患者の立場での糖尿病臨床研究

その6) 自己測定値と検査室測定値の異常な乖離!

簡易自己測定器による測定値が、検査室測定値とどれぐらい乖離するかに関して自分自身の体で検討した当初の結果については『その2』で述べた。 同じ図を整理したものをもう一度下に示す。

この図から見えてくる際立った特徴は『糖負荷前空腹時測定値』は検査室特定値のほうが
自己測定値よりも常に高い値をしめすということであった。 
このことを、例数を増やして検討してみた結果が下の図である。

7月8日と8月21日の2回だけは採血の前後で3回ずづ計6回自己測定を行い、それ以外の7回に於いては採血の前後で2回ずつ計4回の採血を行い、それぞれ平均値を算出した。 上の図から、空腹時に於いては前後3回も行う必要はなく、前後2回の計4回の平均で充分と言えそうに思えた。
では、空腹時でなく、糖負荷後も前後2回の計4回の平均で充分であろうか? 私は、自分自身の体で行った5回にわたる5時間糖負荷試験の結果から考えると、前後2回計4回の自己検査で充分であると考えた。 一例を下に示す。

糖負荷試験後の急上昇や下降にもかかわらず前後2回計4回の平均値は充分流れを反映できていると考えたのである。 では、検査室測定の再現性・信頼性はどうであろうか?

上の図の緑の折れ線が今村病院分院の検査室の測定値で、赤の折れ線グラフが同時に採血した検体を遠心分離して上清を鹿児島市内にあるBMLの検査室での測定値である。 2つの折れ線グラフが見事に重なり合っていることから、検査室測定値の恒常性と信頼性が確認できたように思う。 なお、この作業はさらに別な5時間糖負荷試験でも行い、同じ結論を得ることができた。

さて、それでは、この上記の事例、ならびにその前後に行った4回、合計5回の私自身の5時間糖負荷試験における検査室測定値と自己測定値の比較検討の結果を下に示す(自己測定は、いつものように手の指先でおこなった。 また、2008年11月14日の糖負荷テストの検査室測定値は必要な補正を行ってある。)





以上示した5回の5時間糖負荷試験において共通した特徴がみられた。 その一つ目は、糖負荷前空腹時は検査室測定値が自己測定値よりも高いこである。 その二つ目は、糖負荷後に、糖負荷前とは順位が逆転して自己測定値が検査室測定値よりも高くなるフェーズがあることである。 その三つ目は、5時間糖負荷試験の最後のあたりでもう一度逆転して、検査室測定値が自己測定値よりも高くなったことである。
なぜ、このような2度の逆転が、しかも、5回の全ての事例で起こったのであろうか?
5回の全ての事例でみられているので、簡易測定器のセンサーテープの差異によるものは考えにくかったが、念のため異なるロット番号の6グループごとの検査値の違いの検討を行った(下図)。

その結果、ロット番号の差異による影響は考えなくてもよいと結論した。

さて、この2度にわたる逆転の理由に関して、これまでに明らかにされていることを整理してみたい。

まず大事なことは、検査室測定値は静脈血をみているのに対し、自己測定値は動脈血をみているということである。

上記の解剖学の教科書の図からも明らかなように指先の毛細血管は臓器を通過せずに動脈血がそのまま運ばれてきているため、指先での簡易測定の際に得られる血液は動脈血である。

実は、このことは、多くの論文で確認されており、実際に指先の毛細血管中の血液が動脈血と同じであることを直接確認した論文もあり、ひろく認識されていることで、私が初めて気づいたというわけではない。

では、最初の逆転後の自己測定値(動脈血)と検査室測定値(静脈血)の乖離は、私だけにみられた出来事であろうか? 実は、これに関しても、すでにこれまで論文等で発表されて、広く周知されている出来事である。
例えば、 Kuwa K, et al. Relationships of glucose concentrations in capilary whole blood, venous whole blood and venous plasuma. Clinica Chimica Acta 307(2001) 187-192 に於いては、静脈血と手指末梢毛細管血を直接測定し、なんと逆転後の両者の乖離まで証明しているのである(下図)。

