君の力の本質は、結局のところ”媒体”だ、と言われたことがある。
元々相手の中にあるものを、否応無く引きずり出して強めてしまう力。
それ自体は、光も闇もない、受動的なもの。

しかし、怒りなのか、哀しみなのか、よく判らないもので歪めたその男性の顔を見ながら、私は小さく溜息を吐く。
やはり、私は人を歪めることしか出来ないのかもしれない、と。

「もう……唄わせない。お前の歌は…必要ない……」
呪いのように呟く初老の男性は、先ほどまで私が招かれて唄っていた館の客人の一人だった。
銀の髪を綺麗に撫でつけ、手に杖を持った、温厚そうな紳士。
しかし、今その表情には暗い苦悩が浮かんでいる。

宴の後も残るように、と館の主から言われていたが、私は体調不良を理由に退出していた。
吟遊詩人が貴族の館に泊まるということは、大抵そこの主か、客人と夜を共にするということに他ならない。 私は、見知らぬ相手と肌を合わせるのを厭うようになっていた。
糧を得る為とはいえ、その行為になんの嫌悪も…あるいは特別な意味も持っていなかった心が、素直に「厭」と叫ぶ。身篭ることのない体であることも、もはや関係なかった。それは、少し前に魔王ルシファーを名乗る男に捕らえられてから、余計強くなったように思う。

彼の男と私の間には、二人の剣士がいて、私に向かって刃を向けている。
どうやら、私の歌がよほど気に食わなかったらしい。
”吟遊詩人一人になんて大げさな…”

「殺せ」

彼は、剣士たちに指示を出して後ろに下がる。
目の前を銀色の光が走る。横に動いて一人の刃をなんとかかわし、もう一人の剣は左の腕で受ける。厚い布を貫き、肉が裂けて血があふれ出す。 痛み、というものにあまり敏感ではない体にも、明確な熱が鼓動と共に伝わってくる。
痺れた左手を無理に振って、血を剣士の方に飛ばす。

ここで私が命を落とせば、この紳士の不安が少しでも減るというのなら、それも意味がないことではないと思う。
だけど……。

「今はまだ、死ねないんです」

ごめんなさいね、と呟く。

「もし死にたくないのなら…」
その言葉を命乞いと取ったらしい。彼は私を睨みながら言った。
「もし、死にたくないのなら、私の館に来て私のためだけに歌え。
そうしたら、命を助けてやらんでもない」
圧倒的に自分が有利な状態でありながら、その言葉にはどこか懇願するような響きがあった。
本当に歌を賛美しているのなら、別に私の命を狙うこともないだろうに。
彼が欲しているのは、けして私の声ではない。
この国に来てから、周囲に素晴らしい歌い手が何人もいて、私は本当に美しい声、大気の霊を震わせ、哀しみを慰撫する歌というものを知っている。
私の歌は……稚拙でつまらない言葉の塊に過ぎない。

その歌に付加価値を付けるとすれば、その人の心の中に元々あるもの。
失ったもの、忘れてしまったもの、気付かない程の小さな傷と呼ばれるもの。
精神の奥深くに隠されているほど、それは鮮やかに映る。
彼はきっと、それを葬りたいと思いながら、どこかで取り戻したいと願っているのかもしれない。

今までの私は、いつも何かの代わりだったのだと思う。
神の代わり、ここにはいない誰かの代わり、あるいはそれぞれの中にある想いや偶像の代わり……。
今は、それが厭で。誰かの人形にしかなれなかった自分が、酷く、イヤだから。
私は腕を強く引く。傷はすでに治りかけている。

あの方がくれた、ヴァンパイアの、力。

流した血が、実体となってふわりと舞い上がる。
何百もの小さな紅い胡蝶。それが、彼らの目を塞ぎ、息を奪う。
ひらひら、ひらひらと舞う赤に惑わされている姿は、まるで夢幻のように美しい。
それに紛れて、身を翻した所を、誰かに捕らえられた。
私の意識は、ほどなく暗い闇に堕ちた。


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