最終話  *一部、エオメル攻があります

「ん・・・」
柔らかなベッドで目を覚ましたとき、エオメルは自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。
ファラミアが去った後、かれは近くの空室に入り込んでそのまま眠ってしまったのだ。
身体を起こすと金髪が顔に降りかかる。それを首を振って払った。
昨夜のファラミアとの情事が脳裏に蘇る。
間近に見つめる弟君の、端整な顔立ちとしなやかな腕の力、口づけの甘美さ。
体内に押し入ってきた生々しい感触・・・。
思わず宙を見上げてぼうっとしてしまう。

「いかん」
エオメルは掌で自分の頬を叩いた。そして身支度を整えて部屋を出た。
かなり寝過ごしたらしく、もう太陽は上空に位置している。
かれはいつもそうするように「殿下は何処だろう」と、従兄の姿を求めて回廊を歩いていった。
しかし、セオドレドと顔をあわせたらどんな顔をすればいいのか、と悩ましく思った。
歩きながらまたファラミアの姿を思い出してしまうエオメルである。
あれほど苦手に思い、隔たっていたはずの二人なのに、その境界は一夜で霧散した。
今はただ、青い瞳の公子がそばにいないことの寂しさが胸に迫るばかりだ・・・。
同時に、恋人を裏切った自責が心に重くのしかかる。

 ローハン使節たちのために割り当てられた一角に戻ると、いつも食事に使っている応接室から話し声がしていた。
出てきた給仕がエオメルの姿を見て「お食事をなさいますか」と尋ねたので、かれは頷いた。
「どうぞ。ボロミアさまとセオドレドさまもいらっしゃいます」
給仕はそう言ってロヒアリムを促した。
どぎまぎしながら入っていくと、ボロミアがかれに微笑みかけた。
「おや、おはようエオメル殿」
「お早うございます、わたしもご一緒いたします」
「エオメル殿もこれから食事ですか?寝過ごされたのかな」
「はい。あ、殿下−−お早うございます」
「ああ」
セオドレドはこめかみを指で押さえてうつむいている。

 王子がかれの顔を見もしないので、エオメルはホッとした。
「お顔の色が冴えませんね」
従弟の心配そうな声に、セオドレドは「ちょっとな、昨夜は飲みすぎた」と呻くように言った。
「随分飲まれたのですか」
「途中からボロミアも来たからな。一ヶ月分は飲んでしまった気がする」
「そうですか。お話は弾みましたか?」
エオメルが問いかけると、執政の長子はニコニコと頷いた。
「王子殿下と色々話すことが出来て楽しかったですぞ」
「まったく・・・ボロミア殿といい、ゴンドーリアンは酒に強いよ。いつのまにか眠ってしまっていたが、目が覚めるとイムラヒル大公はもうミナス・ティリスを発ったあとだった」

「ええ。弟と一緒に今朝早く出発しました」
「ファラミアにも、もう一度挨拶したかったのだが」
「弟は出立前に部屋に来ましたよ。セオドレドさまはよく眠ってらしたので、起こさずにおきました」
「−−ご無事で戻られるといいですね」
神妙に言うエオメルにボロミアは屈託なく答えた。
「戻りますとも。ファラミアは必ず勤めを果たします」
執政の長子は弟君の無事を疑っていないらしい。
「そうですよね」
エオメルも力強く同意した。
そしてどこか安心して、香りが新鮮な野菜サラダをむしゃむしゃ食べた。

「にゃあにゃあにゃあ」
騒がしい鳴き声を発しながら、ドアの隙間から白いふわふわな毛玉が転がり入ってきた。
それは食卓に走り寄り、エオメルの膝に飛び乗った。
そしてかれの顔を見上げて「みゃあ〜〜〜あ」と甲高く鳴くのだった。
セオドレドが手で耳をふさぎ、エオメルが戸惑っていると、ボロミアが言った。
「おや、それは弟の猫ですぞ」
「え。そうなのですか。このあいだから、すぐわたしの上に乗ってくるんですが」
それを聞いたボロミアがクスクス笑う。
「エオメル殿の上は余程居心地がいいのでしょう。猫は快適な場所がわかるといいますから」
小さな顔を覗き込むと、猫の瞳は弟君と同じ色の澄んだブルーだった。
−−ファラミア殿の・・・。
エオメルは白い毛を撫で、その青い虹彩を見つめた。

