マイナス7度の雁坂トンネル
2011年12月17日
トップページに戻る 目次ページに戻る 地区別索引 旅行データ 風呂めぐり
前頁へ 次頁へ
本文 データ 参考
【本文】
若い頃に秩父から雲取山へ上り、奥多摩へ下ったことがあります(1975年12月)。
正月を山で過ごすために三峰神社から凍った長い山道をぐちを並べて歩きました。
雲取山荘に3泊しましたが、相棒が麻雀で勝ち続けて山小屋の主が帰してくれないための長逗留でした。
わたしの山歩きや旅にはそんな馬鹿げた理由で予定外の長逗留があります。
民宿や山小屋の主には変わった人がいたものです。
ひとなつっこい相棒はそういう人に好かれて、わたしは渋々つきあわされました。
能登半島、栂池高原、高遠などがそういう場所でした。
せっかく山に来たのに山を歩かないで登山者に馬鹿にされたものです。
しかたないので飛龍山を往復したり、まわりの山を撮影して過ごしましたが退屈でした。
奥多摩と八ヶ岳の間にある秩父の山々には韮崎や塩山(現在は甲斐市)から出向きました。
乾徳山、みずがき山、金峰山などは今も懐かしい山です。
秩父から山に入るのは所沢から西部鉄道に乗り換え、秩父鉄道に再度乗り換えなければならないからです。
いずれできるといわれていた雁坂トンネルが開通するまで30年もかかりました。
1998(平成10)年4月に開通してから何度か出向いていますが、トンネルの長さにうんざりしつつも、秩父に至る大きく弧を描くループ道にひかれています。
このループ道を走るためにわざわざ立ち寄ることも何度かあります。
数年前に宮沢湖畔にできた日帰り温泉へ出向いて入浴しましたが期待したほどではありませんでした。
その帰りに思いついたのが、正丸峠を抜けて秩父をまわり、山梨へ抜けることでした。
小学生のときの遠足で正丸峠に来たという妻は思い出話を並べますが適当にあいづちを打って過ごしました。
18時過ぎて正丸峠についた頃は駐車場に止まるクルマも少なく、冷え込んでいました。
「冬場の走行はチェーンの携行をしよう」と電光表示がされていましたが無視しました。
妻は「大丈夫かしら」と不安がりましたが、「有料道路だから除雪されているよ」と軽くいなしました。
秩父市街を抜けて大滝温泉(合併する前は大滝村でした)を過ぎると行き交うクルマもありません。
「気温0度だって」と妻がおびえ始めました。
「チェーンが必要じゃない」と追い打ちをかけます。
確かに路面も凍り始めています。
それを無視して先に進めば黒い物体が飛び出しました。
「鹿よ、鹿が飛び出してきた」と妻が叫びます。
あわててブレーキを踏みましたが鹿はそのまま去っていきました。
「新車に替えたばかりなのに、急に飛び出しやがって」とわたしがつぶやけば妻が吹き出します。
いまさら引き返せないので先に進めば道路の温度表示がマイナスの赤数字に変わっています。
おまけにクルマのパネルに「外気温低下」の警告まで表示され、マイナス3度と表示されます。
「マイナス7度だって」と妻は驚いていましたが無視しました。
雪は残っていても、凍結してませんから走行に支障はありません。
内心では不安でもそれを口にしたら妻はパニックに陥るだけです。
ループ道に入って、駐車場に入ると雪がびっしり積もって凍っています。
「こんなところは早く通過すべきなのに、あんたはなんで止めるの」と非難されました。
せっかくループ道に着いたのにシャッターを押さない妻にいらだって停車したのを妻は気づきません。
ともあれ、雁坂トンネルに入ると除雪がされていて凍結もしていません。
「一昨年の暮れに奥多摩から塩山に抜けたとき雪道で冷や汗をかいたのを忘れたの」と妻はむしかえします。
懲りない亭主に連れられて、一緒に出歩く懲りない妻もいるわけです。
「温泉につきあったんだからこれぐらいでガタガタぬかすな」と言えば妻は無口な女に戻りました。
不安を隠しても走り抜こうとする亭主の努力がわからないのも残念です。
【データ】
12:40発、保パ・鎌倉街道・鶴川街道・14:20府中IC・14:30-15:00石川PA(食事)・15:10八王子JCT・圏央道・15:40日高IC・宮沢湖「喜楽里の湯別邸」16:10-17:10、18:10正丸峠(休)、・秩父市・19:00雁坂トンネル(カーブは雪・鹿が横断・マイナス7度)・20:10甲府・20:30-21:10勝沼のレストラン・22:10八王子IC・23:30帰宅・380km
【参考】
雁坂トンネルは、公式ホームページで確かめてください。西沢渓谷のガイドも掲載されています。山梨県道路公社のサイトです。