旧制第一高等学校寮歌解説
巨大の天靈 |
明治41年第18回紀念祭寮歌 中寮
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1、巨大の天靈とくとく出てよ 猛鷲ウラルに翼を休め 鷄林しばらく安きにあれど 砂上に 東亞の運命一糸にかゝる 2、乞う見よ平和の旗をば掲げ 列國おのおの亡びの民に 狼心鋭く刃を研ぐを 友邦これみな士魂の命 6、期するは同胞五億の根城 吾が手に自ら始めん一事 刃向ふ儕を恩威に靡け 日本は東亞の又假の名と 威信を示して天下に立たん |
現譜と全く同じで、変更はない。4段音符下の歌詞「砂上」は漢字そのままである。。 |
語句の説明・解釈
語句 | 箇所 | 説明・解釈 | ||||||||||||||||||||
巨大の天靈とくとく出てよ 猛鷲ウラルに翼を休め 鷄林しばらく安きにあれど 砂上に |
1番歌詞 | 東亜に真の平和と秩序をもたらしてくれる英雄よ、一日も早く出て来てくれ。ロシアは日露戦争に敗れたりと雖も、機会あれば再び満洲朝鮮を侵さんと虎視耽耽、ウラルに翼を休めている。ポーツマス条約で、朝鮮における日本の優越権、支配権が承認され、また朝鮮との間に日韓協約を結んで朝鮮の外交・内政全般にわたり日本政府を代表する統監が掌握することにしたので、朝鮮はしばらく安泰と思うが、韓国皇帝高宗が第2回ハーグ国際会議に密使を送り、この日韓協約の無効を訴えた。なお東亜の秩序は砂上の楼閣のように不安定で、何時崩れても不思議ではない状態だ。 「巨大の天靈とくとく出てよ」 一日も早く東亜に真の安泰と秩序をもたらしてくれる英雄待望の心をいう。靈は、神、神秘な力、またそのあること。 「東亜の運命を一身に担うような英雄」(一高同窓会「一高寮歌解説書」) 平木白星『日本国家』(明治34年) 「巨大の天霊日に日に新に 不滅の光明の赫々たる間は 我が為すつとめの無窮無限」(森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」) 平木白星『たとヘぐさ』(明治36年) 「あれども眼には見えざりし 唯一の霊ぞあらはるる ああ仏より尊くも 神より更に大なる」(森下東大先輩「「一高寮歌解説書の落穂拾い」) 「猛鷲ウラルに翼を休め」 ロシアは日露戦争に敗れたりとはいえ、ウラル山脈(欧亜のの境界)辺りに留まり、機会あらば再び満州朝鮮を侵さんと狙っている。油断は禁物である。 明治40年7月 第1回日露協約 日露両国の極東における現状維持と清国の独立・領土保全を表明。秘密協定で満州を南北に分けて相互の利益範囲を確定した。 明治40年8月 英露協商 英露両国、ペルシャ・アフガニスタン・チベットの勢力範囲決定。 「鶏林しばらく安きにあれど」 ポーツマス条約で、韓国における日本の優越権、支配権が承認され、また3次にわたり、日本が外交・内政全般を掌握する日韓協約が結ばれたので、「しばらく安きにあれど」といっている。 鷄林は、新羅の別称。転じて朝鮮の異称。(「三国史記」に新羅の脱解王が城西の始林に白鶏が鳴くのを聞いて始林を鶏林と名づけたという故事から) 明治40年6月 韓国皇帝高宗第2回ハーグ国際会議に密使を送り、日韓協約の無効を訴える。 「砂上に礎托せる城」 砂上の楼閣。 「一糸」 東亜の運命は極めて危機的不安定な状態にある。一糸は、きわめてわずかな物事のたとえ。 |
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乞う見よ平和の旗をば掲げ 列國おのおの亡びの民に 狼心鋭く刃を研ぐを |