(あの方と、まさかあんなことになるとは、昨夜まで考えもしなかった。でも、これはわたし一人の胸に収めておかなくては・・・)
小さな温かい生き物をそっと抱いて、かれは心の中で呟くのだった。
「しかし、その猫はすっかり元気になりましたなあ」
ボロミアがそう言ったので、エオメルは不思議そうに相手を見た。
「いや、どうもファラミアは動物を可愛がりすぎるところがありましてな。その猫も、いつもいつも抱きしめて逃がさないものだから、しまいに毛が抜けたり、奇声を発して駆け回ったりと妙なことになりましてな。それでしばらく姿が見えなかったのですよ。弟の愛情は、ちょっと行き過ぎるところがあるようでして」
「・・・」
それを聞くと、なんとなく次にファラミアと会うのが怖いような気がしてくるエオメルだった。



 ブランチが済むとセオドレドは頭痛がする、と言って寝室に戻っていった。
エオメルもついて行こうとしたが、従兄に「静かに休みたいから」と断られた。
手持ち無沙汰な気分でいるかれに、ボロミアが誘いの言葉をかけた。
「ではエオメル殿、わたしと一緒に遠乗りに行きませんか」
「はい!是非」エオメルは喜んで答えた。
二人は馬を乗り出して、ペレンノールの平野を駆け回った。
「エオメル殿!またご一緒出来ましたな!」
ゴンドーリアンが叫び、ロヒアリムは腕を上げてそれに応えた。
「城外に出ますぞ!」
そう言うなり、ボロミアは鞭を当てて馬首をランマス・エホールの壁に向けた。
城壁をくぐり抜けてアンドゥイン川に向かう。
川沿いには木々が生い茂っていた。
林の間を駆け抜け、風を切って馬を飛ばす。爽やかな木立の香りが心地いい。
エオメルは巧みに馬を操った。少し遅れてボロミアが駆ける。

 川沿いにかなり遡ったあたりで、ゴンドーリアンの馬足が鈍ってきた。
それに気づいたエオメルは馬の歩調を緩めた。
「少し木陰で休みましょうか」
「そうですな。いやあ、大分来てしまいました。ここはもう南イシリアンに近い辺りですぞ」
「いい所ですね。空気が水晶のように澄んでいる」
エオメルが大きく深呼吸しながら言う。
「水も綺麗ですから、飲んでも大丈夫です」
二人は岸辺に膝を着いて冷たい水をすくい、咽喉を潤した。
せせらぎが陽光にきらめいていた。

「この新しい馬の乗り心地も、素晴らしいですぞ」
木立の中に入って馬をつなぐと、エオメルとボロミアは木にもたれて座り込んだ。
葉陰が陽射しを柔らかくさえぎってくれている。
「それはわたしが東谷で育てた馬です。ボロミア殿に乗っていただきたくて連れてきました」
「そうでしたか、有難うエオメル殿。この馬をあなただと思って大事にします」
ゴンドールの白の総大将が、かれに笑顔を向ける。
−−ほんの一月ほど前、わたしはこの方に恋して夢中になった。
エオメルは思い返していた。
そのあとでセオドレドへの愛に気づいたのだ。従兄弟同士の想いは熱く燃え上がった。
なのに、ファラミアとも一瞬の陶酔を共にしてしまったかれだった。

 もともと堅物で無骨なエオメルには不似合いとも思える、目まぐるしい恋の変遷である。
予期していなかった数々の出来事を経てなお、目の前のボロミアの笑顔の、なんと麗しいことだろう。
エオメルは目をそらすことを忘れ、子犬のようなひたむきさで相手に見惚れていた。
「エオメル殿、あなたと馬を駆けさせるのは、ローハン以来ですね」
「はい」
あのマークでの遠駆けでは、思い出したくない災難に襲われた二人だった。
エオメルの胸が痛む。
だがボロミアは気にした風でもなく微笑んでいる。
「−−ですが、あなたはあの時のような激しい瞳では、わたしを見つめてくださらないのですね」
「ボロミア殿」
かれは瞳を見開いて相手を見た。

「気づいていました。ミナス・ティリスに来てからあなたがいつも、セオドレドさまと視線を交わしておられるのを・・・王子殿下と愛し合ってらっしゃるのですな?」
「あ、あの」
エオメルの頬が肯定の代わりに赤く染まる。
「可愛らしい馬の司殿・・・それなら、もうわたしに思いを寄せてはいただけないのかな・・・」
ため息と共にボロミアが囁く。その風情が花のようだ。エオメルはくらくらした。
「あなたとセオドレドさまは大変お似合いですぞ。でも、わたしもあなたをずっとお待ちしていたのです」
「ボ、ボロミア殿」
かれは蜜を見つけた蝶のように、ふらふらと相手に引き寄せられた。

「・・・わたしはずるい人間なので、あなたから手を伸ばしてくださるのを望んでいるのですよ」
そう言われたロヒアリムはゴンドーリアンに身を寄せてその肩をつかんだ。
ボロミアの揺れる瞳がかれを見、翡翠の色合いの中にかれの顔が映っている。
「エオメル殿・・・」
甘やかな息を頬に感じた瞬間、エオメルはゴンドールの公子を抱きしめてその唇を奪っていた。
くちづけを繰り返し、相手の舌を貪りながら、体中からへなへなと力が抜けていってしまいそうな気がした。
(ボロミア殿−−!わたしがこのまま行動を推し進めれば、この素晴らしい方はわたしの物になってくれるのだろうか・・・!?)

