失敗山日記 U−
      獣の足跡、砕かれた立て札
in 岩手県栗木ヶ原、1996731
 by 山へ行っちゃあいけない男(登山不適格者?)
 
その3

 目の悪い私には、大きな白い動物が何かはすぐには分かりませんが、日本の山に白熊《脚注》がいるはずもありませんから、熊でなかったことにまず一安心。
「山羊か? でもこんな所で山羊を飼うはずもないし。」
と思った直後、山羊よりも背の高いその動物がこちらに動き出しました。
 私の体は一瞬硬直しましたが、あっという間に白い動物は近づきます。と同時に動物の向こうに人の姿が見え、その動物に声をかけました。
 やっと分かりました。その動物が、あまり見たことのない種類の洋犬だと。それにしても背の高い犬です。犬だと分かると、ビクビクしていた自分が情けなくなりました。 

 犬の飼い主は自然保護団体の男で、どこかの林道の調査に来て、そのついでにこの湿原に立ち寄ったとのこと。湿原の向こうの藪を指して、
「筍(タケノコ)掘りの連中が残していったゴミだらけですよ。」
と憤慨していました。
 確かに山が荒らされる大きな原因に、山菜採りの根こそぎの盗掘やゴミ捨てがあるのです。

 飼い主の
「家族連れに会ったでしょう。」
の言葉で、子どもの声がその家族連れのものとわかりました。
 彼らは、去年私が往路に使った遠回りの路を往復していたようです。ヤマカガシのいた場所より先の林道から入り、ボロボロになっていた立て札の辺りに通ずる路です。子どもの靴跡がなかったのもうなずけます。
 家族連れが来れるようになったということは、訪れる人が増え、湿原にとって致命的な乾燥が進むことになるでしょう。勿論私も招かれざる客の1人ですが。

 それはそれとして、自然保護を口にする男が犬を高層湿原に連れて来るのは皮肉です。犬はそこら中に用を足しながら動き回り、人間の何倍も湿原を荒らすことが確実なのに。
 とは言え、山でゴミは捨てないものの、ゴミ拾いなどのボランティア活動に冷淡な私よりは彼のほうがはるかに立派です。さらに告白すれば、私はボロボロになった立て札に「立ち入り禁止」の文言が入っていたのを知っていて、進んで来たのですから。
  

                 後日談

 翌年の春、東京で長沢新一氏にお会いすることができました。栗木ヶ原の名付け親で、岩手の山の主のような方です。
 栗木ヶ原でのボロボロになっていた立て札のことを話すと、
「それはカモシカやイノシシではありません。熊の仕業です。熊だって自
 分の縄張りに立て札を建てられたり、筍を根こそぎ採(盗)られたりすれ
 ば、怒りますよ。」
との返事。
 そういえば立て札のすぐ下の斜面は根曲がり竹の群生地です。1回目の訪問のとき、栗木ヶ原から下って来て、左へ曲がるべきところを直進してこの藪に突入してしまったことがあります。そのときこの藪に空き缶などが落ちていましたから、筍の盗掘もあることでしょう。

 今まで2度や3度は熊に見逃してもらったことのあるであろう私ですが、栗木ヶ原行には気が進まなくなり、以後行っていません。人の訪れの似合わない湿原ですし、池塘の配置などの美しさでは千沼ヶ原、高山植物の豊富さでは雨竜沼のほうがはるかに素晴らしいわけですし・・・。

 
 * 白い熊

 月の輪熊にもメラニン色素を作る遺伝子のない白い熊(アルビノ)が

ときどき誕生する。岩手県の早池峰山〜五葉山の一帯でこの20年間
に少なくとも3頭のアルビノが捕獲されているそうです。
< 捕獲例 : 昭和47年遠野市、平成3年住田町など >
「SOS ツキノワグマ」 岩手日報社平成5年刊より
 
*連載の読み物のように、1日1ページずつ読んでいただくのが私の希望です。
 
  
     
御意見・御感想等々、是非お願いします!