PROMISE
〜あるいは執政家の悪習〜
oh God,that's a difficult matter!




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 ミナス・ティリスの白い塔の地下に、ローハンの王子と執政家の長子はいた。
中つ国の伝承に関心があるセオドレドが、ゴンドールが保持している貴重な書物を見せて欲しいとボロミアに申し出ると、相手はどこからか鍵を持ち出してきて「父上には内緒ですよ」と言いながら古文書保管室に入れてくれたのだった。

 部屋の中は雑然として、書庫というよりは物置小屋の様相を呈していた。
セオドレドは門外不出の文書がガラクタと一緒に無造作に積み上げられているのを見て驚き、ひとつひとつホコリを払って確かめていた。
ボロミアのほうは奥にあるものを取り出したいのか、床に這って文書の山の間に手を伸ばしてあれこれひっかきまわしている。
セオドレドはボロミアの尻を撫で回しては「いや〜ん」と声を上げさせたりしてふざけていたのだが、ふと、古い紙ばさみの間に小さな肖像画が挟まれているのを見つけたのだった。

 絵のモデルは少女だった。
13,4歳と思われる美少女が豪華なドレスを身につけて微笑んでいる。
金髪の、やや切れ長の緑の瞳を持つ少女は、目の前の執政家の長子によく似ていた。
てゆうか「これ、きみじゃないの?」とセオドレドが肖像を相手に示すと、振り向いて絵を見たボロミアがうなづいた。
「確かにこれはわたしです。よくお分かりになりましたなあ」
「だってきみの顔だもの。それに、ゴンドールでは男の子にドレスを着せる習慣があることなら、知ってるよ」
「そうです。闇をあざむくという魔除けの意味があるようです」

 それを聞いたセオドレドは小さな声でつぶやいた。
「闇をあざむく、か・・・騙されるのはサウロンだけとは限らないけど」
セオドレドの声は相手には聞こえなかったらしい。
ボロミアはすぐにまた書類の間に顔を突っ込んで、作業の続きをしはじめた。
−−まったく、ゴンドールにそんな習慣がなければ、わたしはあんな妙なことにならなかったのだが・・・。と、ローハンの王子はドレス姿のボロミアの肖像を見ながら、あの遠い春の日に従弟と交わした約束のことを思い出していた。



 騎士国の国王セオデンの妹、セオドレドにとっては叔母にあたるセオドウィンが亡くなる半年ほど前のことである。
セオドレドはまだ二十歳をいくつか越えたばかりだった。
かれはその年の春、叔母とその子どもたちをエドラスに引き取るために、東谷のエオムンドの館に出向くことになった。
勇敢な軍団長であった叔母の夫エオムンドは、その数ヶ月前にオークの急襲にあって戦死していた。
館では主人亡き後もエオムンドのエオレドが未亡人と遺児たちを守って暮らしていたが、セオドウィンの体調が衰えてきたため、一旦エドラスの王宮で治療をほどこしたほうがよいとセオデンが判断したのである。

「叔母上、ご気分はいかがですか」
東谷に到着したセオドレドが叔母の病室に入っていくと、寝台に横たわったセオドウィンは白い顔を向けて微笑んだ。
「まあ、セオドレド殿下・・・よくいらしてくださったわね。すっかり立派な貴公子におなりだこと」
そう嬉しそうに言いながらのばされた手がひどくやせ細っているのを、王子は気がかりな思いで見つめた。

 そのまま叔母と甥はそれぞれの近況や、エドラスに移り住むための準備などについて話を交わした。
が、ふいにセオドウィンが思いつめた顔になって、セオドレドに言ったのである。
「ね、セオドレド。あなたはどなたか約束を交わしたお相手がおありになるの?」
「約束・・・結婚のですか?いえ、べつにそういう相手はいないようですが」
セオドレドの答えを聞いた叔母は、王子の手をとって握った。
そして「まあそうなの。よかったわ・・・では、是非わたくしの娘をもらっていただけないかしら」と言い出したのである。