 唇を離すと、エオメルは相手をきつく抱いてその芳しい髪の匂いを嗅いだ。
腕にあまりに力を込めたので、ボロミアが身体をよじろうとする。
それをいやいやと首を振りながら、さらに締めつけるエオメルだった。手を離したらボロミアが消えてしまうような気がしたのだ。
「す、少し苦しいのですが、エオメル殿」
「ああ、ボロミア殿・・・わたしは、どうしたらいいのでしょう」
途方にくれた声でエオメルが問う。
かれにもボロミアにも、失うことの出来ない愛するものが他にいるというのに。
ゴンドーリアンは若いロヒアリムの髪を撫で、優しく答えてくれた。
「そうですな、エオメル殿−−人生は変化に富んでいるべきものだ、とわたしは思うのですよ」
やっと腕を緩めると、かれはボロミアの頬を両手で挟んだ。そしてもう一度口づける。
「わたしはあなたに恋しています、ボロミア殿・・・この想いはかわりません」
エオメルの告白に、腕の中の公子は唇をほころばせた。

 二人は衣服を脱がせ合い、互いの身体を愛撫し合いながら横たわり、もつれあった。
なにやら昨夜の弟君の場合と似たような展開だが、エオメルの沸騰しきった頭ではそんなことを考える余裕もない。
かれはファラミアもセオドレドのことも意識の外に追い出してしまっていた。
陽の光のもとで、あらわになったボロミアの白い素肌が目に眩しい。
強く撫でさすると、それは大理石のようになめらかで、なのに熱かった。
「エオメル殿・・・」
耳元で囁く声が、エオメルの気をさらに昂ぶらす。
指を下腹部に滑らせてボロミアのペニスを弄り、刺激を与えた。
「あぁ」
仰け反った首筋を強く唇で吸い上げながら、エオメルは呟いていた。
「あなたのような素晴らしい方が・・・どうしてわたしに許してくださるのですか。信じられない、夢のようです」

 ボロミアがかれの背中に指を這わせながら囁き返した。
「そっくりあなたにお返ししますぞ、エオメル殿−−あなたはご自分がどんなに魅力的が自覚すべきです・・・お別れしてからというもの、いつもあなたのことを考えていました。あなたが慕わしくて、もう一度会いたくてたまらなかった」
「わ、わたしだって、ボロミア殿・・・!」
二人はまた激しく口づけを求め合った。息が詰まるほど舌をからめる。
執政の長子の白い指がかれの性器に触れると、かれはそれだけでいきそうになった。
互いに強弱をつけて握り、擦り上げ、揉みたてる。
「ボロミア殿っ、はあッ」
「ああ、エオメル殿、あなたのここは実にやんちゃで、たくましい!」
ふいにボロミアが身体をずり下げた。
エオメルが「あ」と思った瞬間には、相手はかれの腰を抱えて股間に顔を埋めていた。

「ボ−−ボロミア殿ッ!」
その唇にすっぽりと咥えられるのを感じて、エオメルは叫んだ。
信じられない快感に、全身が真っ赤に染まる。
先端が舐めまわされ、舌先は割れ目をまさぐった。
「あッ、あッ、あぁッ」
高ぶりが過ぎて、息苦しいくらいである。
エオメルはボロミアの頭を両手で抱えてめちゃくちゃにかき乱した。
相手の唇に含まれたものは、膨張しきってびくびく震えている。唾液と交じり合ったエオメルの汁がボロミアの顎に滴っていた。
快楽に頭は霧がかかったようになり、瞳に涙が浮かんだ。
「ああ・・・!」
そして強く吸いあげられた時、エオメルは頭が真っ白になるのを感じた。
放出する瞬間にボロミアが唇をはずしたので、精液はゴンドーリアンの顔にかかって、その白い肌を汚してしまった。

「も、申し訳ありません」
まだ息はおさまっていなかったが、エオメルは身を起こしてボロミアの貌を抱え寄せた。
そして鼻、頬、顎に舌を這わせた。
「エオメル殿。いいのですよ・・・」
「とんでもないです、わたしは何てことを」
優しく言うボロミアを制して、かれは自らの白濁を舐め取り、舌で清めた。
そしてまたその下腹部に手を伸ばす。
「今度は、わたしがあなたを」
きゅっと握ると、ボロミアが甘い声で喘ぐ。
「あん、エオメル殿」

