*1

 エオメルはエクセリオンの白い塔を見上げた。
白亜の壁が陽光を反射して輝き、ロヒアリムの目を射る。
リダーマークの第三軍団長は数日前からミナス・ティリスに滞在していた。
かれが管轄する東の国境の警備について話し合うためである。
ローハン王家の血縁であり、世継ぎの王子の側近でもあるエオメルは、セオドレドに命じられて外交の場に出かけることが多くなっている。

 大国ゴンドールとの折衝を任されるのは重い責務だが、かれは執政の長子に崇拝といっていい好意を抱いていた。
ボロミアと語る機会を与えられるのが何より嬉しい。
今回も、軍議は済んだのになんとなく都に居残っているエオメルだった。
ボロミアは話し合いの途中で領地の見回りに出かけてしまっていた。
かれは、もう一度だけ憧れのゴンドーリアンの顔を見てから帰国しよう、と思ったのである。



 ロヒアリムは塔の中に足を踏み入れた。中はひんやりとして薄暗い。
ミナス・ティリスについてすぐ、エオメルはボロミアと二人で塔に上っていた。
執政の跡継ぎは白い塔の長官でもあるので、中を案内してくれたのだ。
−−お連れできるのはここまで・・・この先は、行ってはいけないのです。そう告げたボロミアの、魅惑的な笑顔がエオメルの脳裏によみがえる。
そして帰り際、曲がりくねった階段の途中で口づけを交わしたのだった。
それは二人だけの秘密である・・・。
ロヒアリムは頬を赤くした。
甘い記憶をたどろうと、かれは階段を上がっていった。

 塔の上部はひらけたホールになっている。
いくつか窓がくり抜かれて、展望台の仕様である。
その奥に飾りが施されて壁に擬せられ、普段は目立たない扉があった。
ボロミアとともに訪れたときには閉ざされていたそこは、いまは少しだけ開いていた。
まるで誘うように。
(この扉は)
エオメルは躊躇した。
ボロミアが注意したとおり、無断で入ってはいけない場所なのだろう。
(でも開いている・・・)

 かれは信義に厚くごく真面目な性格であるのに−−そのときなぜか、強烈な好奇心に捕らえられた。
そっと扉に手をかけて押し開く。
人の気配はない。覗くと中に短い階段があった。
それを上ると塔の最上階の部屋に出た。
シンプルな家具がいくつか置いてあるだけの、質素な部屋だった。
ただ円形の部屋の中央にテーブルが設えられ、その上に、布をかけられた何か丸い物があるのが目を引いた。

 あれを見たい、とエオメルは思った。
どうしても見たい。
見なくてはならない。とかれは思った。
急き立てられるようにロヒアリムは布の端を手に取っていた。
一気に引っ張る。
中からあらわれたのは不思議に光り輝く宝玉だった。
「美しい」
思わず呟きながら玉を覗き込む。

 するとそれは生き物のように脈動し、ぐるりとまぶたを動かしてかれを見返した−−ような気がした。
「あっ・・・」
全身に戦慄が走る。
玉から視線を外せないままエオメルが一歩後ずさったとき。
「何をしておる!」
激しく肩を殴打されてかれはよろけた。

 振り向くと杖を振りかざしたゴンドールの執政その人が、火を噴く眼光で立っていた。
「た、大候閣下−−!」
「貴様はローハンの者だな。この下郎めが、わしの部屋で何を嗅ぎまわるつもりだ」
「ではここは閣下の・・・あッ」
再度、激烈に杖で打たれてロヒアリムは床に膝を突いた。
その頭に、肩に、デネソールが容赦なく杖を打ち下ろす。

「こわっぱめ、執政の部屋に潜り込むとは許しがたい。セオデンに言いつけられて探りに来たのか、それともセオドレドの子倅の方か。誰に頼まれたか言え!」
「い、いいえ、誰にも頼まれてなど・・・うあっ」
エオメルは腕で頭をかばいながら悲鳴を上げた。狂気じみた怒りの声が響く。
「おまえはロスサールナッハとも血続きなはず−−なのにゴンドールに仇を成すか。裏切者め、覚悟するがいい。セオデンも、セオドレドもだ!」
「違います、デネソールさま」
「黙れ」

「お願いですお聞きください」
殴打されるのもかまわずに、エオメルは跪いて執政を仰いだ。
額が切れて血が流れる。
「知らなかったのです、ここがデネソールさまの部屋だとは。ゴンドールを探る気など毛頭ありませんッ」
エオメルは必死に訴えた。

