失敗山日記 V−3 |
ビバーク、ヒグマ、幻聴幻視、ビバーク、・・・ |
in トムラウシ(大雪山系,2000年7月) 掲載 2003年9月 |
by 山へ行っちゃあいけない男(登山不適格者?) |
その4 |
周りをそれとなく窺います。襲ってくる可能性のある獣と遭遇したとき、私は直感的に、相手をあまり観察しない―-相手に興味がないように振舞う―-という行動に出るようです。 静止して相手から目を離さないとか、体を大きく見せるとか、対処法はいろいろと言われています。しかしまず初めに取るべき行動は、私の直感のように、相手に興味がないことを表すように、無視することのように思えるのですが、いかがなものでしょうか。弱気な話ではありますが。 幸い近くに羆の姿は見えません。足跡の観察もそこそこにして後戻りします。そばには居ないにしても、どこかから見られているかも知れないという恐怖があります。足跡の去っていた方向は覚えていません。と言うより、確かめることもしなかったのではないでしょうか。 しかし、このとき足跡を撮影しなかったことは今もって悔やまれます。普段はすぐに取り出せるようウェストバッグに入れてあるビデオは、リュックの中だったのでしょう。ウェストバッグには熊スプレーを入れていたはずですから。あの場でリュックを下ろしてゴソゴソ探す余裕はなかったようです。 数歩戻ると、足元に昨日見た焚き火跡があります。それまで死角になっていたのか、気付かないでいました。焚き火跡は踏み跡(登山道?)の上にあります。期せずして昨日歩いて来た踏み跡に行き着いたのです。熊さんの霊験あらたかなりと言うべきでしょうか。 この、雪渓の右側に沿ってついている踏み跡を進むことにします。踏み跡は例の足跡群の右側を、ガレ場へと続いています。 歩きながら焚き火跡に思いを馳(は)せます。羆の足跡が先だったのか、焚き火が先だったのか? 焚き火をした人は羆の姿を見ていたのか? 羆は焚き火跡に食い物の匂いを感じてやって来たのか? 昨日ピークに向かっていた人の行動は、羆から離れるためのものではなかったのか? いやそれよりも、あの足跡は私の出現に起因するものだったのではなかろうか? ガレ場の手前で、右の尾根に向かう踏み跡が現われました。昨日はガレ場から降りて来たはずですが、この踏み跡は、よく見るとけっこう踏まれています。当面のガレ場をまくだけの道なのか、直接トムラウシ方面へ向かう踏み跡なのかは分かりませんが、魅力はあります。地図にはない道ですが、進んでみることにしました。 数分で尾根に出ました。そしてすぐに雪渓に出て、踏み跡は途絶えました。平らな広い雪渓で、日当たりの良さそうな広い尾根にあるのが何とも不思議です。 雪渓上(?)には潅木の茂った島(?)がいくつか見えます。何れかの島に踏み跡を探すべきですが、すぐには見つからない可能性があります。それにときどきガスが出るので、雪渓に慣れていない私には自信もありません。 また、周りはあちこちにピークのある、変化に富んだ地形です。眺めとしては素敵なのですが、初めての場所なので、この先の見当はつきません。地図にない踏み跡を進んだところで、地図にある道に行き着く保証はありません。 さらに、この辺りは羆の過ごし易そうな場所のように感じられますし、彼等が身を潜めるのにも適しています。曇り空のもとでは少々不気味な風景です。先程の足跡への恐れと、昨日のしつこ過ぎた前進への反省から、あっさり諦めて、昨日通ったガレ場を進むことにしました。 ところが尾根から戻る途中で、先程の源頭部に動くものがあります。少し距離があってはっきり見えませんが、羆とは違い、カラフルなものです。動くカラフルなものといえば人間でしょう。予期せぬ”人間”の出現です。この時の私の嬉しかったこと。今いる場所の情報が得られることでしょう。 リュックを降ろし、ビデオを取り出してこちらに来るのを待つことにします。ズームで見ると、源頭部の先の方にいくつかの池塘のある湿原が見えました。ひょっとしたら憧れの『神々の庭』の一部ではなかろうかと、気になります。 先程の人がこちらに向かって歩き出しました。ビデオに記憶された時刻は10時過ぎでした。彼がガレ場に向かうかも知れないので、私は先程登って来た分岐まで降ります。間もなく彼も私の存在に気付きました。彼にも私の出現が意外だったようです。 声をかけると、感じのいい若者です。沢を登って来たとのこと。トムラウシへ向かうようです。1人で羆の巣のような沢を登って来た、恐いもの知らずの若さ(無謀さ?)に羨ましさを感じました。そして、この沢が沢登りのコースらしいと初めて知りました。 例の羆の足跡に話を向けると、気付いていなかったそうで、ヘェーと驚いていました。 下流に見える湿原のことを尋ねると、『神々の庭』ではないでしょうとのこと。しかし彼の答えぶりから『神々の庭』もそう遠くではなさそうです。神々=カムイ=羆でしょうから、『神々の庭』自体に立とうとは思わぬものの、1度は上から鳥瞰したい場所です。【鳥瞰できる登山道(近辺)があるのなら、是非教えていただきたいものです。】 世の中は広いもの。私のように、地図から『神々の庭』に惹かれている人も必ずいることでしょう。「机上登山」(博品社刊)の石丸震哉さんもそのようですし。 昨日ピークを登っていた人間が幻でないのなら、『神々の庭』をピークから眺めようと思っての行動のように思えてなりませんが、あのピークが地図上のどのピークだったのかは、未だに特定できていません。登山者を見た場所がはっきりしないので、ピーク候補が2つあるのです。 若者に尾根上の道のことを話すと、トムラウシへの縦走路に続いているとのこと。 「雪渓で分断されちゃってるんですね。」 と言いながらも、そちらに進む様子です。彼は昨日私の通って来たガレ場は通ったことがないようです。 私も彼に付いて尾根上の道を行くのが最良でしょうが、いつもの非論理的な思い込み―-長くなるので触れませんが―-から、彼が急いでいるように感じていたので、付いていくのは止めにました。彼は若い上に比較的軽装なので、重いリュックの私が彼と同じペースで歩くのは難しそうです。足手まといになりたくはありませんから。それに、昨日道を間違えた地点も確かめておかないと後味が悪いですし。 彼と別れ、気は進まないながら、ガレ場を登ることになりました。彼の 「迷った場所はすぐに分かりますよ。大抵は『なあんだ』というような場所で間 違えているものですよ。」の言葉に、少しだけ元気を得て。 もう10時半頃でした。 |
*連載の読み物のように、1回1ページずつ読んでいただくのが私の希望です。 |
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