 再び手足を絡ませ地面を転げながら、かれらは愛撫に没頭した。
エオメルがボロミアの秘密を探り当てて、指先を蕾の中にめり込ませる。
「あッ」奥まで差し込み、内部を掻き擦ると相手は嬌声をあげて悶えた。
「あぁッ、エオメル殿!」
かれはさらに指を二本に増やした。抉りまわして前立腺を強く押す。
「あ・・・っ!」
片方の手で愛し続けていたボロミアのペニスがびくん、と揺れて汁が溢れた。
このまま相手を頂点に導いても良かったが−−エオメルはボロミアと繋がることを望んでいた。
だが、どうしても、あのオークとボロミアの、かれにとっては重大なトラウマになった場面を思い出して躊躇してしまう。
ためらうロヒアリムの首に、ゴンドーリアンが腕を絡めて囁いた。
「エオメル殿・・・あなたのものが、またこんなに熱くなっている・・・今度は、わたしの中にこれを・・・」
「ボロミア殿・・・!」熱い呟きと共に求められ、エオメルはボロミアの上に乗りかかった。
そして足首をつかんで思いきり左右に開いたのだった。

 肉壁を掻き分けながら進んでいくと、挿入した部分が熱くぬめってエオメルを締めつけた。
かれはあまりの快楽に目の前がかすんだ。
大きく足を開かされて貫かれた執政の長子が、頭をうちふって身悶えながら喘ぎ声をあげている。
「あっ、あぁっ、エオメル・・・」
「ボロミア、ボロミア、ああ・・・」
憧れていた人の肢体を、エオメルは夢中で味わった。
さらに押し開いて角度を変え、より淫らな形をとらせて、繋がった部分を執拗に動かす。
「あああ!エオメル、エオメル−−!」
悲鳴のような声を発しながらも、ボロミアの腕はかれの腰に回されて、更なる快楽を促すのだった。
陽射しの降りそそぐ木立のあいだで、ロヒアリムとゴンドーリアンは時を忘れて愛し合った。
刺激に仰け反って天を仰ぐと、眩しい光がかれの目を射る。
視界が輝き、虹に包まれるようにきらめいた。

 日が傾いて陽光が残照に変わってあたりが薄暮に包まれても、二人は横たわったままだった。
何度も逐情しあった疲労が、全身から立ち上がる気力を奪っている。
重ねあった肌に夜気が触れ、汗を冷やした。
「・・・エオメル殿、もうこんなに暗くなってしまいました。そろそろ城に戻らなくては・・・」
「ええ・・・」
物憂げにボロミアが告げると、エオメルも頷いた。
だが同意したものの、まだ起きる気にはなれずに、かれは相手の肌をゆっくり撫でていた。
「帰らないと誰かが、捜しに来るかもしれない」
その呟きを聞いて、エオメルはやっと身体を起こした。
「そうですね。引き上げましょう」
かれはボロミアの腕を引いて共に立ち上がった。
そして裸の身体を密着させ、強く抱きしめてもう一度キスをした。

 すっかり暗くなった帰り道を、エオメルとボロミアは馬を引いてゆっくり歩いていった。
快楽の余韻を反芻しながら二人は微笑を交わした。時々互いの髪や腕に触れ合う。
空にはもう星が瞬いていた。

 エクセリオンの塔に向かって円を描きながら坂を上がっていくと、白の総大将を見つけたゴンドールの兵士が駆け寄って来た。
「デネソール候がお探しになっておられます」
それを聞いたボロミアは一瞬何かを振り払うように首を振り、「そうか。すぐに伺おう」と応えた。
「エオメル殿、ではわたしはこれで。・・・素晴らしい遠駆けでしたな」
兵士に馬を預けながら執政の長子が言った。
「はい−−今日のことは決して忘れません」
美しいゴンドーリアンはかれに魅惑的な微笑を投げかけると、背を向けて塔に向かって行った。
エオメルはしばらくその場に佇み、夢の残照に身を浸すのだった。

 かれはまだ夢見心地だったが、回廊を歩いていると途端に腹が減ってきた。
遅い朝食を摂っただけで、その後は何も食べていなかったのだ。
見ると、仲間のロヒアリムたちは忙しく廊下を行き来して、帰りの荷物をまとめているところだった。
他の者はもう食事を済ませたらしい。
エオメルは、給仕を呼んで支度をしてもらい一人で夕食を楽しんだ。
甘いゴンドールワインを口に含むと、ボロミアの肌の芳香が思い出される。
思わずグラスを持ったまま、ぼうっとしてしまうエオメルだった。
そしてワインを飲み干してため息をついたとき、ふいに、扉にもたれたセオドレドがかれをじっと見ていることに気づいたのである。

