フクロウめがね〜フクロウめがね
「キンタさん、起きてよ」
今度はパンタがキンタを起こしました。
「あっ、もう出発する時間か」
西の空にはまだ夕焼けが残っており、東の空には半分より少しふくらんだくらいの月が、
高い所まで昇っています。
「さあパンタ、出発するぞ。しっかり着いてこいよ」
「大丈夫だよキンタさん。どんな森か楽しみだなあ」
キンタの後を追って、パンタも夕焼けに向かって飛び立ちました。前方に見える町並み
には、もう沢山の明かりがついています。港の桟橋に泊まっている大きな船も、まぶしい
くらいの明かりをつけています。
「すぐ前に見えるのが東舞鶴の市街だよ。パンタが乗り込んだ船は、この港から出ている
んだ」
「思い出した。あそこに泊まっている船がそうだよ」
「いや、パンタが乗った船は北へ行ったままで、まだ帰ってはいないはずだよ」
パンタにはどの船も同じような格好に見えたのですが、キンタは微妙な違いがあること
を知っていました。
明るい市街地を通過すると小さな山があり、その先に西舞鶴の町並みが見えてきました。
西舞鶴も通過してさらに進むと、大きな川が見えてきました。
「前に見える川は由良川と言うんだよ。この川に沿って進むのが、一番わかりやすいコー
スなんだ」
月に照らされて、川面がきらきらと輝いています。キンタは川まで行くと左に向きを変
え、川に沿って進んで行きました。川の両側に見える明かりはまばらで、人家が少ないこ
とを物語っています。やがて前方に明るい町並みが見えてくると、キンタは高度を下げて
パンタに言いました。
「もうすぐカンクローのいる福知山だ。用心して行くぞ」
さらに川沿いに進むと、市街地の外れにこんもりとした小さな丘が見えてきました。
「あそこがカンクロー一味の根拠地だよ。人間の城跡なんだけど、奴らにしては良い場所
を見つけたもんだね」
「襲ってはこない?」
「心配することはないさ。今頃はぐっすりと眠っているからね。こちらもけんかをする気
はないから、だまって通り過ぎるよ」
市街地を右手に見ながら通過すると、辺りはもう真っ暗になっていました。
「さあ、もうすぐぼくの森が見えてくるよ」
さらに進んでいくと、キンタが前方を指差して言いました。
「ほら、正面に見えるあの山がそうだよ」
正面に見える山はどれも同じような形をしているので、パンタにはどれがキンタの森の
ある山なのか分りません。
「ちょっと分かりにくいかも知れないな。正面に鉄塔が見える山があるだろ。あの左側の
山がそうなんだよ」
「鉄塔の左側・・・あっ、あれだね」
パンタにもようやくキンタの山が分りました。遠くにはぽつりぽつりと人家の明かりが
見えますが、自動車の音も聞こえない静かな森でした。
「さあ、これがぼくのお気に入りの枝だよ」
キンタは杉の木に向かい、水平に伸びた枝に止まりました。パンタもその隣に行き、今
飛んできた方角を振り返りました。
「静かな森だなあ」
「気に入ってくれたかい。来年の春まで一緒に暮らそうぜ」
「雪は降らないの」
「多少は積もるらしいけれど、そんなに寒くはならないし、獲物を探すのに困ることはな
いそうだよ」
キンタも今年生まれたフクロウですから、冬を越すのは初めてです。でも詳しいことは、
ホウホウじいから聞いて知っていたのです。
「この山は何と言う山なの」
「人間のつけた名前は知らないけど、ぼくは足柄山と呼んでいるよ。もっともこれはホウ
ホウじいがつけた名前なんだけどね」
「ふーん、ホウホウじいがねえ。あれ、もしかしたらキンタさんの名前もホウホウじいが
つけたんじゃあないの」
「そうだよ、よく分ったね」
「うん。ぼくの場合はブツブツばあがつけたからね」
「へえ、でもどうしてパンタって言うんだい」
「ぼくは飛ぶのが下手だから、いつもパタパタと音を立ててしまうんだ」
パンタはちょっと首をうなだれて言いました。
「そうかなあ。ずっと一緒に飛んできたけど、全然羽音はしなかったよ」
「本当?じゃあ少しは飛ぶのがうまくなったのかなあ」
パンタはうれしくなってきました。直そうとしてもなかなか直らなかった悪いくせが、