 かれは一介の騎士だが、王の血筋に連なる者であり、ローハンを代表してやってきているのだ。
かれの失態がマークに影響してはならない。
「申し訳ありません、わたしがどれほど不敬なことをしてしまったのか、自分でもよくわからないのです。この不始末は、セオデン陛下とセオドレド殿下には関係ありません。本当でございます!閣下のお怒りが静まるならこの命を投げ出す覚悟です。どうか、わたしの首に免じてお許しくださいますよう・・・」
震えながら言上し、大きな瞳に涙をためて執政を見上げる。

 その様子を見たデネソールは目をすがめた。
ようやく激情が去ったのか、杖を振り下ろすのはやめてロヒアリムを見据える。
「なら、ここで何をしていた」
厳しく問われても、エオメルは答えられなかった。
よくわからないままに、引き寄せられて部屋に入ってしまったのだ。かれはうなだれた。
「塔の素晴らしさに魅かれて上がってきました。上につくと扉が開いているのが見えたのです。・・・何かに呼ばれたような気がして、入ってしまいました。気がついたら、あの布を手にしていて・・・」

「ふん、まるでつじつまがあわん」
「それだけです、本当です」
エオメルはすがるように言った。
デネソールが人を萎縮させる視線でかれを見る。
「これはゴンドールの宝だ。このパランティアを目にしただけで、おまえは死罪に値する」
床に落ちた布を拾い、執政は卓上の宝玉に被せかけながら言った。
「ロヒアリム如きには解らぬ力を秘めたものだ」
「力・・・」
エオメルは玉を見たときの、心を何かに鷲づかみにされるような不可思議な感覚を思った。
だが深くは考えまい、とかれは決めた。恐ろしかったからだ。

「わたしは何も見ておりません。忘れます」
執政は相手をじろりと睨んで呟いた。
「ゴンドールの根幹に迫ったのはおまえがはじめてだ。だが、それを理解する頭もないか・・・」
「お許しいただけますか」
「このような無礼を働いて、無事に済むと思うか」
エオメルは肩を落として答えた。
「はい、なんなりと罰してください。閣下のお望みの通りに」
「殊勝なふりをしおって」
気を落ち着けたデネソールは、かれをじろじろ見下ろした。
この若く素直そうなロヒアリムは、間諜を務めるには機転が足りないタイプに思える。

「確かに本当に我が国を探ろうと思ったら、セオドレドはもう少し頭の回る者をよこすだろう。あの小賢しい王子が、何人かゴンドールの民を抱きこんでいることくらい知っておるわ」
「そ、それは」
外交の暗部を告げられてエオメルはうろたえた。
かれはまだ国同士のかけひきの裏面を把握していない。
「それは、こちらとて同じだが」
デネソールは鼻で笑った。

「どうかお怒りはわが身と引き換えに、静めてください」
エオメルが重ねて頼む。
「おまえごときに何の価値があるというのか。だいたい以前から目障りな馬番だと思っていたのだ。息子のまわりをうろうろしおって、気づかぬとでも思うたか?」
執政はボロミアへの想いをも、見透かしていた。身体が竦む思いをかれは味わった。
「も、申し訳ありません」
「身の程知らずが。わしが馬番に相応しい扱いをしてやる」
デネソールは杖を差しつけて命じた。
「まだおまえを許してはいないぞ。何か隠してないか、服を脱いで見せるがいい」

 狭い部屋の中での、息の詰まりそうな緊張の中、エオメルはデネソールの前で下穿きまで脱いだ。
長いブーツだけになると、ほれぼれするような肢体である。
大柄で均整がとれ引き締まった足がスラリと長い。
裸で跪く相手を、瞳を細めて執政がみつめる。
「何も持っていないようだな」
言いながら足で、たくましい胸を蹴った。
「あっ」
エオメルがよろけて尻餅をつく。

「実に下品な持ち物だ」
デネソールは露出した下半身に目をやった。そして靴底で股間を踏みつけた。
「ーーーーーーーーーッ!」
ロヒアリムの咽喉から声にならない悲鳴が上がった。
「これをぶら下げてボロミアにつきまとっておるのだな。馬番風情がずうずうしい」
痛みにかれは悶絶した。だが押しのけて逃げようとはしなかった。
さらに体重をかけられたが、歯を食いしばって声を押し殺す。