 瞬間、麻痺したようになってかれは従兄の皮肉な整った貌を見た。
だが王子はすぐに身を翻して姿を消した。
慌てて席を立って廊下に出たが、もう従兄はいなかった。
いまのは錯覚だったろうかと戸惑うエオメルである。
かれは給仕に食事の終わりを告げると、セオドレドの寝室に向かった。
ボロミアとのことは隠さずに話すつもりである。
後ろめたさはあったが、王子は自分の気持ちをわかってくれるだろうとエオメルは思っていた。
それに、あの聡明な従兄に、ボロミアとのあいだに起こったことを隠しておけるはずがない。
告白した上で、罰を与えられるのも覚悟している。
−−だが、部屋の中には誰もいなかった。
エオメルはベッドに腰掛けて従兄を待ったが、真夜中になってもセオドレドは帰ってこなかったのである。



(殿下)
エオメルは思い惑って部屋を出ると、あたりを探し回った。
他のロヒアリムたちの部屋を尋ね、空き室も覗いたが王子はいなかった。
かれは従兄を求めて宮殿の中を歩き回った。
もしや、また古文書を読んでいるのだろうかと文書蔵に行ってみたが、さすがに深夜のことでそこは閉じられていた。
(殿下、どこに・・・)
次第に不安が高まり、罪悪感が膨らんで胸のうちを苛む。
かれは足を速めてそこら中を見て歩いた。だがセオドレドはいなかった。
しまいにはパニックをおこしてミナス・ティリスを駆け回るエオメルだった。

(殿下!)
静まりかえった白い都の只中で、セオドレドの名を絶叫したい衝動を押し殺しながら、かれは狂ったように徘徊し続けた。
走った疲れからではなく、不安による動悸が、心臓を押しつぶしそうだった。
従兄はなぜどこにもいないのだろう。
おそらく、かれとボロミアとのことを、王子は直感的に知ったのだ。
だから裏切り者の自分を見捨てて、遠くに去ってしまったのだろうか。
そんなはずはない−−と思いながらも、ひどく息が苦しかった。
ロヒアリムは眩暈をおこして壁に手をついた。
気づくと、前方にゴンドールの厩舎が見えた。ちょうど噴水広場から一段下った場所である。
そこにマークから連れてきた馬も納められている筈だった。
エオメルは深呼吸すると厩舎に向かった。

 馬を飼い、馬を育てるのを生業とするロヒアリムにとって、もっとも心安らぐ場所はやはり馬小屋なのだった。
重い扉を開けると、馬の低い嘶きが聞こえた。
何箇所かに松明がかかげられているので、中は薄明るい。
嗅ぎなれた馬と藁の匂いに、エオメルはほっとして動悸が治まるのを感じた。
かれが入っていくと、気づいたローハン馬が柵のあいだから鼻を突き出した。
その顔を軽く撫でてやってさらに奥に進む。
大きな厩舎は幾つもの柵で仕切られて、迷路のようになっていた。
そして何度目かの角を曲がったとき、エオメルは佇むセオドレドを見つけたのである。

「−−殿下ッ!」
悲鳴のような声を上げてエオメルは王子の元に駆け寄った。
びっくりした馬が鋭い嘶き声をあげる。
「なんだ、馬が驚くだろう」
セオドレドは顔を上げてかれを見た。従弟の大きな瞳に涙が浮かんでいた。
「捜していたんです。あなたがどこにもいないから、どうしようと思って」
「何を言っているんだ、大げさだな。明日にはミナス・ティリスを発つから、連れてきた馬の様子を見に来ただけだ」
王子はそっけなく言った。
「でも、もう夜中です」
「この中にいると落ち着くんだよ。それに」
金髪を指で掻きあげながら、セオドレドは皮肉な笑みを見せた。
「−−今夜はきみと一緒に寝る気分じゃない」

「殿下・・・」
エオメルはすくんだ様子でその場に突っ立った。
かれには王子が怒っていることも、その理由もわかっていた。
「でも不毛だね。きみはどうせファラミアには敵わないよ。自分自身より兄を愛しているかれは、本当に捨て身なんだから」
「知っています・・・」
小さな声で呟くエオメルを、セオドレドの鋭い視線が貫いた。
「ボロミアと寝たんだな」
王子に問いかけに、エオメルは「はい」とかすれた声で答えた。

 ガッとかれの肩を両手でつかむと、セオドレドは大きく揺さぶって叫んだ。
「違う、と言えばいいんだ!嘘をつきとおして、わたしを欺けばいい!そのくらい出来ずにどうする!」
「で、殿下・・・殿下」
エオメルは揺すられながら、ただ相手を呼んでいた。
やがてセオドレドは手を離して顔を背けた。
「きみは残酷だ。きみの率直さは、わたしを傷つけるだけなのに」
二人のあいだに沈黙が落ちる。
エオメルは何度か瞬きをすると、振り払われるのを覚悟してセオドレドの腕に触れた。
王子が黙ったままかれを見る。