しかしながら、2度目の逆転に関しては、私が調べた範囲内では論文記載を見つけることが出来なかった。私が使用したワンタッチウルトラビューの製造元のジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社(血糖簡易測定器では世界有数の会社)の学術の方の意見でも、これまでこのことの記載はなく、新しい発見であろうとのことであった。 上記の図でも180分(3時間)までの検討であり、そもそも5時間糖負荷試験の正常健康人の多数例での論文が皆無であったことからも(本シリーズのその1参照)容易に推定されるように、3時間以降のこのような検討はなされたことがなかったというのは理解できることである。
さて、私が初めて見出したこの2度の逆転により、これらの事象の起こった原因の推定・考察がやり易くなったように思う。 すなわち、

5回の事例の全てにおいて例外なく認められることは、最初の糖負荷前空腹時と2回目の逆転後のフェーズのどちらもインスリン値が低く、一回目の逆転後の自己測定値が検査室測定値よりも高いフェーズではインスリン値が高いことである。

そのことからごく自然に次の仮説が導かれる。すなわち、上の図に示す様に、インスリン値が低い最初の糖負荷前空腹時と2回目の逆転後のフェーズのどちらも、インスリンが低いだけでなく、低下している血糖を上げるために『インスリン拮抗ホルモン優位』の状態であるという仮説である。

血糖値を下げるホルモンはインスリンだけであるが、血糖値を上昇させるホルモンは上の図の桃色で示したようにたくさん存在している。 もしもこの仮説が正しければ、これまでみてきた2度にわたる逆転と乖離現象は、下の図のような形での説明が可能となると思うのである。

もっとも、インスリンの作用で上昇している血糖を筋肉に取り組む作用は、誰もが認めることであるが、筋肉内のグリコーゲンをぶどう糖にして血液中に送り込むということがありうるかについては、糖尿病の教科書には記載されてなく、糖尿病の専門の先生の中にも『そんなことは我々糖尿病の世界の常識には存在しない』と言われた方もおられたほどである。 しかし、この方面の文献をあたってみると、基礎研究の分野では、筋肉内でこのようなことのおこり得ることを示唆あるいは支持する論文が少なからず散見されるのである。
例えば:
1) Stephen F, et al. Is there glucose prodaction outside of liver and kidney? Annu. Rev. Nutr. 29: 43-57, 2009
2) Fournier P. et al. The glucosidic pathways and glucose production by frog muscle. J. Biol. Chem. 267:8234-8237, 1992
3) Shieh J, et al. A potential new role for muscle in blood glucose homeostasis. J. Biol. Chem. 279: 26215-26219, 2004
4) Hirose K, et al. Significance of the increase in glucose 6-phosphatase activity in skeletal muscle cells of the mouse by starvation. Anatomical Record 216:133-138, 1986
5) Watanabe J. et. al. Cytochemical and Biochemical glucose 6-phpsphatase activity in skeletal muscle cells of mice. Anatomical Record 214:25-31, 1986
6) Gamberuccit A. et al. Low levels of glucose-6-phosphate hydrolysis in the sarco;lasmic reticulum of skeletal muscle: involvement of glucose-6-phosphatase. Molecular Membrane Biology 13: 103-108, 1996

残念ながら、人体における論文はなく、臨床的な観点からの論文も私が探した限りでは見つける事が出来なかったので、私は本シリーズの『その3』で紹介した健常成人26人の中のボランティア番号 NO.10〜No.26までの17名の方において、この仮説の検証をすることにした次第です。
すなわち、臨床の事例で下記の図の、

インスリンの低い最初のフェーズと2回目の逆転後の最後のフェーズの両方の静脈血において『血糖を上昇させようとするホルモンが高値を示すかどうか』を直接、17名の健康成人で証明できれば、仮説を支える大きな事実にと示すことが出来ると考えたのです。
その結果に関しては、章を変えて『その7』として掲載させていただきたいと思います。
ご期待ください!