いつの間にか直っていたからです。
「ねえ、ホウホウじいは近くにいるの」
「ホウホウじいの森はもう少し南の方だよ。会いに行くかい」
「今からでもいいの」
「なあに、ホウホウじいはいつ行ったって歓迎してくれるさ」
パンタは大喜びで、キンタの後についてホウホウじいの森に向かいました。
「ほう、キンタじゃないか」
明るい町の上空に達した時、二人の後ろで太くて低い声がしました。迫力のあるその声
にパンタはびっくりしましたが、キンタも同時に驚いたようです。
「なあんだ、ホウホウじいかあ。びっくりしたよ、もう」
声の主はホウホウじいでした。
「油断していたな、キンタ。まだまだ警戒心が足りないぞ。わしが敵だったら、お前はや
られていたんだぞ」
「だってこの辺りには、悪いフクロウなんていないもの」
「馬鹿者!そんな甘い考えでは、カラスにだってやられてしまうぞ」
力自慢のキンタも、ホウホウじいに言わせればまだまだ未熟者の新米フクロウなのです。
ホウホウじいはそんなキンタを、厳しく鍛えていたのです。
「後ろにいるのは・・・トラフズクか。初めて見る顔だな」
「友だちのパンタだよ。ホウホウじいに会いに来たんだ」
「ほう、わしに会いにか。そいつはうれしいねえ」
ホウホウじいはキンタを叱った時よりもずっと穏やかな声になり、自分の森へ二人を連
れて行き、小枝の茂ったねぐらに案内しました。
「あれえ、いつもと違う木だね」
キンタは何度も来ていましたが、このねぐらは初めてでした。
「ああ、カンザブローの野郎がここにも現れるようになったんだ。昼間でも安全なねぐら
を確保しておく必要があるので、あちこちに用意してあるのさ」
「えっ、ここにもカンザブローが!」
キンタはびっくりして大声を上げました。
「福知山のカンクローの根拠地を使ってな。この辺りの町中のカラスは、皆あの野郎に降
伏したようだ。それで今度は周辺の村落や山中のカラスにも手を伸ばし、全部自分の支配
下に置こうとしているようだ」
ホウホウじいはため息をつきながら言いました。
「そうか、カンザブローが福知山に進出したので、その先鋒としてカンクローが舞鶴近辺
に現れたんだね」
「ほう、カンクローはそんなに遠くまで行っているのか」
「うん、このパンタが襲われていたのをぼくが助けたんだ。あの時は追い払ったけど、ま
たすぐに集まってくるね」
「ああ、大ボスのカンザブローをやっつけない限り、あのカラスの大集団を消滅させるこ
とはできないんだ」
「ぼくに任せてよ。カンザブローなんかやっつけてみせるさ」
キンタは自信満々で言いましたが、ホウホウじいはまた厳しい口調になり、キンタをに
らみつけながら叱りました。
「この大馬鹿者め!カンザブローを甘く見るんじゃない!カンザブローは力だけで倒せる
相手ではないんだ。しっかりと作戦を立てなければ、やつを倒すことは不可能だ」
カンザブローの実力を知っているホウホウじいは慎重でしたが、キンタは実際に戦った
ことがないので、やはりカンザブローを侮っていました。
「でもホウホウじい、ぼくはカンクローと手下のカラスを一人でやっつけたんだよ。パン
タも見てたよな」
「うん、キンタさんは頭突きでカンクローをやっつけてしまったんだ」
キンタとパンタは青葉山での戦いをホウホウじいに話しましたが、ホウホウじいはキン
タを諭すように言いました。
「良いかキンタ。カンクローも多少の猿知恵はあるだろうが、ただ乱暴なだけで大将の器
ではない。だがカンザブローは腕が立つだけではなく、戦略にも長けているのだ」
「戦略って?」
「戦いを始める前に、自分を有利な立場に持っていくことさ。カンザブローは自分が不利
な状況では、絶対に戦いを始めない。だから一度も負けたことがないんだ」
ホウホウじいの言うことは難しくて、パンタには良く分りません。
「ねえホウホウじい、もっと分りやすく話してよ」
「そうかそうか。例えばだな、フクロウが相手の時は夜とか森の中では絶対に戦わない。
よく晴れて太陽がまぶしい日の昼間、障害物のない大空や、飛び慣れた人間の町中で戦い
