねたところ、最終回はほぼ毎日満員なのだそうだ。
 あとで知り合いのネパール人にこの話をしたところ、ネパール人は仕事が終わった後は大抵暇なので、映画を観に行こうということになるのだそうだ。確かに、ビシュワジョティの入場券は、1階席が40ルピー(約80円)、バルコニー席でも60ルピー(120円)と、格段に安い。まさに庶民の娯楽といった感じである。
 そこで、日を改めて早い回を観に行くことにした。

 入場券の販売開始時間である10時半に映画館に到着。すでに大勢の客が来ていたが、難なくチケット(写真上)を入手。JAI NEPALやKUMARI HALLと比べると、チケットも品質はだいぶ劣る。
      
 
 



開場を待つ人々
 

 
 
 そして、開場と同時へ場内へ。JAI NEPALやKUMARI HALLと違い全席自由席であった。平日の朝にもかかわらず、8割ぐらいは客が入っていただろうか。映画館の中も、外観同様に、薄汚れた感じ。むき出しのコンクリートに、硬い木の椅子。なんとなく、学校の体育館を思わせる。これなら夏でも涼しくて良さそうだが、冬は相当冷えるに違いない。
  
 
 



ビシュワジョティの内部
 

 
 
 ちょうどこの日上映していたのはネパール映画「
घायल(Ghayal)」だった。 これは、チンピラグループや悪徳警官に、正義感を持った男たちが立ち向かうという、社会派アクションとでもいうべき作品だった。もちろん歌とダンスも登場する。題名の意味は「傷」ということだが、その名の通り数分ごとに格闘シーンが登場する、何とも荒っぽい映画。おかげで、ネパール語がよくわからなくても退屈はしなくて済んだのではあるが…。しかし、あまりに格闘だらけで、次々と人が死んでいくので少々後味が悪い。ラストでは、敵の親玉の首に紐をかけて、木につるして殺してしまう…。まあ作品の出来はネパール映画の中でも水準以下といった感じだろうか。

 ちょうど1時間ぐらい経ったところで休憩時間があった。休憩時間にはジュースを売りにやってきた。お菓子も売りに来たのだが、なんと映画の後半が始まってからだったので、ほとんど買っている人はいなかった。
      
 
 



休憩時間にジュースを売りに来る
 

 
 
 正直、映画館は汚いし、上映していた映画もあまり良い映画とは言えなかったのだが、今までで一番面白い映画体験だった。JAI NEPALやKUMARI HALLは、どちらかというと若い男性客が多かったが、ここビシュワジョティには老若男女が観に来ている。それだけに、 ネパール人たちの反応をじかに感じることができた。とりわけ、スターが画面に登場すると、観客が拍手や口笛で歓声をあげるのである。あとでネパール人に聞いた話では、南のタライ地方では、スクリーンに向かってお菓子を投げたりもするらしい。なお、この日ひときわ大きな歓声があがったのは、ネパール映画最大のヒーローであるラジェス・ハマールが登場 した時だった。
 
 テレビが普及しているとはいえ、ネパールでは映画がまだまだ庶民にとっての娯楽の中心にあるのだということを、今回強く感じる結果となった。

 気がついたら僕のネパールでの任期も1年を切っていた。しかし、まだまだ時間は充分ある。これからも機会があるごとに映画館に出かけて、ネパール映画を観ていこうと思う。
   
 
 


(参考資料)
「Our Nepal Com:Bhusan Dahal」(http://www.ournepal.com/personality/bhusan/details.php
「Nepali Times:Bhusan's Fireside」(http://www.nepalitimes.com/issue/154/NepaliSociety/3267

「たこのあゆみ」(http://st-octopus.at.webry.info/
 

 
 

(2008年5月31日)
 

 
 
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