「叔母上の娘を、ですか」
王子が面食らっていると、セオドウィンは熱心な口調で言い募った。
「ええ。わたくしが言うのもなんだけど、いずれかなり美しい娘になると思うのよ。いまのところローハンには、世継ぎの王子に釣合う身分の高い令嬢はこれといって見当たらないし。いとこ同士なら血筋的にも問題ないでしょう?娘のエオウィンはあなたにぴったりだと思うの」
「いや・・・でも、従妹はまだほんの子どもでは・・・それにかなり年が離れているし・・・」
「女の子の成長はあっという間よ、セオドレド。それに、ゴンドールのデネソール候とフィンドゥイラス姫は確か30歳近くお年が離れていたはず。それに比べたら、あなたとエオウィンはたいして年齢差があるとはいえないわ」

 まだ見たことのない幼い従妹との結婚を薦められて、セオドレドは戸惑った。
「急にこんな話をしてごめんなさいね、セオドレド。でもわたくしは娘の行く末を見守ることは出来そうにないようなの。ですからわたくしが死んだあとに、安心してあの子をまかせられる相手をどうしても見つけておきたいのです。あなたがエオウィンと婚約してくれるなら、わたくしは安心して夫の元へ旅立つことが出来るのですよ」
「そんな、お気の弱いことを。エドラスでいい医者にかかればすぐに良くおなりになりますよ」
「いいえ、わたくしには夫が呼んでいるのがわかるの。とても寂しがりやの人だったから・・・」

 叔母の細い手を握り返しながら、セオドレドは今は亡きエオムンドのことを思い出そうとした。
(義叔父上が寂しがりや・・・?そんなお人柄ではなかったような)
セオドレドがこの前に東谷を訪れてエオムンドと親しく話を交わしたのは、もう十年以上前のことになる。
エオムンドとセオドウィンは結婚したばかりで、まだ子供はいなかった。

 年若い世継ぎの王子を歓迎しようと、エオムンドは見事な野生の鹿を仕留めて夕食に供したのだった。
大きな鹿が目の前で解体され、血と内臓を抜かれるさまを見て、普段ゴンドール風の気取った宮廷生活を送っているセオドレドは驚いて椅子の上で固まっていた。
大きな焼肉をさしだされても、胸が詰まったようになっていてあまり食が進まない。
その様子を見たエオムンドは、「どうなされた、王子!そんなにゆっくり食っていたら口の中でクソになっちまうぞ!」と言ってガッハハハハと豪快に笑うのだった。

 想像力豊かなセオドレドはよけいに食欲をなくしてしまった。
そしてこのような夫をどう思っているのだろう−−とセオドウィンのほうを窺がい見た。
すると叔母は「おほほほほ」と一緒に楽しそうな笑い声を上げていたのである。
(叔母上は、実は、なんというかマニアなところがおありになるのだな・・・)
そっとため息をついた少年セオドレドであった。

 それからほどなくして、二人の間には子供が生まれたはずだ。
−−わたしに嫁がせようというのはその娘のことだろうな・・・あれ、最初の子は男の子だったかな・・・?
セオドレドが考えていると、叔母は突然「ボロミアさまはどうかしら」と言い出した。
「えっ?ボロミアって、ゴンドール執政家のですか?」
「ええ。あなたが無理なら、あちらはどうかと思って。確かあなたと同じくらいのお年よね?まだご婚礼の話は聞かないけれど、お相手はおありなのかしら」
「さあ・・・」

 どうやら、自分の命が残り少ないと思い込んだセオドウィンは、セオドレドに限らずとにかくセレブな男に娘を嫁がせたいと執念を燃やしているらしい。
かねてよりボロミアと親しくしている王子は、執政家の跡継ぎが勇猛な戦士であるにも関わらず、あっちの方ではバリネコなことを知っているので「どうでしょう−−ゴンドールの場合は周辺に大公家が存在していますし、妙齢の令嬢も何人かいらっしゃるのではないですか。それに、ローハンと執政家の縁組、ということになると色々微妙な問題も出て来ますし・・・」と叔母に言った。

