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霊能力者


 サラリーマン・増田が、神経内科医である田所の前に座り、診察を受けている。
「道路を歩いていたりしますと、血だらけの顔をした人が私の前に現れるのです。痛いよー、助けてください、って、歩道を歩いている私の足下にすがり付いて来て言うんです。周囲の人には見えていないようです。お陰でわたしは、前に進めず、会社に度々遅刻し、やがて、遅刻常習者として解雇されてしまいます」
 増田は時々涙声になりながら話す。
「なるほど、確かに、貴方には間違いなく霊が取り憑いているように思えます」
 田所は増田を励ますつもりで、見えない霊を田所自身も信じているかのように話す。
「先生は信じてくれるのですか?」
 増田の側には、小太りの霊が、増田の顔に尻を押しつけるように、窮屈そうに立っている。まるで、診察室は朝のラッシュアワーの電車の中のようである。そんな状況とは知らない田所が答える。
「貴方のお話を伺うと、周囲に浮遊する霊の皆さんは、どの方も不慮の事故で亡くなられて成仏できずにいる。不幸にも天国に行く機会を失った方ばかり。貴方には霊の声が聞こえ、見える。貴方は俗に言う霊媒師の素養があるようです」
 増田は田所の話を遮って聞いた。
「霊媒師? それは何でしょうか?」
 田所は増田を安心させるため、口から出任せを言う。
「除霊できる霊能力者です。除霊と言っても、天国に霊を導いてあげる方です。あなたは、何人、あなたに取り付いておられるか数えられたことはありますか? 」
 増田は周囲を見回した。
「最初は一人だったので、さほど、気にしなかったのですが、人数が増えてきまして、現在、二九人まで増えているのは確認しております」
 それを聞いた田所は、椅子から立ち上がって、増田の周囲を見回した。田所は霊が見えるかのように振る舞う。
「なるほど、分かります。これだけ、大勢取り付いていると、行動が制限されますね」
「はい、これだけ沢山の霊が周囲におりますと、落ち着かないのです。職場にいても落ち着いて仕事もできません。わたしはこの先どうしたらいいのでしょうか?」
 増田は深刻な顔をしている。
「増田さんが霊を天国に導くしか解決方法はなさそうですね」
「霊を導く? わたしにそんな能力があるのでしょうか?」
「現に霊が貴方を頼って集まって来ています。あなたしかいません。自信を持って乗り切りましょう」
 田所の励ましの言葉によって、増田は己の使命を感じ、立ち上がった。
「分かりました。やりましょう。先生、私は霊の方々のお役に立ちます。それで、何かそのお役に立てる方法に、先生はお心当たりがあるのでしょうか?」
 田所はにっこり微笑んだ。
「ここに一本の薬剤があります」
 田所は手のひらの上に乗せた紫色の小瓶を増田の前に差し出した。ラベルにスーパー睡眠薬と書いてある。
「はて? どういうことでしょうか?」
「これをあなたは一気に飲むのです。そして、あなたも浮遊して霊を天国に導くのです」
 増田は田所の話を聞いて思わず椅子から立ち上がってうろたえた。
「安心してください。基本、睡眠薬ですが、一時的に、仮死状態になるだけです」
「うわあー、一時的って、嫌だなあ、下手をすると、死んじゃうかも知れないのでしょう?」
 田所の手にした薬は、只の睡眠薬を強力にしてある。
「では、私が実験に飲んで安全であると言うことを実証しましょう」
 そう言うなり、田所はその瓶のふたを開けると、唇に当て、一気に中の液体をすべて飲み干した。しばらく自分の身体の状態を観察していた田所は、急に立ち上がった。
「しまった、うっかり、全部飲んでしまった。どうしよう?」
 そう言ってから、田所は眠そうな目をしていたかと思うと、床に横になった。そのまま、田所は起きない。増田は三〇分ほど待ったが、田所は目を覚ますことはなかった。増田は救急車を呼んで、到着を待とうと、立ち上がると、田所が目の前に現れた。
「増田さん、どうです? 仮死状態というのは本当でしょう? 納得いただけましたか? 私はこの通り生きています」
 増田は足下を見た。先ほど倒れた田所は、まだ横たわったままである。
「ああ、また、成仏できない霊が、増えてしまった」

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