仕事師
背後に気配を感じた今井圭一は歩いて来た道を立ち止まり振り返った。二つの目を光らせた黒猫が今井を見てニャオと一声上げて立ち去った。
「不吉な黒猫か? 」
そうつぶやいた後、今井は顔を曇らせた。
「もしや、ドジは踏んでいないはずだが… 念を入れたほうが良さそうだな」
今井の感はよく当たることは自分でも承知していた。しかし、立ち去るとき何度となく確認して来たはずだ。そういう慎重な性格だからこそ今まで安全にこの業界を生き残ってきたのである。
「俺も年を取ったかな」
集中力に欠けてきたことはうすうす感じていた。いつもならためらうことなく相手を一撃のもとに始末して来た。それがきょうは違っていた。相手の脅える目を見た途端、一瞬躊躇してしまった。だから、相手に叫ぶ隙を与えてしまった。きょうの相手は往生際が悪かった。バタバタと足を挙げていた。しかし、私の神の手と呼ばれる手に掛かればそんなあがきは無駄なことである。相手は直ぐに静かになった。
「やはり戻って確認したほうがよさそうだな」
今井は踵を返し来た道を戻り始めた。繁華街の道を歩くこと10分、今井はつい先ほど出て来たばかりの雑居ビルのそばで立ち止まった。エレベータを使わず非常階段で上る。目的の部屋にたどり着いた。ドアノブを回し静かに部屋の様子を見る。素早く台所に向かう。
「あ、やはり忘れていた、ガスの元栓しめるの」
マッサージ師今井は安堵の声を上げた。
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