 それを聞いたセオドウィンは、「そうね。ではやはりわたくしが頼れるのは貴方しかいないわ、セオドレド。本当にいいお話だと思うのよ。ぜひ前向きに考えていただきたいの」
と縋るように甥を見て言った。
(おっと、またこっちに矛先が向いてきた)
セオドレドは「考えておきますよ」とだけ言って、病室をほうほうのていで逃げ出したのだった。

 翌日の東谷は、朝からセオドウィン親子のエドラス行きの準備に追われていた。
忙しく荷物をまとめるエオレドたちの様子を見て、手伝おうとするのはかえって邪魔だなと判断したセオドレドは、愛馬を乗り出して近辺を走ることにした。
エドラスより起伏の激しい荒野を駆けていると、やがて王子はすこし離れたところにもう一騎の騎影があるのを見つけた。
乗り手はかなり小さな姿で、まだ子供のようだった。
だが乗馬は巧みで、バランスがとれている。
セオドレドは馬首の向きを変えるとその小さな騎手の元に駆けていった。

 そばで見ると、手綱を握っているのはまだ幼い少女だった。馬は乗り手に不釣合いな強壮な駿馬である。
少女は乗馬には不向きと思われるドレスを身にまとっていた。
セオドレドはかなり豪華なレースが使われた、その服に見覚えがあった。
若い頃のセオドウィンが好んで着ていた、ゴンドールからとりよせたドレスにそっくりだった。
子供用に作り直してあるが、光沢のある布地と繊細なレースはそのままである。

 近づいていく王子を、少女は驚いてじっと見つめていた。
女らしいドレスに不似合いなくらい日に焼けて、長い金髪はくしゃくしゃだったが、その顔にはセオドウィンの面影があった。
ははあ、これが従妹のエオウィンだな。とセオドレドは合点した。
−−だけど、もうすこし年下かと思っていたが・・・?
疑問も湧いたが、普段セオドレドは子供に接する機会がない。
だからわたしには小さな子の年齢がよく判らないんだな、とかれは考えた。

 セオドレドは「やあ、エオウィン!こんなところまで一人で来たの?」とほがらかに声をかけた。
すると少女は大きな瞳でかれをにらんで、「なんだおまえ!だれだおまえ!」と甲高い声で叫んだのだった。
「えーと、きみ、エオウィンだろう?」
王子が問うと、相手は「ちがう!」と怒った顔で答えた。
−−でも、どう考えても叔母上の娘だよな。それにしてもあまり女の子らしくないなあ、と思いながらセオドレドが「わたしはセオドレド。きみの従兄だよ」と告げると、少女は「イトコ・・・?」と不思議そうに首をかしげた。

「そう。きみの母上とわたしの父が兄妹なんだ。わかるかな」
セオドレドが説明しても、少女はちゃんと相手の言葉を聞く気などないらしく王子の顔をじろじろ見ていた。
だがセオドレドの乗り馬に目を移すと、急に瞳を見開いた。
「おまえ、いい馬に乗ってるな!そんないい馬は見たことないぞ。だけど、おれの馬のほうが絶対いいに決まってる。勝負だ!」
そう叫ぶなり、少女は馬の腹を蹴って走り出した。
あわててセオドレドもそのあとを追う。

(これは相当なおてんばだ)
セオドレドの愛馬は名馬フェラロフの血統種である。
程なくして王子は少女に追いついた。
エオウィンはそれに気づいてギョッとなり、次に唇を引き結ぶとさらに鞭をいれて馬を飛ばした。
馬を競り競わせていた二人の前に、やがて人の背丈ほどの潅木の繁みがあらわれた。
エオウィンはそこを避けて馬を進めたが、王子は鋭い掛声とともに繁みを飛び越えてみせた。
少女は目を丸くしてかれを見た。

