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◎目次
●字が下手だった
●見やすさを優先
●画面の文字
●手書きの温もり
●大きく表示
ひけつ 28 あえてふれない
■字が下手だった
私がワープロ機を使い始めたのは20年前で、50音配列の単漢字変換機であった。なぜ使ったかというとクセ字で、みすぼらしかったからである。文書は残るから綺麗なほうが良いというだけで飛びついた。使い始めて何度も書き替えられる便利さに味をしめた。横着者だからこういう便利さにはたちまち慣れた。
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■見やすさを優先
弁解させてもらえばクセ字でも見やすさには配慮していた。自分が書いて読めなかったり、他人が見て分からないような文字は書かなかった。達筆の人が書いた文章は理解不能なときがある。技術はすばらしくても誤解を生むのは考えものだ。誰が読んでも分かる見やすさが大切だろう。見やすさを優先すればワープロの文字のほうが分かりやすい。でも、細かく見るとけっこう省略された部分がある。
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■画面の文字
最近は仕事でもパソコンの画面を見る機会が増えた。紙に印刷されたものより目が疲れる。機械から印刷された文書に至っては10.5ポイント程度の文字が多いから、細かすぎて老眼鏡がなければ見る気がしない。画面の文字とテレビや映画の画面とは違いがある。解像度や動きの差もあるにせよ、ディスプレーの画面は疲れる。これは私が老化したから感じることにせよ、無視できないことだろう。
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■手書きの温もり
最近は手書き文字をめったに見なくなった。年賀状や手紙でさえワープロで仕上げられている。でも、電話の取り次ぎメモやハガキの添え書きは手書きの温もりがある。もっとも、字は綺麗でも内容が不明では泣けてくる。クセ字でも通用するのが絵手紙だろう。温もりの中には書いた人の気配りや表現力が含まれるようである。
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■大きく表示
ワープロにはいろいろな書体(フォント)が含まれている。デザインも豊富で色あざやかな加工もできる。だから、表現能力にたけた人には手放せない道具となっているようだ。でも、読む人に対する配慮が欠けた使い方も目立つ。細かい文字をぎっしり詰めたり、ケバケバしいだけの文書も多い。
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