福井良之助展

(2005.4.24)

「福井良之助の版画展」
佐倉で観るつもりだったのだが
花粉の季節だったので
高崎に回って来るのを待った

連休中に観るつもりだったのだが
パソコンがウィルスバスター騒ぎで動かないので
気分転換に出かけた

高崎市立美術館には前にも行ったことがあるが
駅から近い美術館で 
たいてい電車行く私は
駅から近いというのは本当にありがたい

今日は始まって最初の日曜日なので、地方とは言えどもそれなりに人はいるかと思ったが、私が入ったときには誰もいなかった 私は、ゆっくり順番に観て行った 

孔版画という技術はなんと繊細なのだろうか・・・ 写真にすると分かり難いが、同じ色でも美しい細かな滲みのような濃淡が出来、それは深い味わいを与えていた 


私はガリ版刷り知っている世代なので、この色を何からどのように出しているかにも興味が湧いた

ガリ版刷りは、薄い蝋紙・・と言っても見たことない人には分からないだろうか、ハトロン紙に薄く蝋を塗ってある感じ・・を鉄筆と言う硬い鉄の芯の鉛筆で蝋を擦り落として文字を書き、その擦れて蝋のなくなった所にインクが入り文字となって印刷になるという仕組みだ

大きな面で擦れば大きく色が入るわけだが、この紙はピラピラのすぐに破れる代物だった 

作業が細かいだけに、作品も小さな繊細なものが多かった 

私は「この展覧会は作品集めが大変だった」と聞き 
「版画は一点制作ではないので、油絵などから見たら数があるはずなのに、何故だろう?」
と不思議に思っていた 

その謎は、この孔版画と言う特赦な版画にあった 
一作品が、5点とか数少なく、50枚100枚が普通の普通の版画とは違っていた

また彼の作品の多くはアメリカに渡っていた
私はこの明るいとは言えない繊細な版画がアメリカ人に愛されたことも不思議に思った




この人は岩手県一関に住んでいた板敷きがあるのだろうか、北国の絵がとてもいい

しかし、ソコには田舎の鈍重さとか野暮ったさはない 、どの作品も、デザインを思わせる簡潔な作風で洒落た雰囲気があった かといって軽いのではない

ひとつひとつの作品がどれも繊細で、書斎の壁に掛けて毎日眺めていられたら幸福だろうなと思った

今回の展覧会でとても残念だったのは、まだカタログが出来ていなくて予約だったことだった 

印刷にしたらこのよさは出ないだろうと思い、実物のカタログを見られないことから予約しなかったのだが、帰宅から絵を思い返すととても観たくて残念だった

今回は佐倉から回って来てまだできていないと言うのはいったいどうしたのだろう 

その後、佐倉の川村美術館に行った時に、佐倉市美術館に寄ってカタログを買うことを思いつかなかったことも残念に思っている

この展覧会を観た話を、blogでもほとんど観ないのだが、こんな良いものが多くの人に観られなかった事を本当に残念におもっている

ただ、それで嬉しいことは空いていたことだ この小さな繊細な作品は、側によってゆっくりじっくり眺めたいものだから、混んでいたら楽しみはぐんと減っただろう

カタログが手に入ったら、この記事ももう少し書き足したと考えている

今までに版画展はそう多くは観ていないが、
駒井哲郎展よりずっと印象深く
千葉市美術館で観た浜口陽三展と並ぶ私好みの展覧会だった


 追記: この日、お昼をどこかで食べなくてはと探しても、駅付近の店は休日というのに閉まっていた コレにはまいてしまったが、タワー美術館の先にとても美味しい店を教わった 蕎麦に天ぷらなどなど・・ 店の名を今は思い出せないのが駅からの一本道左側、私が高崎市民なら常連になりたい美味しさのうえに安さだった 

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