理容店
太田薫は鏡の前に立ってのぞき込む。 「髪が伸びてきたなあ」 ぽつりとつぶやき手の平で髪をなでた。いつも行く理容店は、家から歩いて10分ほどのところにある。理容店の扉を開けて入る。若い女がいた。 「あれ、おやっさん、いないの? 」 「はい、でも、あたしができますから」 「あっそ、じゃまた来るかな」 「わたし、できますので」 「できますって、きみ、おやっさんの娘でしょ? 」 「きのう、理容師の免許、もらってきたから。おまかせください」 「えっ、できる? 免許、きのう? やっぱり、またね」 「はい、最初のお客様よ。サービスうんとしますから、ね? 」 「ええ、何だよ、サービスってえ? まあ、いいか。じゃ、頼むよ」 薫はリカに頭の形を詳細に説明した。リカはうなずきながら、いちいちメモを取っていた。こんなこと、頭に入れろよなあ。薫は嫌な予感がした。 リカは薫の周りを一周した。しばらく考える様子を見せた後、後ろ向きに倒され、「散髪行きます」とおもむろにシャワーのノズルを持つとお湯を出し始めた。髪にお湯がかけられていく。じわじわと暖かさが伝わってきた。お湯の温度、かけ方、シャンプーの泡立て方、マッサージの仕方、どれもおやっさんとは比べようもなく見事なほど上手だった。薫は思わずうなった。 「リカちゃん、上手だねえ。随分、よそで修行してきたんだ? 」 「それほどでもないですよお。おだてないでくださいよお」 リカは恥ずかしそうにはにかんで、ほおをうっすら赤く染めた。洗い終え、手際よく髪の水分をタオルで拭き取ると、マッサージを始めた。あまりの心地よさに、薫はまたうなり声を上げてしまった。そして、不覚にも、寝入ってしまったのである。
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「お客さん、起きてくださいな」 「…おお? あれ、寝ちゃったよ」 ぼんやりとする焦点を合わせる。鏡の前に見たこともない男が座っていた。目をぱちくりしたが、やっぱり自分ではない。よくよく見ると、髪型が違うのである。 「うああ、何これ? 俺じゃないじゃん」 リカは顔を薫の横に並べてきて一緒に鏡をのぞき込んだ。 「このほうがいいと思いますけど」 「きみ、そういう問題じゃないでしょ? ちゃんと、髪型説明したでしょ? どうして、こんな形にしちゃったのよ」 「まずかったですかあ。男っぽくて、かっこいいと思うんですけど」 「だから困るの。俺、これでも女なんよ」
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