失敗山日記 V−3
ビバーク、ヒグマ、幻聴幻視、ビバーク、・・・
in トムラウシ(大雪山系,20007月) 掲載 20039
by 山へ行っちゃあいけない男(登山不適格者?)
 
その5
 
 若者と別れたすぐ先のガレ場は昨日降りて来たはずなのに、取っ付きから乗るのに適した岩がなかなか見つかりません。しばらく右に左にルートを探した末、やっと先に進めましたが、思わぬ時間を食ってしまいました。
 この後も昨日通ったいくつかのガレ場を確認しつつ戻ります。そのうちどこかのガレ場から出た所で膝を捻ってしまいました。幸い大したことはなさそうですが、違和感は残りました。
 ガレ場の合流点でガスが出て、どちらに進むべきか少し迷った場面もありましたが、しばらく待つうちにガスが去り、運良く来たコースを外さずに進んでいけました。

 昨日に続き、辺りでナキウサギのものと思われるピーピーという鳴き声がけっこう聞こえましたが、愉しむ気分にはなれませんでした。勿体ない話ですが、得てしてそんなものでしょう。「思う人には思われず、思わぬ人に思われるなり(?)」  一寸趣が違いますか。
 鳴き声といえば、ガレ場で昨日、遠くの低い吼え声も聞いたようです。尤もその時は、何だか他人事(ひとごと)のように聞き流したようですが。ある程度人の通る登山道だと思い込んでいたので、それほど不安にならなかったという面もあったのでしょう。とはいえ、疲れてくると(?)視野も思考も狭くなる、我ながらアブナイ男ではあります。
 
 大分疲れもたまってきた頃、前方に見覚えのあるペンキの○印の付いた岩が見えました。昨日引き返すのをあきらめさせた恨みのペンキです。やっと道を誤った辺りに戻ったのです。その岩の裏側に廻ろうとしたとき、右上方から声がかかりました。

 そちらを向くと先程別れた若者が私を励ますかのように佇んでいます。顔を上げて周りを見ると、正面はガレ場が続いていますが、斜め左前方から下りて来る登山道があります。昨日私が天沼方面から降りて来た道なのでしょう。
 彼のいる方向を見ると、右上方に上っていく道もあります。登山道が平行に近い形で谷に交わったので、昨日は谷底に下りた感がしなかったものと思われます。谷に降りきったと分かっていれば、谷から上がる道を探すのが普通ですから。

 例のペンキ印の岩の反対側には印がありません。下からずうっと登って来て、初めて分かりました。ペンキは向こうへ降りていけの印ではなく、下から上がって来る人間を導くためのものだったわけです。
 ペンキの岩を廻った時点で、私は天沼からトムラウシ方面への登山道上に立っていたのです。しかし登山道と言っても休憩にも使われそうな場所ですから、踏み跡があちこちに分散していて、そこではしっかりした1本の登山道の体(てい)をなしてはいません。岩を縫う踏み跡の一つ程度の感じです。
 彼が声をかけなかったら、目の前ばかり見ていた私は天沼方面から下りて来ている登山道に気付かず、ガレ場を更に直進してしまった可能性も無きにしも非(あら)ずです。若者に感謝です。彼もそう思って声をかけてくれたのかも知れません。冷静に考えれば分かるのでしょうが、紛らわしい場所ではあります。

 いろいろ思うにつけ、やはり、昨日無愛想な男の吐いた「こんな岩場ばかりだ」の一言が効いているように思われます。別に彼を恨んでいるわけではありませんが、あの言葉がなかったら、登山道を降って来た私があれほどまでにこの岩場に執着することはなかったように思われるのです。道標も何もないのに、みんなこの道をトムラウシに向かっていくのですから。

 とは言え、山渓の地図には私の入り込んだ登山道があのクワウンナイ川源頭まで実線で描かれていることを思えば、この地点に道標があって然るべきと思います。トムラウシを訪れる人も増えているのですから。
 ちょっと横道にそれますが、秋田駒の火口原にチングルマ(稚児車)の群生地があります。駒草も多いところで、その頃は訪れる人も余りありませんでした。ガスや風の多い秋田駒ですが、ガスの中を降りていくと、そこだけはいつも別天地のように穏やかでガスも薄いの所なのです。
 4半世紀前、そこに「ムーミン谷」と手書きした小さな表示を見て、その命名の妙に感心したものです。ところがその表示を見たのはその時だけで、その後なくなってしまって残念に思っていました。
 5、6年前にたまたま泊まった民宿の主人にそのことを話すと、なんとそこのお子さんが小さいときに設置したとのこと。しかし国立公園内だからとかで、すぐに外さざるを得なかったとのことでした。
 味気ないお役所仕事ですが、トムラウシの私が迷った場所のように一部の地図では分岐点になっているような所には道標を設置してほしいものです。管轄は違いますが。
 時刻はもう1時頃だったと思います。インターネットによると、たいていの人が源頭部からこの地点まで1、5時間弱で登っています。私は3時間近くかかったようですから、リュックの重さだけでなく、大したことはないと思っていた膝の違和感も影響していたようです。
 若者はもうトムラウシを往復してきたのでしょう。二言、三言言葉を交わした後、まだ先は長いですよの言葉に見送られ、谷から出て、トムラウシ方面へ向かいます。
 
*連載の読み物のように、1日1ページずつ読んでいただくのが私の希望です。
 
  
  
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