を挑んでくるだろう。もちろん大勢の手下を連れてな」
「でもホウホウじい、ぼくはこんなものを持っているよ」
パンタはサングラスを取り出して言いました。
「ほう、サングラスか。どうしてそんな物を持っているんだい」
さすがはホウホウじい、ちゃんとサングラスを知っていました。
「ぼくが住んでいた森の、ブツブツばあにもらったんだよ」
パンタはブツブツばあのことを思い出し、うれしそうに言いました。キンタも自分のサ
ングラスを取り出して、ホウホウじいに尋ねました。
「ぼくもパンタにもらったんだけど、うまく使えないんだ。ホウホウじい、何か良い方法
はないかなあ」
ホウホウじいはキンタからサングラスを受け取り、自分でもかけてみましたが、やはり
サングラスは落ちてしまいました。
「なるほど、パンタは耳羽を使ってかけたんだな」
ホウホウじいはサングラスをかけたパンタの顔を見つめ、考え込んでしまいました。し
かしさすがのホウホウじいにも、うまい方法は見つかりませんでした。
「残念だなあ。キンタにサングラスが使えれば、昼間でもカンザブローと対等に戦えるん
だが・・・」
「なーに、むサングラスがなくったって、カンザブローなんかには負けないさ」
キンタはなおも強気でしたが、ホウホウじいはそんなキンタが心配でした。精神的にも
未熟なキンタが今カンザブローと戦えば、確実に負けることが分っていたからです。何と
かしてカンザブローを倒す作戦を教えてやりたかったのですが、その方法はまだ見つかっ
ていなかったのです。
「そうだ!夜のうちにカンザブローのねぐらを襲ったら?」
突然パンタが大声で言いました。
「それがいい。夜こちらから攻撃をかければいいんだ」
キンタもパンタの考えに同意しましたが、ホウホウじいは相変わらず慎重でした。
「いや、福知山は元々カンクローの根拠地だから、大勢の手下が守っているはずだ。いく
ら夜だとは言っても、カンザブローと戦う前にやられてしまうわい」
「守りの隙を突いたら」
パンタもだんだん乗り気になってきました。
「そうだ、それが良いね。じゃあ今夜にでも敵情を探りに行こう」
キンタもやる気満々です。
「うむ。戦いの前に敵の情報をつかんでおくのは重要なことだ。しかし疲れてるんじゃな
いかね。今夜でなくても良いだろう」
「ぼくたちなら大丈夫だよ。悪いカンザブローをやっつけるんだから、早ければ早いほど
良いんでしょ」
「それはそうだが・・・」
ホウホウじいもパンタの作戦には反対ではないのですが、血気にはやったキンタが深入
りし過ぎることを心配していたのです。
「良いか、キンタ。今夜はあくまでも偵察だけだぞ。絶対に戦いを起こしてはいかん。見
つかったらすぐに逃げ出すんだぞ」
「分ってるって。そんなに心配しないでよ」
「パンタ、キンタが深入りしないよう見張っててくれよ」
ホウホウじいは念入りに注意事項を伝え、パンタとキンタはカンザブローの根拠地に向
かって飛び立ちました。
福知山に近づくとパンタとキンタは土師川に沿って進み、山陰本線の線路を越えてから
はゆっくりと城跡に接近していきました。
「キンタさん、あそこにカラスが」
パンタが木の枝に止まっているカラスを見つけました。よく見るとカラスは一羽だけで
なく、あちこちの木に止まっています。
「なるほどホウホウじいの言う通り、カンザブローは用心深いカラスのようだ」
進むに連れて、カラスの数はさらに増えてきました。眠っているようにも見えますが、
あまり近くを通れば気づかれてしまいます。
「どうするの、キンタさん。戻る?」
パンタは少し不安になってきました。
「いや、あの建物の屋根裏に隠れて、朝まで待つことにしよう。朝になればカラスも動き
出すから、敵の様子も分るはずだ」
ホウホウじいが心配していたように、キンタはなおもカンザブローに接近して行ったの
です。
やがて東の空が明るくなってくると、城跡はカラスたちの声でにぎやかになりました。
数羽ずつのグループになって、朝食を求めて四方八方に飛び立っていきます。しかしその
中に、カンザブローらしいカラスの姿はありませんでした。
