第0章−映画前史(1) | |||
古代人は電影の夢を見るか? 〜有史以前の映画〜 |
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僕がこの映画史エッセイ「映画史探訪」を始めた理由は、映画の歴史を自分自身で追体験していくというものであった。発明王トーマス・アルバ・エジソン(1847〜1931)、フランスのリュミエール兄弟に始まって映画史上重要な作品を順を追って観ていく…そういうつもりでいた。しかし初期の映画をいろいろと調べていると、映画がどのようにして誕生したのかということについても興味が出てくる。19世紀末に映画が発明される以前にも、数多くの映画発明への取り組みがなされてきた。それらは“映画前史”というそれ自体立派な“映画”のジャンルである。これまでにも「二人の映画の父」でエジソンやリュミエール兄弟について簡単に触れた。また、「光の幻想」でも、アニメーションの誕生に関連して映画前史について簡単に触れているのだが、今一度映画の原点からしっかりと調べてみたいと思った。 |
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◆洞窟のムービーシアター | |||
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映画のルーツをたどっていくと、有史以前にまで遡ることができる。物事を本物そっくりに再現するという試みは、それこそネアンデルタール人(約40万年前〜2万年前)やクロマニヨン人(約4万〜1万年前)の時代からあった。1874年に発見されたスペインのアルタミラ洞窟の約1万8千年〜1万4千年前に描かれた壁画や、1940年に発見されたフランスのラスコー洞窟の約2万年前に描かれた壁画などを映画の原点だという人もいる。 1994年に発見されたフランス南部のアルデシュ県にあるショーヴェ洞窟。 ここに残された洞窟壁画は約3万〜3万2千年前に描かれたとされ、現存最古のものである。ここの壁画に描かれた動物の中には、通常よりも多い本数の足や尻尾が描かれているものがある。ショーヴェ洞窟に壁画を描いたクロマニヨン人は明らかに“動き”を再現しようとしていたのだ。 |
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動きを表すために足を多く描くというのは現代でも漫画でよく用いられている。例えば魔夜峰央(1953〜)の「パタリロ!」(1978年〜連載中 白泉社)の主人公パタリロは、“ゴキブリ走法”なる走り方を駆使するが、高速で足を動かす様子が、無数の足を描くことで表現される。 |
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この手法はギャグマンガによく用いられている。谷岡ヤスジ(1942〜99)の漫画に登場する「アサーッ」と叫びながら羽や足を動かす“ムジ鳥”(初出は「ヤスジのメッタメタガキ道講座」(1970〜71年)) が有名である。 |
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また、“ギャグ漫画の王様”赤塚不二夫(1935〜2008)の「天才バカボン」(1967〜78年)にも登場する。 その直接のルーツはアメリカの漫画映画であろう。例えば「ベティ・ブープ」シリーズ(1932〜39年米)に登場する発明家グランピーは、アイディアを思いつくと両足を高速で動かし喜ぶのだが、その際に多くの足が描かれている。 |
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大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(2019年NHK)は、日本人初のオリンピック選手となったマラソンの金栗四三(1891〜1983)を主人公としている。その「いだてん」のオープニングに登場する横尾忠則(1936〜)デザインのロゴが、3つの足が回転する模様である。これは「三脚巴」と呼ばれる文様であるが、疾走する足を表現している。 |
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こうした三脚巴のデザインは古くから用いられており、例えばイギリス領マン島の旗に用いられている。マン島の旗のデザインはマグヌス・オラフソン(在位1252〜1265)の紋章に基づいている。このデザインは太陽を表しているとのことなのだが、疾走する足を思わせる。遥か後にマン島がバイクレース「マン島TTレース」(1907年〜)の舞台となったのは面白い偶然だ。 同様の三脚巴は、イタリアのシチリア州の旗にも見られる。こちらは中央に顔がデザインされているが、ギリシア神話のメデューサであるという。ギリシア神話でのメデューサは髪が蛇となっているが、シチリアの旗では麦の穂となっている。 |
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足の真ん中に顔というと、悪魔ブエルというのもいる。魔術書によると、5本の山羊の脚とライオンの頭を持ち、自ら転がりつつ前進するという。水木しげる(1922〜2015)の漫画「ゲゲゲの鬼太郎」にも登場し、鬼太郎と戦っている。 |
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さらに、園田・姫路競馬場のロゴにも、3本の馬の脚の中に馬の頭というデザインのものがあり、複数の脚というのは疾走する姿を表現するのに適しているのであろう。 |
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話が逸れてしまったが、古代人たちが描いた洞窟壁画というものは、洞窟の中で炎の灯りで観ると、揺れる炎で実際に動物が動いているように見えたとも言われている。こうした絵を焚火を囲んで大勢の人たちが観ていたとすれば、 それはまさに映画館の元祖と言えよう。 同様の壁画はラスコー洞窟やアルタミラ洞窟にも見られるそうである。機会があれば実際に現地で洞窟壁画を見てみたいと思うのだが、現在こうした洞窟壁画の大半は非公開になっている。外気や観光客の吐く二酸化炭素によって壁画が急速に劣化してしまったのが理由だという。 |
