祐子さん
窓から外を眺めると、中学3年のころの君を思い出す。
あのころ、いつも君ばかり見ていた。窓から入る夏の風に、君の髪が揺れていた。そして僕の心も揺れていた。
君は僕の席の前に座っていた。細い首、小さな肩、腕、そして背中。
後ろの席だから、ちょっと手を伸ばせば触れられる。話しかければ振り向いてくれるはずなのに。
あの時まで、君と話した言葉は2種類だけだった。
「はい、班ノート」と僕。
「ありがとう」と君。
「はい、用紙余ったから」と僕。
「うん、分かった」と君。
席順で班を作っていた僕と君は同じ班だった。班は6人。男女3人ずつ。班と言っても協同でやることは、掃除と班ノートをつけることくらい。
ときどき、君は体を横に向けて窓の外を見ていた。その横顔をじっと後の席から見ていた僕。勇気を振り絞って聞いてみた。声を掛けるのにドキドキするなんて、思ってもみなかった。
「ねえ、何か見えるの」
そしたら横を見ていた君は、僕を見た。
「見てなんかいないよ」
「窓の外を見ているからさ」
「あたしね、気になる子がいるの」
僕は立って1メートルと離れていない窓際に寄った。校庭では男たちがサッカーをしていた。
「ふふ〜ん、清野さんも青春してるんだね。誰だろうなあ」
そう言いながら僕は立ったまま、座っている君を見た。
「いないわ」
「へえ、ここにはいない奴なんだ」
僕は校庭をじっと眺めた。
「思い切って話せばいいじゃない? 」
そう言ってから、自分のことを考えた。
「そうだよね。話す切っ掛けってないと難しいよね」
「そうよ」
「でも、君がかい? 」
君は利発で頭が良くて成績も多分上のほうだと思う。でも、そういう鼻に掛けたところがないから僕は好きだった。顔もかわいいし。
「あたし、意識するとうまく声掛けられないの」
「へえ、僕もさ」
「…… 」
「はは、僕と同じじゃ迷惑だよね」
思わず出た言葉を取り繕うのに慌てた僕。
「う、ううん。そんなことないよ」
君に好きな子がいることを知って、僕はがっかりした。まあ、結構、クラスの何人かの男は好意を持っているだろう。自分がそうだから。
「ねえ、好きな子いるんでしょ? 」
突然の君の言葉にさらに慌てていた。
「ま、まあね」
思わず言葉に詰まってしまった。「君だよ」とは言えないし。
「やっぱり声掛けるの? 」
「声を掛けるって言うのは告白するってことかい? 」
君は黙ってまた窓の外に眼を向け、それから立っている僕を見上げた。
「窓の外を見てくれる? 」
僕はまた外を見てみた。君が隣に立った。
「この中にはいないんだろう? 」
「…… ううん…… ここにいるの」
「……ここ? 」
僕は自分の顔に向けて右手の人差し指を向けた。君は首を縦に振りながら顔を真っ赤にしていた。
それから47年経った今も、僕は祐子さんと部屋の窓から外をときどき並んで眺める。青春時代に戻った気がするから。
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