「よし、今のうちにもう少し奥まで行こう」
カラスの姿が見えなくなったので、キンタは本丸の奥にある天守台まで行こうとしまし
た。総大将であるカンザブローのねぐらは、天守台にあると思ったのです。
「わっはっは、こわっぱめ。よく来たな」
突然大きな声が響き渡りました。パンタとキンタが驚いて声のする方向に目をやると、
そこには今までに見たこともないほど大きなカラスが、枝に止まって二人をにらんでいま
した。凶暴そうな顔つきからしても、カンザブローに違いありません。
「お前たちが来たことは、夜のうちに分っていたのさ」
眠っているように見えたカラスですが、一部のカラスは見張りとして起きていました。
二人を発見した見張りのカラスは、パンタたちに分らないように合図を送り、カンザブロ
ーは夜の間は誰も動かないよう指示していたのです。そして明るくなるのを待って、キン
タに戦いを挑んできたのです。
「野郎共、戦闘配置につけ!」
カンザブローの号令で無数のカラスが現れ、二人を取り囲みました。朝食に行ったよう
に見えたカラスも、実は周辺に隠れていたのです。敵地での不利な状況での戦い、パンタ
もキンタも大ピンチです。
「キンタさん、どうしよう」
パンタは不安そうにキンタを見ましたが、キンタにはカンザブローもその仲間も恐れて
いる様子は見られません。
「なあに、心配いらないよ。パンタはここを動かないでね」
キンタはパンタをその場に残し、一直線に急上昇しました。フクロウの強力な武器であ
るつめで攻撃する場合は、敵より高い所にいた方が有利だからです。
「ふっ、なかなかやるな。野郎ども、魚鱗の陣を敷け。車がかりだ」
カラスの集団は、今度はどんぐりのような陣形を整え、カンザブローの号令で一斉に攻
撃を開始しました。キンタに近い所にいるカラスが次々と攻撃し、キンタを疲れさせる作
戦です。
「えーい、これでもくらえ」
キンタは有利な位置にいるので、襲ってくるカラスを片っ端から撃退していきます。し
かも疲れた様子は全く見られません。キンタを疲れさせる作戦は失敗したかのように見え
ましたが、カンザブローは悠然としています。そして頃合いを見て静かに飛び立ったカン
ザブローは、キンタよりも高い所から声をかけました。
「こわっぱ、俺様の攻撃を受けてみろ」
「待ってたぞカンザブロー。一対一で勝負だ」
待ちかねたキンタが声のした方を振り向いて突っ込んで行くと、カンザブローは少しば
かり横に移動しました。そしてカンザブローがいなくなった後には、まぶしい太陽があり
ました。
「あっ」
太陽をまともに見てしまったキンタは、思わず大声を上げました。カンザブローが今ま
で動かなかったのは、太陽がこの位置に来るまで待っていたからなのです。
「ふふふ、作戦にかかったな」
カンザブローは勝ち誇ってキンタに飛び掛りましたが、キンタは間一髪その攻撃をかわ
しました。キンタはホバリングでもするかのように羽を広げて急ブレーキをかけたので、
そのまま真下に落ちていったのです。これは百戦錬磨のカンザブローでさえも全く予想し
ていなかった動きで、カンザブローの攻撃は空を切りました。
「キンタさん、こっち」
夢中で飛び出したパンタは、キンタの前に行って誘導しました。そしてカラスの攻撃を
かわしながら超低空で逃げ回っているうちに、キンタの視力は少し回復しました。
「今度は油断しないぞ」
キンタが攻撃のために再び上昇しようとした時、風で飛んできたスーパーのレジ袋が、
頭にすっぽりと被さってしまいました。
「わわわっ、何だ何だ、何も見えないぞ」
状況の分らないキンタはあわてふためいています。
「キンタは目が見えないぞ。今のうちにやっつけてしまえ」
カンクローも現れて、上空からキンタに迫ってきました。
「パンタ、森の中へ逃げ込め」
「森はどっちにあるの」
パンタにはこの辺りの地形は全く分りません。
「川を越えて真っ直ぐだ」
パンタは必死になって由良川に向かいました。目の見えないキンタは、パンタの尾羽に
つかまって飛んでいます。
「森に逃げ込ませるな」