 拒まれなかったので、かれはそのまま従兄の背中に腕を回して顔を寄せた。
唇を触れ合わせたとき、セオドレドも従弟の身体を抱き返してきた。
いつものように舌で探りあい、唾液を舐めあい吸いあって、口づけを交わす。
いや、いつもより積極的にエオメルは従兄を貪った。
王子の顔を抱え、顔を傾けて差し入れた舌を口腔に這わせる。
苦しくなったセオドレドが従弟を押しやり、引き剥がした。
「このくらいのことでわたしは誤魔化されないぞ」
腹立たしげな従兄に、かれは告げた。
「この旅で初めてわかりました。わたしは、あなたに必要とされなければ、生きられない・・・。あなたに疎まれるのは、死よりも辛いことです」
そう言うエオメルをセオドレドは睨んだ。
「なら、わたしを裏切らなければいいんだ。まったく憎らしい奴だな」

 王子は暫く相手を見据えていた。だが、やがてため息とともにかれを抱き寄せた。
「仕方ないか。わたしだって、きみなしではいられない。そもそもここに連れてきたのは自分だし・・・でももうきみは、わたしだけのものと思っていたよ。ねえ、きみはボロミアほどには、わたしに夢中じゃないんだね?」
エオメルは首を横に振った。
「いいえ、殿下」
「本当のことを言いたまえ」
「言っています。あなたを愛しています、誰よりも・・・」
セオドレドは肩をすくめた。そして従弟に額をこすりつけて囁いた。
「信じよう。でも、許すのは一度きりだぞ。それに今からお仕置きだ−−いいね」

 衣服を脱ぎ捨てると、二人は藁の上に転がった。
いつものように長い手足を絡ませあって肌を交わしあう。
エオメルの身体の中は、昨夜のファラミア、先刻のボロミアとの行為にまだ熱く疼いていた。
だが、ペニスはなかなか固くならなかった。
セオドレドが握った指に力を込めて従弟を乱暴に弄る。なのにいくら擦っても勃ちあがらないので、王子は苛立った。
若く精力も強く、いつもは何度も求めてくるエオメルである。
そんなに消耗するほどたくさん楽しんだのか−−とセオドレドの嫉妬が燃え上がる。
「どうした、きみらしくない」
「す、すみません」
情けなさそうに従弟が謝る。
エオメルの手をあてがって愛撫させている王子自身のものは、既に大きく張りつめていた。

「もういい」
セオドレドは相手を押しのけると、「そこに這え」と命じた。
かれは言われるままに従った。
四つん這いにさせられ、腰を高く上げさせられる。
さらに足を大きく開かされたので、淡く色づいた秘所と性器が丸見えになった。
相手がセオドレドでなければ、とても晒せない恥ずかしい格好である。
エオメルは羞恥に喘いだ。
従兄がかれの尻の肉をつかんで左右に拡げる。
きゅっとつぼまった蕾が横に引き攣れて、誘うように微かに口を開いた。
セオドレドは後ろからのしかかると、その部分に大きく屹立した欲望を押し当てた。

 閉まろうとする抵抗をねじ伏せて一気に貫く。
「ああーーっ!」
強引な貫通の衝撃が、エオメルに悲鳴を上げさせた。
ずり上がって逃れようとする身体を、セオドレドは両手でしっかり腰を押さえてさらに根元までねじ込んだ。
狭い肉壁がペニスを締め上げる。
「うっ・・・」
王子は快感に呻いた。
そのまま、骨盤を叩きつけて従弟をむさぼり始める。
続けざまに腰をぶつけられ、狭い後腔をえぐられて強烈な異物感がエオメルを襲う。
熱く固いものが、かれの内部を何度も往復した。容赦なく動かされるといっぱいに広がった入り口が軋む。

「セオドレド・・・!ああッ、痛い・・・!」
かれが言うと、王子はさらに激しく腰を打ちつけた。
「ひいッ」
あまりに乱暴にされて、秘所が壊れてしまいそうである。
エオメルは拳を握り締めて哀願した。
「お−−お願いです、もう少しそっと−−あぁっ、裂けてしまう!」
それにセオドレドが冷たい声で答える。
「うるさいな。これが欲しかったくせに。わたしはきみの望みを叶えてやっているだけだ」
従兄の荒々しい責めは、下半身の感覚がなくなるような苦痛だった。
痛みに身体が引き攣りかれは泣き声をあげた。
「許して下さい、あぁっ、ああぁっ」
セオドレドはかまわず堪能しながら、「わたしは優しくないと言っただろう」と言い捨てた。