 馬の歩調を緩めてセオドレドのそばに寄ってきた少女が「おまえ、うまいな。それにその馬はおれのよりいいみたいだ。おれの馬は父上からもらったやつなのに・・・」と悔しそうに言った。
「きみの父上はエオムンド殿だろう?」
「そうだ、父上を知ってるのか?」
「もちろん。とても勇敢な騎士だった」
セオドレドがそう言うと、少女は初めて顔いっぱいに笑みを浮かべてにっこりと笑った。

(お。可愛いな)
多少日焼けしすぎているが、よく見ると顔立ちは整ってとくに勝気そうな大きな瞳が印象的だ。
金糸の髪はゴージャスに輝いているし、これは将来パッと人目を引くあでやかな美女になりそうだ・・・と王子は想像をめぐらせた。
すると相手は「おまえ、そこで見てろ!」と言って急に馬を駆りたてた。
そして少し離れたところにある、大きな木に向かって走って行った。
少女は「やあ!」と叫び声を上げ、大きく張り出した枝の一本に走り抜けざま飛びついて、そのまま逆上がりをして見せたのである。

「猿みたい・・・」と思いつつ「すごいすごい」とセオドレドは拍手した。
「おまえはこれ出来るか?!」
問われた王子が「いや、出来ないよ」と答えると、少女は「そうか、出来ないのか!」と満足そうにうなづくのだった。
そのまま枝にぶら下がってぶらぶらしていたエオウィンのもとに、走り去っていった馬が反転して戻ってきた。そしてちゃんと少女の足の位置に来て止まった。
すとんと馬の背に座ったエオウィンは、「これからおれがあちこち案内してやる」と言ってセオドレドを促した。

 王子とその従妹は、日が暮れるまで馬を駆けさせて楽しんだ。
少女がかれの前を走りたがるので、セオドレドは自分の愛馬を抑えて相手の先導に任せることにした。
すると少女はときどき振り返ってセオドレドの位置を確認したり、岩場の裂け目を教えてくれたりといった気遣いを見せた。
まだ幼いのに、思いやりとリーダーシップがあるな、とセオドレドは感心した。
「きみは今幾つ?」と尋ねると、相手は「10」と答えた。
−−じゃあわたしが33のときにこの娘は20歳か・・・悪くないかも・・・と王子は考えた。

 そしてだいぶ仲良くなってきたかな、と思ってかれが「エオウィン」と名前を呼んでみると、何故か相手は頑強に「ちがう」と言い張るのだった。
自分の名を呼ばれるのが嫌いなのかな?子供の考えることはよく分からないな、とセオドレドは思った。
やがて夕陽が山の端にかかって、冷たい風がでてきたので、二人はエオムンドの館に帰ることにした。
そして明日も一緒に遠乗りに出かける約束をした。

 部屋着に着替えたあとで、セオドレドは叔母の病室をたずねた。
「今日エオウィンに会いましたよ。元気な娘ですね。それに可愛いし」
それを聞いたセオドウィンは喜んで身体を起こした。
「あら、娘を気に入ってくださったの、セオドレド?エオウィンは遊びつかれてもう寝てしまったのだけど、起こしてきたほうがいいかしらね」
「いや、いいですよ。明日また会えるし」
そう言うと王子は「それで、例の、彼女をわたしの妻にどうかというお話ですが−−ええと・・・前向きに考えてもいいと思ってるんですよ」と叔母に告げたのだった。

「何ですって・・・本当なのセオドレド」
セオドウィンの瞳が喜びに見開かれる。
「まああ、わたくしの娘がローハン王妃に・・・!」と彼女はうっとりして言った。
「先のことはわかりませんから、あまり期待されても困りますよ。あっちに好きな男が出来るかもしれないし」
「何を言うのセオドレド、貴方より素敵な殿方なんているはずがないわ。本当に嬉しいわ・・・わたくしはこれでもう心残りがなくなりました」
叔母はそう言いながら手を揉み絞って涙ぐんでいる。
「またそんな、お気の弱いことを。叔母上にはぜひエオウィンの花嫁姿を見ていただかなくては」と王子は力づけるように微笑んで言った。