 その自制の強さに執政は少し感心した。
「おとなしいな。それとも、それは演技か。本来ならおまえなぞ口を利いてやろうとも思わんが」
呻吟するロヒアリムに酷薄な声音が告げた。
「少しはわしを愉しませるか。そのくらいの役にはたつだろう」
「あ・・・」
ふいに腰から胸を撫で上げられて、エオメルは思わず声を洩らした。
執政の手がかれの筋肉の流れを確かめながら、皮膚の上を滑っていく。
「若い、張りつめた肌だな。ロヒアリムには独特のしなやかさがある。この感触もしばらく忘れていたが」

 呟くデネソールに、エオメルはかすれた声で呼びかけた。
「た・・・大候閣下・・・」
かれの身体は蛇の前の兎のように竦んでいた。
「生娘のように震えておるな」
老いてはいるが、貴族らしい繊細な指が乳首をつまむ。
「くッ」
ロヒアリムがビクッと体を揺らす。
「ほう、反応がいい」
デネソールはそう言いながら、長い金髪を掴みあげて上向かせた。

 そして先刻かれを打ち据えた杖を、その眼前にかざした。
「執政の杖だ。咥えて舐めろ」
「は、はい」
命じられるままにエオメルは従った。白い杖の上部の飾りの部分を、口に頬張る。
やがて引き出されたそれはかれの唾液で濡れていた。
「では床に這え」
そう言われたロヒアリムの表情がこわばる。相手の意図を悟ったからだ。
「何をしている、はやくしろ」
かれが躊躇っていると執政は苛立った。
そして掴んでいた髪ごと、叩きつけるように乱暴に床に押し伏せさせた。

「尻を上げて、犬のようにはいつくばれ。もっと足も開くがいい」
デネソールが厳しい声で注文する。
要求どおりのポーズをとるエオメルの肌が見る間に紅潮した。
かれの顔も羞恥で真っ赤だった。
誇り高いマークの軍団長は、こんな辱めを味わったことがない。
眉間に皺を刻み、唇をきつく噛み締める。
その様子を執政がせせら笑う。
「下賎な馬の司でも、恥の感情があるようだ。だが、おまえは自分の性情を理解しておらん」

 その言葉の意味がよくわからずかれはデネソールを振り仰いだ。
「今、教えてやる」
執政が背後にまわった。
肉をつかまれ、秘所をむき出しにされる−−固い感触をその部分に感じて、ロヒアリムは息を詰めた。
押し当てられているのは、かれが舐めた杖だ。苦痛を覚悟して全身が緊張する。
「う・・・あ、あッ」
敏感なヒダを押し広げて異物が入って来た。
耐えられずに押し戻そうとするが、強引にねじ込まれてしまう。

(杖を尻に受け入れさせられた・・・)
屈辱の感情がエオメルを満たした。涙があふれる。
(このようなことが、わたしの身に−−耐えられない・・・いっそ殺された方が)
貫かれながら嗚咽するロヒアリムを、デネソールは笑みを浮かべて眺めた。
「絶望するのは早いぞ。おまえは自分を知らないと言っただろう」
エオメルの腰を抱えると、執政は杖を抜き差ししはじめた。
「ひッ」
異物が大胆に秘所をえぐる。内壁が摩擦されて強烈な感覚がロヒアリムを苛む。

「あーっ!ああっ、ああ、あぁーーーーーっ」
エオメルは仰け反って声を上げた。
勇猛で精悍な普段の姿からは想像できない、甲高い悲鳴である。
「おまえは恥じて涙を流すより、尻を弄られて声を出す方が似合いだ」
「ひ・・・はあッ、あっ、あああ」
床に顔を押し付けてロヒアリムは悶え、声を上げ続けた。

 突き込む動作は容赦なく、数え切れないほど杖が肉壁を往復した。
残酷に攻められたエオメルの後腔は血を滴らせている。
犯されるごとに肉は擦れて過敏になり、激しい疼痛をかれにもたらした。
「うっ、くっ・・・痛い!もうお許しを、閣下ッ」
耐え切れなくなって哀願するが、執政は「まだだ」と退けた。
「罰してくれと言ったのはおまえだ。この程度で死にはせん」

