失敗山日記 U−
     獣の足跡、砕かれた立て札 
in 岩手県栗木ヶ原、1996731
 by 山へ行っちゃあいけない男(登山不適格者?)
 
その2
 さらにこの動物は、私同様にこの道をたどっているようです。足跡は水のたまり具合からすると今日できたもののようで、狐や狸よりは大分重い生き物のようでもあります。
 子どもの足跡ぐらいのそれを残す生き物というと、何が想像できますか? カモシカは蹄(ヒヅメ)なので違います。その時の私には、猪か熊しか思い当たりません。<脚注>
 こうなると”熊に注意!”の立て札の多い東北の山のこと、私のような何でも熊に結びつけたがる男には、子熊のように思えてきます。もし子熊なら、親熊も近くにいることでしょう。
 それもまだ数時間しか経っていないとすれば、せっかく来たのだが、戻ったほうが無難だなあと思い始めた頃、上の方で人声がします。子どもの声も交じっています。まだ大分距離はありそうですが、私の向かっている方向からです。
 その上、熊かもしれない足跡は、靴跡の上からも付いているのですから、人の後を子熊(?)が追っているかのように思えます。

 こうなると、引き返すのは後味の悪いものです。私が行ったとてどうなるわけでもないでしょうが、なにせ行く手には子どもがいそうなのですから。余程の物好きしか来ないような所に、何でまた子どもなんか連れて登るんだと思いつつ、今まで以上に緊張して登りつづけました。

 湿原まであと 2、30分ぐらいの所に来ました。去年ここには、訪問者のまれな藪道には不釣り合いなほど立派な、真新しい自然保護の立て札がありました。縦50cm、横1m以上あろうかという厚い枚が3枚ほど、太い杭に打ち付けられている頑丈なものでした。
 それが今年は、見るも無残にボロボロに砕かれ、板屑が散らばっています。そのどの切れ端も、ノコギリやナタで割ったような直線的なものではなく、砕かれたか、かじられたようなものです。
 人間の仕業ではないようです。では何者の仕業でしょう。昨日今日の切り口ではないのが幸いですが。

 ここからがいよいよ湿原までの最後の斜面です。この登りは、雨が降れば小さな流れになるような路です。地面の岩や石も相当に苔むしていて、よい色なのですが、ほとんど人の通らない証拠でもあり、淋しさや不安をかきたてます。
 周りが藪で見通しがきかないのは今まで同様ですから、すぐ横に何かが潜んでいても不思議はありません。例の足跡が見られなくなったのはうれしいのですが、足跡がつきにくい地面でもあるのです。
 すぐ上が湿原という所で、再び例の足跡がありました。とはいえ、ここまで来たのです。意を決して湿原への最後の数歩を登ります。登りながら、湿原の上の白い大きな動物の姿が目に入りました。

* 猪・・・東北北部と北海道など、多雪地帯には生育していないとのこと

 
*連載の読み物のように、1日1ページずつ読んでいただくのが私の希望です。
 
          
   
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