 次の日も、セオドレドは少女とともに乗馬を楽しもうと愛馬を引き出した。
草原で待っていた相手のそばに駆け寄ると、かれは「おはよう」といって轡を並べた。
すると相手は気まずそうにもじもじしながら、「おはようございます、セオドレドさま」と言うのだった。
「どうしたの?いきなりあらたまって」と王子が尋ねる。
「今朝、母上が言っていた。セオドレドさまは父上よりも偉いんだって・・・。おれ、父上より偉い人がいるなんて知らなかったんだ。おまえ、じゃないセオドレドさまはあんまり強そうじゃないし・・・でも言葉づかいに気をつけなさいと母上に言われたから・・・」
なんとなく困った様子の相手に、セオドレドは微笑みかけた。
「わたしのことなら呼び捨てでいいんだよ。それにまたおまえって呼んで欲しいな。母上が言われたことは気にしなくていいよ、きみの父上はわたしよりずっと立派な人だったんだから」
王子の言葉に、エオウィンは「そうなの?」と言って瞳を輝かせた。

「おまえの馬はほんとにいい馬だなあ」としきりに少女が言うので、二人は乗り馬を交換することにした。
少女は喜んでいいなあこれ、と何度も馬の首を撫でていた。
太陽の下で駿馬を操る少女は、きらきらと輝いていた。
その姿を見ながら、この娘はすごい美人になるな・・・とセオドレドは思い、相手をじっと見つめているうちに完全に「嫁にもらおう」という気になったのだった。

 やがて疲れて汗をかいた二人は、林の木陰で休むことにした。
木の根方に腰を下ろしたセオドレドが「わたしの馬が気に入ったみたいだね」と尋ねると、「うん!」とエオウィンがうなづいた。
「わたしはこの馬の兄弟馬も持っているから、きみがエドラスに来たらその馬をあげるよ」
そう言うと、少女は大喜びしてきゃっきゃっとそこらを飛び跳ねた。
「ねえ、そのかわり・・・」とびきり優しそうな笑みを浮かべて、従妹の視線を捕らえながら王子は言った。
「わたしと結婚してくれる?」
それを聞いた少女は可愛い顔をしかめた。
そして「結婚しない」と無常に言った。

「ど、どうして」
セオドレドは相手が子供であることも忘れて、本気で焦りの声を上げた。
−−もしや、すでに好きな男がいるのだろうか。たしかに10歳ともなれば、もう初恋の相手がいてもおかしくないし・・・。
思い惑いながら尋ねると、少女は真面目な顔で「おれは母上と結婚するんだ」と答えたのだった。
それを聞いたセオドレドは安堵のあまり笑い出した。

「ああ、そうなの。でもねえ、きみは母上とは結婚できないよ」と王子が言うと、従妹は怒って頬を膨らませた。
「なんでだ」
「そのうち、きみにも正しい結婚制度が理解できるようになるだろうけどね−−あのね、きみの母上にふさわしいのは、エオムンド殿だけだからだよ。きみだって父上にはかなわないだろう?」
「うーん・・・父上にはかなわない・・・」と少女が難しい顔になる。
「だから母上とは無理だから、わたしと結婚すればいいんだよ。そうしたら、ローハンで一番いい馬がみんなきみのものになるんだから」と強引に話をまとめるセオドレドだった。
「じゃ、セオドレドと結婚するよ」と少女は言った。