「仰向けになれ」
埋め込まれたままひっくり返されて、エオメルは涙に霞んだ目を天井に向けた。
デネソールはかれの腰の下にクッションをあてがった。
身体が折り曲げられ、膝が肩につくくらいに押し上げられる。
「どうだ、よく見えるだろう」
その体勢にされると、杖と自分の結合部分が目に入った。
「うぅッ」
羞恥がエオメルの身を震わせる。かれは拳を握り締めてギリギリの苦悶に耐えた。
執政はまだかれを責めるのに飽きないらしい。
杖の突きにねじりを加え、傷ついている部分を更にえぐりまわした。

「い、いやだ、ああーッ、壊れる・・・!」
苦痛が奥深くまで侵入し、エオメルを食い尽くしていく。
すべてが痛みによって満たされたとき、それはまるで快楽のように感じられた。
「あっ、あっ、くぁッ」
身体をよじって悶えるロヒアリムのペニスが、デネソールの眼前で大きく勃ちあがる。
「まだほんのこわっぱのくせに・・・いやらしい角度をしておる」
ぎゅっと握ると透明な汁が降りこぼれた。

「はーーーあぁ!」
エオメルが艶っぽい声を上げる。デネソールは大きく息を吐いた。
「ふん、淫らな・・・しかしなかなか良い声で鳴く」
過酷な行為に逆らわず、従順に従う姿がゴンドールの支配者の好みに適った。
あらためて見ると見事な体格も整った顔立ちも長い金髪も、ロヒアリムの美点がうまく結晶化したような容姿である。
エオメルの強張った肌を解きほぐすように、執政がかれの性器を愛撫する。
「んん、うん・・・っ」
上下に扱きあげ握る指で強弱をつけるとそれは更に膨張して、びくんびくんとうねるのだった。

「もうしばらくそんな気にならずにいたが。おまえはそそる身体をしているぞ」
また髪をつかんで頭を持ち上げられたエオメルが、うるんだ瞳を相手に向けた。
執政は前をはぐって相手に見せた。
「わしもおまえを味わってみるとしようか。どうだ、次はこれを舐めるか?」
白い貴族的な顔が、口元に笑みを刻んでかれを見下ろしている。
ロヒアリムはがくがくと頷いた。

 唇に飲みこんだそれが、次第に大きさを増していく。
デネソールは呻いた。
「舌技は今ひとつだが、熱く、弾力がある。セオデンもこんな舌をしていた・・・奴は元気か?すっかり老いぼれて亀のように歩いておるのか?」
何か答えようとしたエオメルの頭を執政が押さえた。さらに奉仕を続けさせる。
そしてもう片方の手で杖の抜き差しも繰り返した。
「うッ、うッ、んッ」
「おまえたちロヒアリムは、年をとるのが早くてつまらんな。カレナルゾンを駆ける馬のように、わしの前を通り過ぎてしまう。−−まあいい」

「うあっ」
デネソールが挿入していた杖を一気に引き抜いた。
苦痛に顔を歪ませるロヒアリムの唇から勃起したものをはずすと、執政は相手の身体に覆いかぶさった。
開かせた脚の間に腰を入れ、押しあてる。
昏い、力を秘めた瞳がエオメルを間近に見つめ、縛めていた。
性器は固く脈打ち充分に若々しい。
かれのなかにめり込んでくるそれは、痛みより甘い疼きをもたらすのだった。

「デ・・・デネソールさま・・・」
かれは魅入られたように、ゴンドールの支配者と瞳をあわせたまま震えていた。
「あ・・・あ・・・あぁ・・・」
根元まで受け入れた秘所は、キュッと絡みついてデネソールに快感を与えた。
ぐいっと動かされエオメルが「はぁっ」と喘ぐ。身体の芯にずきーんと戦慄が走る。
「実に感度がいい。尻を犯されてたまらないか?もっと滅茶苦茶にして欲しいか?」
あやしく耳に吹き込まれて、かれは(いやだ。もうこんなことは)と叫ぼうとした。
だが麻痺したように言葉が出ない。
そしてデネソールの腰の動きにあわせた、淫らな喘ぎだけが唇から洩れでていく。

 何度も揺すり上げられ、股間へも愛撫を与えられているうちに、エオメルはデネソールの背中にしがみついて爪を立てていた。
大きく開かされ貫かれた最奥から次々に快感がもたらされる。
執政の杖に傷つけられた痛みも、すべて甘美な悦楽に変わっていた。
「気持ちいい・・・あっはあっ・・・感じる・・・ッ、デネソールさまッ」
「男に抱かれるのが、そんなに好きか。おまえの肉はよく締まってうねるぞ。ふふ、もっと色々なものを突き込んで遊ぶのも楽しそうだの」
「あぁっ、そんな・・・あ、あん・・・!」
「今からおまえはゴンドールの執政の玩具だ。よいな」
熱い息遣いとともにそう告げられ、エオメルは暗い深淵の中に引き込まれるような目眩を感じた。