カンクローは手下のカラスに指示しましたが、先程は統制の取れた動きを見せたカラス
たちも、今は陣形も乱れて無秩序な攻撃をかけてきます。キンタが垂直落下という予想も
しない逃げ方をしたので、カンザブローの指示が乱れてしまったためです。
「ええい、なにをぐずぐずしている」
カンザブローもいらだって怒鳴り散らしています。自分自身で攻撃しようと思っても、
仲間のカラスが多すぎて邪魔になってしまい、思うように攻撃できないのです。
でも実は、全てのカラスが積極的に攻撃しているのではありませんでした。元々この地
に住んでいたハシボソガラスたちは、カンザブローに降伏したために嫌々ながら攻撃に参
加しているのです。ですから本気で攻撃しているのではなく、キンタを傷つけるつもりは
全くなかったのです。
「キンタさん、もうすぐだよ」
とうとうパンタは森に逃げ込みました。小さな森ですが沢山の木が茂っているので、木
々の間をぬって巧みに飛ぶ二人の後を、カラスの集団はついていくことが出来ないのです。
上空からは、手下のカラスをののしるカンザブローの声が聞こえてきます。
「ありがとうパンタ、おかげで助かったよ」
そういってキンタはレジ袋を外そうとしましたが、しっかりとはまり込んでいるので取
ることが出来ません。
「パンタ、手伝ってよ」
「うん、いいよ」
パンタはレジ袋を持って思い切り引っ張りましたが、何回やっても袋を外すことは出来
ませんでした。
「キンタさん、どうしても取れないよ」
「うーん、仕方ない。帰ってホウホウじいに頼むかなあ」
キンタも袋を外すことをあきらめたようです。まだ上空には沢山のカラスがいるので、
パンタはしばらく休んでからホウホウじいの森へ帰ることにしました。
「どうしたんだキンタ、その格好は」
スーパーのレジ袋を被ったキンタの姿を見て、いつも冷静なホウホウじいもびっくりし
たようです。
「風で飛んできて頭に被さってしまったんだ。早く取ってよ」
「ほう、力自慢のキンタもお手上げか」
「ホウホウじい、ごめんなさい。ホウホウじいの言うように、カンザブローは他のカラス
とは違って、頭も良いカラスだったよ」
キンタは素直にあやまりました。
「良い経験になっただろう。これからは用心していけよ」
ホウホウじいはキンタに近づいてレジ袋を外そうとしましたが、キンタの格好を間近に
見て考え込んでしまいました。
「ほうほうほう、ふむふむふむ」
ホウホウじいは『ほう』の三連発です。ホウホウじいが『ほう』を連発する時は、決ま
って良い考えがひらめいた時なのです。
「キンタ、お前もサングラスを持っていたな」
ホウホウじいはレジ袋を外しながら言いました。
「うん、これだよ」
キンタがサングラスを渡すと、ホウホウじいはキンタの頭から外したレジ袋を使って何
かを作り始めました。
「ほれ、これでどうだ」
ホウホウじいは一度外したレジ袋を、またキンタに被せてしまいました。
「わあ、ホウホウじい、何するんだよお」
キンタはあわてふためきましたが、さっきとは少し様子が違います。袋をかぶっていて
も、ちゃんと外の様子が見えるのです。実はホウホウじいはレジ袋に穴を明け、そこにサ
ングラスを組み込んだのです。
「どうだキンタ、太陽だって見えるはずだぞ」
ホウホウじいに言われてキンタは落ち着きを取り戻し、太陽に目を向けましたが全然ま
ぶしくありません。
「わあ、こいつはすごいや。ありがとうホウホウじい、これでもうカンザブローなんかに
は負けないぞ」
「キンタさん、格好良いよ」
パンタもうれしそうに言いました。
「でもホウホウじい、これもサングラスって言うのかなあ」
「そうだなあ。レジ袋サングラス、ではさえないなあ。袋めがね、いやいや、いっそのこ
と『フクロウめがね』ではどうかね」
「それが良いよキンタさん、フクロウめがねならキンタさんにぴったりだよ」
パンタも大賛成です。
「パンタ、早速カンザブローをやっつけに行こうぜ」
フクロウめがねを手に入れて強気になったキンタは、早くカンザブローと戦いたくて仕
方ありません。