 よっしゃ!と思いながら「約束だよ」と囁くと、セオドレドは従妹のさくらんぼのような唇に素早くキスした。
少女がパッチリした目を見開いてかれを見、「母上以外の人とちゅうしたのは初めてだ」と言った。
「それは光栄だね」といいながらもう一度キス。
相手が別に嫌がる様子もなく、されるがままになっているので王子は大胆になった。
細い肩に腕を回して抱き寄せると、顔を傾けて唇を密着させて舌を滑り込ませる。
「なにするの?」と顔を引こうとするのを、優しく髪を撫でてなだめながら、かれは少女の歯を舌でなぞった。
そしていつのまにか両腕でがっちり包むように従妹の身体を抱きしめながら、その柔らかな下唇をはさんで刺激したり、そっと吸ったりする甘いキスを繰り返した。

 初めての経験にぽーっとなったエオウィンは、王子に抱かれて大人しくしている。
そして「セオドレドとちゅうするのは楽しいな・・・」とうっとりとつぶやいた。
いつしか、二人のくちづけは舌をからめてむさぼる激しいキスに発展していた。
セオドレドは少女の唇を夢中で味わいながら、すっかりそれ以上のこともする気になってしまっていた。
−−だが10歳はまずいかな・・・。
華奢な手足や細いウエストの感触に、セオドレドは躊躇した。
せめて13、4になっていれば、そのまま無理にでも自分のものにしてしまうだろうが、さすがにまだ幼すぎる。
だがもうこの娘は自分のものだ、という傲慢な独占欲を抱いている王子は、そっと少女のスカートの中に手を入れたのだった。ま、指で楽しむくらいならいいだろう・・・とかれは思った。(こらこら)

 王子に太腿をなで上げられると、従妹はくすぐったがってキャアキャアいいながら身体をよじった。
「セオドレド、何するんだよう」
声を上げる相手の耳元に、「じっとしておいで、いいことをしてあげるから・・・」と息を吹き込むと、セオドレドはスカートを腰の辺りまでめくり上げた。
まだ日に焼けていない白い素肌がむきだしになる。
「やだ、はずかしいよ」
と言うエオウィンの口を唇で封じながら、セオドレドはゆっくりと腿を手のひらで撫でさすった。
そして次に、少女の下着の中に指を差し入れた。

「−−・・・・・・???」
なにやら、予想していたのと違う感触にセオドレドの頭の中は?マークでいっぱいになった。
そしてかれは強引に従妹の下着を引きおろした。
すると何故か、エオウィンのそこには可愛らしいお花のツボミのような物がくっついていたのである。

「おおおおお叔母上ぇぇーーーーーーーッ?!」
ベッドに半身を起こして、おつきの侍女たちと午後のお茶を楽しんでいたセオドウィンは、血相変えて駆け込んできた甥の姿に驚いた。
「どうなさったの、セオドレド?」
汗びっしょりになって走ってきたセオドレドは、叔母のやつれた顔を見てぐっと言葉を飲み込んだ。
−−もしや叔母は、夫が死んだ悲しみのあまり、少々オツムの具合が悪くなってしまったのではなかろうか。とかれは思った。
でなければ、自分の息子を女の子だと思いこんで育てるなんて、妙なことをするはずがないではないか。

 などと思い悩みつつ、「あのー・・・エオウィンのことなんですが・・・」と王子は話を切り出した。
セオドウィンが不思議そうに甥の顔を見る。
「エオウィンならそこにいるけれど、どうかして?」
「えっ?」
王子がセオドウィンの視線の先をたどると、椅子に腰掛けた若い侍女の腕に、愛らしい女の子が抱かれていた。
プラチナブロンドの巻き毛に青い瞳、天使のような顔立ちはセオドウィンに生き写しである。
そしてその子は少女と言うよりまだ幼女といった年頃だった。

「エオ・・・ウィン?」
「そうですよ?さ、エオウィン、殿下にご挨拶なさい。あなたの未来の旦那さまがいらしたわよ」
侍女が腕に抱いた姫君をセオドレドのほうに押し出すようにすると、天使のような幼女は恥ずかしがっていやいやをした。
−−これがエオウィン?それでは、わたしが今まで従妹だと信じていたあの少女、じゃなくて少年は・・・。
セオドレドが混乱してその場に突っ立っていると、廊下をパタパタと走る足音がして「母上ーー!」と叫びながら元気な姿が走りこんできた。
それは、先刻かれが結婚の約束をした相手だった。