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◆旧石器時代のソーマトロープ | |||
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実際に絵を動かすような試みも、太古の昔から行われていたようだ。1868年にフランスのドルドーニュで発見された3万年前の真ん中に穴の空いた骨製のディスクは、 両面にそれぞれ別の絵が描かれていた。従来、このディスクはボタンか装飾ビーズかと思われていた。しかし2012年になって、中央の穴に紐を通して両側から引っ張ったところ、描かれた動物がまるで立ったり座ったりといった動作をしているように 見えたそうである。 |
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(「ANIMATION ORIGINS: The Earliest Animations」より) |
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1825年にイギリスのW・H・フィットン(1780〜1861)とジョン・エアトン・パリス(1785〜1856)によってソーマトロープなる玩具が発明されるが、このディスクはまさにその原理を先取りしていた 。 |
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◆イランの連続アニメ | |||
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1967年にイラン南東部スィースターン・バルーチェスターン州で発見されたシャフリ・ソフタ遺跡。ペルシア語で「消失の町」を意味するこの遺跡は紀元前4000年から紀元前3000年頃の遺跡である。最盛期に火災によって瞬時のうちに廃墟になったという。 この遺跡から1970年代にイタリアの考古学者によって5200年前の土製ゴブレットが発見された。そこにはヤギの絵が描かれていた。 |
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ヤギが木の葉を飛び跳ねて食べようとしている様子が、5枚の絵で表現されている。 ゴブレットが発見された当初は、それぞれの絵は関連性のあるものだとは考えられていなかった。だが今日では一連の連続した動きを表していると考えられている。一説には、アッシリアの「生命の樹(Assyrian Tree of Life)」の神話を表しているのだともいわれている。もっともアッシリア文明が存在したのは紀元前18世紀から紀元前4世紀までで、このゴブレットは時代が古すぎるため、実際のところは疑わしい。 ひょっとしたら作られた当時もこのゴブレットを回しながらアニメーションのように眺めることがあったのかもしれない。 |
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シャフリ・ソフタからは、人工眼球を装着した女性の遺体も発見されている。遺体の年代は紀元前2900年から紀元前2800年頃のものと考えられ、人工眼球を生涯にわたって装着していたと推測されているそうだ。これらのことも合わせ、シャフリ・ソフタ遺跡は我々の想像以上に高度な文明を持っていたということがわかる。 |
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◆古代人は電影の夢を見るか? |
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(2019年1月4日) |
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(参考資料) アントニオ・ベルトラン監修、大高保二郎・小川勝訳「アルタミラ洞窟壁画」2000年 岩波書店 山口康男「日本のアニメ全史/世界を制した日本のアニメの奇跡」2004年 テン・ブックス スティーヴン・キャヴァリア/仲田由美子・山川純子訳「世界アニメーション歴史事典」2012年 ゆまに書房 「世界初のアニメ発見?5千年前のイランが起源」(https://animeanime.jp/article/2004/12/31/105.html) 「イランで発見された世界最古のアニメ」(https://gigazine.net/news/20080312_oldest_anime/) 「驚きの原始人。旧石器時代のフランス壁画、実はアニメーション仕様だった」(http://karapaia.com/archives/52168953.html) 「How to make a thaumatrope…」(https://theheritagetrust.wordpress.com/2013/04/15/how-to-make-a-thaumatrope/) 「ANIMATION ORIGINS: The Earliest Animations」(https://jenmacnab.wordpress.com/2013/11/20/animation-origins-the-earliest-animations/) 「CHTHO'sCultural Blunder and Documentary Production on World’s OldestAnimation」(http://www.cais-soas.com/News/2008/March2008/04-03.htm) |
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