「こら、お前はまだカンザブローの力を侮っているのか。さっきの反省の心はどこへ行っ
たのだ。この愚か者め、えいっ」
ホウホウじいは有頂天になっているキンタの頭を、いきなりなぐりつけました。キンタ
はびっくりです。
「あいた!ホウホウじい、何するんだよお」
「今のわしのパンチは見えたか」
「見えないよ。だっていきなり後ろからなぐるんだもの」
「そうか、ではフクロウめがねを外してみろ」
キンタはフクロウめがねを外そうとしましたが、一人ではどうしても外すことが出来ま
せん。
「だめだよホウホウじい、どうしても外せないよ」
「ではパンタ、手伝ってやりなさい」
「いいよ。キンタさん、頭を出して」
パンタの力を借りてようやくフクロウめがねを外したキンタに対し、再びホウホウじい
がなぐりかかりました。
「わあ、ホウホウじい。どうしたんだよお」
今度もキンタにとって予想外の攻撃でしたが、フクロウめがねを外したキンタはパンチ
をかわしてしまいました。
「どうして今度はよけることが出来たのか、分かるかキンタ」
「だってパンチが見えたもの。簡単によけられるよ」
「さっきも後ろからなぐったのではない。今と同じように横からなぐったのに、どうして
さっきは見えなかったのだ」
「あっ」
キンタもその原因に気がついたようです。
「どうやら気がついたようだな。フクロウめがねは太陽の光をさえぎることは出来るが、
見える範囲が狭くなる欠点もあるんだ。それにお前一人では、取り外すことも出来ない
ではないか」
「ごめんよ、ホウホウじい」
キンタも自分がはしゃぎ過ぎていたことに気づいて、今度も素直にあやまりました。や
はりホウホウじいの意見を聞くことは大切なのです。
「どんな物でもその長所短所を知ることが重要なのだよ。それではカンザブローを倒す作
戦を立てることにしよう。でもその前に一息入れよう」
ホウホウじいは二人をお気に入りの水場に連れて行き、冷たい水でのどをうるおしてか
ら元の枝に戻りました。
「あそこは秘密の水場だ。うまい水だろう」
「うん、とってもおいしかったよ」
パンタは正直に答えました。本当にこんなにおいしい水は初めてだったのです。
「それは良かった。前にも言ったと思うが、カンザブローは自分に不利な状況では絶対に
戦わない。どうやって奴に戦いを挑むかが問題なのだ」
「何とか奇襲攻撃をかけられないかな」
「奴はいつも手下に囲まれているから、それも難しい。敵の中に、味方に出来るカラスが
いれば都合いいのだが・・・」
ホウホウじいの話を聞いて、パンタはキンタを誘導して森の中を逃げ回った時、積極的
に攻撃してこないカラスがいたことを思い出しました。
「ホウホウじい、実は・・・」
パンタはその時の状況を詳しく話しました。ホウホウじいはパンタの話を聞くと、にや
りと笑って言いました。
「そうだったのか、我に勝算ありだ。パンタの言うカラスはハシボソガラスで、おそらく
カンペイの仲間に違いない」
「カンペイって誰ですか」
キンタもその名前を聞いたのは初めてでした。
「カンペイはもっと西の山に住んでいるカラスさ。カンザブローの侵略を受け、嫌々なが
ら命令に従っているのだろう」
「そのカンペイさんに協力してもらうのですか」
「ああ、そうだ。カンペイにこちらの作戦を伝え、協力してもらえればカンザブローの不
意を突いて攻撃することが出来る。その方法はだな・・・」
ホウホウじいは二人に作戦の詳細を話しました。
「すごいや、ホウホウじい。これならカンザブローをやっつけられるね」
パンタはホウホウじいの綿密な作戦に感心しました。
「ようしパンタ。すぐに作戦を伝えに行こうぜ」
「待てキンタ。お前ではカンペイの顔を知らないからだめだ」
「カラスに聞くから大丈夫だよ」
キンタは元気良く言いましたが、ホウホウじいは呆れ顔で言いました。
「全くお前は考えなしに行動する奴だな。そんなことをしたらカンザブローにこちらの作
戦が漏れてしまう恐れがある。まあこの件に関しては、わしに任せておけ」
ホウホウじいはそう言うと、二人を連れてどこかに向かって飛び立ちました。