「エオメル、殿下の御前ですよ。そんな大声を出してはいけません。東谷の跡継ぎらしく、礼儀正しくふるまいなさいと言ったでしょう」
セオドウィンが母親らしく相手をしかる。
「エオメル・・・?」
少年はセオドレドのマントをぎゅっと掴むと母親に口を尖らせて言った。
「だっていままでずうっとセオドレドと一緒に遊んでいたんだもん!セオドレドはおれの言葉づかいを怒ったりしなかったよ。急に館に帰るって言っていなくなっちゃったから、追いかけてきたんだ」
「あらそうなの。セオドレド、この子の相手は大変でしょう?元気が良過ぎる子だから。遊んでいただけて良かったわね、エオメル。でも殿下はとてもお忙しい方なのよ。あまり甘えてはいけないわ」
笑いながらたしなめるセオドウィンに、エオメルは頬を膨らませ、「セオドレド、忙しいのか?おれはもっと遊びたいよう」と言って、王子のマントを引っ張った。

 セオドレドの心中はさまざまな思いでわやくちゃになっていた。
だがかれは、今まで見聞きした出来事を整理しようと努めた。
もともと王子は克己心の強い性格である。内心の動揺を顔には出さず、至極平静な表情でかれは叔母に尋ねた。
「ところで叔母上、このエオメルはどうしてスカートをはいているのでしょう」
すると叔母は「魔除けですよ」と答えた。「女の子の格好をさせて育てると、魔に魅入られることもなく強い男の子になると言うでしょう」
それを聞いた王子は「なるほど」とうなづいた。

「わたしは浅学にしてそういった慣わしがあることは、知りませんでした」
「もともとはゴンドールの習慣なのよ。執政家の子弟たちやセオデン兄上もドレスを着て育ったと聞いています。あなたが生まれたときには、お母上のエルフヒルド王妃がお産で亡くなってしまったので、わたくしが母代わりになってレースのお洋服を着せてあげたものよ。覚えてないの?でも、頭の固い近習の騎士たちが、セオドウィン姫は世継ぎの王子をお人形代わりにして遊んでいると、うるさいことをいうから早いうちにやめてしまったのだけど」
「ははあ、そうですか・・・わたしはまったく覚えていませんが。ところでこのエオメルもそろそろこんな服装はやめてもいいんじゃないですかね。充分元気に成長してるようですし」

 セオドレドの提案に、叔母は「ええそうね。だけど、このエオメルはわたくしの若い頃のドレスがよく似合って、とっても可愛いんですもの!ずっと着せておきたいわ」
などと言っておほほほほ、と笑い声を上げるのだった。
「確かに似合っていますが・・・」
つぶやくセオドレドに、ドレス姿のエオメルが抱きついて「ねえセオドレド、遊んでよ〜〜!」といいながらかれをゆさぶった。

 その翌日、セオドウィンの一行はエドラスに向かって出立した。
そして数日かけて黄金館に到着したのだった。
その道中、まだ心の動揺が収まらないでいたセオドレドは「忙しいからまたね」と言っては、出来るだけ従弟を避けるようにしていた。
例の結婚云々の話については、何せ相手は子供なんだから、このままうやむやにしてしまおうと思った。

 だが、すっかり王子になついてしまったエオメルは「セオドレド〜セオドレド〜」とかれにつきまとっては甘えるのだった。
そして人前でも平気で「セオドレド、ちゅうしろ〜」などと要求して、王子に冷や汗をかかせた。
周りの人々は微笑ましい光景だと笑って見ていたが、王子はそのたびに「し、心臓がいたい・・・!」と苦しげに胸を押さえるのだった。


続くじょ

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