 ここ数年の間、オスギリアスではモルドールとの攻防が続いている。
美しい星の砦は、オークの侵入と蹂躙が頻繁におこなわれている場所だった。
長く続く戦いにゴンドール軍の疲労が濃い。
奪還の指揮をまかされている執政家の次男、ファラミアは疲れきって都に戻ってきた。
今回も思う成果を上げることが出来ず、事実上退却してきたのである。
(また父上の期待に応えられなかった)
かれは心に重いしこりを抱いて、白い塔の前に立った。

 だがすぐに執政はミナス・ティリスに不在であることがわかった。
周辺の大公家で祝い事があり、それに招かれて行ったという。
ファラミアはほっとして息を吐いた。
もっとも、デネソールが戻れば必ずその怒りを買うだろうし、叱責が先延ばしになっただけだが。
かれはつぎに兄の姿を捜した。だがボロミアもまた不在だった。
しばらく前から領地の視察に出かけているらしい。
−−父上もボロミアもいないのか・・・。
この二人がいないとなれば、ミナス・テイリスの領主の代理はファラミアの勤めとなる。
たとえ執政に評価されたことがなく、侮られている身であるとしても。

 かれは少し心もとなく頼りない心持ちだった。それでいて、開放された安らかな思いもあった。

 ファラミアが帰還して数日後のことである。
ロヒアリムたちが面会を求めてきた。
今回のローハン使節の代表である、エオメル軍団長の姿が見えない、とかれらは訴えた。
ローハンはゴンドールにとってもっとも信頼できる友邦である。
その大事な客の行方が知れないとは、と弟君は顔色を変えた。
だがロヒアリムたちの話をよく聞くと、エオメルの居場所はわかっているという。

「半月ほど前にデネソール閣下の館に滞在していると伝言がありました。そして、それきり一度も姿が見えないのです。我々はもう国に帰らなくてはいけないのですが」
相手が執政では問い合わせることも訴えることも出来ず、困っていたとのことだった。
−−エオメル殿が父の館に?
ファラミアは不思議に思ったが、「わかりました。わたしが出向いて調べてきましょう」とうけあった。

 かれはデネソールが孤独に住まう、執政の館に向かった。
エクセリオンの塔がそびえる広場からは幾段も下らなくてはならない。
廟所の奥の、山の岩肌の陰になる場所にその建物は立っていた。
日も当たらず真夏でもひやりとした館の中に、ファラミアはほとんど入ったことがない。
主が不在の建物は静まりかえって、弟君の靴音がよく響いた。
かれは対応に出てきた老近習に、ローハンの客人が来ているか尋ねた。
すると本当にロヒアリムが館にいることがわかった。
「お会いしたいのだが」
「デネソールさまにお伺いしないと・・・」
「挨拶するだけだ」
しぶる近習をかれは奇妙に思った。しかし強く求めて部屋に案内させた。

−−いったいなぜ、エオメル殿がここに?
暗い廊下を歩きながらかれは考えていた。
気難しく権高い父が、若いロヒアリムと気があうとは思えない。
(ボロミアの部屋にいる、とでも言うなら話がわかるが)
かれは一人苦笑した。美しい兄は、崇拝者に事欠くことがない。
あの若者の前にも後にも・・・。
それでも、エオメルはボロミアが特に好ましく思っている人物の一人である。
かれらは初めて視線を交わした瞬間から、互いに惹かれあったらしい。
(二人とも太陽の下で笑うのが似合う。そういうところが良く似ている)

「あちらです」
示された扉の前に衛兵が立っていた。
−−まるで囚人を監視しているような・・・。
弟君は眉を顰めた。強くノックして声をかける。
「エオメル殿、失礼する」
部屋に入ると、厚いカーテンで陽光を閉ざした暗い室内の、中央に置かれたベッドの中でロヒアリムが半身を起こした。
「・・・デネソールさま・・・?」
その甘えた声音の、ハッとする響きにファラミアは瞳を見開いて相手を見た。
「いいえ、わたしはファラミアです。エオメル殿、お久しぶりです」

 こちらを向いたエオメルの瞳が傷ついた狼のように光っていた。




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