 苦痛のあまり押し返そうとするエオメルの秘肉が、王子のペニスをきつく食い締める。
行為はセオドレドにも多少の痛みを感じさせた。
「これからずっと、きみのここで楽しむつもりだからな。少し、馴らして拡げておかないと」
そう告げると、従兄は最奥まで埋めたまま、腰を大きく回した。
「ああっ!あーッ!」
掻きまわされ、さらに広げられる作業が、エオメルを仰け反らせて悲痛な声を上げさせた。
散々抉り回したセオドレドが前に手をやると、従弟のものはすっかり大きく勃っていた。
「きみだって尻で感じて、固くしてるじゃないか」
指で刺激を与えながら、腰を動かす。
「あッ、ああんっ」
エオメルが泣き声混じりの嬌声を発する。そしてセオドレドの指を透明な液で濡らした。

 セオドレドのペニスが急に引き抜かれると、エオメルは「ひぁっ」とかすれ声で呻いた。
王子がかれの身体を乱暴にひっくり返す。
仰向けにされたエオメルは、涙でぐちゃぐちゃな顔で従兄を見上げた。
すぐに膝が肩につくくらいに折り曲げ、開かせる。
後腔は傷ついて血が滴り、少し開いて内部の紅い肉がほの見えていた。
セオドレドは相手に押し被さるともう一度強引に突き込み、奥まで挿入した。
「うあぁッ」
従弟が叫ぶ。
その肉にぎゅっと締め付けられるのが、気が遠くなるような快感だった。

「このまま犯り倒して、他の男のことなど考えられないようにしてやる」
王子が唇を歪めて言い、昂ぶりに身を任せてエオメルに鞭撻を加えはじめた。
「あああああーッ!セ−−セオドレド、セオドレドーッ」
従兄の度を越した責め苦に、エオメルは髪を振り乱した。悲鳴が咽喉から迸る。
激しく揺すりあげられ、肉をぶつけられて、何も考えられない。
苦痛が臨界点を超えると、快楽としか言いようのない刺激が、エオメルの内部に広がった。
繋がった部分から足に、太腿に、腹から胸に、鋭い感覚が走り抜けていく。
「ああっ、セオドレドッ、あああぁ死んでしまう・・・!」
セオドレドは攻め立てながら呻いた。
「−−わたしだって、きみを大事にしようと思ったんだ。もっとずっと大切に扱おうと思ってたのに・・・最初に乱暴して傷つけてしまったから、過ちは繰り返すまいと・・・こんなやり方じゃ、きみに嫌われると分かっているが、自分が抑えられない」

 その呟きは聞こえていた。
だがエオメルは息も出来ず、気の狂いそうな刺激に支配されて、何も答えられなかった。
ただ心の中で(嫌いになどなりません、永遠にあなたを愛します−−!)とかれは叫んでいた。
「きみのことは、誰よりも知っているはずなのに、それでもきみは謎めいている。・・・知り尽くしたい、全てを把握して、支配したい、そう望むのは、間違った欲望なのだろうか、エオメル・・・」
見下ろすと、愛する者は王子を受け入れて血を流しながら、喘ぎ悶えている。
セオドレドはエオメルの怒張して筋を浮かせた性器を撫で、乳首をつまんで揉み潰した。
「ああっ・・・ああっ・・・あぁああ・・・」
「でも愛してるんだ」
熱く囁いた王子の背に、従弟の腕が伸ばされて絡みついてきた。

 エオメルはさらなる苦痛と愉悦を求めて、セオドレトにしがみついた。
情動が破裂しそうに高まり、全ての苦痛が愉悦に変換されてかれを獣のようにした。
「あ−−うッ・・・ううッ・・・熱い、ああ・・・セオドレド・・・!」
「エオメル・・・!」
従兄弟同士は、同じ色合いの髪、同じ感触の肌を激しくぶつけ合って愉悦におぼれ、忘我の中を彷徨った。
エオメルの奥深くに埋め込まれた灼熱が、一際大きくかれを打ったとき−−若いロヒアリムの身体の中心で何かが炸裂し、セオドレドは唇を噛み締めて従弟の内部に放っていた。
「アアーーーッ・・・」
同時にエオメルも鋭い声を上げて絶頂に達し、従兄に抱きついて気を失った。

 気がつくと、セオドレドの舌がかれの唇をなぞっていた。
エオメルはうっとりしながら優しい口づけを受けた。
「殿下・・・」
かれは従兄の名を呼び、その胸に顔をうずめた。
好ましい肌の匂いがかれを陶然とさせる。耳朶に恋人の呟きが聞こえた。
「もう夜が明けるな。今日は出立の日なのに、また寝不足だ」
「ゆっくり帰りましょう。急ぐ旅ではないし・・・」
「そうだな。ここは大丈夫か?」
指がかれの肛門を撫で、次に押して探ると、エオメルは少しだけ顔をしかめた。
だがかれは「平気です」と答えた。

