早苗

サナエ

 「最後の苗を投入します」
「よし、投入開始」
 宇宙ロケットの中に植物が搭載された。
  *
 地上は廃墟となったビルが横たわる。すっかり水分が地表から消え、熱い太陽が振り注いでいた。地上の歩道のひび割れたすき間から生を受けた長さ5ミリメートルほどの草が空に向かって生えていた。それをロボット生物探査船が発見した。生物研究センターの映像モニターの前に座っていた大川平八郎は探査船から送られてきた草の映像を見て歓喜の声を上げた。
「こんなひび割れた小さな空間に生を得たなんて、なんて強い草だろう」
 平八郎は独り言を呟くと地上に唯一咲く草を採取するため立ち上がった。
  *
 2059年、地球は温暖化によると思われる気候の大変動が各地で発生し、地上の生物は地球の気温変動に耐えきれず死滅していた。そこで、人工的に適温を維持するための施設を地下1000メートルの位置に建設した。それが、平八郎が住む生物研究センターだった。
 それから3年が経過し、平八郎のつとめるセンターでこの草は改良を重ねて今日の日を迎えたのである。
「いよいよ、巣立ちの日だぞ、サナエ」
 彼はこの草に名前を付けた。
 サナエは2万光年先にある大マゼラン星雲第28星座に向けてセッティングされた宇宙ロケットに搭載されているところである。地球の周辺で唯一生物が生息できる環境を持っていたのが第28星座である。ロケット到着は38万1,235年後。
「生きたまま到着してくれよサナエ」
 平八郎はサナエを乗せた宇宙ロケットの発射スイッチを点火した。
  *
 ここは35万年後の大マゼラン星雲第28星座である。
「そろそろ、お昼にしますか?」
「おっともうそんな時間かね」
そう言うと、一組の男女が田を耕していた手を休めた。
「私たちの子どもたちもすくすく育っているわ」
「ああ、楽しみだな」
男の足元の草が声を出した。
「父さん、お腹空いたよ」
「おお、いま、ご飯を上げるからお待ち」
 男は雨乞いの踊りを始めるのであった。
「アイヤー、雨降れ、雨降れ、恵みの神様お願いします」
 男の身体は地球で言うところのゴムの木に似ていた。長い時が流れ、第28星座は生物の住む星に進化していた。
 しばらくすると、天空から水が降り注いできた。
 地上に咲く草が水に打たれ喜びはねた。
 雨は三日三晩降り、止むことなく大洪水となり、植物はすべてこの洪水で死滅してしまった。
 それから1,532年後、水が蒸発し、また、元の星の形に戻った。
 その地上に天空からものすごい速さの物体が落下した。地上に突き刺さった細長い金属は2つに折れ、その中から、植物がこぼれて出た。地球から送られてきたサナエであった。サナエは地上に根を生やし始めた。


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