回折レンズと回折効率
キャノンから回折レンズを利用した望遠レンズの発表がありました。 回折レンズとか何でしょうか? キャノンの発表サイトだけではその仕組みがわかりませんので、わたくしが代わって、やさしく解説(回折?)します。
高校物理がわかっていることを前提にお話します。
回折格子を思い出しましょう。 回折格子とはガラスの表面に無数もの溝を掘った特別な光学素子です。 光の回折の性質から溝と溝の間隔に依存して、光は大きく回折したり小さく回折したりします。 回折といっていますが、光がその溝で曲がるのです。
図を見るとよくわかります。
左:溝間隔が大きく、回折角度が小さい 、 右:溝間隔が小さく、回折角度が大きい
ということは、連続的に溝間隔を変化させれば普通の屈折レンズのように、光が一点に集中することが考えられます。 次の図を見ましょう。
溝間隔をレンズ周辺で小さく、レンズ中心付近で大きくして、レンズ作用を作る
これが回折レンズです。
では一体何が問題になるのでしょうか?
回折は面倒なことに、1次、2次といった次数の光を生み出します。 もう一度回折格子を見てみましょう。
0,1,2次の光の回折する様子
図で分かるように、入射した光は次数に応じて回折する角度が違います。 これが迷光になるため、回折レンズを光学系の中に組み込むのが困難だったのです。
これを改善するには、入射した光をある次数に集中させることが必要です。 そのためには溝を掘るだけではなく、溝と溝の間を斜めにするとある特定の波長に対し、回折効率を100%近くまで上げることができます。 これをブレーズ化といいます。
溝を屋根型にした回折格子
このようにして屋根型にすることである特定の波長に対し、回折効率を上げることができます。 しかし、写真撮影用レンズに使うにはまだ不十分です。 他の波長では回折効率が下がってきてしまうのです。
そこで登場するのが、張り合わせた回折レンズです。
異なる2つのガラスで作られた回折レンズ、または回折格子
なぜ、1枚のガラスと2枚のガラスでは他の波長での回折効率が違うのでしょう?
そのカギは溝の深さにあります。 回折効率を100%にするためには、深さを波長にあわせる必要があります。 一枚のガラスのみ場合、ある波長で深さを合わせても、他の波長では深さが一致しません。 これが回折効率を下げる原因です。
下の図を見てみましょう。
左: ガラスと空気の組み合わせ 、右:2種類のガラスの組み合わせ(オリンパス特許より)
黒の実践はガラスの形状を表し、色の実践は各波長での光学的な形状をあらわします。 左のようにガラス1枚だと波長の長さと光学系な深さが一致しませんが、右のように2つのガラスを組み合わせることで各波長と光学的な深さが一致します。これにより全波長域で回折効率を100%近くまでも持っていくことが可能になります。
キャノンではこれとは違って、2つのガラスの間に空気間隔を入れて回折効率を上げています。
キャノンのケース(特許より)
設計的にはどうなのか?
ニュースリリースを読むと、回折レンズはSD+非球面レンズに相当する性能があると書かれています。 確かにわたしの設計経験でもそのとおりでした。 ではなぜそのような効果があるのでしょうか?
非球面効果について説明しましょう。
溝間隔は自由に設定することができます。 回折レンズは平面状のガラスに作っても、レンズ作用だけでなく自由な溝間隔によって収差補正を高めます。 したがって、非球面レンズに相当する能力を秘めています。
では色収差はどうなのでしょうか? 回折レンズでは色の分散が屈折レンズと反対であるために、SDレンズ並みの効果があると思われがちです。 しかし実際には、逆分散自体に色収差補正があるのではありません。 異常な分散特性をもっているためです。 異常分散性についてはSDやEDガラスで有名でしょう。
注意)異常分散性であって、異常低分散ではない。SDガラスなどは低分散かつ異常分散性をもっている。
一方回折レンズは超高分散かつ異常分散性をもつ。
ガラスの屈折率から分散の様子がわかります。 下の図を見ましょう。
異常分散性を表すグラフ
数百種類のガラス素材を上のグラフにプロットすると、多くのガラスが緑のラインに乗っかってしまいます。緑のラインはアクロマートを作り出すのに有名な、BK7とSF2の2点を結んだラインです。 このライン上にある限り、残存収差を取り除くことは不可能です。 これはちょうど連立方程式を解くときに、同じ方程式があっては解がでないとのと同じことを意味しています。
そこでこの緑のラインから外れたSDやEDガラスを使うことで多数の波長での色収差補正が可能になるのです。
では回折レンズはどうでしょう?
DOEとなっている部分が回折レンズになります。 グラフは模式的になっていますが、実際のDOEの異常分散性はSDやEDの比ではありません。 これが回折レンズを望遠レンズに使われる大きな理由です。
フレネルレンズと回折レンズの違い
図を見ていると、フレネルレンズと同じではないかと思われた人も多いでしょう。 これらは全く違うものです。フレネルレンズの作り方を見てましょう。
フレネルレンズの作り方
上の図を見ながら説明します。 レンズを1枚用意します。 このレンズをいくつかに分割します。 レンズの各部分での屈折作用はレンズを前に出そうが後ろに出そうが代わりません。 そこで各部分を移動させてレンズを薄くします。 これがフレネルレンズです。 あくまでも屈折作用でレンズを成り立たせています。
回折レンズは溝間隔を回折する角度に応じて設計され、溝深さも波長に応じて設計されています。 一方フレネルレンズは自由な分割間隔があり、深さもレンズの曲率で決まります。
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