2番歌詞 | 見て頂きたい、平和の旗を掲げる西洋列強諸国の東亜の民に対する狼のような残虐非道の行いを。我らが起たなければ、昔、明の時代に白草など蛮族の守る18の砦が乱を起こしたが、平定され領地を献上させられたように、東亜の民が宗主国の列強諸国に逆らっても、領土を取り上げられ、滅ぼされて、身は土くれと化す運命にある。 「白草みたるゝ三千里程」 昔、明の時代に白草など蛮族の守る18の砦が乱を起こしたが、平定され領地を献上したように、東亜の民が宗主国の列強諸国に逆らっても、国土を取り上げられ滅ぼされる運命にあるの意。 「四川省平武県西南の 「白草」は、白色人種、欧米列強と解することも出来る。 「狼心鋭く刃を研ぐを」 欲深く搾取しようと圧倒的な武力で脅しているのを。「狼心」は、欲の深い心。東亜の実情は、下の表のように、既に大半が欧米列強の植民地ないし半植民地となっていた。上の訳では、「狼のような残虐非道の行い」と訳した。 「亡びの民」 「亡び」は、落ちぶれた、零落したの意。植民地の民。東亜の民。 「友邦これみな土塊の命」 アジア諸国は、ほとんどみな、欧米列強の植民地、ないし半植民地となっていた。「土塊の命」は、列強諸国に滅ぼされて土くれになる運命。ちなみに「 「我等起たずば東洋の 傾く悲運を如何にせむ」(明治35年「混濁の浪」5番) 「東亜の諸国が列強に侵略され、白草等18塞と同様、土塊に等しく扱われる運命」(井下一高先輩「一高寮歌メモ」)
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春宵宴舞の半を高く 雷霆轟く諸聲こそは 弱きを扶くるこれ事として 剛健尚武を喜ぶ我に 譽の使命を叫べるひヾき | 3番歌詞 | 紀念祭の宴の半ば、雷鳴のように鳴り響く寮歌の大きな声こそは、剛健尚武を尊ぶ自分には、虐げられた東亜の民を助けるのは、一高生の名誉ある使命であると叫んでいるように聞こえる。 「 雷の如く鳴り響く紀念祭の寮歌の歌声。「雷霆」は、かみなり、またかみなりの響。雷も霆も同じ意味。 「事とする」 仕事とする。もっぱら・・・する。 |
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逆まく濁流莞爾と切って 希望の星影額に仰ぎ 凱歌の中にと立つたる我等 三尺 |
4番歌詞 | 逆巻く世の濁流を笑って切って、希望の星・国を護る柏葉の徽章を帽子につけて、一高生は、常に、凱歌のあがる中に立とうと努めてきた。たとい、三尺無反りの剣が無くても、勇ましい心は、東亜の諸国がむざむざ列強諸国に虐げられるのを、どうして黙っておられようか。 「逆まく濁流莞爾と切って」 「逆まく」は、流れに逆らって波が巻き上がる、あるいは波が崩れる前に内側に巻くこと。 「莞爾」は、にっこり笑うさま。 「希望の星影額に仰ぎ」 帽子につけた柏葉の徽章のこと。柏葉には葉守の神が鎮座するという伝説から、柏木は皇居守衛の任に当たる兵衛および衛門の異称。柏葉は一高の武の象徴とされる。 「凱歌の中にと立つたる我等」 対三高野球戦とすれば難解。明治39年の第2回対三高野球戦は、一高が4-9で負けた。明治40年の第3回野球戦は、紀念祭後の4月に予定されていた。従って、この凱歌を対三高野球戦の凱歌とするには無理がある。強いて結び付ければ、「行け行け友よいざ行きて 揚げて歸れやかちどきよ」(同年東大寄贈歌「としはや已に」3番)と全寮挙げて雪辱に燃えていたことを踏まえて、野球部を鼓舞激励するため、勝利を先取りした歌詞と解するしかない。また、三高の凱歌の中で一高が戦うと解するのも無理があろう。 私見は、この凱歌を対三高野球戦とは無関係に、一般的に「一高は常に凱歌の中に立とうと努めてきた」と解す。現代流にいえば、「2番では駄目、1番をがむしゃらに求めてきた」ということ。 「三尺無反の劍よし無くも」 「無反りの劍」は、刀身に反りの無い直刀。「よし」は、たとい・・・でも(かまわない)。 「唯三尺の劍を撫す 丈夫の悲憤幾春秋」(大正9年「端艇部應援歌」2番) 「血燃ゆる歌に送られて 三尺無反の劍とり」(明治41年「霞薫ずる」5番) 平木白星『日本国家』 「三尺無反の剣は無くとも 平和の詩もて万馬を走らせ 凱歌をあぐべき機一転」(森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」) |