従弟の長い髪を弄びつつローハンの王子がため息を洩らす。
「これじゃ、帰りの旅はとても我慢できそうにないよ。毎晩でもきみを抱かずにはすまないだろう。二人でテントに籠もって大騒ぎじゃ、部下たちにすっかりばれてしまう」
「もう」エオメルは赤くなって従兄に顔を擦りつけた。
「愛してるよ」
「はい。わたしも・・・」
セオドレドが囁き、エオメルもそれに答えた。
かれは、王子を抱きしめ、抱きしめられながら(愛しています、生まれたときからずっと。そしてこの命の絶えるまで)と心に誓っていた。
そして、これはわたしだけのもの−−と従兄の背中に回した腕に力を込めた。
(セオドレドを誰かに渡すことは、耐えられない。一生、離さない・・・)
王子の指がかれの髪を軽く引いて、顔を上げさせた。
二人は見つめあい、もう一度唇を重ね合わせたのだった。



 出立の用意を整えたローハンの一行に、ボロミアが一人一人と握手を交わしながら言葉をかけていく。
執政の長子はエオメルの前に来ると、誰はばかることなくかれを抱きしめた。
そして愛しげに頬擦りした。
「ボ、ボ、ボロミア殿」
エオメルはミナス・ティリスを訪れた際と同じように、真っ赤なゆでダコのようになった。
ボロミアがかれを見つめて「また、お会いしましょう」と言い、エオメルが「はい。必ず・・・!」と頷く。
翡翠色の瞳にみるみる涙が浮かんで、透明な雫が降りこぼれた。
それを見るエオメルもたまらず、泣きだした。
二人はまた互いを抱きしめ合った。そしてまわりで見る者の涙をも誘うのだった。
ただ、エオメルの方は隣で見ているセオドレドの表情が気になっていたのだが。

 従弟とゴンドーリアンが別れを惜しむ様子を、ローハン王子が取り澄ましたポーカーフェイスで眺めている。
内心、(なんなんだ。大げさすぎるだろ。怒)などと思いつつ。
だが次にボロミアがセオドレドに歩み寄ってその手を取ると、別の意味で平静ではいられなくなった。
「王子殿下・・・近いうちに、あなたとゆっくり語り合う時間を頂きたいものです」
そう囁きながら、実に魅惑的な、揺れる瞳がセオドレドを見つめた。
「え、ええ、もちろん、ボロミア殿」
かなりうろたえ気味に答えるセオドレドである。
横目でエオメルを見ると、従弟は泣きべそをかいていて何も気づいた様子はなかった。

「では出発しよう。ボロミア殿、世話になった。またいずれ」
王子が告げると、一行は噴水広間を出て、ミナス・ティリスの長い下りスロープに向かった。
馬に跨るときにちょっと辛そうな顔をしていたエオメルが、馬上から振り向く。
エクセリオンの塔を背にボロミアが手を振っている。
執政の長子はまた涙を流しているらしい。
それを見るかれの鼻の奥もツンと痛くなった。
エオメルは手がちぎれる程、ボロミアに手を振り返した。



 城門を出て、一歩進むごとに白い都が遠ざかる。
しんがりを務めるエオメルは、もう一度顔を後ろに向けて石の都を見上げた。
その壮麗な威容を、心に刻む。
滞在したのはほんの数日だったが、それは忘れられない日々となった。
あの美しい、ボロミアの白い肌にこの手で触れた、夢のような時間。
そして、誰にも明かせない秘密を残して、危地に旅立った弟君の青い瞳・・・。
「エオルの誓い」が両国を分かちがたく結びつけ、かれらをたがいに引き寄せた。
遠い昔に、キリオンとエオルが蒔いた友愛の種は、力強く芽吹いて今もローハンとゴンドールのあいだを繋ぐ枝を茂らせているとエオメルは思った。
いつかは寿命がつきて枯れるときが訪れる、その日まで。

−−誓いは、デネソールとセオデンが斃れたあとも守られた。
だが、変えることの出来ない運命の変転によって、それを受け継いだのはボロミアとセオドレドではなかったが。

 かれは前に向き直った。
左側に雄大な白の山脈がそびえている。その連なる先に、かれの故郷があるのだ。
前方には背の高い従兄が馬に揺られていた。金色の髪が陽に照らされて輝いている。
エオメルは手綱を操って馬を進めた。
そしてセオドレドと馬首を並べてかれは言った。
「さあ。わたしたちの国へ帰りましょう」


20060423up



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