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大陸東に |
5番歌詞 | 中国大陸とは東に大海を隔てた、近隣諸国を慈しみ愛する心の溢れた東海の国日本に、一高生は、学問技芸に秀でて生まれた幸せ者である。死を恐れて、一時の安楽を求めるようなことはしない。東亜の諸国は、今こそ、欧米列強の好き勝手にさせてはいけない。 「慈愛の泉あふるゝ國に」 近隣諸国を慈しみ愛する心に溢れた。「泉」は昭和50年寮歌集で「泉の」と変更された。 「秀花と生れて 「黑潮たぎる絶東の 櫻華の國に生れ來て」(明治43年「柔道部部歌」5番) 「安きに偸み」 偸安、すなわち一時の安楽を求める事。 「群羊虎狼に何ゆるすべき」 欧米列強諸国の好き勝手にはさせない。群羊はアジア諸国、虎狼は欧米列強諸国のこと。 |
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期するは同胞五億の根城 吾が手に自ら始めん一事 刃向ふ儕を恩威に靡け 日本は東亞の又假の名と 威信を示して天下に立たん | 6番歌詞 | 日本は、東亜の同胞5億人が列強諸国に対抗する根城となろう。日本が先ずやらなければならないことは、ハーグ国際会議に密使を送り、日韓協約の無効を訴えるなど、日本に刃向う韓国を天皇の恩恵と威光に従順させることだ。そうして後に、日本という名は、同時に東亜の仮の名、すなわち東亜の盟主として威信を示して世界に立つことができる。 「期するは同胞五億の根城」 「5億」は、アジアの人口からインドの人口3億を除いた東亜の人口の概数と思われる。 「根城」は、出城に対し、主将のいる城。転じて、行動などの主要な根拠地。列強諸国に対抗する根城。 「五億の民を救はんと 大和民族たゝんとき」(明治39年「太平洋の」2番) 「刃向ふ 刃向う友邦。「儕」は、ともがら、なかま。具体的には韓国(さらには清国を含むか)。 「恩威に靡け」 天皇の恩恵と威光に従順させ。恩威は、恩恵と威光。 「日本は東亞の又假の名と」 日本という名は、同時に東亜の仮の名であると、すなわち日本は東亜の盟主と。 平木白星『日本国家』 「世界は日本の一の名にして 日本は世界のまた仮の名ぞ 我が父その子にこの遺訓」(森下東大先輩「一高寮歌解説書の落穂拾い」) |
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護國の旗新に使命を指して 健兒の活動今ぞと待つを 橄欖花さく春 |
7番歌詞 | 日本が東亜の盟主となるために、護國旗は新たな使命を一高生に示し、一高生の活躍を今ぞと待っている。春のほのぼのと明けてゆく朝、橄欖の花が咲く向ヶ丘に、希望の光、朝日が射し出したのを機に、いざ、みんなと共に、使命達成に向って一歩を踏み出そう。 「護國の旗」 一高の校旗・護國旗。「護国」は一高の建学精神。昭和10年寮歌集で「護國旗」と変更された。 「橄欖花さく」 「橄欖」は、一高の文の象徴。「橄欖花さく」は、実際の花ではなく、一高精神の花が咲くの意。 「紀元を劃し」 。ちなみに明治41年は皇紀2568年、西暦は1908年。 「紀元」は、歴史上で年を数える際の基準、または最初の年の意であるが、ここでは望の光が射し出したのを機に。紀も元も、はじめの意。 |